第14話 記憶喪失勇者メノンと魔物達との闘い
「私の名前は、勇者メノンッ!!」
「えっ!?人間で、しかも勇者だったの?
みすぼらしい格好と殺意に満ちてたからなんかアレな魔物だと思った!」
「ほら、証拠ですよ」
メノンは小さな悪魔の前に道中に始末した魔物の頭部を転がした。
「ひ、ひぃ!」
悪魔は地面を蹴って高く飛び、木の枝に乗る。
距離は地上から10メートルはある。普通に考えれば安全な距離だ。
悪魔は息を大きく吸い込み、肺を膨らませた後、
巨大な火球をメノン目掛けて吐き出した。
メノンは初見でその予備動作を見極め、難なく火球を避けた。
悪魔はメノンの素早さに驚きながらも、
二発目の火球を放つため息を吸い込む。
メノンはその呼び動作の隙を見逃さず、
驚くべき膂力で短槍を投げる。
槍は悪魔の羽を射抜き、その衝撃で落下する。
地面に叩きつけられた悪魔は、苦しそうにもがいている。
メノンは悪魔に近付く。手には石を持っている。
止めを刺すために、馬乗りになって石で頭を潰す気の様だ。
悪魔はその姿にすっかり怯え、泣き出して悲鳴のような声を出した。
「うわーやめてよー」
メノンはその声を聞いてぎょっとした。
その涙交じりの弱弱しい声は人間の子供のものにしか聞こえなかった。
「……あなたの名前は?」
「コッペ!」
「今から私に殺される事についてどうお考えですか?」
「とても嫌だよ!」
「ふ~む」
メノンは少し悩んだ。
姿形だけでなく、受け答えもまるで子供そのもの。
始末すべきなのか?それとも、他の道があるのか?
メノンは問いてみた。
「なぜ人を襲ったのですか?」
「え~そんなの当たり前じゃん!」
コッペは笑顔で答えた。
「人間をいっぱい食べなきゃ強い魔物になれないって、
お母さんが言ってたんだ!」
「わかりました。次からはあなたが戦いなさい」
「えっ。どういう意味……?」
「私の代わりに、あなたが魔物と戦うのです」
「そんなの、嫌だよ!」
「ならば、ここで死ぬ他ありませんね?」
「そんなぁ!見逃してよ!」
「ダメです」
「ううっ……ぐすっ」
「死にたくなければ、あなたが他の魔物と戦うのです。
大丈夫。たったの三戦です。
もし、三戦戦い……あなたが生き残っていれば……。
その時は、あなたの命を助けて、私の部下にしてあげましょう」
「……はい」
コッペは涙を流しながら頷いた。
「わかりました……」
それからコッペはメノンの変わりに魔物と戦った。
二匹目の魔物を倒した時、コッペはぼろぼろとなっていた。
「はぁッ……はぁッ……なんとか、倒せたよ」
コッペは火球でまるこげとなった触手の魔物を見下ろしていた。
「おめでとう。あと一戦ですね」
「あと一回戦えば、僕を見逃してくれるんだね!」
「命は見逃してあげますよ」
「……?」
コッペは微妙なすれ違いを感じたが、
それが何かよくわからなかったのでメノンに問う事はしなかった。
それから二時間ほど歩き、山を下って深い森の中。
木漏れ日の差す切り株に、静かに座っている魔物がいた。
人間に近い姿をした、大人の悪魔だった。
「次はあの悪魔を倒しなさい」
「うぇぇ……」
「どうしました?」
「僕が大人の悪魔に勝てっこないよぅ」
「いいからやるのです。今なら油断してますよ!」
「うん……」
コッペは悪魔に対しありったけの火球を叩きこんだ。
「やったかな……?」
悪魔は激しく燃えながら、ゆっくりとこちらへ振り向く。
「うわぁん!やっぱり全然だめだよ!」
「そうみたいですね。でも勝てなければいずれにせよ死ですよ」
「ひ、酷い!酷すぎるよ!!」
コッペは泣きながら大人の悪魔に向かって突撃した。
しかし赤子の手を捻るように、地面に押し倒された。
「まさか休憩してるところに、同族に襲われるとはな。やれやれ」
「ふえぇ……やっぱり勝てないよ」
「何を言われたかは知らないが、
こんな人間の女にそそのかされて裏切るとは情けない。
不出来な子供だ。ここで殺してやるのも情けかな」
「ひ、ひぃ!」
悪魔がコッペの首を切断しようと、
手を振り上げたその時、
信じられない速度で放たれた槍が悪魔の頭を貫いた。
「メ、メノン!」
「大丈夫ですか?」
メノンはコッペの元へ駆けつけた。
「あ、ありがとうメノン」
「いいんですよ。あなたはもう三回戦ったのですから」
メノンは悪魔から槍を引き抜き、立ち去ろうとすると、
悪魔がうめき声を上げた。
「ぐうぅ……」
メノンは悪魔の生命力に驚いた。
「まだ息があるのですか!まさかこれほどの耐久力があるとは!」
「でも、後一押しでなんとか殺せそうだね」
コッペが悪魔に近付き、大きく腕を振り上げた。
鋭い爪がぎらりと光る。
その瞬間、メノンは1つのひらめきを得た。
「お待ちなさい。これはちょうどいいですね……。
コッペとその悪魔は同属なのでしょう?
でしたら、何も殺すことはありません」
「ええっ!?なんかさっきと言ってる事違うよぉ……」
「いいんです。見逃してあげなさい」
「メノンと言う名前なのか。今日の事、決して忘れはせぬぞ。
必ず始末してやる。
コッペ。お前のような裏切り者はまともな死など待っていないからな。
覚悟しておけよ」
「ふえぇ……」
「そうですよねぇ!
同じ悪魔で裏切りものなんて、もう元の場所には戻れないですよね!?」
「なんでうれしそうなの!?」
悪魔がふらつきながら歩いて去るのを見送った後に、
コッペは涙目になりながら、メノンに背中を向けて呟いた。
「三回戦ったよね?僕、もう帰るよ……」
「帰る?そんな事許しません」
「え?なんで?助けてくれるんじゃないの?」
「帰っていいなんて言ってませんよ。私は部下にすると言ったのです」
「ぶかって何?」
「私の言う事を何でも言う事を聞く人です。裏切ったら死にます」
「な、何それ!?そんなの知らないよ。僕帰る!」
「いいんですか?今の状態のまま帰れば、コッペはなぶり殺しですよ」
「なななな、なんで?」
「さっき大人の悪魔が言ってたじゃないですか。
あなたは『人間に寝返った小悪魔』として、他の悪魔に伝わってますよ。
今帰っても、あなたは人間のスパイ扱いでしょうね」
「そんなぁ……」
「あなたに、帰れるところなんてないんですよ!」
「うわあああああん!酷い!酷いよ!!」
コッペは大声で泣き始めた。
倒すべき魔物であっても、利用すべき悪魔であっても、
見た目は人間の子供とよく似ている。
その姿を見ていると、メノンは良心がちくりと傷んだのを感じた。
メノンはコッペを少し慰めてあげようと優しく抱きしめながら言った。
「大丈夫。これからは私があなたの帰る場所だからね」
コッペはぴたりと泣き止み呟いた。
「こんなところ帰りたくないよ……」
メノンに槍を突きつけられ、脅されたコッペは、
逃げ出したい気持ちを抱えながらも、
大人の悪魔すら上回る力を持つメノンに従わざるを得なかった。
暴力の世界で生きる者であれば、暴力で言う事を聞かせるのは容易い。
メノンはこの根本原理をよく理解していた。
人生の思い出はなくても、本から得た知識はある。
悪魔との交戦の後、4時間ほど歩き、日も陰って来た。
コッペは先頭で索敵し、メノンに様子を逐次伝えてながら慎重に歩みを進めており、
村まであと5キロほどの距離にいた。
メノンは今夜は宿を取れそうな事を喜んだ。
「今日はなんとか宿に泊まれそうですね!昨日は野宿でしたから疲れましたよ」
「そ、そうなんだ……あっ!メノン。いたよ……」
コッペが魔物を見つけた。
メノンは岩の物陰に隠れながら、魔物をそっと覗き込んだ。
魔物は半人半獣で、熊と人間が混ざり合った様な姿をしていた。
身長は2メートルほどの大きな体をしている。
メノンは世界を救う計画を実行しようと思った。
「いいですかコッペ。今からあの魔物を倒すのです」
「はあ……結局、やる事は変わらないんだね」
「しかし今度は命をとってはいけません」
「え?なんで?」
「その理由はすぐにわかりますよ」
メノンはそう言って微笑んだ。
メノンは身を隠し、岩陰からそっと覗いている。
コッペは指示通り、のっしのしと歩いている熊男の目の前に立ち塞がる。
「なんだ?お前……」
「うう……」
「どけよ」
コッペは大きく息を吸い込み、
火の息を吐いた。
熊男は野生の研ぎ澄まされた感覚により、
毛先がほんのり焦げる程度に避ける事ができた。
「な、何しやがる!」
「ごめんなさい。でも、命令なんだ!」
「ああん?俺達の縄張りを奪うためか?誰が首謀者だ?」
「ごめん、それは言えないよ」
「だろうなぁ!なら、言うまで殴ってやるよ!!」
「うわーん!」
熊男がコッペに向かって突進する。
コッペはそれを跳躍して避けた。
「もういやだ!勝てる訳ないよ!!」
コッペはそのまま木の枝まで飛び、一旦体制を整えようとしたが、
熊男は木をすばやく駆け上り、ジャンプしてコッペを空中で捕まえた。
二匹は地上へと叩きつけられる。
コッペは組み伏せられ、もがくも力の差は歴然だった。
熊男はその太い腕でコッペをしっかりとホールドして動かない。
コッペは火の息を吐こうとするが、
熊男に右の腕を首に押し当てられ、口から火花が漏れるも不発に終わる。
そのまま熊男は右腕に力を入れて、コッペを窒息させていく。
ギロチンチョークと呼ばれている絞め技だ。
「ぐぐぐっ……」
「悪魔とはいえ、子供じゃまだ俺の相手にはならんぞ。
ほら、誰の仕業か吐けよ」
「そ、それは……」
「私です!」
メノンは気配を消して熊男の後ろに回っていた。
「誰だよ?」
熊男が後ろを振りむき、メノンと目が合う。
微笑みをたたえており、熊男を慈しむように見ている。
敵に見せるような顔ではない。
熊男はメノンの瞳に一瞬だけ意識が飛んだが、すぐに自分の体の異変に気づいた。
自身の足の付け根を縄で縛られていたのだ。
「なんだこりゃ?こんなもんで俺を拘束したつもりか?」
熊男は自慢の怪力で足を広げ、縄を引きちぎろうとするがうまくいかない。
ひきちぎるのに造作もない縄に見えるが、足に力が入らない。
「そうですよ。拘束したのです。すでに決着はついています」
メノンは熊男の体に乗っかり、
目の前に悪魔の血がべったりとこびりついた槍の穂先を差し出す。
熊男は恐怖に慄き、体を震わせた。
決着がついた瞬間だった。
メノンとコッペは熊男の前に立ち、
熊男は拘束されたまま正座している。
「人間と手を組んでいたとはな……裏切り者め」
「……」
熊男はコッペを睨み付け、
コッペは視線を逸らした。
「卑怯な手口だな。一対一に見せかけておいて、実態は二対一だった。
まともに戦えば子供の悪魔と人間の女ぐらい一ひねりだったろう」
熊男はメノンを睨み付けた。
「あなたは魔物なのに何かを勘違いしていらっしゃるようですね」
「何がだッ!!」
「兵とは奇道なり。
