第8話 真実のメッセージ



そして、トラシュは今までの和やかな関係が終わってしまった事を知った。

隣のメノンは強く警戒しており、

音を立てずに少しづつ自分から離れていく。


「トラシュ君、本当なの!?」


メノンが真剣な口調で問いかける。


「本当に人を……殺したの?」


トラシュは一瞬迷ったが、すぐに意を決した。


「メノンこそ、本当に人殺しなのか?」


「え?私?……私は人を殺してなんてないよっ!」

「俺だってそうさ!」


トラシュはとっさに誤魔化した。

しかしメノンの目を見ると、

自分の嘘を看破されてる様に思えた。

でも、それでも認める訳にはいかない。


「とにかく、こんな嘘に惑わされてはいけない。

このアパートから外に出てみようよ」


「……うん、そうだね」


トラシュが扉を開ける。

外に出れるかと思っていたが、

奇妙な事に……扉の先も扉だった。


「なんだこりゃ?」


扉にはシンプルにこう書かれている。


『強盗殺人現場』




「うーん、物騒ですねぇ」

「どうしようか?」

「怖いですが……それでも、開ける他ないでしょう!

危険でもありますが、

先に進まなければ打開できないと思います」


メノンはそう言うと、警戒しながらゆっくりと扉を開けた。


そこには何の遠慮も無い陰惨な光景が広がる。

一面血だらけ。部屋は真っ赤に染まっていた。

小さなワンルームで8畳ほどの部屋に、5人の家族がいたようだ。

30台後半の両親に、15歳くらいの兄に、10歳ぐらいの姉弟だ。

そこにはかつて幸福があった。しかし今は惨劇の痕跡でしかない。

その部屋は間違いなく一家丸ごと殺された現場だった。


「な、なんて惨い事を……」


メノンは手を口に当てて、部屋を見まわした。

目に映るのは人に対する暴虐と、幾つかの不自然な点。

メノンは心を落ち着けて、殺された家族へ祈りを捧げた。

手で胸を抑え、目をつむって顔をあげる。


「どうか、安らかに……」



トラシュは死体を見て驚いた。

しかし、同時に少しホッとした気持ちもあった。


「こ、これは……」


トラシュは死体に近寄り、慣れた手つきで触れる。


「死体は本物だ。……もう冷たいな。死後24時間ってところか」

「そんな事わかるの?」

「う~ん、不思議だがわかるようだな。俺にはその知識がある。

学んだ記憶はないが……」


「ねえねえ、ここに変な封筒があるよ」

「封筒?見にくいが、確かにあるな。血の上に、わざとらしく置いてやがる……」


テーブルの上に置かれた赤い封筒。

ビニールに包まれていて、夥しい量の血液の上に置いてある。

明らかに殺人が終わった後に、冷静な気持ちで置かれたものだ。

メノンはそれを掴むと、ゆっくりと中身を取り出す。

カードにはこう書かれてあった。


『犯人を見つけ出せ』


「犯人を見つけ出せ?どうやってだよ。

容疑者がどこにもいないだろ!」

「もう1つあるね……目立つところに」


父親と思われる男の生首が、

苦悶の表情を浮かべながら赤い封筒を口に挟んでいた。


トラシュはそれを掴み、中身を取り出す。


『ここにはヒントがある』


「犯人のヒントか?」

「とりあえず、探してみる?」

「そうだな。この部屋を調べながら探してみるか。

可能性は薄いだろうが、出れるところがあるかもしれない」


トラシュとメノンは二つの部屋と死体を調べ始めた。

ちょうど二時間が経過したところで、あらかた調べ終わった。




「部屋に抜け穴はない様だな。完全密封。

ドアノブを解体してスプーン状にして壁を掘ってみたけど、

チタン合金の壁にぶち当たった。部屋にある物体では抜ける事はできない。

俺達が目覚めた部屋も同じだった」


「ははははは。それじゃ、矛盾してるね」


「そうだな。この二つの部屋はあわせて完璧すぎる密室だ。

24時間前。この状態のまま不変であるとするなら、殺人できるのは二人の人間のどちらか。

あるいは両方という事になるな」


「現実的には、この部屋は明らかに作られたものだからね。

映像の黒タイツの男も容疑者。

まあ、間違いなく複数犯だけどね。一人ではこの規模の細工は不可能……」


トラシュとメノンは推理を始めた。

二人は氷のように冷静になって、深い思考の海に浮かんでいる。

酷く客観的であり、4人の死体を前にした人間のものとは思えない。



