第38話「謝罪の美学」(17)

「言ってた薬持ってきたか?」


 的屋が薬屋に手を差し出して、早口にまくし立てた。


「持ってきましたけど、なんです、そんなに焦って」


 ごそごそとリュックを漁る薬屋に早くしろとさらに怒って、背中の少女を預かるように催促した。どぎまぎしながら薬屋は少女を抱きかかえる。どう抱きかかえようかあたふたしている間に、的屋にリュックを取られた。


「ちょっと、プライバシーが——」

「うるせえ、そんなことを気にしてる場合じゃねえんだ」


 真剣な眼差しでリュックの中を探る。そして一つ、ケースを見つけて取り出し、薬屋に見せて、「これか?」と確認を取った。薬屋がうんと頷くと、リュックを放り捨て、自身のスーツポケットから空の弾丸を取り出す。形が妙で、針のようなものが付いている。

 かちゃかちゃと的屋がその空の弾丸に薬屋が持ってきた薬を入れる。


「確認のために聞くが、これは液体か? それとも粉末か?」

「液体ですけど」


 分かった、と的屋はそのまま弾丸を装填していく。すこし妙な形をした銃だった。ショットガンのようなサイズで、弾丸もそれに見合うほどの大きさであった。まさか空の弾丸に自分が作った薬をいくつも淹れられるとは思わなかった。見れば針が弾丸の中にもあって、それは放射状に延びており、そこに弾薬を刺しているようだった。

 よし、と的屋が装填を終えたとき、短い銃声がした。


「くそったれ。あいつがいねえとあの馬鹿は止めれねえ」


 苦々しく的屋が吐き捨てる。

 訳が分からずきょとんとしている薬屋に、的屋は一度向きなおした。


「いいか、万事屋はあの肉屋を圧倒するほどの殺し屋だ。だから戦おうと思うな。何を見てもびびんな。何があっても足を止めるな。俺がこいつを打ったらお前はとにかくその子を守って安全なところまで逃げろ。そして、一応ママたち呼んでくれ」


 薬屋が何か言おうとしたとき、的屋はがちゃりと狙いを定め——を撃った。

 そのまま何発も撃ち込みながら葬儀屋に近づいていく。


「おいおいクマ用の睡眠薬だぞ!? 馬ッッ鹿じゃねえの!?」


 ぐるりと葬儀屋が的屋を見た。その目は人の目をしていなかった。


「はいはいわかったわかった、おねんねの時間でちゅよーってな!」


 的屋が葬儀屋の右頭部を蹴り抜こうとした。葬儀屋はそれをしゃがんで交わし、その勢いを殺さぬまま自身の足を回して的屋の足に引っ掛けようとする。的屋は跳ねて交わして懐から愛銃を取り出した。


(頼むよ次元先輩——俺に力を貸してくれ)


 弾丸を一発、けん制で葬儀屋の後ろでニコニコしていた万事屋にぶち当てた。うぎゃあと悲鳴を上げたそちらに葬儀屋の意識が向かう。


「やべえ、今のはミスだったか?」


 的屋のつぶやきを肯定するかのように、万事屋から噴き出した赤い血を見て、葬儀屋の体ががくがくと震えだした。


「早く寝てくれよ坊ちゃん!」


 的屋が更に二発、葬儀屋の背中に当てる。肩甲骨のように盛り上がったその背からが生えて銃弾を弾いて羽ばたいた。


「寝る気がねえってわけか。くそったれ」


 万事屋が恍惚そうに葬儀屋を見る。


「ねえねえなにそれ、翼? かっこいいねえ、まるで堕天使じゃんいけてるね! いいなあ、僕も生やしたいなあ」


 葬儀屋に近づいたところで万事屋の腕がもげた。


「え?」右腕がもげて、

「ん?」左腕がもげて、

「あれ?」左足がちぎられて、

「およよ?」右足が砕かれた。

「うわわ、にふふ、だるまさんみたいになっちゃったなあ」


 うげえ、と苦々しい顔をして的屋が毒づく。


「あんな恰好になっても笑えてるとかバケモンかよ」

「そうだよ」


 万事屋が笑顔で言った。

 ダツダツと肉が抉れるほどの力で葬儀屋に殴られているのに、血まみれになった万事屋が笑顔で葬儀屋から背中越しの的屋を見る。


「ボクも化物なんだ。だからずっと会いたかったの。葬儀屋さんに」


 少しずつ、葬儀屋の振るう腕が遅くなっていく。メキメキと音を立てて万事屋の体に失ったはずの部位が生えてくる。


「あれれ? もう終わりなの? せっかく殺してもらえるチャンスだったのになあ。仕方ないなあ、殺しちゃうよ」


 葬儀屋の動きが止まった。反撃をしようとばかりにニコニコとした万事屋が体中の骨を鳴らした。

 万事屋がブゥン! と風を切って葬儀屋に突っ込んできた。右腕がその速度に遅れるようにしなって飛んできた。的屋が急いで葬儀屋の襟首をつかんで後ろに下げる。ふわりと浮かんだネクタイがちぎれた。


