記憶喪失と殺人依頼
第2話 少女メノンと統一国家
「ううん……?」
寝ぼけ眼を擦りながら少女は町中を歩いていた。
少女は褐色の肌で、黒髪のショートカットをしている。
年は十代半ば。
顔立ちは一見可愛らしい印象だが、
目の深い部分では強さがあり、凛々しさがあった。
「どこここ!?」
彼女は統一国家の首都にあたる超巨大都市を歩いていた。
「私が住んでた所とは……国が違うよ!?」
少女の出身は『東の孤立国家』である。
『東の孤立国家』の首都は荒廃したビル郡が立ち並んでおり、
このような輝かしい大都市は国のどこにも存在しない。
『孤立国家』とは統一されなかった国家の事で、
大陸の端や島国にポツポツと存在していた。
統一国家が繁栄し、人類至上の栄華を誇る一方で……、
孤立国家はどこも一様に貧しく、政治は腐敗していた。
国民は皆、奴隷的労働に従事していた。
また、凶悪犯罪が多発しており、危険な日常を送っている。
そのため、国民は人生に絶望していた。
「ええっ……」
メノンは自分が何故ここにいるのか不思議だった。
ここに来た記憶がない。どうやってここにいるのか、
どうしてここに来たのか思い出せない。
「き、記憶がない!!
私はあの国で生きていたのに……何故?
凄く大事な事を忘れている気がするよ……」
少女は真剣な表情をして公園に行き、少しの間ベンチで座って考え事をした。
その結果、自分にはほぼ子供の頃の記憶しかない事がわかり戦慄した。
「私は一体何者なんだろう!?
名前はメノン。国はわかるけれど、家の住所はわからない。
最近何年分の記憶がなく、ただ一人で町を彷徨う女の子……。
これは絶望的だよ!」
公園では子供達が仲良く遊び、親達が優しく笑って見守っていた。
それはとても平和な光景だった。
メノンも子供の時、公園で遊んでいた。
しかしその公園は柵と鉄線で守られたもの。
それでも人攫いは絶えなかった。メノンの友達も何人も攫われて行った。
それだけ『孤立国家』の治安が悪かった。
対してこの公園は敷居すらない。これだけでこの『統一国家』がいかに平和かわかる。
防犯は宙に浮いて見守っている広域監視カメラだけだった。
「記憶を失ってる事も不思議でしょうがないけど、
どうやってここに来たのかも謎だよ!私の祖国は原則として海外に行くのは禁止で、
特に統一国家に行くには厳しい審査があった。
まあ、この豊かな統一国家に行けたら、貧しい祖国に帰りたくなくなるもんね。
簡単に言ってしまうと行けるのは富裕層だけで、貧乏な私には許可は降りないはず。
統一国家側としても外国人は制限されている。
自国民はニートでいいのに他国民には厳しいんだよね。
難民であっても受け入れてくれるのはほんの僅かで、審査内容は謎――――。
話を総合して考えると、私は何らかの決意を持って不法入国したのかもしれない……。
でも、それは一体なんでだろう?やっぱ貧乏が嫌になったからかな……?」
メノンは自分の記憶を必死に探した。
しかし子供の時の記憶に答えはなく、最近数年の記憶は失っている。
結局、いくら考えても明確な答えは見つからなかった。
「ま、いっかー。考えてもわからない事は仕方ない。
せっかく統一国家にいるのだから、この超巨大都市を楽しもう!
幼児の時からずっと憧れた土地になぜかいるんだから遊ばない手はない!
できたら、住み着きたいね!そんで家族も呼ぶんだ。連絡先すら覚えてないけど!!」
メノンは統一国家の観光名所である大通りを歩いていた。
統一国家は他民族国家のため、肌の色では外国人とわからない。
だから楽しく散歩ができた。
「すっごい大きい。こんなの初めて見たよ……」
この大通りが観光名所になる理由としては、まずは道の長さ。
直線で都市の端から端まで繋がっており、1024キロの長さがある。
全て歩道。幅は100メートルある。
道の真ん中には歩行に邪魔にならないよう、地上4メートルの位置に観光車両がある。
レールは周囲の巨大な柱に括り付けられた強固なワイヤーで支えられていた。
当然この大通りには様々な商業施設があり、大勢の人で賑わっている。
「凄い街並みだよ!色んなお店がいっぱいある!
