記憶喪失と勇者

第13話 剣と魔法とファンタジーと記憶喪失

その日、太陽はいつになく強大な姿になっていた。

人々の目に色濃く映る、完全な赤。

夜が訪れる前のわずかな瞬間、原色で塗り潰された炎が群集を照らす。

その全てがたった一人の英雄のために、運命が用意したものである。


英雄は大きな広場の壇上に立っている。

その前には数え切れないほど多数の群集が、その威厳ある姿を見に来ている。

人々は口々に褒め称え、次に起こる出来事に期待する。



群集の前で、彼は大きく剣を掲げた。

人々の視線が剣先に移動する。太陽の光に照らされ光り輝いている。

彼は重く、ゆっくりと剣を降ろす。

すると、当然の帰結として、首が地面に切落とされた。

それは人のものではない。罪ある獣の首だった。

獣の首は、苦悶の表情を浮かべながら、壇上を転がって地べたに落ちる。

勝利の瞬間である。


これで終わり。群集はその役目を終える。

そして、それは新しい『    』の誕生でもある。


英雄は全ての記憶を取り戻し、人々に向かって静かに一礼する。

群集は笑顔で拍手し、英雄と彼らを祝福する。


これらは全て決まった事。一つの形式である。







「ここは……?」


簡素なベッドの中、一人の少女が目覚める。

周囲を見回すと、そこは木製の家。

外は牧歌的な風景が広がっている。


少女は、なぜここにいるか思い出せない。

それどころか、自分が何をしてきたか?とか。

どんな家庭で育ったのか?どんな友人を持ち、どのように暮らして来たか思い出せないのだ。

解る事と言えば、常識的な知識のみ。

四則演算や言語を思い出し、今まで学んだであろう知識を思い出した。

しかし学んだ過程は思い出せない。

花の名前は思い出せても、自分の名前も思い出せない。

世界の歴史も知らなければ、自分の家族すら思い出せない。


「何これ……?」


少女は顔を伏せ、頭を抱えた。

絶望的な状況だった。

ほんの少し前まで、自分は確かに自分の記憶を持ち、自分として生きていた筈。

確かに何か重大な局面で、頑張っていた。

そう。そこで様々な疑問について、全てを理解した筈なんだ。

しかし何度も何度も思い出そうとしても、できなかった。

その時の魂に響いた感情は覚えているが、決して思い出せない。

彼女の人生は、夢のようなものとなって消えていた。



その時、扉が静かに開けられる。


扉を開けた人物は、40代ぐらいの中年女性で、

中世ヨーロッパあたりの古めかしい服を着ていた。

女性は少女を見て、ぽかんとした表情を浮かべた。


「……誰?」


状況判断を終えた中年女性は、

ハッとした表情になると、部屋から飛び出て叫んだ。


「みなさぁーーーん!勇者様がお目覚めになられました!」


「勇者様……?」


少女には、その言葉がとても唐突なものに聞こえた。



中年女性に連れられ、

少女は家の外の広間に移動した。

そこでは村人全員が集まり、

何かを請い、何かに期待するような目で少女を見ていた。

村の長老が村人達の前に出てきて、少女に話しかける。


「おお、勇者様!私達はあなたのお目覚めを心よりお待ちしておりました」

「すみません。その、勇者様と言うのは一体何の事でしょうか?」

「え?どういうことですか?」

「私は何も覚えていません。記憶がないのです」

「ええっ!?記憶喪失ですか?」

「……はい」


長老は少女の話を聞いて、困惑した様子で自分の周りにいる側近に相談した。

数十秒ほど話し込むと結論を出し、少女に話しかける。


