第3話 スマホでご依頼
メノンはしばらく散歩して、
街並みを眺めていたが……次第に自分の体調の変化に気付く。
「お腹減ったな……」
目線の先には露天の店があり、
珍妙な色と形をした菓子が売っていた。
強いバターの香りと焼けた砂糖のにおいが混じり、
メノンの食欲をかき立てる。
「私、お金とかあるかのかな。
折角だし美味しいもの食べ歩いて、
おしゃれなホテルとかに泊まりたい!」
メノンはポケットを漁ったが、紙幣らしきものは見当たらない。
「うん。わかってた。言ってみただけだよ……。
私が母国にいた時は、配給された乾いたパスタを水で戻して塩かけて食べてたくらいの貧民だからね……。
多分、渡航するのに全財産を使ったんだろうな」
メノンは落ち込むが、諦めずに自分が何を持っているか確認する。
記憶は失ってはいるが、何か得ているものもあるかもしれない。
「ん~……ん?」
メノンの下着の中に硬いものが入っていた。
「なぜパンツの中に……?」
取り出すとシンプルな形をしたスマートフォンが出てきた。
「そもそもパンツの中に入っててなんですぐ気がつかないの!!!?」
メノンは液晶に触れて、操作しようとする。
しかし触っても何も起きない。
「えぇ……なんで?」
そのスマートフォンには液晶の他にボタンもない。
イヤホンをつける穴もない。記録媒体を際しこむ所もない。
「これは本当にスマートフォンなんだろうか?」
メノンが疑問に思った時、ゆっくりと画面が立ち上がった。
流れるムービー。そこにはよくわからない映像が流れていた。
「何これ?」
そこには映像の断片が乱雑に流れていた。
様々な国や人の、スポーツや勉強。選挙や試験。そして、殺人のシーンも。
「何かの映画のシーンかな?」
映像はやがて収束し、写真に移り変わった。
写真には母らしき女性一人と10歳ぐらいの子供一人が写りこんである。
そこに赤い文字が浮かび上がり、極めてシンプルなメッセージが出てくる。
それは、非常に単純明快で、世界中で使われている言葉である……。
『殺せ』
「えっ!?」
腕組みをしたスーツ姿の男が登場する。がっちりした体格をしている。
顔は画面から切れており、映っていない。
男は画面の中からメノンを指さし、低く唸るような声で言った。
『二人の親子を殺せ。君自身の手で殺せ。
そうすれば、君は自分の記憶を取り戻せる』
「ど、どういうこと???」
メノンは突然の現実感のない指示に混乱した。
母子を殺せという指示。そして殺す事によって記憶を取り戻すと言う条件。
自分の置かれている状況が、あまりに荒唐無稽に感じた。
その二つの事象に、何の繋がりもないではないか。
『これは競争だ。一番早く君が殺さねば、記憶を取り戻す権利を失うだろう』
「きょ、競争!?誰と……?」
映像が変わり、画面には見知った人物映っていた。
記憶を失ったメノンでも知っている人物だ。
『やあメノンさん。あなたはきっと混乱してる事でしょう。
でも大丈夫!全部何もかも大丈夫なんです!
この親子を殺せば、あなたの記憶は取り戻せますよ。
それは間違いない真実!そうなんです!
疑り深いあなたでも、私の言う事だけは信じるはずです。そうですよね?
迷いなく殺人を実行してください!誰よりも早く!!
やり遂げた後、またお会いしましょう。ではでは~』
その人物の姿も声も、メノン自身である。
画面の中に自分がいて、この荒唐無稽な話を保証するのだ。
「どどどどど、どういうこと!?
私は自分で記憶のない自分に向けて殺人の指示をして、動画を記録したって事……?」
メノンは酷く恐ろしく感じた。
記憶を失う前の自分は何を思ってこんな事を言ったのだろう?
「私は一体……『何』に巻き込まれてるんだッ!?」
こんな事をする目的もわからなければ、
どうしたらこんな事が出来るのかもまったくわからない。
メノンは混乱し、大きく体を震わした。
スマートフォンには様々な情報が入っていた。
親子の外見。名前。年齢。生年月日。生い立ち。
好きなもの。嫌いなもの。そういった表面的な情報だけでなく、
人生の中で購入した物品のログや、生涯で利用した公的機関のログ。
街中の隙間なく敷き詰められた監視カメラで捕らえた動画記録。
それらが全て見る事ができた。
もちろん、これはとんでもないことである。
このスマートフォンが繋がってる先は、
『統一国家』が管理しているサーバーなのは明らかだ。
当然漏れるべきものではない。普通の人間が見れる情報ではない。
一通り情報を得た後、メノンは自分に問いかけた。
記憶とは、殺人を犯してまで取り戻すべきだろうか?
答えは決まっている。
「私は自分の都合で人を殺したりなんか絶対しないよ!」
しかし、メノンは自分の言葉を聴いて思った。
では、どうすればいいのか?
失った記憶をこのままにして生きる。
それはさほど難しい事ではないのかもしれない。
自分の家に戻る事だって祖国に戻り、探し続ければいつか見つかるだろう。
ならば、本当にそれでいいのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます