第10話 地下室で謎解き 黒タイツと白タイツ

「昨日とは違う殺人現場になってるって事!?」


二人が部屋に入った。

その外観は普通の家庭の寝室といったところ。

右端にベッドがあり、そこには一人の中年男性が横たわっていた。

枕に乗っかっている顔を見ると、血の気が無く、真っ青だった。



天井のモニターはすでに降りている。

そこには黒タイツ男が腕組みして仁王立ちしていた。


「わかってんだろうなぁ?これも、そこにいる犯人の殺人だよ」


「いや、それはおかしい。この死体も24時間しか経過していない。

そして、24時間前の俺達はすでに拘束されている。アリバイがあるじゃねえか!」


「俺は嘘をついていないッ!天地神明に誓って!!

想像力が足りないんじゃあないか?トラッシュ君ッ!?

犯人の殺人が本当に不可能かどうか考えてみろ!!」


「あり得るとしたら、指示を出したとかか……?いや、しかし……」

「通信機能がありそうな機械はあるよね」

「でも端末は触っても、何も反応はしないぞ」

「特殊な操作か、もしくは特定の時間に起動するとか」

「あとは死体のほうだな。

死んだ後に細工して、死亡時刻の推定をコントロール」

「部屋も実は出れるような仕組みがあるとか?

可能性としては色々考えられるけど……」

「可能ではあるがやったとは思えないな。

昨日の夜、メノンに不審な動きはなかった……。

やっぱ嘘なんじゃねえのか?黒タイツ男の言う事全部がよ。

俺は殺人者だろうと思っている。

しかし、昨日も今日も見覚えの無い家族だ」



画面に映る黒タイツが、額を右手の指で抑えて、ぽつりと言った。


「君達は大変不幸だなぁ」


「なんだよ突然」

「私達が不幸なのは黒タイツ男さんのせいですよ!!」


「んっんっんっ……なんだっけ君達の推理……俺の言ってることが嘘だって?

ブブー!その答えは間違いッ!正しくないねぇ~~~~~~!」


「じゃあ何が正しいんだよ」


「出れる仕組みがあるとかないとか、根拠のない希望的観測にすがる姿……滑稽だね。

もちろん出れる仕組みはあるッ!しかし、それは君が殺人鬼を始末するかだよッ!!」


「絶対に私は殺したりなんかしないよ。

仮にトラシュ君が殺人鬼だとしても、私は一市民として警察に通報するだけだよ」


「お前に言ってねーよメスブタッ!私は正義の味方、トラシュ君に言っているのだ」


「え?俺?」


「いい加減目覚めろッ!彼女の言ってる事は嘘だらけだぞッ!?

彼女には殺人の記憶があるはずだッ!あえてそれを喋らないだけなんだから!

メノン君も大人しく殺されて罪を全うしようね!」


「今更私達を仲違いさせようとしても、もう信じたりしないよ!

ネタはばれてるんだからね!」

「そうだぞ。まったくバレバレの嘘だな。

こんな茶番につきあってられねーよッ!」


「………」


二人の態度を見て黒タイツの男は黙ってしまった。

考えながら部屋をとぼとぼと歩くと、

何かを決心した様子でカメラの方を向いた。


「トラシュ君が洗脳されてしまったようだな。

このままでは埒が明かない。

しょうがねえ。しょうがねえなぁ~~~~~~~~~~~~!?」


「何がしょうがないんだ?もったいぶるなよ……」


「映像を出してやろう」


「映像、ですか……?」


「お前らは、『犯人はトラシュ君』と言うのが結論だったかな?」

「そうだよ」


「君は自分に殺人の記憶があると?」

「まあ、はっきりとじゃないけど……ある」


「君は実に正直者だぁ!!しかし、それはきっと事実とは違う。

重要な事実が消されているからそう思うのだ!

我々は記憶操作ができるからなぁ!

ピンポイントで消す事によって、君が殺人者だと思わせる記憶にしたのだ。

君の記憶なんてのは何の証拠にもならないんだよ。

だから不正解になったのだ!!!」


「……いまいち納得できねーな」


「それが事実なんだよトラシュ君!