「へえ、君も化物?」

「残念ながら俺はただの人間だ。くそったれが」

「ふうん、同族だったら優しく殺してやろうと思ったけれど、そんな必要もないね」


 もう一度、今度は的屋目掛けて吹っ飛んできた。ネクタイをちぎるほどの風圧だ。当たったらひとたまりもないだろう。的屋は左手で握った愛銃を万事屋に向ける。


「俺だって優しくする気はねえんでな」


 銃口が突っ込んできた万事屋の額に当たった。

 瞬間。火花を散らして弾丸が万事屋の額を撃ち砕いた。

 錐揉み状に回転して万事屋は倉庫奥まで飛んでいった。その姿を見送って、倉庫の埃にまみれたところで目を離し的屋はああ、と息を吐いた。


「ほら、帰るぞ、葬儀屋。ああ、あっちのおっさんも連れてかなきゃか」


 そう言って標的であった男のほうへ一歩踏み出した時、的屋がバランスを崩してそのまま倒れた。

 違和感を感じて左の脇腹を見てみる。


「うえ、つぶれてんじゃねえかよ」


 こりゃ連れて帰れねえなあと的屋が大の字に寝転がって、煙草を取り出した。火を着けて、一息吸う。その後すぐ咽た。的屋のその咳の合間から死んだはずの声がする。


「なーんか、なめられてるみたいでむかつくなあ」


 煙草をもう一息吸う。

 額に銃創を残した万事屋が歯を噛みしめてのそりとこちらに歩いてくる。


「ほんとに化物かよ。さっきので死んどけ」


 やってらんねえ、と的屋は毒づいた。

 顔だけそちらを向く。

 ずるずると歩いてきた万事屋の額にはもう傷跡はなかった。


「ひえー、葬儀屋暴走させて逃げときゃよかったぜ」

「さっきのお返ししてやるからね」

「ばーか、さっきのは相殺してんだろうが」


 的屋が痛む脇腹を抑える。

 そんなの関係ないと睨んでくる万事屋の目には殺気が異常なほどに孕んでいた。


「ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す、つうかこいつ」


 ぐにゃりと万事屋の首がひん曲がって、もうすでに亡くなった彼を見下した。


「なあああああああに勝手に葬儀屋さんに殺されちゃってんのかなああああああああああ!! 腹立つなあああああ!! ボクが初めてになろうと思ってたのにいいいいいい!!! あああああああもううううう!!!」


 発狂しながら万事屋が彼の遺体を踏みにじる。骨が砕ける嫌な音がした。止めようと的屋が立ち上がろうとして、腕を動かそうとしたがまったく動かず倒れたままだった。霞む視界で狂ったように足を踏み鳴らす万事屋を息も絶え絶えに睨んだ。


「おい……こら……仏さんには優しくしろって教わらなかったかこら……」


 銃を構えようとした腕はそのままで動かない。血を流し過ぎたらしい。

 今だ発狂している万事屋の足が消えた。


「だあああああああああああああああああ!!! あ?」


 刹那——またしても万事屋の両手足が斬られて無くなった。

 的屋がにやりと笑う。


「もう少し……早く飛んで来い化物」

「減らず口を叩けるなら良いな」


 鍛冶屋が眠りこけている葬儀屋と満身創痍な的屋を背負い、倉庫の入り口まで飛び、そこにいた舟屋に渡す。舟屋が即座に二人を担いで戦線を離脱した。どうやら薬屋はしっかりと役目を果たしたらしい。

 鍛冶屋が独り倉庫の中に戻り、万事屋に刀の切っ先を向ける。そのとき、後ろから襲撃を受けた。飛んできた苦無を刀身で叩いて距離を取った。

 達磨状態でニコニコしている万事屋を抱いて老人が飛んでいく。

 倉庫に残された一組の男女をどうするのか、鍛冶屋は困ってとりあえず掴んで飛んでいく。糞尿をまき散らしたらしいので悪臭がたまらないが、標的ではない一般市民だとしたら放っておくのも心が痛むので仕方ない。

 仕方ないので連れてきた鍛冶屋は二人を病院の入り口に置いて舟屋の後を追った。


————◇◇◇————


 とあるビル。そこで若い女が人を待っていた。

 というのもここ最近、彼から連絡がまるでないのだ。仕事先で出会った親子ほど年の離れた男なのだけれど、どこか心配で、どこか頼ってほしいと思ってしまうようなところがあって、気になっていた。これが恋かと言われたら正直気持ち悪いと思う。けれどもどこかで、仲良くなれたらと思っていた。

 そんな彼がもう一週間も仕事場にやってこない。もしかしたら、離婚を決意して、戦っているのかもしれない。もしかしたらそうで、ある日ひょっこり戻ってくるかもしれない。

 そうであったらいいな、と更衣室のテレビをつけて、ニュースを見る。横領事件で男女二人が捕まったらしい。今は怪我をして入院中らしいが、退院したのち、しっかりと裁かれるのだそうだ。

 最近、事件が多くなったように思う。彼女は、そう思ったから、その連絡のない彼が、何か事件に巻き込まれていないように祈って、今日もまた掃除に向かう。

 今日は行きつけのバーに行って、ママに愚痴でも聞いてもらおうと思いながら。

 また会ったら、心配したのだと少し意地悪く言って、「ありがとう」と言ってもらいたいなと思いながら。


end.

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