第12話 冷たい肉の中の諜報

メノンは輸出船に隠れて乗っかる事にした。

統一国家では密航対策として全従業員のDNAを登録されており、

服装などを誤魔化しても絶対にバレて捕まってしまう。


「この密航は相当な無理をしないと成功しないね!」


メノンは貨物に詰められる予定の、食肉用の大きな肉塊を切り裂き、その中に入り込んだ。

そして、肉が冷凍庫に入れられるのを待つ。防寒具は欠かせない。


「うっ!ひんやりとしていて生臭い……」


小型の電気カイロをいくつも抱えたメノンは、これから三日ほど極寒に耐えなくてはならない。


「もし熱調整を間違えて過剰に熱くしてしまえば、熱探知で発見されてしまうし、

逆に、もし途中で電気カイロが尽きてしまえば凍えて死ぬしかないんだよ!

なんだよこれ!?ただ外国へ行くだけなのに!!」


死線を潜り抜けなければ孤立国家から統一国家に行くことはできない。

肉は冷凍庫に詰め込まれ、船は出発する。メノンは電気回路によって体温を調節し、じっと耐え続ける。


――――船が統一国家に到着したのは予定より二日遅れた五日目の事だった。



「ふぅ~……ふぅ~……」


メノンは電気カイロが尽きた後、生肉を食べて、体を震わせて寒さに耐えきった。


「ううっ!生肉何の味もしなくてきつかったよ!