本当の殺人鬼はさっきも言ったとおりメノンなんだ。おい雌豚!!」


「えっ?私?私そんな事しないよ!この前だって人を助けたもん!」


「何が助けたもん☆だこの殺人鬼ぃ!!これから映像を流してやる。

スナッフビデオだぞ。

いいか?もちろんこの映像は、殺人鬼が人を殺したシーンだ。

無修正だぞぉ!?」


「そそそ、それって私が人殺ししてるシーンって事!?」


ブツンと映像が途絶える。モニターに映るのは真っ暗な闇。

少し待つと街中の映像が映し出される。

路地裏に視点が移ると、そこにはメノンが鋭い目つきをして立っていた。

手に持っているのは拳銃であり、銃口は一人の男に突きつけられている。

男は両手をあげて命乞いをしている。

だが、映像の中のメノンは邪悪な笑みを浮かべながらこう言った。


「申し訳ないけど、これが私の仕事だからねぇ」


メノンは銃の引き金を引いた。

その瞬間、銃弾が放たれ男の頭が衝撃で飛び散る。

頭の破片は外灯に照らされ、キラキラと反射しながら空中に舞っていた。

それは紛れも無く殺人のシーンだった。


映像は移り変わった。

モニターでは、黒タイツの男がうれしそうにぴょんぴよんと飛び跳ねてはしゃいでいた。


「なんてこった!彼女は仕事で殺人を犯す暗殺者だった!!

孤立国家出身の貧民がやるにはちょうどいい下賎の仕事だぁぁーーー!!」


「そ、そんなぁ……そんなことって……」


メノンは床にへたりと崩れ落ち、泣き出した。


「トラシュ君!君は無罪だ。どうだね?隣の殺人鬼を処刑してくれないか?」


「なっ……!そんなことは……」


「めんどくさいからやりたくないって!?しょうがねええええなあああああ!!?

じゃあ、ご希望にお答えして……」


天井から雨のように大量に降ってくる黒い物体。

床に当たり、耳障りな金属音を鳴り散らかす。

トラシュはその物体が何かわからなかった。いや、わかりたくなかった。

一目見れば、本当ならわかる。これは拳銃だ。

拳銃が大量に床から降って来たのだ。

これら全てを、昨日の方法で無力化する事は、現実的ではない……。


「はぁーーーーーはっは!我々に不可能は無いッ!!

足りないというなら、どんな武器でも出してやるぞおおおおおおお!!!」


「ひ、ひぃ……」


「ほら殺人鬼メノンもいいんだぞ。抵抗しても。処刑人を殺したっていいんだぞ!?

それが私のお仕事☆なんだろぉ!?」


「わ、私はそんなことしないよ……!トラシュ君もそうだよね?」


とは言え、トラシュは十分なほど気持ちが揺さぶられていた。


「メノン。君が殺人鬼だったとはな……」

「トラシュ君、落ち着いて!銃に触ったらダメだよ!!」


トラシュは山積みにされている銃を一つ手に取り、素早く構えた。

メノンもそれを見て一瞬で銃を手にし、構えた。

二人の動きはほぼ同時である。

もしどちらかが明確に早かったのであれば、

その時は撃つ動作まで完了していただろう。


「トラシュ君やめて!銃を降ろして!!」


メノンの目からぽろぽろと涙がこぼれる。


「なぜ?俺に向かって銃を構えてる奴がいるのに?」

「そ、それはしょうがなかったんだよ!

私が構えなければ、きっとトラシュ君は撃ってたよね!?」

「俺が先に動かなければ、こちらが先に撃たれていた様な気がするが?

君の動きは実に素早いね。流石はプロの腕前と言ったところか……」

「そ、そんな記憶無いよ!私が嘘を言ってるように見える?」

「……しかしこの状況はなかなか難しいね?

俺はもう決着させてしまうのも一つの手かと思っているが」

「トラシュ君!!」

「もし、俺に銃を降ろして欲しかったら、先に君が銃を降ろすんだな」


「ほほ~~~う。ごもっともだトラシュ君!いいぞ~この流れ!

