第11話「それは楽器屋の美学」(3)
一六時になったころに、一足先に楽器屋と鎌ヶ谷はライブハウスに足を運んでいた。馴染みの店主に無理を言って少し早くから開けてもらったのである。店主の好きな煙草とコーヒーを差し入れして、二人は早速ギターを取り出す。
取り出したのは古くなったアコースティックギターだった。今日のライブの最後はいつも楽器屋が使っているアイバニーズJS1200ではなく、楽器屋が鎌ヶ谷と出会った当時、音楽室の片隅でかき鳴らしていた五○○○円のメーカーもわからないこのアコースティックギターを使うのだ。
普段はドラムを叩く鎌ヶ谷も昔使っていたギターを持ってきた。父親に買い与えられた、これまた安物のアコースティックギターであったが、二人にとってそれぞれのギターは初めて自分の音楽を認めてくれた仲間との絆を形どったものであり、今なおその音はあの当時と同じ音がした。
二人で、昔のように演奏する。あのころと違うのは、お互いに経験を積んで立派に弾けるようになったことくらいで、今も昔も音楽を楽しむことに変わりはない。久々に二人で演奏して歌ってみたけれど、楽しくて仕方なかった。
後ろの方で今日のライブに向けて準備をしているスタッフたちもその演奏に耳を傾けており、終わると至る所から拍手が聞こえてきた。鎌ヶ谷さんはギターも出来るんですね、とスタッフが何人か準備の手を止めて寄ってくる。ええまあ、と恥ずかしそうに頭を掻いてはにかむ鎌ヶ谷を尻目に、楽器屋はそそくさと撤収して準備を手伝い始めた。
最後くらいあいつがいろんな人にちやほやされたっていいだろう。それくらいあいつは本当にすごいやつなんだ。様々なスタッフから声をかけられる鎌ヶ谷を見て楽器屋は嬉しそうに目を細めた。
準備もある程度進み、時刻も一七時になるとバンド仲間が全員集まった。今日は初のワンマンライブで、楽器屋の所属する『グロッキーブロッケン』以外にバンドはいない。簡易的に作られた控室に集まったところで、鎌ヶ谷が「大事な話がある」と口を開いた。
それぞれにギターとベースのチューニングをしていた
「なんでもっと早く言ってくんないんすか。もっと早く言ってくれたら俺だって何か手伝えましたよ! いっつもそうだ!」
三咲がギターを横に置いて鎌ヶ谷に詰め寄る。それに前原も続いた。
「そうですよ! いっつも俺らのこと気にかけてくれるのに、自分のことだけは棚に上げて? で合ってますかね? とにかくずるいです!」
鎌ヶ谷は予想していた反応ではなく呆気にとられていた。どう反応したものやら困惑している。その姿を見て、楽器屋は思わず噴き出した。
「何がおかしいんすか!? 悲しくないんすか!?」
三咲が声を荒げる。泣いていて所々聞きづらかった。楽器屋はごめんと謝って、笑いを止めようと深呼吸した。
「お前らも鎌ヶ谷の好きなんだなあと思って、嬉しくなって、面白く思っちまったんだ」
「そりゃ好きっすよ! だって鎌ヶ谷さんがいなかったら俺、こんな風にバンドやれてたかわかんねえし、すげえ感謝してるんすよ」
「俺もです。俺、上京してばっかでバンド募集とかよくわかんなくて、でも、そんなときに鎌ヶ谷さんが声かけてくれたから、俺も今こうしてすげえ楽しく生きてるんです。鎌ヶ谷さんは命の恩人って言ってもおかしくないんですよ!」
お前ら、と鎌ヶ谷は優しく笑う。その目尻には涙がたまっていたが、すぐに拭って、「俺は最高の仲間に恵まれたな」と二人の背中を叩いた。叩かれた二人は鎌ヶ谷さんと泣きついた。
何か困ったら言ってください、と言う二人に、四六時中飯に困ってるやつに泣きつけるかよ、と鎌ヶ谷が返すと、それもそうですね、と前原が苦笑いした。三咲は「俺は実家暮らしなんで!」と言い返したが、そういう問題じゃねえよ、と鎌ヶ谷が頭を小突いた。
「まあでも、ありがとな」
