第16話 名将と籠城戦

平地にて、距離10キロ。あと3時間も待たずに衝突する距離だ。

メノンは都市の東門から軍を展開させた。

数は3000ほど。当然だが、5万の軍隊の前では圧倒的な数的不利にある。


「魔物を守るものメノンとしては、

我が部下とその家族が住まう都市に攻め込ませるわけには行きません」

「メノン!?もしかしてその自称(詐称)気に入ってるの!?」


メノンはコッペに微笑みで返答すると、

一人で軍勢の正面へと移動し、檄を飛ばす。


「我々が敵を打ち倒し、この都市を守るためには、

全力で野戦にて打ち倒せばなりません!

貴方たちの戦いが、奮闘が!全ての鍵を握るのです!!」


魔物達からまばらな声が聞こえる。

士気は低い。都市から徴兵した寄せ集めの軍隊である。

メノンの手駒である1000の精鋭部隊は他の場所にいる。





「相手は正気か?

平地なのに10分の1以下の歩兵で正面からやって来るとはな……」


大将のルド・エーレンは、敵軍を眺めていた。


「これほどの差があるのであれば、最初から門を閉めて籠城だろう。

何かの罠か?しかし、ただの平地で罠など……」


側近のマデリロが意見を述べる。


「可能性はあります。

なにせ人間を首領とした魔物の軍など今まで聞いた事がない。

弱者は強者に従う。魔物は人間を捕食する。

その世界の摂理に逆らった、不気味な奴らです。

警戒しておいて損はありません」


「では、まず右軍につつかせて様子を見るか」


ルド・エーレンの右にいた一万の兵が攻め込む。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


多種多様な怪物に騎乗している騎兵が中心であり、

機動力がある。


メノンの軍はそれに対し応戦するが、

3000の歩兵では弓を放っても対応仕切れず、

最初の衝突で1割が死んだ。


「ひ、ひぃ!!」

「こんなの勝てる訳ねえ!!退け!下がれ!!」


戦線がずるずると後退していく。


「まさか無策だったとはな。

そもそも意思の統率すら取れていない素人集団じゃないか。

……いや!そこまで弱いはずがない。敵を見くびってはならぬ」


マデリロは深く頷く。


「おっしゃる通りです。もう撤退するようですよ。

判断が早い。

わざわざ不利な平地で歩兵を展開してこの展開であるならば、

勝負はこの後という事です」


メノンの軍は劣勢と見るやすぐさま門をくぐり、都市へと撤退していく。

ルド・エーレンは追撃し、門を確保したところで騎兵を止めさせた。

貴重な騎兵だ。罠と分かっている相手に献上させる意味もない。


「陥落して日が浅い。何らかの細工をしている可能性は高い。

だが、この程度の相手にここで待機してわざわざ籠城させる事もあるまい。

相手の規模は見たところ多くはないが、ここで温存する意味もない。

1万を門周囲に待機させ、足並みをそろえて4万の兵で一気に攻めよう」


ルド・エーレン軍が門を潜ると、やはり弓の雨が降ってきた。

門の入り口を中心として、半ば包囲された形で兵を展開している。

数は8000といったところか。


「案の定、都市の中で半包囲して防衛戦をやるつもりだったようだな!」


「寡兵であるならば包囲し、攻撃面積を広げ有利に戦うしかありません。

籠城を選択しなかったのは補給の目途がないからでしょうな。

彼らとしても短期決戦を望んでいる訳です」


「ならばここは簡単だ。強行だ!