さっさと殺せ!殺しちまえ!!」


メノンは解っていた。

もし自分が先に銃を降ろせば、

確実にトラシュに脳を打ち抜かれてしまう。

一撃で確実に行動不能にするために……。


「わかったよ。トラシュ君。君は引き金を引いてもいいよ」

「ん……?どういう意味だ?」


トラシュにとってそれは意外な言葉だった。

だから意味が解らなかった。


「トラシュ君は確実に私の頭を打ちぬけると思ってる。

自分を信じてる。だから迷わない」

「そうだな」

「でも、もし外れたら、その時は運命を信じて。私達は殺し合わない。

そういう大きな意思が働いたものだと思ってよ」

「いいぞ。メノンは撃たないんだな?」

「私も撃つ。でも、必ず外れるように撃つよ」

「……なんだそりゃ?変な話だな。

まあいい。なら同時に撃とう。5、4、3……」


カウントダウンが終わる前にトラシュが引き金を引く。

そしてメノンもほぼ同時に引き金を引く。

二つの銃声が重なり合い、鉛球が着弾する音が部屋の中に響いた。


体のどこに着弾したか?

二人は全身に意識を張り巡らせる。

自分に傷は無い様だ。

ならば相手は?と二人は相手を見た。

メノンは安心し、トラシュは驚愕した。

確実に額を打ち抜いたはずの弾丸が、どこにも無いから。


「!?そ、そんな。まさかだろ……確実に当てたはずだぞ!?」

「きっと銃の方がおかしかったんだよ。

真っ直ぐ飛ぶかどうかなんて、テストもしてないもん。

私達は幸運だったんだよ。この結果は、運命が決めた事だよ!

さあ、約束通り……銃を降ろそう?」

「……」


トラシュは半ば茫然自失の状態に陥り、メノンと同時にゆっくりと銃を降ろした。

そして、同時に銃を地面に落とした。

メノンはゆっくりと近付き、トラシュと握手を交わす事に成功した……。




コロコロと一つの銃弾が転がっている。これは二人の銃弾だ。

放たれた銃弾が正面から衝突し、繋がれた1つの塊として存在していたのだ。

まさに大いなる意思。神の奇跡のようだった。

しかし、実際にはこれは神秘的な力ではなく、信じられない技量と時の運によるものだ。




「おいおいおいトラシュゥゥゥゥ!何殺る気なくしちゃってんのぉ!?

いいじゃん別にもう一度撃てばさぁ!?」

「俺はもう一度メノンを殺した。

彼女が例え何者であったとしても、二度も殺す気は無い」

「トラシュ君!ありがとう!!」


メノンは涙を流しながらにっこりと笑った。

黒タイツの男は全身黒タイツのため表情は見えないが、

実に残念そうな声を出した。


「はぁ~~~~~。結局、なんだかんだいってまた振り出しに戻る気か?

まだ互いに殺しあわないのかよォ!?大変なんだよ銃用意すんのもよぉ!?」

「知るかよ」


「もう待ってるほうとしてはうんざりだよ。時間が無い。

殺しあおうよ。さっさとさぁ!」


「しつけーな」

「私達はもう殺しあわないよ!!」

「そうだ。そして、謎を解いてここから出てやるよ」


「確かに俺は謎を解けと言いましたよ。まあ言いました。

でもさ……お前らにとって、謎なんてどうでもよくねえか!?

そうだよ!出たいなら、隣の人間を殺しちまえよ。

いいじゃんそれで!そうすりゃ出れるんだからさぁ~~~~!」


「……はぁ?」

「あれだけ謎を解けと言ってたのに突然それ?」


「んん~……なんだろうな?お前らには緊張感が足りない。

『快適すぎる』のがいけねえのかな???」


黒タイツの台詞には、どこか不穏な空気があった。

メノンはその台詞に敏感に反応した。ぞわぞわっと嫌な予感が体中に走る。


「そ、そんな事無いよ!部屋に閉じ込められてるんだから!!」


メノンは必死に男の台詞を否定する。

しかし黒タイツの男の中では、結論はすでに決まっているのだ。


「わかった。わかったよ。お前らには動機が足らないんだ。

お前らに都合のいい理由をやろう。

違う部屋を用意したから移動するように」


突然、左右の部屋の壁が動き出し、

隣の部屋への通路が開かれた。


「ん?お前の指示通りに動く筋合いはねーぞ」


「これは脅迫だッ!!