正道は奇道によって敵の虚をつき、優勢になった後に行うものです。
戦いであるのならば、まずは全力にて敵を騙し虚をつくのが正しい行いなのですよ」
「ぐぬぬ……」
「お名前は何と言うのですか?」
「クラウス」
「今からあなたは死ぬのです。何か言い残す事は?」
「……そんなものねえよ。さっさと始末するがいい。
俺の首でも持っていけば、人間どもは大喜びするだろうぜ!」
その言葉を聞いてメノンは微笑みを浮かべた。
それは嘲笑の微笑みだった。
「クラウス。もっと素直になってもいいのですよ。
ひょっとしたら『その願い』は聞き入れられるかも……」
「……ぐっ!クソ人間が!!俺に命乞いをして見ろと言うのか!?」
「私に服従を誓いなさい。ならば生かして上げましょう」
「ああ、誓うよ誓う。だから、命だけは……助けてくれ!」
「口だけならばなんとでも言えますね?」
「お、お前が言えっていったんだろ!!」
メノンは槍をくるりと回すと、
槍の穂先をクラウスの前に突き出した。
クラウスの頬を一筋の汗が伝わる。
「命を買うには言葉では足りない!
服従を誓うのならば行動で示してください。
具体的には……そうですね。私のために魔物の首を三つ持ってきなさい。
大丈夫ですよ。私が見守っていてあげますから。いざとなったら助けてあげますよ?」
「チッ……その程度の事でお前の手なんて借りるかよ!」
二人の様子をボーっと見ていたコッペがふと何かに気がつく。
「この展開どこかで見たような気がするな……」
クラウスはその後、メノンの監視の中、魔物と三度戦った。
メノンの予想では逃げ出すかと思って警戒していたが、
意外と素直に戦っていた。
「おらよ。これでいいんだろ?」
クラウスが魔物の首を3つ並べる。
「いいでしょう。
服従を誓ったと認めましょう。何せ、人間の命令によって魔物を殺したのです。
あなたが同属殺しである事は明らかになりました」
「は?」
実は魔物を1匹誘導して、クラウスの魔物殺しのシーンを見せた後に逃がしたのです。
今頃、あの魔物は仲間達に言いふらしているはずです」
「ふざけんな!!」
「最早、あなたに居場所なんてないんですよ!」
「ぐぬぬ……」
「僕の時と同じ手口じゃないか!!」
「コッペ、クラウス。あなた達は最早裏切り者と成り果てました。
しかし気にすることはありません!
逆に我々こそ真の魔物、魔物を超えた魔物の中の魔物だと吼えればいい!!」
「何言ってんだこの女!?」
「二匹とも頑張って仲間を増やしましょう。
私がした事と、同じ事を繰り返しなさい。
あなた達は魔物を打ち倒し、服従させるのです。
そうやって自分の部下を持てば自分が闘う必要はなくなります。
楽ができますよ?
重要なことはとにかく増やすことです。
ある程度の規模を得たらお金や食料を部下から5%ほど徴収しましょう。
5人の部下がいれば戦わなくていいし、
20人の部下がいれば働かなくても生きていけるのです。
どうですか?悪い話じゃないでしょうッ!?」
「また胡散臭い事を言い始めたよ……」
「私は魔物の軍隊を作る!この世界で最強の軍隊!
その軍隊をもって魔王を撃ち滅ぼすのです!
兵站は人間に任せればいいんです。
前線には立たないのですから、それぐらいは喜んでやるでしょう。
適材適所と言うやつですね!まずはあの近くの村で装備を蓄えましょう。
私は勇者ですから。当然の権利です。
もし逆らったならあなた達が言う事を聞かせなさい!」
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