「それはきっと異なる次元間を移動した後遺症でしょう」

「異なる次元?」

「そうです。勇者様は異次元からやってくると聞いております」

「異次元?そんなの本当にあるのでしょうか?」

「恐れながら。勇者様がここにいるのが何よりの証拠かと……」

「ううむ……」

「とにかく、あなたは伝承にある通り勇者様です。

記憶は無いでしょうが、伝承通り、あなたは光に包まれて空から降ってきました。

我々はそれを目撃したのですから」


少女は何か強い違和感を覚えたが、これ以上は口に出さなかった。


「勇者様は魔王を倒すために、神のお導きによって異次元から召還されるのです。

仲間や道具を集める旅に出て、勇猛に戦い続ける。

最後は魔王を倒して勝利し、世界を救うのです。勇者とはそう言うものです。

伝承にもそう伝わっております」

「そうですか……」


少女は、なんともシンプルな世界観だろうと思った。

敵が一人で、ただそれを暴力によって打ち破ればいいだけ。

問題の解決方法として、これほど簡単な事があるだろうか?




少女が目覚めた日の夜は、村人達による歓迎の宴が催された。

ワインとジャガイモ、羊の肉が振舞われ、村人が踊っている。

メノンは村人と話をして、この世界の事に常識などを覚えた。


「私達はいつも魔物に怯えて暮らしてきました!でもその生活もそれで終わり!

ついに勇者様が来て下さって本当にうれしい!」

「……魔物というのはそこらへんにいるんですか?」

「村の外にいると昼間でもたまに出会います!夜は活動が活発になるので迂闊に村の外に出れません」

「ちなみに大型の動物と何が違うんですか?」

「全然違います!奴らは知性を持ってるし統率もある。

普段はち会うだけなら大型の動物と同じで襲われて死ぬだけかもしれない。

集団で人や村を狙って来ることもあります。

また大型の動物よりはるかに強い固体もいます。

それに大規模な破壊をもたらす事もあります。魔王が集合をかければ無数の魔物が集まるんです。

魔物の軍勢に国そのものが滅ぼされた事だってあるんです」

「要は魔物人間より種族として強い頂点捕食者って事?」

「そうです!」

「なら数は人間より少ないの?」

「そうでもないんです。総数は謎ですが、人間より同じか多いぐらいです」

「人間が絶滅しないよう、人間を狩るのをコントロールしてるって事?」

「えっ……いや、その……魔物の意図はちょっと解りませんが……」

「ふうん……」

(だいぶお行儀がいい存在なんだな……)

「魔物が頂点捕食者で、それでこの世界のバランスが取れているなら、

魔物を絶滅させてしまうと生態系を崩してしまうのでは?」

「ゆ、勇者様!魔物に怯えない生活こそ人間の夢なのです。どうかそこを理解して頂ければと……」

「なるほど。人間をこの世界の頂点捕食者にするのが勇者の役目と言うことですね」

「は、はい……まあ……そうですね」

「勇者が魔王を倒すと伝承にはあるらしいのですが、魔王を倒すとどうなるんですか?」

「世界に平和が戻ります」

「魔王を倒しても、統率を失うだけで魔物達は拡散してしまうのでは?

今までは人間狩りをコントロールしてたのに、

それが出来なくなると言う可能性は?」

「伝承によると、魔王が倒されれば魔物達は洞穴や森の奥深くに身を隠して、おとなしくなるとか。

お言葉ですが勇者様。先ほどから質問の意図が解りかねますが……」

「いえ。私がどの程度戦えばいいのか、と言うことを確かめたいのです。

魔王を殺せばお終いなのか?