ご想像の通り、首輪にはお前らを殺す装置がついている。

殺人鬼が変な事をしないようにな。

遠隔操作でボタンをポチっと押すと首輪から針が飛び出し、

お前らの皮膚の下に猛毒を注入する。即死だッ!!

首輪から外そうとしても同じだぞッ!?

『我々』は常にお前らを監視しているし、

首輪自身にもその機能が備わっている。

犬死はオススメしない。殺人鬼を殺して生き延びろッ!!」


「言ってる事が滅茶苦茶だな。大体離れて暮らしたら殺すこともできねーだろ」


「んーっ!素晴らしい質問だ。どうやらやる気になったようだね!?

メノン君、相手はやる気だぞッ!」


「はいはい……」

「そんなことありません!私は信じてます!」


「相手の顔色を窺っての発言にはもううんざりだ!

おじさんは君達の本音を聞きたいんだ!

だからね……。

二人はこれから隔離され、狭い部屋で静かに過ごしてもらうよ。

『孤独の部屋』だ。

飯も無い。水も無い。永遠に続く苦痛の時間だ。苦痛しかない。

その苦痛からは逃れる方法など一つもない。

そうしてぴったり24時間後にやって来る。

この悪夢から逃れられるサービスタイム!!

『殺しの時間』だ。動機はたっぷりある!君達は拷問されているのだからな。

この部屋に戻ってもらい、自己の生命の維持のため、存分に殺りあってもらうよ」


「ふ、ふざけるなっ!」

「ななな、なんて酷い事を……」


「ああ、心配しなくていい。君の心配はわかってるよ。

君達には身体能力の差があるね?

もちろんそこはちゃんとチャンスは与えてある。

銃はちゃんと片付けておいてあげよう。

これからは首輪がキーポイントだ。

先ほど我々が遠隔操作して首輪を起動し、殺す事ができると言ったが……。

実はその『端末』でも起動できるんだよ!

自分の端末は自分の首輪に連動しているんだ。

わかりやすく、ボタンを表示してあげるよ」


二人の手持ちの端末の画面に、ボタンの画像が表示される。


「相手の端末を奪って押せば勝ちッ!実に簡単だ。

もちろん、無理やり引っ張って首輪を壊して起動させたっていいんだぞぉ~?

もしくは騙しあいで殺してもいい!

言葉巧みに相手を騙してボタンを押させたりね~。

実に楽しみだッ!!

殺人鬼メノンが勝つか?

正義の味方トラシュが勝つか?

先に殺っちまうのを覚悟した方が勝つだろうなぁ!

いずれにせよ殺さなきゃ出れないからな?

それが『ルール』だ。

ここからは持久戦だぞッ!!

俺はアイスでも食って見守ってるからな。はははははははははは!

さあ、とっとと隣の部屋に移動しろ!」


トラシュは絶望した。

これから想像される拷問の日々。

流石にこれではどうしようもないではないか?

精神は必ず磨耗していく。

生殺与奪権が握られている事を考えた結果、

まずは黒タイツの男の指示通り、二人は自分の部屋に入っていく。

現状、逆転の手はない。とにかく命を繋がなくては……。


トラシュは部屋に入る時、振り返ってメノンを見た。

涙で潤っていた。あの涙はどんな意味があるのだろう。


トラシュが入った部屋の中は暗く、ベッドもない。何も無い部屋だ。

あるのは天井の映写機から流される映像だけ。

その映像が最悪の趣味だった。

そこでは白タイツの男がいて、メノンがいかに極悪非道の人間かを刻々と語り続けている。


「最低な人間ですよ彼女は。

罪なき二人の母子を殺し、男性を騙して殺し、首を刈り取ったんです。

そして逮捕しようとやって来た警官二人を殺して始末したんですよ……」


あの死体をいかにして作り出したか。

あの女の嘘がどこにあるか。

殺人鬼への殺人は正当である。私刑は正義であると。

そういった主張を繰り返した。うんざりだ。


「うるせえッ!眠らせろ!!」

「なら君。メノンを明日殺しますと10回復唱するんだ。

そうして決心したなら、この映像もやめてあげるよ」

「言う訳ねえだろッ!!」

「いいのかい?一日目だから精神的拷問で済んでるんだよ?