せめて焼き肉のタレが欲しかった……」


メノンは隙を見て冷凍庫から逃げ出し、

再び統一国家の地に降り立った。


統一国家はその超巨大なサイズゆえに必然的に多民族国家であり、

褐色のメノンの肌を見ても外国人だと思われる事はない。

潜入してしまえば、滞在すること自体は楽なものだ。


しかし、与えられた使命を達成するのは酷く困難だ。


「第一に、統一国家の皇帝が誰なのかがわからないって事が問題だね」


統一国家では要職の人間は情報規制されている。

統一国家においては、皇帝の情報は公表する必要がないとされている。要職の人間も同じだ。

だから国民は皇帝の顔も知らないし、名前も知らない。基本的には何でも秘密だ。

特に皇帝の情報は絶対的な秘密である。

知られているのは第何代の皇帝かと言う事だけ。

代が変わる年は各家庭で新皇帝誕生のお祝いをする。

現皇帝は8代目だ。世界皇帝は名前が公表されない変わり、

実行された政策によってあだ名がつく。

今の皇帝にはスマイルと言うあだ名がついている。その施行した政策の持つ優しさに由来する。


「何がスマイルだよ!!」


皇帝は合理的な理由により、誰が皇帝なのかは絶対的な秘密となっている。

その理由の1つは、まさに暗殺を防ぐためでもある。

次に、賄賂や洗脳などで皇帝が何者かに利用される事を防ぐ事。

次に、皇帝は常に国家のために自発的に働いていなくてはならない。

有名であるがゆえに無用な用事が増えましたなどという事はあってはならない。

マスコミに過去を探られたりして気に病む機会もなくなる。

国家の意思決定者が秘密であることはこのようなメリットがある。



「でも、そこには一つ問題がある」


それは、国家の意思決定者に対し、国民監視ができない状態にあると言う事だ。

権力者を国民が監視ができないのは、本来非常に危険な事である。

通常の国家においてあってはならない事だろう。

しかし、そして統一国家の国民はそれを認めている。

そして統一国家の特徴がそこにある。

国民は皇帝を信じており、皇帝は絶対に信頼できる存在なのだ。

それが統一国家の持つ、合理性によった結論なのである。

『なぜ皇帝を盲目的に信じるのか?』

その理由は統一国家住民にとっては一般常識である。




「誰が皇帝かは未だに解っていない。でも、そのヒントは貰っている。

皇帝の側近……と思われる人物が、

孤立国家の諜報期間による監視カメラのハッキングでわかったんだ!」


メノンは東の孤立国家名物の型落ちの携帯端末を見る。

その端末は今時ボタン入力であり画面はタッチパネルを採用していない。

普段は貝のような形状をして液晶画面を守り、使う時はパカっと開けるタイプ。


「こんなの使ってたら外国人ってバレちゃうよ!?私の祖国バカすぎ!!」


メノンは監視カメラの目が届かない、人のいない隙間のような場所で情報を確認する。

何度見ても間違いない。


「この人が皇帝の側近なんだね!」


大人びたスーツに小さい体。

このどう見ても小学生にしか見えない成人女性が、皇帝の側近なのだ。


「リオンさんじゃん!!」


それはメノンが記憶を失って統一国家を彷徨い、

殺人の指示に悩んでいる時に、親切にも話しかけてきてくれた人物である。



「あ、お久しぶりですリオンさん!」


メノンは偶然を装い、公園のベンチでサンドイッチを食べているリオンに話しかけた。

この公園での昼食は彼女の行動パターンらしい。

統一国家の要職であればセキュリティ万全の高級レストランでの贅沢もできるだろうに、そうはしない。

一般の人間に溶け込んでいるのだ。


「おお、久しぶりだね~。元気にしてた?」

「えへへ……絶好調です!!」


メノンはリオンに対し明るく元気に接していたが、

内心、酷く緊張していた。


(彼女は私が最初に記憶を失くし、

ゲームやら社会的実験やらに巻き込まれた時に話しかけてきた。

そしてその彼女が統一国家皇帝の側近だとしたら、

これが偶然な訳がない!!そんな事あるものか!絶対に作為的だ!

もし私が本当にスパイであるなら、

私がスパイであることはリオンさんにバレている可能性が非常に高い。

もし私がバレていれば統一国家の権力者であるリオンから、

合理的判断により、何らかの処置を受ける可能性が非常に高い。

要は殺されるってこと!

私、どう見ても捨て駒だよ!?)


リオンはメノンの明るい様子を見て、

そっと食べかけのサンドイッチを置き、笑顔になって話しかける。


「それはよかった。――自分の使命は果たせたかい?」

「果たせました!!」


「ふふふ。お帰りなさい。待っていたよ!」

「えっ?どういう事ですか?」


リオンの台詞はどこか違和感のあるニュアンスを含んでいた。


リオンの表情が歪む。右の口角だけを上げ、目を細める。


「何を言ってるんだい?ひょっとして、君は本当の使命を忘れたのか?」


「な、何の話ですか?」


メノンは混乱する。いつものように。


「記憶喪失の薬の分量を間違えちゃったようだね。その最も重要な忘れるとは。

これは減給ものだぞメノン君!」


「すみません!教えてください!私は何を忘れたんですか?」

「仕事だよ!」

「仕事?」

「君は統一国家の二重スパイなんだ」


メノンは一瞬考えた後、頭を抱えた。

もう何だかよくわからない。


「ごめんごめん。減給と言うのは冗談だよ。わざと忘れさせたんだ。今も記憶がないのは計算上の事さ」

「ううぅ……要は、私は孤立国家の情報を得るために工作を行う統一国家のスパイなんですね」

「そうさ!」

「なぜそんな記憶まで消しているのですか……?」

「記憶さえなければスパイはうまく行くからさ。何せ、君の言葉は自然と全て真実になるのだから。

色んな事で嘘をつかなくて済む。

賄賂が発覚した政治家が、その事について責められて『記憶にありません』と言う様を見たことがあるか?

誰も信用しないだろ!?あれは嘘をついているからさ。

その点、本当に記憶を失えば、『記憶にありません』と言っても本当になる。

そして、それが本当である以上、君は統一国家のスパイではないのだ!はははははは!」

「ははは……なるほどそうですね……」

「君は孤立国家に連れられた後、意識混濁とした中で自白剤を飲まされたようだが、まったく不利な事は喋っていない。

ああ、もちろんその記憶もないんだろうがね」

「その情報も私以外のスパイによるものですか?」

「もちろん」

「孤立国家もスパイだらけなんですね」

「東の孤立国家は統一国家にとって弱小そのものの存在だが、

それでも諜報しない訳にはいかないよ。スパイは国家の基本戦術。

間者はどの時代、どの国でも必要とされるのさ。

実際、皇帝暗殺の情報をつかめたじゃないか?ん?まあ、実現可能性は0に近いがね!

