第9話「それは的屋の美学」(3)

「おじさんすごいんだね!」

「あ? 何がだ?」

「あいつやっつけちゃった!」

「ああ、あいつはどっか逝っちまった」

「そうなんだ。すげーね!」

「なにもすごかねえよ。お前らも無事か? 痛いとことかあるか?」


 バックミラーで後ろを見ると、二人は首を横に振った。ただ、その顔は強張っている。


「あー、怖いか」的屋が苦笑いする。すると雄太が、怖くないよ! と二人に声をかけた。


「このおじさんはね、屋台の人なんだ! お面とかおかしとかやるんだよ!」

「ああ、そうそう、俺は屋台のおじさんだ。お前らも帰ったらお面をひとつプレゼントするよ。頑張ったからな」


 プリキュアでもなんでもいいぜ、と的屋が言うとようやく後ろの二人は笑顔を見せた。よかった、と的屋は思った。なんとかこの子供たちの心を守ることが出来た。傷をつけさせてしまったことは心苦しいが、ヒーローでもなんでもない自分に出来るのはここまでだ。あとは無事に神社まで三人を送ってお面を渡すくらいしか、自分に出来ることはない。


 雄太がおじさん、と的屋を見た。なんだ、と見ると、次元大介ってどういう人なの? と聞いてきた。

 次元大介ってのはなあ――片道一時間弱の車内。的屋の次元大介に対する敬愛が三人にルパン三世に対する興味を持たせるには十分な時間だった。


 神社についたのは二一時を迎えるころだった。

 駐車場にフィアットを止めて、三人を連れて階段を上る。境内には人はもうまばらになっており、子供たちの姿はなくなっていた。その代り、近所の大人たちが酒を飲みながらああだこうだと騒いでいる。


 的屋の店には葬儀屋と、キヌと雄蔵が立っていた。どおりで真面目に働いていたわけだ、と理解した。それと同時に二人に仕事をさせるなんて、あの野郎、と葬儀屋に文句を言おうとつかつか寄っていくと、後ろから雄太が走って的屋を追い越した。


「ばあちゃん! じいちゃん!」と叫ぶと、キヌと雄蔵はその声の主を見つけた。葬儀屋が、二人が屋台から出れるように後ろに引く。二人も「雄太!」と叫んで駆け寄った。雄太に二人は抱き着いて無事を確かめている。

 的屋は葬儀屋に近づいて、何してやがる、と襟首をつかんだ。


「違うっつの、ばあさんたちが手伝うって言ってくれたんだよ。助けてくれるお礼に、って。それに、家で心配してるより多少は気が楽だろうしさ」


 あの顔、と葬儀屋は雄太たちを見た。的屋もつられて見る。幸せそうな顔だった。雄太がおじさんが助けてくれたんだと熱弁していて、キヌと雄蔵はうんうんと頷いて、ひたすらに頭を撫でていた。


「無事でよかったな。本当に」

「ああ。あ、そうだ」的屋が雄太たちの後ろにいる女の子二人を呼んだ。

「ほら、好きなの選びな。つーか腹減ったよな。葬儀屋、こいつら飯買ってやってくれ」


 あいあい、と手を振って葬儀屋は屋台を出た。


「お前らも腹減ったろ。あの兄ちゃんが、いやおっさんか? まああいつがなんでも買ってくれるからついて回りな」にやっと笑うと、二人は、いいの? と尋ねてきた。「遠慮すんな」というと、葬儀屋が「お前の給料から引き落とす」と言い残して、「お嬢ちゃんたち、好きなの食べていいからねえ」と境内を歩いていった。


 女、とみるとすぐこれだ、と苦笑いする。唾をつけるわけでもないのだろうが、そういうつもりもないのだろうが、彼の中には女、に対するやさしさが異常なまでに流れているような気がした。