二日目からは肉体的拷問も解禁だ。何をしようかな?

電気を流すか、毒ガスか……エアガンで君を撃ちまくるのも楽しいかもなぁ!」

「クソ野郎!ふざけんなよ!」


トラシュは映像に背を向けて耳をふさいだ。

端末が地面に落ちる。


「うぉっ!?」


トラシュは心底焦った。間違って起動したら死んでしまう。

端末は危険だ。トラシュは部屋の片隅に置いた。


そして、自分が酷く疲労している事を自覚する。

無理も無い。今日は色々ありすぎた。部屋の片隅で寝っ転がり、瞑想する。


「彼女の言う事は嘘ばかりですよ。気をつけなさい。

あんなに人を騙す能力に長けた人間はいない。

人畜無害のフリがうまいだけですよ」


「はあ……こんなのが毎日続いたらどうなるかわかんねえな」

「明日になったら迷わず殺しなさい。何、端末を奪ってボタンを押すだけでいい。

彼女は眠るように死ぬだけ。男女の体力差は圧倒的。君ならすぐにできる」


鳴り響く洗脳音声。自分が影響されて行くのを感じる。

精神に異常をきたしても無理は無い。


次の日の朝らしき時間。窓がないので時間もわからないが、体内時計からすると恐らく朝だろう。

トラシュは眠れない夜を過ごした。

何せ寝ようとすると映像の音声があがり、「明日メノンを殺すと誓いなさい!」と言って眠りを妨害して来るのだ。

トラシュは意地でも宣誓するつもりは無い。

しかしこの我慢も、たったの一晩で……限界が近いと感じていた。

次の日は肉体的拷問も加わるのだ。

一日は耐えられても、三日目となると自分がどうなってしまうかわからない。


意識が混濁しながら、眠りの妨害に耐えて、何時間か経過した。

いつの間にか映像が白タイツから黒タイツに変わっていた。


「よお!よく眠れたかトラシュ君!」


「寝れる訳ねーだろ!いちいち起こしやがって」

「君も強情だねえ!?メノンを殺すって言えば寝かしてあげたのに!」

「はー……くだらねーな」

「まあいいさ!

お待ちかねの『殺しの時間』だッ!!」

「そーかよ」



「なあトラシュ君。冷静になりたまえ。

君だってこんな環境でずっと暮らす事なんてできないだろ?

外に出てゆっくりしたいだろ?いいじゃん。あの女殺しちゃえよ。

いいじゃんいいじゃん。『今日出会ったばかり』だぞ?」

「ほう?そーなのか。同じベッドで寝てたのはやっぱりお前らの演出って事か?」

「おおう!なかなか鋭いね~。その鋭さでメノンを殺してくれ。

意思は行動で示すッ!それこそが真実!

君は殺る気なくてもさ。メノンは殺す気まんまんだったぞ。

部屋に入ってすぐ君を殺す事を宣言してたからなァ!?

その後彼女はずっと君を殺す作戦を練っていた。本当だぞぉ?」

「……」


トラシュは人生の中で、一番の苦い顔をした。

どうしても彼女を疑う心を捨てきれない自分。

なにせ彼女は実際に殺人鬼なのだ。映像から見れば明らかだ。

自分の、不殺の約束が虚しく感じる。何が運命だ、と。

たまたま外れただけじゃないか……。


拷問部屋の扉が開き、元の部屋に戻った。

銃は片付けられ、部屋には首なしの死体が一体置いてある。


メノンは元気そうに微笑んでいた。

心の底からの明るい笑顔。自分の表情とはまるで違うだろう。

なぜこの娘はこんな時に笑顔でいられるのだろう?

とても自分と同じ拷問を受けたとは思えない。

あの映像があったとしても、殺人鬼とは信じられない。

トラシュはメノンの気持ちの強さを見て、何か救われる気持ちがした。


「トラシュ君、大丈夫だった?元気出してね!」

「うん。なんとかな」

「がんばってね!私がなんとかするよ!私が謎を解いて、この部屋から出るんだ!