はははははははは!」

「ぬぅ……」

「ん?納得が行っていないようだね。まあいいさ。君の記憶を戻せばちゃんと納得するよ。

私についてきたまえ」


リオンは自分の端末に触り、大きなロボットを呼んだ。

まるっこい大きなボディにはドアがあり、中は広い空洞となっている。

そこは快適な部屋となっており、人をストレスなく乗せることができる。

ロボットの多足の足にはタイヤがついていて、どんな悪路でも走ることが可能だ。

これは統一国家のタクシーである。当然無料となっている。


メノンはリオンが呼んだタクシーに乗る事にした。


30分ほどタクシーを走らせると、

二人はとあるビルに到着した。そのビルの大きさは三階建てで、あまり目立たない場所にある。

ビルに入り、エレベーターの中に乗り込む。


「ここは……監視カメラがないですね」

「もちろんさ。誰かさんにハッキングされて見られると困るからね」


リオンはエレベーターのボタンを連打したり、押し続けたりして複雑な操作を3分ほど行った。

するとエレベーター内部の証明が消えて、地下へと降りていく。

設定上は地下1階までしかないが、そのまま数分の間下降し続けた。


やがてエレベーターは目的の階に到着し、扉が開かれる。

そこは不思議な階だった。


「まあ原理としては簡単だよ

脳の記録領域をスキャンして、どこにどんな記憶が入ってるかをコンピュータに位置情報を記憶し、

ナノマシンによって記憶にアクセスしようとする電気信号を通さないようにするのさ」


「君はこの注射器を指すだけで封印された記憶が蘇る。

この注射器に入ってるのは無害な成分だが血液中をめぐる。

そして、それはナノマシンにとってはお仕事終了のお知らせ。

ナノマシンは脳から胃に移動し、排泄されるのを待つわけだ。簡単だろう?」


「この話には矛盾があります」

「なんだい?」

「私は二重スパイになんてなりません」

「なぜ?」

「私は祖国を裏切ったりはしないからです」

「あはははははは!そんなの何の根拠にもなっていないじゃないか」

「いいえ、十分すぎるほどの根拠です」

「賢い君らしくない意見だな!非論理的だ!

それは記憶操作されてるからだよ!

君の脳の状態は、統一国家の二重スパイと言う記憶がなく、

孤立国家の諜報機関によってスパイの命令を受けている状態だ。

だから、そう思ってしまうだけさ!」

「違います!私はそんな事をしません!

なぜならスパイになることは合理的な結論ではないからです。

孤立国家のスパイになっても、統一国家の二重スパイになっても、

私の祖国が抱える問題は解決しないッ!」

「ははははは!なぜそんな非合理的な事を言うんだ?本来の君はもっと合理的な人間だぞ?」

「……どういう意味ですか?」

「おいおい大丈夫か?誰でもわかる簡単な動機だろう!?

君は自身の生活を優先したって事だ!

統一国家において孤立国家の国民ができる最高の仕事をして、最大の報酬を貰う。

そして贅沢をして人生を楽しむのだ!

個人としては当たり前の判断だ。実に合理的!

論理的に考えればそういう結論になる。そうだろう?」


「いいえ、違います。私はそんな判断などしません」

「なぜだ?理由を論理的に述べてみなよ」

「私は祖国に帰り、この国を救いたいと思いました。

根拠は『そうを感じたから】です。私の心の構造がそうなっているという事。

自分のためにお金を稼ぎ、楽して暮らそうなどと感じなかった!

私はいつも貧乏だった!」

「ああ、あの事ね。ちゃんと見てたよ?幼い姉弟を助けた事。

あんなのでいい気になってるのかね?あれで誰が救われるんだ?

ホテルは厄介者を拾ってどうにかしたいと考える。

そして、彼らがすることはわかる?

他の政府職員に大金を渡し、

本当にホテルが潰される事が予定されていたのかと聞く。情報だ。重要なのは情報。

彼らが確かな情報を握れば、恐れる事は何もない事に気づく。

幼い二人の命はやがて失われるだろうね。あははははははは!」

「なっ……ぐっ!」

「根拠になってないよ?そんなの。君が『どう感じたか』なんてさ。

たまたまそう感じただけだ。体調とか気分とかで。

久しぶりの祖国に帰って、たまたま同情心が生まれただけ。

人間の気持ちとはそういうものだ。常に揺らいでいて虚ろいやすい。

固い決意もやがては失われてしまう!

人間というものは……たまに寛容になっても、基本的には残酷でね。

人が殺されたニュースを好み、他人の不幸を見ながら夕飯を食べる。

遠い場所にいる人間なら何万人見殺しにしても平気。

それが本来の人間だ。それが多くの人間であり、大衆だ!君もそうだろう!?」

「……私は違いますよ」

「メノン君!感情で動く事などやめたまえ。合理性こそこの世界の正義。そして強さなのだ。

人間がそう産まれたからには、そのように生かしてあげなくてはならない。

自然と反する事などしてはならない。

人間は怠惰であり、残酷であり、自分より不幸な人間を見て幸福を感じる。

たまに善い人になったりするのも普通の人間が悪のためだ。

ならば!そうした娯楽が必要なのだよ!それが最大多数の最大幸福の実現なんだ!

統一国家は人類史上もっとも豊かで正義ある国家だ。

君も自分自身の幸福を考えたまえ。常に貧乏?そんな生活、本当は嫌だろう!?

