第48話宵闇の美学(10)

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 舟屋から電話をもらった私は的屋と、鍛冶屋さんとともに阿佐ヶ谷へ向かった。夜も遅く、一喜もいるし、なにより身重なのだからと布屋には家にいてもらうことにした。男三人で的屋の愛車に乗るのは窮屈で仕方なかったが(というかまじめな話違反であるが)我慢をしてとにかく走らせた。というのも的屋の愛車——モーガン・プラスエイトはツードアでそもそも後部座席というものがない。的屋は運転席に私は助手席に乗り込み、そして、鍛冶屋さんはリアのお飾りなタイヤにちょこんと胡坐をかいた。まるでルパン三世だ。

 しかし、確かにそのようなものかもしれない。さしずめ肉屋は峰不二子だ。どこをとってもあんな妖艶な魅力的な美女とはかけ離れているし、何よりあいつは裏切ったりしないが、守るべき仲間だ。 

 情報屋の話では肉屋の携帯電話はすでに壊れておりGPSなんぞは効かないらしい。阿佐ヶ谷近辺の監視カメラをハッキングして彼の姿を追っているらしいが、どこにも見当たらないという。手詰まり感が否めない状態である。

 それ以上に、また仲間の身に危険が及んだという事実が重くのしかかっていた。

 俺は何をしているんだ——自分の無力さに腹が立つ。

 楽器屋からの連絡によれば、おそらくまだ肉屋は生きているのだろう、と舟屋は言っていた。死んだとは言っていなかった、と。だとすれば今私たちにできるのはどうにか肉屋を見つけ出し、助けることだ。舟屋がもうすでに解体屋さんたちに連絡はつけていて、いつでも治療は受けられるとのことだった。

 早く見つけてやろう。早く、早く。

 的屋も気をもんでいるらしく、アクセルがさっきからべた踏みだ。国道を縫うように車を走らせている。

 鍛冶屋さんは目を閉じて、私たちの後ろで座禅を組んでいた。

 みな心配をしている。何より心配しているのはきっと花屋だろう。今は薬屋についてもらっているが、捜索に駆り出してあいつまで傷つけられてしまっては、肉屋はきっと怒るに違いない。

 いつまでも顔を俯かせていては車酔いをしてしまうと思い、上げて見れば確かに阿佐ヶ谷のほうの夜空は少し赤みがかっていた。

 伸びるように流れていく生活の光を眺めていると着信が入った。風切り音で何も聞こえなかったが、バイブレーションを強めにしていたからよくわかった。

 情報屋からだ。


「見つかったか?」


 私の問いかけに二人も耳をそば立てる。しかし、多分二人には外気の音がひどくて聞こえないだろう。一応ハンズフリーにしたが、それで私がちょうどいいくらいだった。


「ええ、見つかりましたよ。そこから南西の公園内にいると思われます。監視カメラにちらりと映っただけだったのでみつけるのに苦労しました。あとでギャラ請求してもいいレベル」

「ああ、ありがとう」

「ただ、少し気になることがあって」

「なんだ?」

「カメラの映像に妙なモザイクが。妨害電波ジャミングみたいな。一応気を付けてください。きっと肉屋さんを襲ったのは——」

「百鬼夜行組合——だろ」


 少し間があった。それはきっと情報屋なりの肯定ととらえることにした。


「今、そう思ったんで喫茶店あたりのカメラ探して映像見つけたんすけど、急に爆発してるんすよ。爆発——どっかに火元があってそこから燃え移り、バックドラフトとかフラッシュオーバーみたいに火災になったんじゃなくて、唐突に急激に爆発。爆弾みたいな。むしろよく肉屋さん生きてるレベルの。まあでもそのカメラもその爆発で壊れてるんでそっから先の映像はないんすけど」

「出入りしていた客は?」

「その爆発のときは肉屋さん一人ですね。ほかの客の姿はないと思います。だらーと早送りで見ましたけど、入って出てこなかった客は一人もいませんでした。もう少し調べてみます。んじゃ、健闘を祈ります」


 情報屋からの電話を切って、今伝えられたことを端的に的屋に伝えた。的屋は前だけをみて、さらにアクセルを踏み込む。それ以上は踏み込めないのに。みな、早く見つけたい一心だった。

 橋の上を走っていた。が、的屋がおもむろにハンドルを切ってガードレールに突っ込んだ。気でも狂ったかと思ったが、そのまま車は空を舞って、橋下を走る道路へ躍り出た。


「ショートカットだ。ここから南西の公園っつったら阿佐ヶ谷公園だろ。このほうが早え」

「確かにそうだろうが一声かけろ!」死ぬ気かよ!