「死体はおおよそ死後24時間であってるようだね。

死後硬直が末梢関節まで及んでいるし、

壊れたアナログの時計がデジタルの時計と同じ時間を指している」

「強盗殺人とのタイトルだが、確かに金目のものはない。

財布の中身から、棚の中身まで全て外に出されている」

「凶器となった武器が貧しいんだよね。錆びた刃物と金属棒」

「おそらく建築資材だろうな。そして、複数犯」

「それも六人以上だね。足跡が六種あり、凶器の数は五種。一人は素手だよ」

「と言う事は、さらに矛盾が発生しているな」

「私達のどちらかが犯人とは思えないね」

「有り得るとしたら実行犯ではないな」

「指示したって事かな?それとも……」

「場所の問題もある」

「うん。到底、統一国家で行われた殺人とは思えない。

こんな生活をしている人、いないよね」

「まず被害者も裕福ではない。むしろ貧しいからな。

服もつぎはぎだらけだ。子供の発育からして栄養状態も満足とは言えない。

必死になって生きてきた所を襲った悲劇と言った所か」

「そう言った意味だと……私が犯人濃厚かな?

私は『東の孤立国家』出身だから……」

「そう言う意味ではそうだな。

確かに俺は統一国家の人間だから、強盗殺人を指示して行う理由はない。

もしやるとしたらそれは合理的理由ではない。

殺人現場が見たいとかそんなんだ。……よほど性格が悪いんだろうな」


トラシュとメノンは一通り会話を終えると、赤い封筒へ目を移した。


「さて、ヒントを見る前の先入観のない推理は終わったな。何枚あるんだ?」

「10枚新たに見つけた。最初の2枚とあわせると12枚。

赤い封筒には番号がふってあったよ」

「地味に親切な作りだな……まるで役人の仕事みたいだ」


二人は赤い封筒からカードを取り出し、番号通りに並べた。


『謎を解けばここから出れる』


『謎を解けば記憶が戻る』


『これは再現である』


『しかし、死体も何もかも、全てが真実である』


『犯人は誰だ?』


『犯人は誰だ?』


『犯人は誰だ?』


『犯人は誰だ?』


『犯人はお前だ』


『犯人はお前であることは、真実である』


『この事件は一つではない』


「ふーん。なんかいまいちヒントになってない様な気がするな」

「全然わかんないねこれ……」

「この情報だけで、犯人なんて解るのか?」

「問題の内容は理解したよ。

でも、そもそもさ。これが強盗殺人だなんて言ってるけど、本当かな?」

「確かに死体は本物だが、この部屋は本物かどうかはわからんな」

「設定もヒントも、真実だなんて保証はないからね」


突然、部屋が暗くなる。

天井から映写機がゆっくりと出てきて、

映像が壁に投影された。


「うわあ、なんか出てきましたよ!」


そこに映っているのは黒タイツの男だ。

陽気な音楽と共に、珍妙な踊りを踊っていた。

今度は一方的な放送ではなく、ライブ中継の様だ。


「天地神明に誓ってもいいが、それらのメッセージは『真実』だ。

そもそもそうでないと、『これ』は何の意味もない事になるからな~?」


「そんな事、口だけかもしれない。わかりませんよ!」


「ああ?俺が真実だって言ったら真実だ!疑ったってしょうがねえだろぉ!?」


「なら、真実であるという証拠を見せてください」


「……ふっ。薄汚いメス豚め!

俺から新しいヒントを貰おうとして、ブヒブヒわめくんじゃねえ!!

俺にカマかけたって釣られるほどマヌケじゃねえんだぞ!?」


「まあ、そうですけど。メス豚は言い過ぎじゃないですか?

じゃあ、聞きますが、真実も何も、この部屋は完全な密室です。

凶器を隠すところも無い。実行不可能な殺人ですよ?」


「出題のためだ。ヒントに書いたように、現場をそのまま再現してある。

その家で起きた事を、丸ごと切り取って持って来た。

凄い事だろう?ああ、凄い事さ。アパートの一部屋を切り取ってもって来るんだぞ?

我々にはとんでもない力があるのさ!逃れる事はできないぞぉ~~~~!!

まあ、せいぜい頑張って問題を解いてみろ。そして、『必要な事をしろ』!」


「必要な事ってなんだよ」


「隣に『殺人鬼』がいるならば必要な事は何だ!?

言わなくても、わかってんだろうなぁ!?

謎を解け!罪を償わせろ!効率を尊べ!以上!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る