第21話「それは屋号会と呼ばれるものたち」



 以上が、七月七日――坂口大和こと掃除屋が殺害された当日の我々、屋号会の足取りである。その日の私、葬儀屋の足取りについては後述するが、それより以前に、疑問に思っていることは、なぜ、肉屋の元に”万事屋”と呼ばれる謎の人物が現れたかということだ。そして万事屋という、まるで屋号会に存在しうる名前を使った彼ないし彼女は何者なのか。


 私が率いる”屋号会”はその名の通り、通り名に屋号が使われている者の集まりであるが、万事屋という屋号を持つ人物はこれまで存在していなかった。というのも、私たちは一人一人が何かしらの美学を持ち(美学と言えば聞こえがいいのでそう呼んでいるが)その美学に準じた通り名――屋号をつけられるので、”万事屋”というあまりにも曖昧な通り名には辟易する。


 例えば、私は、部下である屋号会の面々が片づけた標的を文字通り葬儀するので”葬儀屋”であり、

 例えば、恥ずかしがり屋の大学生の彼は、薬学に関する博学な才能を用いて標的を毒殺し、我々には処方箋をくれるので”薬屋”であり、

 例えば、小動物のような可憐な少女(成人)は、刺殺した標的の傷口に餞の花を生けるので”花屋”であり、

 例えば、長身痩躯の顎鬚野郎は、膨大な銃火器の扱いに長け、標的を射殺するので”的屋”であり、

 例えば、金髪鶏冠のバンドマンは、ドラムスティックのような鉄棒でリズムを奏でるように標的を撲殺するので”楽器屋”であり、

 例えば、テディベアのような男は、肉を焼き上げるがごとく、標的を焼殺させるので”肉屋”であり、

 例えば、年齢不詳の鉄人のおっさんは、自ら鍛え上げた刀剣をもって、標的を斬殺するので”鍛冶屋”であり、

 例えば、人妻の妖艶な彼女は、自身の身に纏った布たちで標的を絞殺するので”布屋”であり、

 例えば、筋骨隆々のマダムは、酒で溺れさせて標的を溺殺するので”舟屋”であり、

 例えば、寡黙な親友は、無駄な殺生はせず、あまりにも残虐な者のみを標的としたので、”掃除屋”であった。


 何はともあれ、まず、私のその日の足取りについて、述べようと思う。


 私の深夜からの行動については生々しいので割愛するとして、更にその後の行動についてもそれぞれの話に出てきたのでそれもまた割愛するとして、私は、的屋と共に肉屋の元へと向かった。私が肉屋が襲撃を受けたということを聞いたのがちょうど的屋と少年の涙なしでは語れない幸せな時間をその隣で過ごし終えたときだったので、肉屋が襲撃を受けてから半日近く過ぎたころであった。


 私はフィアット500を、的屋はモーガン・プラス8を、お互いに馬鹿の一つ覚えのようにアクセルをべた踏みして医院に着くと、肉屋はまだ眠っていて、心なしか、痩せたように思えた。


 肉屋の周りにはもうすでに屋号会の面々が集結しており、いないのは掃除屋のみだった。あいつは仕事に熱心なので、おそらく手抜かりなく仕事をこなすために時間をかけているのだろうとその時は思っていた。


 ベッドに寝そべる肉屋を献身的に介護しているのは妹の花屋だった。


「無事か」


 ベッドに横たわる肉屋に駆け寄ると、解体屋のジジイがことの顛末を説明してくれた。それは前述の通りであり、それから眠ったままだという。


 肋骨のほかにどこか打ってしまったとか、何かまずいものを受けてしまったとか、私は信じていないが、呪術の類があったりしないかと考えたが、そういうものはなかったらしい。


 他の面々も、私も、彼のベッドを囲むようにして、ある者は背を壁にもたれ、ある者は椅子に座り、ある者は狭い部屋を行ったり来たりして、過ごしていたが、私が医院に着いて、どれほど経った頃だったか、確か二十分も経っていなかったと思うが、部屋にかけられた振り子時計がごーんと午前零時を告げたとき、その音に紛れて、ぐううと腹の虫が鳴く音が聞こえた。


 張りつめた空気の中で、どんよりと重たい雰囲気の中で、不釣り合いな軽快な気と間の抜けた音だったので良く聞こえた。


「お腹、すいちゃったんで、すみません」


 肉屋が恥ずかしそうに頭をかいた。


「起きたか!」


 私たちが肉屋を見ると、顔を真っ赤にして、「何かご飯ありますかね」と尋ねてきた。よかった。目覚めてくれた。


「私、何か作ってくるわね! 恵ちゃん、台所教えてくれる?」

「わかりました」

「おい、舟屋、恵は身重なんだ」

「だったらあんたが手伝ってくれる? だいたい、少しくらいは動いたほうがいいのよ。ね、恵ちゃん」


 ママが布屋を連れて、医院の奥にある元自宅へ入って行った。険しい顔をしてその背中を見送った鍛冶屋さんに、肉屋が、「なんかすみません」と謝ると、その隣で花屋もまた同じように頭を下げて、固く、肉屋のその手を掴んでいた。


 ばたばたと騒々しくなった。解体屋のジジイが肉屋を診察していく。


「問題なし。お前さんの体力なら飯も普通に食ってええだろ。肋骨の一本なくなったからってお前さんの食欲が落ちるとは思ってなかったが、腹が減って目覚めるとも思ってなかったわい」