微笑んだ鎌ヶ谷の顔は、重い荷を肩から捨て去ったように晴れていた。
「よし、じゃあお前ら、今日はこいつにとって最後のライブだ。最後にしたくねえが、こいつが最後って言うんだからしかたない。最高にロックなライブにして、こいつと最高に楽しい時間を過ごそうぜ」
短く二人は返事をして、もう一度自分の機材の手入れに取り掛かる。
最高に楽しい時間。今までずっと、楽器屋が初めて鎌ヶ谷と出会ってから十年あまり。ずっとずっと、二人で額をくっつけてああでもないこうでもないといろんな歌を作ってきた。思えば、それだけ二人で過ごしてきた長い時間が今日でひと段落となる。寂しくないといえば嘘になる。けれど、大事な親友が決めたことなのだから、その背中を押さないでどうするのだと、楽器屋はギターを片手にステージへ向かう。
無人の客席。ところがそこにひとり男がやってきた。葬儀屋だった。楽器屋に右手を挙げる。楽器屋はステージから降りて、葬儀屋に駆け寄った。
「本当に来てくれたのか!」
「ああ。だけど、悪いんだが、最後まではいられないんだ。ごめんな」
「それは仕方ねえよ。葬儀屋さん忙しいからな」
「ああ、そう言ってくれると助かる。そうだ、今夜はママんとこに男連中が集まる予定なんだが、お前も来るか?」
「ごめん、今日はちょっと無理だな。大事な用があるんだ」
「なんだ、女か?」葬儀屋がにやりとする。
「違えよ。それは葬儀屋さんの話だろ」
「違いないが、ああ、彼か」
ちょうどステージに出てきた鎌ヶ谷を見て葬儀屋は頷いた。鎌ヶ谷は葬儀屋を見つけると、丁寧にお辞儀をした。葬儀屋もお辞儀をし返す。楽器屋は鎌ヶ谷を一瞥すると、そうだ、と言った。
「昔っからの付き合いなんだ。恩人っつーか」
「そうか。親友は大事にしろよ?」
「葬儀屋さんもな。あんまり羽目を外し過ぎると掃除屋さんにまた怒られるぜ」
「そうなんだよなあ。あいつはまるで俺の保護者気取りで困る。俺もいい大人なのに」
「いい大人のくせにしっかりしてねえからそうなるんだろ」
「痛いとこ突かれたな。もう帰っていいか?」
「なんだそれ。ま、帰るときまで楽しんでってくれよな」
おう、と葬儀屋が入り口に近いところに陣取った。そんじゃ、と楽器屋はステージ上の鎌ヶ谷のもとに向かう。
「あの人が、その先輩か?」控室に戻りながら鎌ヶ谷が尋ねてきた。
「そうそう、変な奴」
「人がよさそうな人じゃないか」
「どうだかな。あーあ、もう一回練習したかったけど、そろそろ客来ちゃうし、しゃあないや」
楽器屋は控室に戻ると、自身のトレードマークの鶏冠を作り始める。ワックスで髪の毛をがっつりとかきあげて、スプレーでそれをぎちぎちと固定させた。
まもなく一八時。いつもより一時間ほど早いライブだが、ぞろぞろと客はやってきて、一〇〇人ほどの客席はあっという間に満員になった。ガヤガヤとした歓声が控室まで聞こえてくる。
それぞれの楽器を手にした四人は拳を合わせて、ステージへ飛び出した。
ステージライトに四人が照らされる。大歓声が耳を劈く。その歓声に負けじと楽器屋がギターをかき鳴らした。それを合図に客たちは静かになりはじめ、腕を上げ、振り始めた。歪んだギターの音色にもう一本ギターの音色が重なっていく。ベースが重低音を響かせて、さらにドラムがリズムを刻み始める。
瞬く間に客は四人の演奏のとりこになった。楽器屋は一曲目からフルスロットルで歌い続ける。それに呼応するように三咲も前原をかき鳴らす。後ろからそんな三人の姿を見て鎌ヶ谷は涙をこらえていた。最高の仲間、と言ったのは誇張でもなんでもない。本当のことだった。
一曲、また一曲と終えるたびに、四人もファンも新規の客たちもそのボルテージは上がっていく。そして、時間はあっという間に過ぎていく。鎌ヶ谷にとって最後のライブの時間が、刻一刻と終わりに向かって進んでいく。