君は統一国家のスパイになって情報を横流しにするんだ。

そして仕事を終えたら贅沢をして一生楽しく過ごすのだ。それが個人の合理的判断と言うものさ。

君が望めば、あの姉弟ぐらいは救えるぞ?君が人助けを娯楽として扱うタイプの人間であるのならね」


「リオンさん……それは誤解ですよ。私だって合理的判断で生きていますよ?」

「……ん?どういうことだ。説明してしたまえ」

「仮に私が祖国を裏切り二重スパイになるような人間だとしましょう

それは今の私と違う気持ちを持っている――違う心の構造を持っているという事です。

ならば記憶を持っている以前の私は、記憶を失った今の私と違う人物という事です。

私は今の気持ちがとても大事なんです。これが私のアイデンティティでもある!

ならば、記憶が蘇るという事は私が死ぬという事と同じ!

だったら!どちらにせよ私には注射を打つ理由がないんです!!」

「……なるほど困ったな。君は大分こじらせているようだ。

早く注射を打たねばいかんね」


リオンが注射器を手にして、近寄ってくる。


「お断りです!」


メノンは手刀で注射器を破壊した。

リオンは壊れた注射器を手にしながら高笑いをする。


「あはははははははははははは!これはこれは、困ったねえ!!」


「ううっ!なんだか、余裕のある表情ですねリオンさん」


「情報は精査が重要だ。雑多な重要はいくらでも入ってくる。

もちろんその雑多な情報を得ることは大事だ。スパイを使ってでもね。

しかし最も重要なのは情報の精査だ。その能力だ。

それはなぜだかわかるかね?それが必要とされているものの話だ」

「その情報を使う人がすなわち皇帝という事ですか?」

「そうだ!結局国の諜報機関による情報は国家の意思決定者に集められるからだ。

スパイなど『それなりの人間』であれば誰でもできるからね。消耗品だ!」

「その話、今の状況と関係ありますか?」


メノンの問いかけは耳に入らない様子でリオンは演説を続ける。


「統一国家は最高の出力を合理的に求めている。

皇帝だからこそ情報を精査し、迅速に判断できる。これが民主主義ならどうだ?

その決定は遅いものとなる。議論から始め何年も!皇帝ならばその場で即決できる。

問題が起きてから0.2秒でね。ならば政治の最適解は皇帝こそにあるのだ!

ははははは!統一国家こそ正しいのだ!」


「リオンさん。話を聞いてください!私は――」


「しかしそこには犠牲がある。

そうだよ。君がそうなんだメノン」


「わかっています!私は孤立国家出身ですから。だからこそ祖国を変えようと……」


「いいや違う。そういう意味じゃないんだよ。全然違うんだ。

だって私も犠牲者だからね?」


「リオンさんも犠牲者?あなたは統一国家の権力者なのではないのですか?」


「そうだよ。権力者だよ。でもね、統一国家に権力者なんて必要ないんだ。

皇帝の権力を少しでも阻害するのであれば、それは邪魔ものなんだよ。

はははは!意味がわからない?訳が知りたい?いや知らなくても教えてあげるよ。

メノン君。君は実に君だった。ご褒美を上げるよ。『魔法』をかけてあげよう。

君が君でなくなる『魔法』をね!

君の意見で言うと、『君の死』がそこにある。

あはははは!私はそう思わないがね。記憶を失っても君は君だ」

「え?」


「ただ、君がその魔法がかけられたら――何もかも変わるよ。全部変わってしまう

君の住んでる世界すら変わるさ。君はもう疑問に思う事すらできなくなるだろう!!

「くっ!!」


メノンはリオンに向かって走り出し、一瞬で体格に劣るリオンを拘束した。


「おっと待った!私を殺してどうにかなるものではない。

そもそも私には注射器など必要なかったのだ。

あんなもの非効率的だし確実性に欠けるッ!

全てはコンピュータによって制御されているのだ。

君の脳内に入ったナノマシンは小さいし、血中のとある特殊な成分によって命令を受ける。

しかしそれを統制するナノマシンもあってね。脳内には入らないが、脊髄には入る。

少し大きいが多機能だ。無線通信機能がついているんだよ。

ある特定の命令を出せば、その脊髄のナノマシンは、脳内のナノマシンに向けて薬物を出す。

君は『魔法』にかかってしまうんだ。いいね?」

「う、ううう……力が……」


自分の身に関わるような言葉を聞きながらも、メノンの意識が強制的に薄れていく。


「さらばだメノン君。君は最後まで君だった。私は少し……残念だったがね」




『メノンの記憶がすべて失われた』

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