下手に展開し、時間をかけると攻撃面積の差が響く。

ここで強引に行き、一点を突破すれば問題ない。

そしてそれは正面ではなく側面だ。

正面はまさに包囲されているが、片面に集中されれば包囲されるという形にならない!!」


「攻めるのは左側面にしましょう。互いに右手に武器を持っていますからね。

まず壁伝いに突破させて回り込ませましょう」


ルド・エーレンは重装歩兵に左側面へと強行をかけるよう指示を出した。

見る見るうちに敵方の戦力が蹴散らされていく。

突破力は申し分なし。兵士の練度に大差があった。


戦力で優っている時には、妙手はいらない。

大きな失策を防ぎ、なるべくまっとうに戦えるよう最大限の努力を尽くす。


一旦包囲を突破してしまえば戦力には圧倒的な差があった。

包囲するために集められた敵兵が、本物の軍隊の前に恐怖し、散らばっていく。

ただその場から離れるだけでなく、完全に戦意喪失し、都市の外へと逃げていく。


「当然だが、士気が低いな」

「住民からの徴用ですからね。当然でしょう」


「所々に火事の跡があるな」

「都市を奪う時に火計をしたのでしょう。

だからこそ徴用した兵の戦意が低い。敵の大将に反抗心を強く持っている。

……火計が裏目に出てますね」


「大勢は決まった。そろそろ、大将首を取って来るか」


「中央後方にいるはずです。

敵としてはここで我々を撃退したかったはずなので、

まだ未練がましく残っている可能性も高いです」


ルド・エーレンは1万の精鋭歩兵を随伴させ、

中央後方へと向かう。

他の敵兵とは違い、まっとうな戦士の顔をした魔物達が約1000匹いた。


「こいつらが敵軍主力か?」


平地とは違って街中のため、戦える兵隊の数は道の面積で制限されている。

そのため、1万の精鋭歩兵でもすぐに殲滅とはいかない。

敵兵もそれなりの戦いをしていた。


「オオオオオオオオオ!!ここを突破させるなぁ!!」


ルド・エーレンは前線で指揮を執りながら、敵将を探す。

兵の配置や、命令の伝達を見れば敵将の位置はわかる。


「あいつか?」


彼はこの戦いの中で一番の驚きを示した。

一瞬ありえないと思ったが、

しかし、あらゆる情報があれを敵軍の将だと保証しているのである。


「信じられん。人間の、しかも女じゃないか……」


ルド・エーレンと目が合った敵将の女は、

その目線を受けて心底怯えた表情をしていた。



敵将の女はほんの200ほどの近衛兵を連れて城へ逃げる。

他800の兵は倒されたか、都市の中へ逃げていった。


「他の市民兵と同様に都市の外へと逃げたか?

いや、ゲリラ的な戦いをするのかもしれない。

奴らの士気は高かったはずだ」


「大丈夫ですよ。心配いりません。

たかだか1000以下の兵に何ができるんですか?

何をしても我々を脅かすような軍集団とはなりえません。

東門に待機させている1万の兵すら打ち破れません」


「そうだな……」


ルド・エーレンはマデリロと話しながら、

目で敵将の女を追っかける。

近衛兵と一緒に、城へと逃げ帰っているのが見えた。


「逃げられる可能性を危惧したが、

苦労をして取った居城を捨てるのはやはり口惜しいと見える」


「理解できますね。ある程度の規模の軍は、維持するのに都市や国家を必要します。

どうしてもこの都市は欲しかったのでしょうね」


「命を懸けて集めたものを簡単に手放す訳にはいかぬという訳だな。

そのために敗北という現実も見えなくなる……」


「200ほどでも籠城されると少々厄介ですよ。

何日か稼がれるかもしれません。

我々は人間の国を滅ぼし、都市に帰った後すぐに出撃しました。

経戦となると疲労が目立ってきます。

勝利はゆるがないでしょうが、二流の勝ち方になりましょう」


「わかってる。ここでも、準備をさせる前に強行だ!

東門に待機させた兵から、すぐに攻城兵器を持ってこさせろ」

「はい!了解いたしました!」


ルド・エーレンの指示により、巨大な杭のような形をした攻城兵器を持ってきた。

城の様子はと言うと、掘りをまたぐ橋はまだかかったまま。

敵軍はまだ弓矢の準備も完了していない様子で、

矢はまばらに飛んでくる程度。


「今がチャンスだ!すぐに取り掛かれ!」


マデリロが指示を出した。

城の扉に巨大な杭が撃ち込まれる。低く重い音が響き渡る。


小一時間後。

結論から言うと城はすんなりと攻略できた。

しかし、メノンと側近の兵達は城主ロークスから聞いた『秘密の通路』で逃げていた。

兵達が敵がいない事を確認すると、ルド・エーレンと側近のマデリロが入城し、

一番上の城主室で話し込む。


「結局逃げられたのか……?

ここまで来たら死ぬまであがいて戦い続けるのだと思ったが」

「肩透かしですね……。最終的に、恐怖心が勝ったと言うところでしょうか?」


「しかし近衛兵すら残さず逃げるとはな。

平地でもすぐ逃げたし、都市内でもあっさり敗退した。

城に至っては戦闘すらほぼ起きていない。

随分と戦う機会こそあったものの、

この戦いで、双方被害はほとんどない事になるな」


「確かに、結局戦いというのはほとんど行われていません。

最初に兵の姿は見えましたが、刃を交えればすぐ戦意喪失し逃げていった。

彼らがやった事は、我々をこの城に入るまでの道案内でしかないようですね」


マデリロの言葉を聞いた将軍は、ふと強い違和感を覚えた。


「道案内……?ハッ!?