それとも魔物を一匹残らず絶滅させなくてはいけないのか?」

「ぜ、絶滅!?」

「その結論は戦っていく中で確認しようと思います」


お腹を膨らまし、ゆっくりと眠りについた次の日の朝。

長老達に連れられ、少女は小屋に入った。

小屋の中には武器が置かれていた。


「一番いい剣を用意しました」


少女の目の前には煌びやかに装飾された一振りの剣が机の上に置いてある。

確かにこの村にあるのは不自然なぐらい高価そうな剣ではある。

しかし少女は、壁に立てかけてある短槍を手にした。


「せっかく用意していただいて申し訳ないですが……こっちの方がいいですね」


「ほほう?それはなぜですか」

「旅をするなら軽い方が何かと都合がいいのです。

槍はリーチも長くて善い武器です。こちらの方が馴染む気がしました」


少女は槍に触れた瞬間解った。

自分にはこの武器の経験があると。

手に持ち、構えるとしっくり来る。


「おお……」


その短槍を持つ少女の自然な姿に、

長老達は小さく感嘆の歓声を上げた。


少女は小屋から出た。


村は高台で、周囲に高い建物もない。

そのため、空をとても近く感じる。

少女はふと思った。


「私の名前は伝わってたりするの?」


長老は答えた。


「伝承によると名前はメノンと言います」

「メノン。そうなんだ」


メノンという名前の少女は空を見上げながらぽつりと呟いた。


「変な名前」






メノンは長老の家に行き、朝食を取る。

武器を貰った後も幾らかの貨幣や旅の道具を支給された。

メノンは用意されたいささか重めの朝食を食べ終わると、

魔王を討伐するため旅立った。


「……ん?」


村から歩いて10キロほどの地点で、早くもメノンは妙な違和感を覚える。

それは何者から監視されている様な雰囲気。知性的で、動物的なものだった。

メノンは気配を感じる草むらへと石を投げつける。時速150キロほどの速球だった。

肉に当たる音が鳴り響く。手応えあり。

草むらから熊のような巨大な姿が立ち上がり、メノンを見下ろす。

これがメノンがはじめて出会った魔物だった。威嚇のために咆哮する。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ぉーーーーー!!!」


人ならざる、獣ならざるものの声。

確かに人類には立ち向かえない様な強大な力を感じた。

しかし魔物が咆哮している最中に、メノンは短槍を目に突き刺す。

魔物は絶命には至らず、苦しみ暴れた。

メノンは自分の意識が深い海の底のような場所へ沈んで行くのを感じた。

『集中』しているのだ。


メノンは魔物の動きを見極め、全体重をかけて槍を蹴った。

槍は魔物の頭部を貫通する。すると、数秒の間激しく痙攣し、ついには息絶えた。

メノンは魔物の死体を見下ろして、槍を引き抜く。


「なるほど」


メノンはそう一言だけ呟いて歩みを進めた。

なるほど。これで死ぬのか。


歩き続けてもう十時間以上は経過した。日は沈み、夜になる。

メノンは日が暮れた頃から木や草でテントを作成しており、

また火種も確保していた。最初から知っていた知識を使って。


瞑想の様な睡眠中、メノンは薄い意識の中で考えていた。


昼の一匹の他にも魔物を二匹も殺していた。

確かに一般的な人間ではひとたまりもないような強さだった。


自分がなぜこれほどまでに強く、様々な知識があるのか不思議だった。

村人なら勇者だからと答えるのだろうが、自分がそんなものであるとは思えない。

『私はそんなものになりたかった訳じゃない』

それだけは解る。しかし、それなら……自分は何者なのか?


睡眠中にも魔物が襲って来たが、腕を取って背負い投げ。

魔物の全体重が頭部にかかるように岩に当てて、頭を破裂させて殺した。



メノンは朝が来ると、すぐさま出発した。

小山に登り、頂上から見下ろすと村を見つける。

魔王の城までに通る道中の一つ。旅はまだまだ長いだろう。

彼女は考えた。魔王には魔物を統率する軍隊組織を持っている。

ならば単身で行って、真正面から戦ってもかなう筈がない。

軍隊が必要ではないか?しかし人間は弱く、数的有利もない。

ならば、一体どうすればいいのか?

……その答えはあまり難しくはない。2つしか答えはない。

1つは暗殺で、もう1つは……。



メノンは山を下ったところで、一匹の魔物を発見した。

一見小さな子供の様に見えたが、

よく見ると角、黒い羽、尻尾が生えている。

その出で立ちは、メノンの知識の中で当てはめるとしたら、

典型的な西洋風悪魔の姿だった。



小さな悪魔は彼女の視線に気付き、振り返った。


「お姉さん誰?」

「ん~……」


メノンはどう答えたものか迷った。

答えによっては、戦わずに済むかもしれない。


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