何より平日昼間からみんな仕事せず遊んでるなんて凄いね!」
ビル群の外面が細かく虹色のグラデーションを作っている。
色彩が常に流動的で、うねうねと動いる様に見える。
「街全体が生きてる様だね……」
それらの色の動きが別のビルにも波及していて、
まるで1つの巨大な生物の様に調和が取れていた。
そのビル郡の隙間を、
1メートルほどのサイズの『掃除ロボット』が動き回り、
丁寧に掃除をしている。
「ほんと清潔で整然とした作りの都市だね。
まるで昨日できたようにメンテナンスが行き届いている。
廃ビルに住む、荒廃した我が祖国とは大違いだよ!」
ロボットは掃除だけではない。商業施設の店員としてもロボットは働いていた。
人間がかつては行っていた様々な仕事はロボットに置き換わっていたのである。
人間は皆笑顔を浮かべ、好き勝手に昼間から遊びまわっているだけだ。
「凄いな~。本当に統一国家ではロボットが人間の代わりに働いているんだね」
メノンがそのまま歩いていると、工場があった。
工場と言ってもおしゃれで小さな一つの部屋に過ぎない。
その小さなスペースに複雑な機械装置を作る工場があった。
そこでは小さなロボットと工作機械が静かに動いてるだけ。
それなのにどんどん製品は出来上がり、梱包されて出荷されていく。
何一つ滞りもない動き。
また、工場なのに有害なものは何も出ていない。
だからこそこんな街中にあるのだろう。
メノンはその小さな工場を見て、まるでおもちゃ屋の様だと思った。
小さなロボット達が集まって製品を作る様子は、まるで妖精が職人の代わりに靴を作っているようだった。
見ていてとても楽しかった……。
メノンはふと子供時代を思い出した。
自分の中に残っている記憶は、子供時代のものがほとんどだった。
私の家は、トタンでできた屋根をしていた。
夏は暑くて冬は寒かった。
父はすでに仕事中の事故で死んでいて、母一人で私達七人兄弟を育てた。
そう。私の子供時代はとても貧しかった。
学校には屋根がなくて、青空の中で黒板の内容をノートに書き込む。
私はひたすらに勉強した。やがて学校の勉強では足りなくなり、
図書館へいって勉強した。この図書館は普通の図書館と違う。
私の町は治安が悪い。図書館の備品は常に盗まれる危険があったし、
下手したら強盗集団に襲われることだってあり得る。
だから図書館はそれを警戒して、良識ある大人たちが武装して守っていた。
その名も武装図書館だ。
これが、私の町で最も尊い知識の結集なんだ。
人が勉強をするにも血を流さなくてはならない。そんな環境で私は育った。
それでもまだマシな方だったんだ。
地域によってはもっと貧しくて、学校に行けない子供だっている。
こんな図書館ですらない地域もある。
私には武装図書館があり、そこで勉強できる。
それだけで孤立国家では恵まれている方なんだ。
私は思い出す。あの時の、忘れる事の出来ない思い出。
貧しい貧しい我が祖国でも、統一国家と関係を持てる瞬間があった。
それが観光ロードと呼ばれる場所。
一本の道なんだ。
空港とつながっていて、防弾ガラスで守られ、周囲には重武装した軍隊が護衛している。
一体何を?私達の国家の軍隊が守っているのは私達ではなく、観光客だった。
統一国家の観光客は子供が多かった。彼らは私達を見ると指さして嘲笑う事がほとんどだった。
私達が生きているだけで面白いらしい。
そうでない一部の人は、悲しい目をして目を背ける。
私達の生活はどうやら悲しいものらしいのだ。
私達の悲惨な生活は統一国家の国民の教育として使われていたんだ。
統一国家の豊かな国民による嘲笑か哀れみ。
もちろん孤立国家の人にとっては心地の良いものではない。
観光ロードの近くにいた人は、みんな怒りの表情を浮かべるか、
不機嫌になってそこから離れていった。
でも、私は彼らを見て笑顔になった。私はそこで何かを考えた。
そして、近づいてこう聞いた。――こう聞いた。……あれ?
私はそこで……何を聞いたんだっけ?
これも思い出せないの?とっても大事な思い出だったのに……。
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