トラシュ君は少しだけ待ってるだけで良いんだよ!!」

(メノンだって辛いだろうに、疲弊した自分を見て励ましか……)


トラシュは自分を恥じた。

メノンを疑った自分も、銃を撃った自分も、不殺の約束を破ろうとした自分も、

全て何もかも偽者だ。

こんなのは『本当の俺』ではない。


「へへへ!違うぜメノン。

謎を解いて、黒タイツの男をぶん殴って、部屋から出してやるのは俺の方だ!」

「トラシュ君!!そうだね!ありがとう!!」

「俺は誰にも負けない!俺は!俺は本当は……!」


「心にもない綺麗ごとはやめろ!うんざりしてるんだ!!」


とんでもないボリュームで黒タイツの男の声が聞こえる。

出力音量を最大にして二人の会話を妨害したのだ。


「いいか!?今から、お前らには大事な事を教えてやるよ」

「……なんですか?」


「実を言うと、この問題はお前らには解けませぇ~~~~ん!」

「は?」


「お前らがなぜ部屋に閉じ込められているか?

我々は何者か?なぜ記憶がないのか?

その答えを知るにはお前らの記憶が絶対必要ッ!

絶対必要な記憶をちゃ~んと消してあるからお前らは知らないのさ!!」


「……なぜそんな事を?」


「正解を教えてやるよ。

正解はお前ら二人とも殺人者。この場は二人の極刑のために作られた。

統一国家では効率を尊ぶ!

死刑囚は、我々の利益となるべきだ。そうだろう?

お前らのこの状況は複合的理由なんだよ。

お前らが不思議な場所に閉じ込められて、謎解きをさせた上で殺しあえば様々なメリットがある。

まず第一には娯楽としての利益だ。

お前らの解けない問題を解こうとする姿が滑稽で面白いから。

お前らが愚かにも殺しあう姿が面白いから。

トラシュ君の答えでもあるが、これは正解の1部分にすぎない。

全てを答えなければ不正解なのはどの問題でも同じだ。

第二に、死刑執行には様々な倫理的問題がある。

死刑執行には処刑人が必要だが、その場合は処刑人が負担になる。

国家の意思とは言え、罪を犯すことになるわけだからな。

よって統一国家は死刑に関しては賛成であり反対である。

だから大丈夫。

生き残った方はそれなりの金を持たせて孤立国家へ国外追放してやるよ。

死んだ方も解体して内臓を臓器移植に使ってやる。

これが第三の理由だ。死刑囚は死ぬまでは娯楽として使い、

死んだら他人の体となって生きる。再利用だ。骨までしゃぶりつくされる。

だから、安心して殺しあえ!そして我々を楽しませろ!!

そしたら、生き残った方を帰してやるよォ!!!!!!」


黒タイツは長々と語り、興奮した様子だった。

対照的に、トラシュとメノンは冷めていた。


「黒タイツさんは言ってる事が破綻してるね」

「こいつの発言は、嘘と本当が混じっていると判断する。

一部は重要な発言だが、ほとんどは大嘘だろう。

なぜ今頃こんな話をするのかと言えば、不都合があったんだよな?俺達の話の中で……」

「私もそう思う」


「眠れない夜を過ごし、一つ考えていた事がある。

この状況はおかしい。ちぐはぐだ。

あの黒タイツの男が言うように、

極刑で、単なる娯楽目的の罰だとすれば、もっと完全な形にできただろう。

死体は用意されたが、推理は不可能だった。ヒントは意味不明。

その気になれば、もっと面白い場所にできただろう。

推理していく中で第一の事件の犯人は完全に俺だと言うことになり、

第二の事件の犯人はメノンと言うことになれば。

その中で殺しあう流れにもなったかもしれない。

しかし、そうなっていない。曖昧なんだ。確かに俺は人を殺そうとした記憶があり、

メノンには人殺しの映像が残っている。

しかしあの事件、特に第二の事件に関しては俺達があの被害者達を直接殺した訳でないことは明確なんだ。

なぜそうする必要がある?それがわからない。

黒タイツの言うような単純な理由ではない。何かそうでない意思を感じるんだ……」


「トラシュ君。変な話をしていい?」

「ん?いいよ」

「私は昨日、眠れない夜の中で夢を見たんだ。

この状況、本当に自由な人間ならどうするか?

