記憶喪失と地下室

第7話 地下室と殺人鬼

統一国家は人類史上最も平和的で、豊かで、正義のある国家である。

科学技術も福祉制度も史上最高であり、

最も多くの国民が最も大きな幸福を得ていた。

最大多数最大幸福。これこそが国家においての正義である。


これらの栄華の源は国家国民の効率、実益を尊ぶ姿勢。

そして決して誤魔化さず、論理的に、

着実に『真実』を追い求めていく思想。

これが行動と共に根付いた事に起因する。


国民は高度で公正で、何よりも正しい教育を受けて育つ。

そして、前の時代は「とても無駄な時代だった」と認識している。

世界の人々は文明が停滞した世界で、

やりたくもない労働をして、人生の有限である時間を無駄にすごしてしまった。

我々はそういった先祖の過ちを繰り返さないようにしなければならない。

統一国家の国民はそう考えた。


そして、一つの政治制度の変革が起きた。



統一国家では最も効率的な政治制度が取られている。

それは専制君主制。帝政だ。

かつて民主主義国家だった統一国家は、

国民投票による民主主義的決断によって全く違う政治制度になったのだ。


国家運営能力が最も高い人間を最高意思決定者とする。

これが最も効率的だと統一国家の国民達は結論した。

理想的君主が絶対的権力を持てば最大の速度と最高の決断が可能であり、

停滞せずに常に変革ができる。そして国家は繁栄していく。

統一国家の君主は『世界皇帝』と呼ばれ、国民から尊敬を集める事となるのだ。


しかし、それでも問題はある。

それは歴史のあらゆる地域、時代で起きた事であり、

専制君主制の最大の弱点でもある。

とてもシンプルな問題だった。



『膨大な権力を手にした皇帝は、正気でいられるのか?』



統一国家は、過去のいかなる国家とも比較にならない規模の大国である。

世界そのものと言っても過言ではない。

世界皇帝となった人間は、世界征服を成したも同然なのだ。

その気になれば、どんな馬鹿げた残虐行為だってできるだろう。

世界史上で最も強い、溺れるほどの権力。


果たして統一国家の『世界皇帝』は、

その莫大な権力を前にして、狂わずにいられるだろうか?

彼は権力に溺れて狂ってしまい、

統一国家の国民や孤立国家の人々に暴力の牙を向かないだろうか?

自己の欲望に打ち勝ち続け、

最後まで人の心を保ち、国民のためだけに生きる事ができるのだろうか?



もちろん、その答えはすぐに出た。







朝。一人の少年が目を覚ます。

少年の年頃は17、8だろうか。

精悍な顔つきに加えて筋肉質の体。

180センチの長身。


「ここは……どこだ?」


少年は簡易な下着姿をしていた。

長い間寝ていたような感覚があり、

見慣れない天井と、自分を包むシーツとベッドを不思議そうに見ていた。


「この部屋、妙だな。生活感がない。

まるで今日作られたような……変な部屋だ」


手にはスマートフォンのような形状の『端末』が握られていた。

一体これは何なのかと思い、画面に触ってみたが反応はない。

電源ボタンも見当たらない。


ふと首に違和感を覚える。触れると、自分が『首輪』をしている事がわかった。


「なんだこれ?金属でできてるな……?どうやって取るんだ?」


少年が周囲を見回すと、貧乏な学生が買いそうな家具があった。

安いアパートの中と言ったところか。


「家具もわざとらしい配置だな……なんだここ?映画のスタジオか何かか?

一体俺は昨日何をして……」


しかし何より語るべきなのは、少年の隣で寝ている少女の存在である。


「なんだこの女の子ッ!?」


少年は状況を確認した。

少女は褐色の肌をしており、黒髪のショートカットをしていた。

少年と同様に、『首輪』をしており手には端末が握られている。


少年は考えた。

自分も女の子も下着姿。そして、同じベットで寝ていたのだ。

どういう関係かは容易に想像がつく。


「状況から考えて、俺の彼女に違いないな!」


言ってはみたものの、少年は女の子の事を何一つ知らなかった。


「酒の飲みすぎか……?

いや、飲酒で昨日の晩の記憶がない事はあっても、

長期的な記憶を失うなんてありえないよな」


深く考えても自分が何故ここにいるのか記憶にない。

人生の何割かの記憶が失われていた。


「考えてもわからん。俺は一体、今まで何をしていた?

何か重要な仕事をしていたような気がするぞ。

……まあいいか。思い出せないならしょうがない。

目の前の女体でも触るか……」

「ううん……?」

「うおっ!」


身の危険を感じたのか、少女が目を覚ました。

少女は寝ぼけた眼で少年を見た。


「ふえぇ……なんで知らない男の人が隣にいるのぉ……?」


少女は自分が置かれている状況を確認すると、

顔を赤らめて身を縮めた。


「ごめん、知らない!……記憶にないんだ。君は?」

「えっ?私も……記憶ない!」

「二人とも記憶喪失か……地味に君の記憶に期待していたんだが」

「うーん……明らかにおかしいね。私がここにいる理由がわからない!

