第4話 リオンとの対話

メノンは親子の家に移動した。

この都市では地下に無数の移動用ポッドがあり、

位置を入力すれば高速で目的地に着く事ができるのだ。


そこは閑静な住宅街の一角にあり、壁に囲まれた敷地の中に、小さな家がぽつんとあった。

庭には背の高い植物が生い茂っている。中には野菜も植えているようだ。

家の横は三階建てのチェーンの喫茶店であり、後ろには林があった。


「なんか変だな……」


メノンはこの家を見てどこか違和感が残った。


「まあ、まずは実際に見てみて、情報を得ないとね!

殺人なんてありえないけど、だからと言ってこの状況を放置する事もできない。

ターゲットとなっているこの親子を観察すれば、何らかの情報が得られる可能性はあるはずだよ」


親子の位置はそれぞれスマートフォン上の地図に表示されている。

その気になればいつでも好きな時に殺す事ができるだろう。

メノンは林の中で親子の生活を一日中監視した。

しかし、そこにあったのはごく普通の生活だった。


「見た所、特に悪い事もしてない。

何の変哲もない親子だと思うけど……。

強いて言うならお父さんの姿が見当たらないぐらい?

どちらかと言うと問題は家族ではなく――場所かな」


メノンは観察する中で最初に覚えた違和感の理由を知った。


「周囲の道にも、家の中にも、監視カメラがない。

この統一国家ではどこも監視カメラだらけだった。

そして、それがこの国の治安の良さの礎なんだ。

監視カメラが常に見張っていることで、

悪い人でも悪い事ができないようになっている。合理的判断によって。

そりゃ悪い事したらすぐに捕まるのなら悪い事が減るのは当たり前だよね。

でも、この家には監視カメラが不思議となくなっている……」


メノンは周囲を見回す。


「その上、喫茶店からいくらでも家の様子は覗けるし、

後ろの林からは簡単に敷地内に侵入できる。

私が今、林の中からこの家族を覗き見するのにも、警戒すべきものが何もない。

――状況が不自然すぎる。

ここなら犯罪でも何でもしてもいいよと言っているような場所だ!

