18 説得力の欠如

 行く街行く街で、なぜだかユウキの存在を感じる。

 ユウキがつい先程までここにいたような気がしてしょうがなくて、クリスは気配を感じる度に辺りを見渡す。けれど、そこには彼女はいない。こんなに存在を感じるというのにどうしてなのか原因がわからない。


「行きますよ」


 ルーカスが急かす。ロシェルが心配そうに見つめている。追っ手の足音は迫っている。後ろ髪を引かれながらもクリスは足を急がせた。

 

 *


 お姫様、ユーリア様の身の回りの世話をしながら、ユウキは情報収集に勤しんだ。

 ここはパルマという北の小国で、隣国はオールドーという、やはり小国。南の方できな臭い動きがあるとのことで、対抗するために縁を結ぶこととなったという。つまりは政略結婚というところまでは情報収集済み。だけど、お姫様の行動はまだ良く理解できないままだった。


「政略結婚だからお姫様はご反発されていらっしゃるんですかね? カエルにはとても見えないのですけれど」

「ユーリア様は筋金入りの面食いなのです。……ちょっとでも気に入らないと細かい欠点を誇張されて。言い出されたらもう誰も手がつけられなくて」


 先輩女官のカロリーネは淡々と言う。

 ここでは、ユウキは、イーナという名の新人女官となっているらしい。そしてカロリーネについて見よう見まねで仕事をしていた。

 今は衣類の整理中。姫の身の回りの細々とした雑用をこなすのが仕事らしいのだ。

 予め居場所が用意されているのははじめてだと一瞬思ったけれど、前回のことをよくよく思い返すと、修道女という立場が与えられていた。すぐにオフィーリアという人物に入れ替わってしまっただけで。


(そういえば……本物のオフィーリアは一体どこに行ったわけ?)


 考えなければいけないことが多すぎて、存在をすっかり忘れてしまっていた。だけどお姫様の失踪というのは大事件だ。


(よく考えると、リーベルタースの王様、身代わりまでいなくなってしまったんじゃ、今頃慌ててるんじゃあ……?)


 慌てるだけで済むのだろうか。政略結婚だったはずだから、花嫁がいなくなったら国交に影響する。

 あの時――クリスと話した最後の夜――は、必死だったからか、エミーリエとの入れ替わりは最高の案だと思えていた。

 だけど、今考えると穴がありすぎだろう。ユウキがどこの誰かもわからないのに、オフィーリアの身代わりをさせているのだ。監視されているに決まっていた。


(なんか……おかしい気がしてきた)


 仮にも一国の王が、身代わりなどという急仕立ての策を実行するだろうか。たとえば身元のしっかりした他の娘を用意するなど、もっとまともな策がありそうな気がする。

 むー、とユウキは考え込んだ。

 今のこの物語の完結も大事だけれど、パンタシア周辺の情勢が気になりすぎる。


「あの、パンタシアってここから遠いですか?」


 とにかく地理関係だけでもと問いかけたユウキは、返答に目を剥いた。


「パンタシア……? 聞いたことないわ」

「え、ご存じないですか? じゃあ、リーベルタースとかカタラクタとかは?」


 カロリーネは「聞いたような、聞かないような」と首をかしげる。どうやらカロリーネはそれらの存在を知らないらしい。

 まさか知らないとは思わずに動揺する。


(ここの世界ってつながってるって言ってたよね? しかもパンタシアは大国って言ってたよね?)


 ユウキは不安を消そうと、他の可能性を考えた。


(そうだ、単にカロリーネが知らないだけかもしれない。わたしだって地球の反対側の国の名前なんて全部言えない)


 確かなのは、パンタシアがここから遠いということだ。

 事実は予想していたよりも重かった。だけどここで折れてなるものかとユウキは顔を上げた。


(切り替えなきゃ)


 こちらでは移動手段は陸では馬もしくは馬車、海では帆船しか存在しない。電車も飛行機もない世界での遠距離の移動は現実的ではない。

 ならば今回はクリスに会えない。

 全く諦めるわけではないけれど、臨機応変に行かないと、ただ時間を無駄にしてしまうし、うっかり致命的なエラーでも発生させれば、二度とクリスに会えないなんてことが起きてしまう。

 それは絶対に嫌だ。

 だから、慎重に。最善策を探る。

 そして今の最善策はきっと、速やかに物語を完結させて、一度帰ることだろう。


(となると……まず、今回の欠損はなんだろう?)