 これでひと段落かと、椅子に座って的屋は煙草に火を着けた。さすがに子供が三人もいて、あれだけ狭い車内で煙草を吸う気はなかったようで、ずっと我慢していたのだった。


 一度深く紫煙を吸い込んで、ゆっくりと煙をくゆらせる。あー、疲れた、と呟くと、雄太たち三人がやってきた。


 キヌと雄蔵が頭を下げた。的屋は立ち上がって、気にすんな、と頭を上げるよう頼んだ。


「あんな失礼なことを言って申し訳ない」雄蔵がもう一度頭を下げる。

「いや、気にすんなよ。じいさんも心配で仕方なかったんだから。雄太が戻ってきてそれで万々歳だ」

「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」今度はキヌが頭を下げる。

「お礼なんていいよ、つーか、ここ、手伝ってくれたんだろ? それだけでもうおつりがくるぜ。こっちこそ、ありがとうございました」的屋が二人に頭を下げる。


 そんな三人を見て、雄太は「シーソーみたいだね」と笑った。確かに、と的屋も笑う。またそんなこと言って、とキヌたちが頭を下げた。


「頭を下げられるのは苦手なんだ。さて、そろそろお開きにしねえとなあ。さあ、雄太。お面は決めたか?」

「うーん、もうちょっと待って」

「どれとどれで悩んでるんだ?」


 えっと、と雄太が思案する。ちょっと待て、当ててやる、と的屋がお面を見た。


「これとこれだろ」にやりと的屋が笑う。その手には仮面ライダーゴーストと、手裏剣戦隊ニンニンジャ―のレッドのお面が握られていた。


「どうしてわかったの!」目を見開いて雄太がすげーと声を上げた。

「これとこれ、ずっと見てたからな。しょうがねえな、あの子たちには内緒だぞ?」そう言って的屋は雄太の頭にその二つのお面をつけてやった。

「いいの?」と嬉しそうに雄太が笑う。

「いいぜ、俺からのプレゼントだ」

「ありがとう、おじさん!」


 やったーとキヌたちのほうを振り向いて、雄太はその周りを走って回った。キヌと雄蔵はもう一度、的屋に頭を下げた。的屋は首を横に振ってウインクした。新しく煙草をつけて、目深にハットを被る。


 あいつはいい家族がいるんだな、と嬉しく思ったら、少し目頭が熱くなったものだから、それを隠すためにハットをうまく使ったのだった。


 幼いころの自分によく似ている雄太の姿を見て、当時の自分の記憶が思い出されていく。自分も、同じように幸せだったけれども、途中でその幸せは逃げて行ってしまった。だから、だからこそ、雄太の幸せがこれからも続いてくれたらいいなと思ってしまう。


 きっとこの先出会うことはないだろうけれど、それでも思い出しはするだろうから、思い出したそのときに、雄太が笑ってくれていたらいい。俺のように裏の世界に足を突っ込まず、表の世界で楽しく成長してくれたらいい。


 熱さの引いた目頭をそっと拭って、神社の境内をぐるりと見渡す。

 すると葬儀屋がたくさんのパックが入った袋を両手に抱え、これも食べるか、と女の子たちに聞いていた。


 こんなことがあってもいいか、と思った。

 両手いっぱいに袋を持った葬儀屋の後ろで嬉しそうにたこ焼きをつっつく二人の顔と。

 キヌと雄蔵と手を繋いでお面のヒーローについていろいろと話す雄太たちの顔と。

 みんなが幸せそうで、さっきのことが嘘のように笑っている。

 そんな姿を見て、殺し屋が命を救うのも、たまには悪くないもんだ、と的屋は一人紫煙をくゆらす。

 

 ――『的屋』――

 体力性★★★☆☆

 筋力性★★★☆☆

 俊敏性★★★★★

 知性 ★★★☆☆

 魅力性★★★★☆

 本名『堂場大介どうばだいすけ

 銃殺専門の殺し屋。標的を様々な銃火器を使用して仕留める。狙撃の腕は世界屈指の実力であり、スナイパーライフルの場合は五キロメートル離れたところにある一円玉を撃ち抜くことが出来る。また愛銃であるリボルバーの場合早撃ちに優れ、〇,七秒で撃つことが出来る。それは単に幼いころに見たルパン三世の次元大介に憧れて会得したものであり、その服装や愛好するものにも彼が次元を敬愛してやまない点が見受けられる。しかし彼は次元大介とは違い、帽子がなくては銃の腕前はからっきしということはなく、見た目を近づけるため、という理由で常にハットを目深にかぶっている。長身痩躯であるが、やせの大食いで屋号会でも右に出るものはいないほどの大食漢。それは屋号会のグルメと呼ばれる肉屋も認めるほど。最近気をつけているのは、顎鬚のカッティング。


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