なんでだろう?家の外にも監視カメラがない。他の統一国家の住宅は例外なく監視カメラがあった。

それは恐らく法律で決まってて、統一国家から支給を受けてるはずなのに――」



メノンはあえて考えないようにしていたが、

張り込み中の暇な時間、つい失われた記憶について考えてしまう。

何か、とても大事な記憶を持っていた自分に気がつく。

これさえ思い出せば現状を打破し、

大きく人生が好転するであろう何か『重要な記憶』。

それは、普通の人間にとっては……。

知らない他人の命よりも、きっと大事なものだろう。


「私は……一体どうすれば良いのだろう?」


メノンは空を見上げる。

雲ひとつない、広大な空間の中、

唯一つ輝いている太陽の光が目に入った。



一通り調べ終わったメノンは親子の家から離れて、

大きな公園を散歩していた。



「お困りですか、お嬢さん?」


後ろから声をかけてきたのは、一人の女性。

背が低く、胸もない。

見たところ12~13の女の子だろうか。


「あなたほどお嬢さんではないよ!」


メノンは思わずつっこんでしまった。

女性はむっとした表情をした。


「私はこう見えても、君より相当な年上だと思うよ」


女性の服装を見ると確かにシックな感じで、社会人のような格好をしている。

幼い見た目ゆえ、コスプレに見えてしまう一方で、

喋り方から知的なものを感じる。

彼女の言う事は、どうやら本当のようだ。


「す、すいません成人した女性の方。

初対面なのにいきなりツッコミしてしまって……。

一体何の用でしょうか?」

「用なんてありません。声をかけただけですよ。

見たところ、外国の方の様だし……何かお困りかなぁ~~~と思ってね?」

「外国人ってわかりますか?」

「立ち振る舞いがね。いえ、別に変な事をしていた訳ではありませんよ。

お召し物も綺麗ですしね。

ただ、何かを警戒していた様子だったから――この国においては珍しいのです。

何せ統一国家では皆豊かで法律を守っている。

警戒するような危険は何もないですからね。

それゆえ、国民はみんなたるんだ振る舞いをしています。

家にいる子犬みたいにね。

――それに対して、貴女の立ち振る舞いは野生の狼のように警戒していましたよ。

特に、後ろに対して――――ふふふ。暴漢に襲われる事でも警戒してたんですか?」

「そ、そんなに警戒してましたか!?ううぅ、お恥ずかしい……」

「いえいえ、そんなことありませんよ。

恥ずかしいのは、何か大事なものを忘れてしまい、平和ボケした我々の方でね。

話を戻しますが……何かお困りな事がおありですか?」

「……ありがとうございます。実際、とても困っているんです……」


メノンと女性は近くの公園に移動し、

女性の買った飲み物を飲みながら話をした。


「で、『何に』お困りでしょう?」

「あっ!いや、その……」


メノンは確かに困ってはいたが、

まさか自分の記憶喪失や殺人の指示で悩んでいるとは言えない。


「知らない事が多すぎてですね……」

「ほほう。そうでしょうね。

統一国家と、『それ以外の国』ではまるで違いますからね」

「うぅ……」

「おお、すみません。傲慢な物言いでしたね」

「いいんです。事実、そうですから。

恥ずかしい話だけど、私の国とは豊かさ、技術、治安……すべてが違いますね。

統一国家は素晴らしい。安全で平和な国です。

私が遊んでいた公園には武装した警官がいました。

でも、それでもたまに子供が誘拐されました。私の友達も……」

「そうですか。それは痛ましい事ですね」


小柄な女性はゆっくりと二回頷いた。


「でも、それは『何が』違うからだと思いますか?」

「え?」

「統一国家と、あなたの住む国家。その違いは何でしょうか?」


これは初対面の人間にするには不自然なほど、政治的な話題だった。

メノンは少なからず警戒した。


「……それは、どういった……」


意図なのか。


「ああ、いえいえ。変な意味なんてないです。単に好奇心ですよ。

私はこういったお話が大好きでね。それゆえ周囲の人から煙たがわれていますよ。

親にも政治の事などどうでもいい!娯楽の事について考えろ!と言われます」

「あはははは!本当ですか?」

「それがこの国家の価値観なのです。

まあ旧時代や孤立国家における仕事が娯楽なんですかね?

このように、統一国家は平和です。ただ……その分、退屈でね。

趣味の多い人間でなければ、必然的に物事を考える事が多くなる。

そこで私は、失礼だとは思いますが。

好奇心に負けて政治的な質問してしまいました。そういう訳です。

答えたくなければ結構ですよ」


「わかりました。なぜだか解りませんが……答える必要性を感じました。

二つの国家の違い。それは……国民でしょうか?

国民の質が高いから、素晴らしい国家ができると」


その言葉を聞いて、小柄な女性は意地悪な表情でにやりと笑った。


「ははははは。申し訳ないが、それだけはないよ外国の方。

統一国家の国民こそ、堕落した国民はいないさ。

それは、不思議な事ではない。

例えば劣悪な国家では国民は堕落しようがない。

なぜならその場合国民は優秀、かつ努力しなければ生き残れないからだ。

適者生存。弱肉強食。そういった原理原則に基くのだ。そうだろう?

対してこの統一国家の人間はどうだろうか。

生まれた時から生存が保障されているから、適者生存の理は働かない。

そして労働する事もないから、技術は身につかないし努力もしない。

そういう事になるのはわかるね?