何者にも縛られない人間なら、もっと色んな事をするんだよ」

「どういうことだ?」

「私は端末と首輪をずっと触って調べてたんだ」

「マジかよ!度胸あるなぁ……」

「首輪の真後ろの部分に、カバーがあって、

取り外すと変な突起が出てくるんだよ」


と言ってメノンは後ろを向き、自分の首筋を見せた。

メノンが指差す場所には、確かに首輪の突起部分が見える。

何かに差し込む端子のようだ。


「実は、これが『端末』と繋がるんだよ!ぴったりとはまるの!」

「えっ!?」


メノンは迷わず『端末』を首輪の端子にはめ込んだ。


「でも、何も動かない。画面も何も変わってないよね?見てくれる?」

「確かに画面は赤いボタンの画像のままだな」

「これって変なことだよね?」

「何の意味もなく、同じサイズとは思えないな」

「そう!それで、私は思ったんだ。

『違う端末』を繋げれば、何かが起こるんじゃ……?」

「ハッ!?」


トラシュは驚き、思わず口に手を当てた。


「普通に考えたらこの端末は相手から離す訳だよね。

とっても危険だから。

もし相手が心変わりしたら、ボタンを押すだけで自分は死んでしまう……」

「当たり前だろ。こんな辛い環境なんだから」

「確かに、黒タイツの男さんの言う通り、

謎を解くと言う事に重きを置いていないような気がする。

謎を解くのではなく、この行動によって『保障されるもの』を気にしている気がするんだ」

「保障されるもの。それは……『信頼』か?!」

「そう!信頼がなければできないことだから。

私達は一度死ぬ必要があるんだよ。命を手放し、捨てるほどの行為が必要なんだ」

「……論理が飛躍しているぞ。命を預けるような確実じゃない。


「変な確信だと思う?突拍子だと思う?

そうだね。その通りでも……私はこれが必要だと思う。

多分、この話はもっと後にわかるはずだったんだと思う。

これからいくつかヒントが出るはずだった。肉体的拷問の間にね。

だから突拍子もなく感じるんだよ。

不完全な情報の中で、信頼できるかどうかを見極める事ができるかどうか。

それはとても難しいことかもしれない。

でも、私達ならできると思う!!」


「な?言った通りだろ?」


黒タイツの男が二人の会話に割り込んだ。

男はその薄い一枚の布の中で笑っていた。

表情は見えずとも、わかるほどに。


「トラシュくん、騙されるなよッ!

この外道女は訳のわからん、根拠のない言葉で君を殺そうとしている!

俺の言った通りじゃないか!なあ!?」


「うるせーな……」


「まさか本気でメノンとかいう雌豚の言葉を信じているのかね?

『端末』を繋げようと言って、君に『端末』を出させる。

そこで彼女は死のボタンを押す気だぞッ!

君の首輪から毒が注入され君は死ぬッ!いいのかそんなあっさり騙されて!?」


「……」


「お前最初はメノンを説得しようとしてたのに、

途中から俺にターゲットを変更したよな?

俺が動揺してたからか?いい加減にしろよ。

種は割れてるんだよ!俺をなめるな!そこまで馬鹿じゃねえ!!」


「ああ~~~これはまずい。彼女に洗脳されつつある哀れなトラシュくん!

押せば自分が死ぬボタン!『端末』を他人に近づける事。

それが純粋にどれだけ危ない行為かわからないのかねッ!?

私の言葉が信じられなくても、君の安全を祈る私の言葉を聴いて欲しい!

要求するんだよ!あの女に!」


「なんだよ?」


「その『端末』をこっちに渡せと言って見ろ!

あの女には出来るわけないからな!

それで彼女が君を殺そうとしてるかどうかがきっと解るはず!