おまわりさんを呼んでからの記憶がないよ!」


少年はその言葉に反応した。


「警官を呼んだって?」

「ん?そうだよ。まあ色々あってね?」

「そっか……色々あった……」


トラシュの頭の中から記憶が蘇る。

それはほんの少しの記憶だが、鮮烈なものだった。


「あ、そうだ。まず自己紹介しようか。俺の名前はトラシュって言うんだ」

「私の名前はメノンだよ!」


「そっか。じゃあ飯でも食べようかメノン」

「いきなり呼び捨て!?距離のとり方おかしいよ!!」

「そりゃそうだろ。

見てごらんよ。同じベットで夜を過ごしたんだぞ?

この状況を冷静に判断すれば、俺達は恋人同士に間違いないからな」

「そんな記憶ないし!」

「確かに記憶は無いけど、

きっと二人で暮らしていちゃいちゃしてたに違いない」

「そんなの絶対ありえないよ!」

「なんでだよ。記憶がないんだからわからないだろそんなの」

「私はこんなチャラそうなお兄さんといちゃいちゃなんてしたことないよ!

そもそも記憶二人とも失ってるなんておかしいよね。

意図的なものだから、多分初対面だよ!」

「もう記憶とかどうでもいいんじゃないかな……?」

「よくないよ!

まずは二人の状況を確認しようよ。そして記憶を取り戻そう!

ヒントはきっとあるはずだから!」

「ポジティブだな君は……」

「そうだよ!一緒に頑張ろうね!」

「それ好き」


トラシュはメノンの励ましを聞いて笑みを浮かべた。


「うわあ。いやらしい笑みですね……表情がセクハラだよ!

すでに年季を感じるよ!セクハラ上司だよ!!」


二人は部屋に無造作に置いてあった服を着て、

テーブルを挟んで向かい合って座った。




「私は二回目の記憶喪失で、

一回目はスマホで『親子を殺せ』と指示する自分自身の動画を見たんだ」

「ほうほう」

「私はそれを読んで、まったくやる気なんてなかったけど、

他にも同じ状況の人がいるかもしれないと思って、

その親子を守りにいったの。で、殺しに来た人を捕らえて、警察に通報した。

そこで記憶がなくなって、

次に気付いたらトラシュ君が目の前にいたんですよ」


「そうなんだ」

「で、トラシュ君はどうだったの?」


少年はこの質問に対し……『まともに答えるつもりはなかった』


「……俺も同じだよ」

「同じって?指示の内容や、警察に通報したところも?」

「ああ。まったく同じ展開だったな」

「……。ふーん?そうなんだ……」


(不審に思われたかな……勘のいい女の子だ)


トラシュは話題を変えた。


「そういえば、この『首輪』は何だろう?」

「手には変な『端末』もありますねぇ。でも触っても何の反応もない」

「メノンもこれが何なのか知らないの?」

「知らないねぇ!」


端末を触ると、裏面に大きな『傷』がついている事に気がつく。

真ん中ぐらいから始まって、最下部まで一本の傷がついていた・


「なんだこれ……?」


端末を調べていると、二人の端末が震えだした。

いつの間にか端末の電源が入っており、画面には1つのファイルが映っていた。

『記憶をなくした   へ』と書かれた動画ファイルだ。


「なんだこれ」

「何も書かれていないのが不安ですね……」


二人は強い不安を持ちながらも、動画を再生した。

二人の端末の映像は同期している。どうやらストリーミング再生のようだ。


映像には狭い部屋が映っていた。壁の色はは一面青。

中央に全身黒タイツの男がおり、椅子に座っていた。

男は全身の力が抜けた様にうな垂れており、

今にも椅子から落ちそうである。


「誰だよ……?」


トラシュが目の前の奇妙な男の映像に怪訝な表情を浮かべていると、

全身タイツの男がゆっくりと顔をあげた。


「おはようトラシュ君、メノン君」


男は椅子にもたれかかり、低い声で喋った。

ゆっくりと腕を上げ、カメラに向かって指をさす。

トラシュはまるで自分に指が向けられてるような気がして不安になった。


「気を付けた方がいいぞぉ~~!」


男は数秒間沈黙すると、

真面目な声で宣言した。


「そいつは『殺人鬼』だ」


トラシュはその言葉に驚愕した。

そして、メノンの方を恐る恐る見ると、

青ざめた顔と恐怖の目で自分を見ていた。


「昨日、人を五人も殺したんだぞぉ~~~~~~~!」


男はカメラに近づき、ぼそりと言った。


「『隣人』には気を付けろ。次は君の番かもしれん。

殺られる前に殺した方がいいだろうな」


映像はそこで終わった。

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