ま、まずいぞ!!すぐ逃げろ!!」

「えっ?まさか……」


都市内から、叫び声が聞こえる。


「全ては罠だと……」


二人にこれまで味わった事のない衝撃が体に響き渡った。

それは物理的な衝撃であり、高熱の炎をとともにあった。

薄れゆく意識の中で爆発音が聞こえた。


城には可燃性の資材と、火薬や油がたっぷり撒かれていた。

それに火が付き、大きな爆発が起きたのだ。

それは城の外でも同様で、都市全体が炎に包まれている。

一週間前の火災よりはるかに勢いがある。

それは都市攻略のためのような弱い炎ではなく、

都市まるごとを焼き尽くし、破壊するための炎だった。


『秘密の通路』を使って逃げ出していたメノン達は、

城の近くの丘で燃え盛る都市を見ていた。



「ははははは!これはいい!見事にひっかかりましたね!

無敗将軍。確かに野戦、城攻め共に一級の腕前でしたが……。

それゆえに少しの油断と決めつけがあったようですね!」


コッペは燃え盛る都市を見てうろたえていた。


「こ、これは酷い大火事だ……なんでこんな事をしたのメノン?」

「もちろん、敵を倒すためですよ!まともに戦ったら勝てる訳がありません」


「せっかく手に入れた城だったのに。いいのか?」


クラウスはメノンに問いかけた。


「だからこそですよ。予想外のはずです。

私はたった一つの拠点だからこそ死守せねばならない。

ある程度の規模の軍隊を維持するには、都市や国家が必ず必要なのです。

なので、彼らは壊滅あるいは全滅まで叩けると思い、強行してきました。

しかし、だからこそこの都市は放棄すべきなのです。

論理的に考えて必要だからこそ捨てねばならない!これが私の詭道です!」


ロークスは深く頷いた。


「なるほどねぇ……」


「もし、この都市に固執していれば必ず壊滅していたことでしょう。

敵が最善手を打ったのならば、私達は損はするものなのです。そこを見誤ってはならない。

大事なのはどの程度の損失で抑えるかです」


「最初の、誘導のための火事と違って、

油をありったけ撒いて完全に燃やし尽くしまった。ここはもう都市とは言えないぞ?

ある程度の規模の軍隊を維持するには、都市や国家が必ず必要と言ったが、

そこはどうするんだ?」


「いいんですよ。彼らが住んでいた都市を頂ましょう」


「これからさらに戦うってえのかよ!?

奴らの都市にだって、守備兵はそれなりに残しているはずだぜ」


「……次の戦いの事は、全てが終わってから考えるべきでしょう。

これからの展開によっても変わりますしね。

東門攻略がまだ終わっていません。加勢して決着してしまいましょう」


その頃、東門に待機させていたルド・エーレンの守備隊1万匹は半壊していた。


 事の顛末はこんな流れだ。

都市が爆発し、燃え盛る炎に包まれた。

その結果、守備隊は本隊と連絡が途絶え、混乱していた。


明確に自軍の大将とその側近は炎の中に包まれており、生死不明。

いや、それは希望的観測であって、

恐らく死んでいるのだろう。


ここで北の森から3万匹の魔物が登場し、平地に展開する。

そのほとんどが都市の市民であり、そのまま戦えるものではない。

ここで重要なのは数だった。


そのすぐ後に、人間達が武装して北の森から登場した。

数は5000人ほどだ。周囲の村人である。

全員、メノンの手駒の魔物達に脅されて来た。


メノンの手駒の精鋭部隊は、まだこの戦いで一度も戦っていない。

彼らに負わせた仕事は戦いではなく、脅し。

1つは市民に交じって脅し、子供の人質を取って命令を聞かせる役目。

残りは周囲の人間を脅して徴兵する役目。

彼らは味方に刃を向けさせていたのだ。


ここで守備隊の視点になると、

東門の中は燃え盛る都市であり、入ることはできない。

平地には3万という自軍よりはるかに多い軍が展開されている。

北には人間の軍隊が5000ほどだが、後ろは森である。

そこに攻め込めば平地にいる軍に囲まれ完全包囲となるだろう。


常勝の軍でも、この状況を見れば同じ事を思う。

……すでに負けていると。


「撤退!撤退だ!!」


彼らにとっては都合よく南の方角だけ空いていた。

丘を駆け上り、何日か行軍すればそこには別の魔物の都市があるのだ。

何人かの将校が撤退を指示し、それに従うのは当然の行動だ。


しかし、それでも列強なルド・エーレン軍は……その半数が戦場に残った。


「我が軍は常勝不敗!ルド・エーレン将軍の名を汚す気か!?