非常にずる賢い女だぞぉ~~~~!」


「……そんな事出来るわけねーだろ。いくら人を信じると言ったって、俺達は会ったばかり。

命を預けるなんて行為は……」

「出来るよ」

「えっ……」

「トラシュ君を信じているから。手を伸ばしてみて」


トラシュが言われたとおり手を伸ばすと、メノンは『端末』を持ってゆっくりと近付いていった。


「お前を撃った俺をどれだけ信じているんだよ?」


「私は知っているよ。トラシュ君、あの時はわざと外したよね?

凄いよ。普通の人間に出来るような事じゃない。

あなたはあの状況で本気で演技して、自分を私に殺させようとしたんだ。

……信じられない人間だよ。

トラシュ君はどんな記憶があっても、

また自分に殺人の確信があったとしても、人を殺せるような人間じゃないと私は信じてる。

矛盾しているかもしれないけど……」

「メノン。俺はこの端末を受け取って、本当にいいんだな?」




「うわあああああああああああ!やめろォ!やめるんだああああああ!」


発狂する黒タイツの男。

その咆哮の中でメノンは優しく微笑んで、

トラシュの手に自分の『端末』を渡した。


「端末を繋げて、何が起こるか。確かに根拠なんて無いに等しい。

でもね。私は何も勘とかに頼っていたわけじゃない。

私は昨日の事を考えて、そして……『これ』が何か解りつつある。

もし『これ』が本当にそういうものであったのなら。

私達を殺す……この『端末』こそが解決の鍵である。

そういう構造にするはずだと思うわけですよ」

「まままま、マジで?わかったの?じゃあ、一体これは何なんだ?

この訳の解らない状況は!?」

「多分それは、解ってしまってはいけないんだよ」


「あああああああああああああ!

爆発するぞ!『端末』を繋げたら爆発して吹っ飛ぶ!何もかも終わりだァ!!」


「お、教えてくれよ!」

「なら、『端末』を繋げて見て。きっと全てが解るから。

私はトラシュ君を信じている。

だから端末を渡す事もできたんだ。

だから、私の確信も信じてほしい。ほんの一瞬だけでいいんだよ……」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


トラシュは疑問で頭がいっぱいになりながらも、

メノンに言われるがまま『端末』のカバーを外し、

二つの命がかかった『端末』を繋げた。

しかし、何かが起こる気配はない。


「な、何も起きないぞ……?」

「どうやら端末の電源が落ちてたみたいだね」

「おお、そっか」


メノンはトラシュの首に手を回し、自分の端末の電源ボタンを押した。

すると……端末が震えだし、突然、大きな爆発音が聞こえた。

爆発したのはこの部屋であり、壁だ。

部屋が崩壊していき、外が見える。

太陽の暖かい日差しで包まれていく。

どうやら緑豊かな高原に建てられていた様だ。

周囲を見回すと、のどかな光景が広がる。周りに民家等はない。


天井の映写機は地面に転がっていたが、それでも壊れていない様だ

唯一残った壁に、黒タイツの男の映像を映し出した。

上下が逆に映し出され、空に足を向けているように見える。

滑稽な姿。しかし男自身はタイツの下で真面目な顔をしていた。

雰囲気で解る。


彼らはおもむろに拍手を始めた。

映写機から優しい音楽が鳴り出し、二人を祝福する。

壁の外にいた男女様々な人間も拍手を始める。


「誰だこいつら……」


トラシュは深く警戒しながら家の周りの人数を数える。

1、2、3……全部で13人。誰一人として見覚えが無い。

こんな人数、必要なのか?何をしていた?

トラシュは推理を始めた。そして思い出した。

自分はこの部屋に閉じ込められる前、探偵役をしていたのだ。

首無しの死体を見て考察し、その手口と犯人を推理した。

最後には犯人を追い詰め、拘束。

そして逮捕して貰おうと警察に通報し……それ以上は思い出せないが、確かにそうだ。

そう、この死体は使いまわしの死体だ。前に見たことがある。


トラシュは死体をまじまじと観察した。

そうしたら、ありえないはずの事が起きた。

目の前の死体がむくり立ち上がり、拍手を始めた。


パチパチパチ……。


「おめでとう、トラシュくん」


その声は黒タイツの男の声で……。



『二人はここから先の記憶を失った』

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