そしてついに、グロッキーブロッケンとして最後の一曲になった。演奏が終わると、四人が出てきたとき以上の大歓声が上がる。アンコールを叫ぶ客たちに、楽器屋が一つ提案した。
「これが、本当に最後の一曲。俺と、鎌ヶ谷が親友になるきっかけになった曲だ。それを最後に皆に聴いてほしい。いいかな?」
悲鳴にも似た歓声が上がる。ありがとう、と楽器屋が言って、アコースティックギターに持ち変えた。鎌ヶ谷が前にアコースティックギターを持って出てきて、用意された椅子に座る。
楽器屋が鎌ヶ谷を見る。鎌ヶ谷は今にも泣き出しそうだ。バカ野郎と楽器屋は笑う。俺まで泣いちまいそうだ、と目で訴える。鎌ヶ谷がにやりとして、一滴涙をこぼした。二人は楽譜に目を落とす。そして、最後の一曲は始まった。
静かに弾き始めたアコースティックギターの音が、静まり返ったライブハウスに反響する。優しく、温かい音色は、初めて二人が出会ったときの心情にそっくりなものだった。
孤独にギターを鳴らしていた少年は、その音色で親友を得た。
音楽が好きな少年はその音色に惹かれて親友を得た。
その当時を思い出しながら二人は歌う。
――はるか遠くに聞こえるギターの音。そっと、目を閉じて、その音色に耳を傾ける。強く訴える何かがこもったその音は、まるで俺を見つけてくれと叫んでいるようだった。
――一人で音楽室の隅でギターを弾く。誰か俺を見つけてくれと、誰か一緒に歌おうと、そんな風に願いながら、ギターをかき鳴らして、歌を歌う。
――音の主は音楽室にいた。アコースティックギターで時折感情的に力強く弦をはじく。自分も知っている曲だった。ふと、その曲を口ずさんでいた。
――ふと、誰かが歌っているのが聞こえた。弦から目を離し顔を上げると、音楽室の入り口に少年がいた。
――目が合った。その曲、良い曲だよね、と言った。良い曲だよな、と返す。僕も好きなんだ、と少年は言った。もう一度弾いてよ、と少年は笑う。嬉しくなって少年は最初から弾き始めた。
――楽しかった。初めて、自分の趣味が共感されたことが嬉しかった。
その当時大好きでずっと弾いていた、その当時唯一弾くことの出来た、エリック・クラプトンの『Tears In Heaven』が彼らの友情の懸け橋になった。
演奏が終わった。静かに耳を傾けていた客たちは、まばらに拍手をし始めて、それが渦を巻いて喝采に変わった。
楽器屋が鎌ヶ谷を見る。鎌ヶ谷が楽器屋を見る。今日は美味い酒が飲めそうだな。そんなことを思いながら、固く、握手を交わした。
時刻は二一時。涙と笑いが入り混じる宴会が始まるのはもう少し後のことだった。
――『楽器屋』――
体力性★★★★☆
筋力性★★★★☆
俊敏性★★★★☆
知性 ★★☆☆☆
魅力性★★★★★
本名『
撲殺専門の殺し屋。標的を鉄棒で完膚無きまでに叩き殺すのを美学とする。金色に染めた長く伸びた髪を逆立てて鶏冠にしている。フットワークが非常に軽く、敬語もろくに使えないが、人が良く憎めないやつ。音楽に対する情熱はずば抜けており、愛用のギターであるアイバニーズの"JS1200"は購入当時の全財産をはたいて購入したもので、それにはバンドメンバーや仲のいい屋号会の面々ですら触ることを許さない。そのギターを凶器にするのはもってのほか。まるで我が子のように大切に扱っているので、逆に弱点になりうる。自分のテンションによって撲殺の度合いが変わってしまう。いつも履いているレザーパンツとレザーブーツはずいぶんと履き込んでいるので彼の無茶な動きにもしっかりと答えてくれる。レザーパンツとレザーブーツ、そしてギターと鉄のバトン二本。これが彼の相棒。バンドメンバーとの仲は良好で、特にドラムの鎌ヶ谷康太とは親友である。
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