将軍は必ず生きておられる!炎などでは死なぬッ!!

将軍が帰還したときに兵がいなくてどうする!?

ここは逆に奴らを殲滅してやろうではないか!」


脳みそが筋肉でできているような軍人の、愚かな言葉である。

しかしその言葉が彼らの心に大きく響き、兵5000匹が残りった。

そして、本当に3万5000の兵相手に互角の戦いを繰り広げていた。

急増の軍であり、脅しによって作られた軍だ。士気は最低に近い。

少し戦えば化けの皮が剥がれ、精鋭ルド・エーレン軍に削られていく。

もし最初から1万の兵隊で戦っていれば、守備隊の余裕の勝利だったろう。


このままでは損害が増えるばかり。

メノンが直接指揮する必要がある。

側近と共に、軍に混ざって完全包囲を指示した。


そんな時、計算外の出来事が起きた。

燃え盛る都市の中から一匹の魔物が出てきた。

今までも何十匹かの逃げてきた魔物はいたが、

部隊が崩壊し、火傷などを追って逃げてきた敗残兵であって戦線には影響なかった。


しかし、この一匹は違う。

確かに部隊は崩壊し、火傷を負ってはいるが、

士気は限りなく高い。そして、名前はルド・エーレンと言う。

その姿を見て守備隊4500の士気も高まった。


ルド・エーレン将軍は怒りに満ちた表情で、咆哮した。

その姿にメノンの兵3万3000はすっかり怯えてしまった。

魔物の本能的なもので、強いものには逆らえない。

ルド・エーレン将軍は戦場を単騎で駆けてくる。

一直線に駆けてくる。その目標はメノンだ。

側近のマデリロを失い、その怒りの全てをぶつけるため。


「まだ生き残っていましたか。流石、名将ですね」


メノンの周囲の兵達が10匹ほど向かっていったが、

一瞬で切り伏せられた。


「やべえぞ!ルド・エーレン将軍は本人も滅茶苦茶強い!!」

「ほう、そうですか」


「早く逃げろ!」


「ちょうどいい。この場にいる全員に見せてあげますよ!どちらが上かを!!」


「ふざけるな!メノン、お前がいくら強いと言ってもそれは人間レベル!

騎乗した上位の魔物に正面から戦って勝てる訳ねえだろ!!」


騎馬の全力疾走で加速しながら、

ルド・エーレンが繰り出す大槍の一突き。

真っすぐに心臓を狙ったその一撃は、

どんな防具も貫くであろうその強力な一撃だった。

メノンはその渾身の一撃に対し、難なくかわす……だけで終わらなかった。

彼女は槍が伸び切る前に柄の部分を手でつかみ、

跳躍してルド・エーレンの頭部を太ももで挟む。

そのまま体を勢いよく捻り、馬から投げ落とした。

ルド・エーレンの頭部が地面にたたきつけられ、彼は気を失った。



「……は?」

「な、なんだよその動きは!?」


「あはははははははははは!やっぱり体が覚えている!色んな技が使えます!!」


メノンのその一連の動きは、そもそも人間と言える動きではなかった。

人間ならざるものの放つ、騎乗からの槍撃に対し、柄を掴む。

そのまま馬上まで跳躍し、フランケンシュタイナーと言う奇怪な投げ技を繰り出す?

そんな事は出来るはずがない。

例えるなら、放たれた銃弾を銃弾で叩き落すような、そんな絶技だ。

狂気の沙汰である。


「クラウスは私の手加減した動きしか見ていないからでしょう。

奥の手は味方にも見せないものです」


ルド・エーレンが目を覚まし、立ち上がる。


「……な、なんだこの女は!?ふ、ふざけるな!!

なぜこんな事が……人間にできるのだ!?」


「不思議ですか?私にもよくわかりません」


「私は負ける訳にはいかんのだ!すでに何万という兵が倒れている!