「俺たちが死んだら話にならねえだろ!」

「俺が改造した上に運転してんだ、死ぬわけねえだろ」

「…………」鍛冶屋さんは何も言わない。


 さすがにどこかへ飛んで行ったかと後ろを振り向けば鍛冶屋さんは何食わぬ涼しげな顔をしていた。さすが師匠だ。


「ほれ、もう目の前だ」


 的屋に言われてみてみれば、確かに、もうすぐそこに公園はあった。乱暴に入口に駐車して私たちは車から飛び降りた。


「俺は東、お前は西、鍛冶屋さんは南のほうをお願いします」


 二人はうなずいて一目散に走っていった。私も走る。携帯を取り出して楽器屋に連絡をした。数度コール音がしたのち、慌てた様子で楽器屋が出た。


『葬儀屋さんか!?』

「肉屋は阿佐ヶ谷公園にいる。そこに来てくれ。俺と的屋と鍛冶屋さんもいる。解体屋の爺には連絡してある。見つけたら俺に連絡を頼む」

『わかった!!』


 さっきの情報屋の話が気になる。ジャミングされていると言っていたが、まさか肉屋を襲ったやつが執拗に追いかけているのだろうか。だとしたらなおのこと肉屋の身が危険だ。自ずと足が速くなった。辺りを見渡しながら走る。

 どれほど探したろうか。自然公園と銘打たれているわりにはそこまで広くないはずなのに、夜で、街灯も少ないとなると、なかなか見つけられない。がさりと音がして寄ってみればどこからか来た野良猫がにゃあと鳴いた。

 早く助けてやりたいのに——なぜこうも、すぐに見つけてやれないのだ。

 なぜこうも——後手に回ってしまう。

 悔やんでいる場合ではないと鼓舞し、目を見開いたとき、再びがさりと音がした。その音の鳴ったほうを注視する。かすかにうめき声が聞こえる。姿も見えていないのに肉屋だと直感的に思った。ばつと走って茂みをかき分けると、そこにうずくまる肉屋の姿があった。


「肉屋!」


 あたりに誰もいないことを確認しながら近寄る。這う這うの体だ。火炎放射器を大事そうに抱えてうずくまっている。見るに堪えないほど傷ついてる。ぼろぼろで、ところどころ血が染みて白いシャツは無残だった。


「そ——ぎ——さん」


 私を見つけた肉屋が子供のように笑った。痛々しい姿で、涙が出そうだった。それを耐えてスーツのジャケットを破いてところどころではあるが止血を図った。


「しゃべるな! 解体屋のところに連れて行ってやる!」

「すみ——ん——俺——やれなか——」

「いいんだ、大丈夫だ。助かる。問題ない、待ってろ」


 的屋に連絡をする。すぐに出た。


「肉屋を見つけた。これから車に戻る」

『了解。鍛冶屋の兄貴には俺が伝えとく』

「頼む」


 肉屋に肩を貸して立ち上がらせた。


「悪いが、車まではお前に頑張ってもらうぞ」

「そりゃ——大仕事だ」

「ああ、だが、それさえ済めばあとは楽だ」

「です——ね」


 息も絶え絶えな肉屋を引きずるようにして車に向かった。非力な自分に腹が立つ。


「葬儀屋——さん……俺を襲っ——カッシェと名——」

「今はいい。傷に障る。とにかく生きてくれ。とにかく先に進もう」


 肉屋は困ったように笑って弱弱しくうなずいた。

 お前まで死なせるわけにはいかないんだ。大切な人たちがこれ以上死ぬのは嫌なんだ。到底無理なことだとしても——我儘だとしても——言っていることが滅茶苦茶だとしても——今、死んでほしくないんだ。

 的屋が車で待っていてくれた。エンジンはすでに起動しており、その車体に鍛冶屋さんがもたれていたが、私たちの姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきてくれた。


「よく耐えたな」鍛冶屋さんが肉屋にそう言って私と反対側の肉屋の肩を持った。

 的屋がドアを開けて、そこに肉屋を乗せた。


「的屋、頼んだ」


 うなずいて、的屋はアクセルを踏み込んだ。静かに眠るように目を閉じた肉屋を乗せて車は遠くなっていく。入れ違いにやってきた楽器屋は私たちの姿を見るや否や「肉屋さんは!?」と詰め寄った。


「今的屋に運んでもらった。ボロボロだったが助かる。きっと助かる」

「そうすか……よかった……俺があんな野郎に足止めされてなきゃ……!」

「どういうことだ?」足止めとはいったいなんだ。

「よくわかんねえ野郎がいたんすよ。百鬼夜行組合? とかいうとこの組長だってやつが」

「お前のところにも現れたか」

「お前の、ところにも……?」


 眉をひそめた楽器屋と、静観する鍛冶屋さんに的屋たちのあとを追うように催促し、道すがら、百鬼夜行組合について話すことにした。




 

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