歴史を見ても、覇権を取った国家の国民は堕落する。必ずね。

その状態で長く覇権を維持しなくてはならない。問題はそこだよ。

覇権を取ることも大事だが、その後も大事。そして、それらに国民の質などは影響しない。

とすると君の祖国との違いはなんだろうか?」


「それは……」


メノンは彼女に不思議と親近感を覚えた。

道端で出会っただけの名も知らぬ関係なのに、政治の話を正面から聞いてくる人間など、

相当に厄介な人物として扱われ、他人が好かれる事はないだろう。

しかしメノンは――なぜだかわからないが――彼女の煽り口調にどこか懐かしい感じがした。


「難しい話だね!」

「ああ、すまないね。状況に相応しくない話でした」

「いえ、いいんです。答えてみせるよ」


メノンは彼女は見た目こそ女子小学生だけど、相当なインテリなんだなと感心した。

私は貧しかった。だから、高校にも多分行ってない。

もちろん大学にも行けないだろう。行くお金が用意できない。

でも、勉強はしていた。図書館で必死に本を読んだ。何度も何度も読んで覚えたんだ。

途方もなく長い時間をかけたんだ……。

その努力した記憶はあった。そして学んだ知識も覚えている。

だから彼女とも、喋る事ができる。そんな気がする。

そう思い、メノンは考え始める。


「私の祖国と、統一国家の違い。そうですね……」


「ゆっくり考えてもらっていいですよ。

私も統一国家の国民ですから、急ぐべき事は何もないのです……」


「そうですね……私は……。

二つの国家の決定的な違いを産むのは、

第一に『国家運営』の能力だと思います。

私達の国では政治家達が堕落しているのです。

これがまともであれば、少なくとも最低限度文化的な生活が保障されると思います。

巨大な外敵がいない限りは……」


「うん。その通り。私も同意見だよ」


「そうですか。よかった!」


「私の祖国である統一国家では『素晴らしい政治制度』を持っている。

条件さえ満たせば、最も正しく、強い政治制度だよ。

ただ、その条件を満たすのは非常に難しい……」


「はい。おっしゃる通りです。

恐らくその条件を満たしたのは、人類の歴史の中で初めての事だと思いますよ。

過去、たまたまそういう状態になった事があったとしても、長く続く事はなかったんです。

私の祖国も、この統一国家のようになれればいいのになぁ……」


「はは。君の国だって、国民みんなが望めばすぐにでもなれるのにね」


小柄な女性は朗らかに微笑んだ。

メノンは女性と話していく内に信頼感を得ていった。

この人は知識がある。

きっと、何かを聞けば、何らかの答えを教えてくれる。そういう人に違いない。


「すみません。自己紹介が遅れました。私の名前はメノンと言います。

東の孤立国家に住んでいました。あなたのお名前は何と言うのですか?」

「名前は……リオンと呼んでくれればいいさ」

「リオンさん!私が今から言う事信じれますか?」

「内容を聞かないと判断しかねるねぇ」

「そうだよね!えっとその……私は記憶喪失してるんだ!!」

「ん?記憶喪失!?……そんなもの、現実にあるんですか?それはその、比ゆ的な意味ではなく?」

「あるんですね~!残念ながら。

私は小学校あたりからの記憶がほとんどないんだよ!

それで私はなぜここにいるのかもわからないんです!」


「それはそれは……お困りと言うレベルの話でもないようですね。

大変ですね旅の方。まずいくつかの疑問があります」


「ふぇ!?なんでしょう?」


「あなたはこの国にどうやって来たのかもわからないと言いましたが、

あなたが統一国家に来た目的は覚えているのですか?」


メノンは一瞬答えるのをためらった。

まさか殺人の指示が出ている事を素直には言えない。


「私は自分が何を考えてここに来たのかは覚えていません。

自分の目的も。でも……」

「でも?」

「うっ……」


メノンはここで、今までの事を正直に話してしまいたいという衝動にかられた。

パンツに入ってたスマホで殺人をするよう指示されたこと。

そしてその指示を保証する自分の映像を。

しかし、これらの出来事は実に奇妙な事だが、非常に危険な事でもある。


(殺人の指示なんてまともじゃないし、

それに自分が自分へメッセージを送っている所を考えれば、

この記憶操作は恐らく人為的なものだとわかる。

そう、コントロールされたものなんだ!

そんな事が出来るなんて、どんな組織か、

想像もつかないけど……非常に大きなものであるのは間違いない。

記憶操作なんて信じらないほど発達した、

何らかの医療技術がなければできないだろう。

そんな技術を持っている反社会的組織なんて考えただけでも恐ろしいよ!!)


メノンは頭を横に振った。


(私はずいぶんと軽い口調で言っていた。しかも笑顔で。信じられない。

……多分、脅しを受けてあんなメッセージを残したんだろうな!)


事の顛末を、目の前の、通りすがりの人に話す事はまずできない事だった。

ひょっとするとリオンまでも命の危険に晒してしまうかもしれない。

それが心配だった。

メノンはこの会話の中で不思議とリオンに好感を持っていた。

見た目こそ小学生だが、話し方は男性的で、話の内容は知能の高さをうかがわせる。

他人を見下している部分もあるが、きっと何か偉い職業なのだろう。

自分への自身に満ち溢れている。


「なんでもありません。確かに私は目的を見失っている状態です。

思い出せないんです。これから何をすればいいのか……悩んでいます」


悩んでるメノンを見て、リオンは提案した。


「目的が思い出せないのであれば、自分で決めればいいかと。

あなたはこの国で何をしたいですか?」


「私が……したい事……」


「何かが必要であれば、私が手伝いましょうか?

観光をするにしても、国に帰るとしても。

精神科に行って記憶を取り戻す相談をしてもいいし、

住むつもりなら住居も面倒を見てあげましょう。

統一国家の人間と共に行動すれば何かと便利ですよ」


「なぜ、そこまで親切にしてくれるのですか?」


「不思議とあなたには親近感を抱いてしまってね。

ほっとくと後悔しそうだから。だから、私の事情なので、遠慮しなくていいですよ」


メノンはその提案がとても嬉しかった。

自分の感じていた不思議な親近感が相手にもある事がとても神秘的に感じた。

――しかし、メノンは自分の中の大きな決意に気づいていた。

『それ』は最初から感じていたことだった。それを行うことが、あまりに難しく、それでいて『危険』だから迷っていたことだ。

合理的判断に反するし、なぜ『それ』を個人が行う必要があるのかと言われれば、

答えるのは難しい事だった。

統一国家が信奉してやまない合理性とは相反する行動である。

だが、メノンはリオンの優しい提案を聞いて、

逆に自分が考える最も厳しい道へと向かうことを決断した。



「いえ、私はいいよ……」

「おや?なぜです?」


「この統一国家で、私にしかできない事があります。

そして、それは私一人で行うべきなんです」


メノンは手を胸に当てて、何かに誓う様にそう言った。


「そうですか。立派な方だね」


リオンはその姿を見て微笑み、去って行った。


その後、メノンは力強い足取りで、ある場所へと向かった。

それは写真の親子の家だ。

暗く、静かで……怪しい雰囲気をもった夜。くっきりとした三日月が夜空に浮かぶ。

人を殺すならばこんな夜が相応しいのかもしれない。

メノンは親子の家に音もたてずに忍び込み、そして……。

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