彼らの死を無駄にはできない!!」


「もちろん、まだまだ戦いましょう。」


大将同士の一騎打ち。

通常、まずありえないこの戦いは、

両軍とも目の前の敵よりも気になる戦いとなった。

よって両軍とも、自然と距離ができて観戦する形になり、

何万の熱い眼差しが二人に注がれる。


しかしその結果は心を冷やすものだった。

メノンが一方的に強いためだ。

槍を繰り出せば槍を折られ、体ごと突っ込めば鎧を剥がされていく。

ルド・エーレンは最終的に武装解除させられ、

戦いの中で縄で捕縛される。

クラウスを捕まえた時と同じように。


メノンは戦場全体に届くように、大声で勝利を宣言する。


「もう決着はつきました!私達の勝利です!貴方達は投降しなさい!命は保証します!!」


勇猛なるルド・エーレン軍も、

目の前で大将が嬲られては、士気はガタ落ちだ。

また、より強いものに従うのが魔物の本能でもある。

守備隊約4000匹は捕虜となり、そのままメノンの軍に編成された。

大将同士の一騎打ちの効果は、それだけでなく、魔物の市民にもあった。

メノンの強さを目の当たりにし、1つの戦場を経て、

本当の兵士となったのだった。


メノンの軍は全ての門を開放し、軽く都市の消火活動を行った。

ルド・エーレンの残存兵力を取り込むためだ。

最終的にメノンの軍は4万の軍勢と1万の非戦闘員の集団となった。


その日の内に敵の都市へ出発。二度の野営を経て到着する。

そして、メノンはクラウスにルド・エーレンの鎧を着こませ、

4万の軍勢を都市に侵入させる。その後は、実に容易く制圧した。



捕縛したルド・エーレン将軍は処刑となった。


「貴女の仲間になど私はならない。

魔物として生まれたからには、魔王に従うのは運命だ。

逆らうことはできない。処刑するといい。

私を生かしておいても他国に逃げて戦場復帰するだろうからな」


「動きの速さ。戦術。素晴らしい忠誠心。将軍として威厳のある態度。

文句なしの名将です。確かに生かしておくと厄介ですね。

仲間にならないのであれば処刑しかない。非常に惜しい人材ですが、仕方ないですね。

クラウス。首をはねなさい。そして、その死体は丁寧に葬るのです」


もちろん一般には、戦場での火傷が悪化して名誉の戦死を遂げたと発表した。

その言葉を信じさせるため、ルド・エーレン将軍の葬儀はこの上なく荘厳なものとなった。


メノンは大きな魔物の都市を手に入れ、

その周辺の人間の国も含めた実効支配が始まった。

勇者という大義名分と、魔物の守護者という自称を駆使して二枚舌の統治。

人間と魔物を対立させ、メノン自身への批判を防いだ。

それらは1つの国家となり、驚異的なスピードで発展していった。


その理由は、単なる恐怖政治ではなく、

彼女に近代国家運営の知識が完璧に近い形で存在していたからだろう。

そして、その国家運営の能力はまさに天才的だった。



彼女には様々な記憶があった。

この世界の時代では得られないような先進的な知識や技術。

そのために彼女は生き延び、軍隊組織を発展させる事ができた。

しかし、それらの覚えている知識の中には、

現代の倫理観。人権などの思想はまったく抜けていたのだ。

それだけでなく、自分の家族や友人などとの温かい交流の記憶もない。

自分の夢も。

そんな事柄は全てさっぱり忘れていたのだ。

残っていたのは生き延びるための知識だけ……。


しかし、それでもメノンは……。

国家が成り立った今、

彼女は今までのように人間にも魔物にも厳しく当たる事はできなくなっていた。

不思議な事だった。

彼女の心にある一番大きな気持ちはシンプルなもの。


『守らなければ』



冗談のように言っていた勇者メノンや魔物を守るものメノンといった自称は、

いつしか本当の決意と変化していった。

また、自らの行った過去の残虐非道な作戦を悔いていた。

結果的に勝利するためとはいっても、補給として同族を食べさせる事や、

民間人への直接的な危害や、自分の領地を燃やす何てことは、

どの世界であっても許されることではないのである。


「話を聞く限り、魔王の歴史は長く1000年を超えます。

そして、その間に彼らの歴史が揺らいだ事はありません。

彼らは全力でこの国に侵略をして来るでしょう。

もはや途中で戦いを終える事はできない。

ならば最後までやり抜かなくてはいけません」


メノンは誓った。


『この世界のすべてを自分の国にしてしまおう』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る