大きな国の木の下で

ディストピア鹿内

プロローグ 『統一国家』1

第1話 人類史上最も豊かで正義ある国家

「私は、なんでこんな所にいるんだろう……?」


前時代的な風景をしたさびれた村の中に、一人の少女がいた。

少女は不思議な気持ちだった。

手には銃を持ち、『何か』を待つ自分。


 何か――何かとは何だ?


遠い場所から微かに咆哮が聞こえる。

それは人ならざる者の咆哮。


そう、何かとは怪物だ。人を食い殺す恐ろしい『怪物』。

……怪物とは何だろう?何で怪物がいるのだろう?

のんきな音を出す水車と共に、景色が歪んでぐるぐると回る。

少女には過去の記憶の大部分がなかった。


「私は……何と書いたのだろうか?」


少女は唐突に小学校の時の自分に思いを馳せる。

疑問に思ったのは自身で書いた作文の時間だった。


「私はそこで自らの大きな決意を書いた筈。

テーマは『将来の夢』だった。

そして私はその夢をずっと持ち続けていたはず。そのために頑張ってきた。

全ては夢をかなえるために!!

それなのに……なんでだろう?

自分の夢なんて、とっても簡単な事なのに……。

それがどうしても、思い出せない」


巨木の葉に蓄えられた水滴が一滴、

少女の首筋に落ちた。

その冷たさが少女の意識を目覚めさせる。


「――いやいや、何を考えてるんだ?

子供の時の作文なんて、今は関係ない!

夢を見てる暇なんてないんだ!

現実の、今ある問題に立ち向かわなくては……」


『その時』が近い。

少女は銃を構える。自分の日に焼けた褐色の腕が視界に入る。

細かい傷がついている。それは頼もしい歴戦の証。


「……現実?現実の問題って何だ?

私は今まで、何をしていたのだろう?」


村を囲む森から、一匹の怪物が顔を出す。

怪物は大型のシベリア虎のようなシルエットをしていたが、

全身が黒い装甲で覆われており、手足が16本もあり、

明らかに既知の動物とは違っていた。


少女はそれを見ても動揺する事はなく、

むしろ落ち着いて集中力を高め、大口径の銃を撃つ。

連続して四発放ち、それらは全て怪物の目と、

その先にある脳を射抜いた。

黒い怪物はおぞましい断末魔をあげて倒れこむ。


「私の目的は……そうだ。村を守る事だ」


異形の怪物どもとの交戦を続ける内、

やがて弾が切れてしまった。

弾を込め直そうと思う少女の前に、空から人型の怪物が振って来た。

細身だが全身真っ赤な装甲で覆われており、手が8本ある。

片側4本の手で少女の体を引き裂こうと鞭のように腕を振るったが、

少女は冷静に後ろに下がって紙一重で交わす。


「怪物どもを『皆殺し』にしなくては……」


どうやら銃をリロードしている暇はない。

腰に携えた刀に持ち替え、素早く踏み込んで赤い怪物の首を一振りで刎ね飛ばす。

剣術の達人の技だ。普通の少女ができる事ではない。


次々と襲ってくる非現実的な様相をした怪物達。

少女は怖かった。眩暈がするほど恐れ、吐き気が出るほど震えた。


恐怖の対象は怪物ではない。


『自分が何故この奇怪な現実を受け入れているのか?』


それが何より怖かった。








人類史上最大の国家。人口90億人。

国土はかつてのモンゴル帝国よりも広くなり、世界そのものに『ほぼ』等しいほど。

200以上の世界中の国々が、理性的判断により統一し、

このような1つの巨大な国家になった。

人、土地共に『ほぼ』世界そのものと言えるサイズ。

この国に名前はなく、単に『統一国家』と呼ばれている。


統一国家の首都は、ユーラシア大陸の中心にあった。


その都の端には超高層ビルが立ち並んでいるが、

都の中心に行くほど低くなっており、

屋上に出れば誰でも広大な都市の全体像が見れるようになっている。

ビルには色がついており、グラデーションを描いていて、

夜になると虹色に輝くのだ。

ここは最初からデザインされた人工の都市。

かつて砂漠や山であったが、全て平地に造り変えられた。

昔の大国の国家予算を軽く超える金額で作られた。黄金の都だ。


世界中の最新技術が結集して作られたこの都市では、

『効率』が尊ばれ、全ての人間が豊かな生活をしている。

食料や家など生活に必要なものは全て国家から与えられ、

人々が働く場合は贅沢品の購入か自己実現のためのみである。


かつて人が行って来た大変な仕事は、

実際のところ、そのほとんどが『無駄』だったため、

国家中枢の研究機関が行った『全体最適化』によってなくなっていった。

どうしても必要な仕事は、高性能なロボットが代わりに行っている。

これにより人々はついに労働からも解き放たれ、真に自由になった。

『統一国家』は理想的な国家であり、かつての人類の夢だ。


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