 大した男だ、と言って、そのままジジイも家へ入って行った。恐らく寝るのだろう。


 男ばかりのその部屋で、私が何か言おうとしたとき、肉屋が部屋を見渡して、


「掃除屋さんはまだ来ていないんですか?」


 と尋ねてきた。


「ああ。あいつのことだから、まだ仕事の最中なんじゃないか?」

「そう、ですか……でも、一体なんの仕事なんですか。標的の数が多いのでしょうか」

「いや、恐らくは一人か二人じゃないか?」

「だとしたら、あまりにも遅すぎませんか?」


 確かに、言われてみればあまりにも遅すぎる。用意周到で一切のミスを冒さない坂口にしては、仕事を終えてからの連絡が遅い。もう日付が変わったというのに、何の連絡もないのはおかしなことだった。


 聞けばママが連絡を入れた時には、仕事を終え次第そちらに向かうと簡素にいわれたらしい。あいつらしい、簡潔な連絡である。で、その時刻と言うのは一九時過ぎだったそうだ。


 私も一度連絡をしてみるかと、部屋を一度出て、携帯を取り出し、電話をかけた。あいつにしては珍しく、すぐに出た。


「もしもし、俺だ。仕事が長引いているのか?」

『…………』


 坂口は何も言わない。


「おい、坂口? どうした?」

『…………』

「どうした?」

『坂口大和。宮城県鳴子町の生まれ。今年で三十になる。葬儀屋と呼ばれる屋号会のトップとは旧知の仲で竹馬の友。自身は掃除屋と呼ばれる日本の裏社会のクリーナーで、裏社会における均衡を保つ存在だった』


 妙だった。坂口の声をしているのに、こいつは坂口じゃない。言っていることも奇妙だったが、何より、坂口の声にしか聞こえないのが、あまりにも気味が悪かった。


『そんな彼が死んでしまったら、きっと裏社会は血で血を洗う殺し合いが幕を開けるだろうね。それだけじゃあない、それは表社会にも波及して、日本はまるでゲームのような世界に様変わりするだろうなあ。例えば、東京なんてとっても楽しい空間になると思うんだ。狭い割に人がたくさん住んでいるし、ボクは一度やってみたかったんだけれど、一日に自分の手でどれだけ人を殺せるのか、試してみたいんだ。それを止めることが出来る存在が恐らく掃除屋さんだった。けれども彼も殺せちゃった。つまり、ボクは無敵、なのかな? 今のところはだけれど』

「お前誰だ。坂口が死んだってどういうことだ」

『言葉通りの意味だよ。キミの親友の、掃除屋こと坂口大和は死に申した! にふふ』


 たちの悪い悪戯もあったものだ、と思っていた。が、あいつの携帯にかけて、あいつが出なかったということは、あいつの身に何かあったということに違いない。しかしあいつがそんな目に遭うとは到底思えない。思いたくなかった。


「馬鹿も休み休み言うんだ。お前が誰かはわからんが、あいつはそう簡単に死ぬようなやつじゃあねえ」

『なら七夕祭りの会場に行ってごらんよ。ついさっきキミが恐らく横目に通り抜けてきたあの人だかりの中に彼の死体があったんだ。それにも気づかないなんて、本当に親友なのか疑いたいところだけれど、まあとにかく、これは宣戦布告だよ。

 ボクと殺し合いゲームを始めない? 葬儀屋さん』


 ぶつりと電話は切れた。坂口が殺された?

 そんなバカな。あり得ない。信じられない。

 通話を終えた私のところに、ママがやってきた。


「あんたもお腹空いてんじゃない? 多めに作ったから――」

「悪い、ママ。ちょっと野暮用で出てくる」

「何があったの」

「わからん。何もないと思いたい」


 そう、何もないと思いたい。

 悪戯されたと思いたい。ただの、ばかばかしい悪戯に騙された。そう思いたい。

 私がフィアットに乗って、そこに向かって、そこには”KEEP OUT立ち入り禁止”の文字がいたるところにかかれていることなどなく、後の祭りで、閑散となった通りで何人かの飲んだくれが屋台でつまみながら酒でも飲んでいて、そこを抜けたところに坂口が立っていて、その隣には標的の入った袋があって、それをいつものように、私に向かって差し出して、あとは頼んだと、そう、言ってくれないか。


 そう、言ってくれないか。

 そう、言って、助手席に乗ってくれないか。

 そう、乗って、即座にシートベルトを締めてくれないか。

 そう、して、私に早くしろと急かしてくれないか。

 そう、急かして、私にうるせえ、と言わせてくれないか。

 そう、言わせて、黙りこくってくれないか。

 そう、黙りこくって、寝息を立ててくれないか。

 そう、寝息をたてて、二人でノルニルに行かないか。

 そう、行って、ママの飯でも食わないか。

 

 葬送にはあまりにも早々じゃないか。


 けれども。

 そこには、確かに、いた。

 そこには、坂口大和がまだ、いた。

 そこには、先輩の十津川警部が実況見分をしており、

 そこには、”KEEP OUT"の文字が散られており、

 そこには、深夜を過ぎたというのに人だかりができており、

 そこには、あまりに血色のよい死体があった。


 そして、その死体こそが坂口大和その人であり、

 その死体には、首がなかった。

 

 首がなく、けれどあたりに血痕はなかった。他に外傷もなく、あいつが何か病気をしていたということもなかったので、坂口の死因は首を切り離されたことによる失血死であった。


 そのとき、私は見た。新宿の街に、奇しくも満月を背に、さも大悪党のように逆光で影のみを表して、絶望に打ちひしがれた私をあざ笑う、掃除屋の姿をした犯人を。センタービルの屋上の角から跳躍して、どこかへ消えていくその姿を。


 ——『葬儀屋』——

 体力性?

 筋力性?

 俊敏性?

 知性 ?

 魅力性?

 標的を葬送することを美学とする。この物語の語り手。

 

 

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