 今回は目立った不自由がない。色も見えるし、言葉もわかる。もしかしたら味とか匂いとか、そういったものだろうかといろいろ考えてみる。だけど、今のところ欠けているものはないように思えた。


(うーん? だけど……あえて挙げてみると……)


 ユウキはカロリーネをちらりと見やった。彼女は淡々とドレスの皺を伸ばしていた。表情はなく、会話も弾まない。


(なんだろ……無個性……?)


 特徴がないのだ。なぜか、人物が生きていないような気がして気持ちが悪い。人物に現実味がなく、違和感がありすぎて感情移入が出来ないのだ。

 一見強烈そうなキャラクターのユーリアお姫様にしてもそうだ。カエル顔というだけで王子様を毛嫌いしている様子だけれど、話を聞いてみると面食い以外に大した理由はないらしく、単なるワガママのようだ。

 だというのに、カエルの王子様はいくら毛嫌いされてもお姫様を愛そうと追いかけている。お姫様のどこが好きなのかがよくわからない。なぜあれほど毛嫌いされても、好きでいられるのか、理由がわからない。

 説得力、がない。その一言に尽きるのかもしれないとユウキは思う。


(秘めたる理由みたいなのが、あるのかもしれないけど……)


 同じ世界なのにクリスたちはしっかりと血が通っているのを感じた。クリスが母親を毛嫌いする理由も納得できたし、王妃様が姫であるクリスを殺そうとした理由にも納得がいった。きちんとそういう背景があったと理解できた。

 けれど、今目の前にいる人達は人形のように見えるのだ。


(いや、動いてるし喋ってるし、人形は言い過ぎかな――そうだ)


 まるで、お芝居を見ているかのよう。

 演出家に、この子はこういうキャラですから。と言われ、その通りに演じているだけの、《役者》に見えるのだった。自分の意志をどこかに置き忘れているような、そんな所在なさがあった。

 カロリーネみたいな主役以外の人間になると(これは勝手なユウキの推測だけれど)、更に酷い気がした。設定さえ決められていないような。ユウキがそんなことまで感じてしまうような気持ち悪さがあるのだ。


(それから)


 世界にところどころほころびを感じるのも気になった。

 ユウキが事情を探る度に、彼らは口を揃えて『南の大陸で紛争が』、そう言った。けれど国の名前を一度も聞かなかった。名がついていないことがあり得るのだろうか。現実でも大陸は大陸でもユーラシア大陸、アメリカ大陸など、名称が付けられている。

 ユウキはこの世界に対して、全体的にふわふわとした印象を持った。それこそ童話メルヘンの世界のような。


(なんか、前回までとは全然違う)


 パンタシアやリーベルタース、カタラクタ。その三つの国については、本当に存在すると疑わなかったけれど……この世界は、存在自体を疑ってしまうもの。

 ふとしたことで、ここが物語の中なのだと、我に返ってしまうのだった。


(なんでだろ……もしこれが欠損だったら、何が欠損してるって言えばいい?)


 今までの世界と決定的に違うもの。

 設定不足、とでも言うのだろうか。

 それもあるけれど、もっと根本的な何かが違う気がする。ふとユウキの口から一つの言葉がこぼれ出た。


「魂を入れ忘れた……?」


 とたん耳に蘇る言葉。


『物語が生きるにはね。人の魂が必要なんだよ。だから君に入ってもらった。あの本にはもう切り分ける魂が残っていないからね。物語は人の魂を餌に、なんとか命をつないでいる』


 ぞわりと肌が粟立った。

 切り分ける魂が残っていない――つまり、この物語の魂は枯渇しているのではないだろうか。そう思えたのだ。


(え? もし、万が一そうだったら……じゃあ、わたし、どうすれば)


 このままではお姫様は自分がどうしたいのかもわからぬまま拒絶を繰り返すだろうし、王子様もお姫様の拒絶の理由を知りもせずに求愛を続ける。意志を持たない使用人は強く関わることが出来ず、結局話は進まない。


(八方塞がり?)


 途方に暮れたユウキだったが、ここで諦めるわけにはいかないのだ、決して。


(ユウキ、よく考えて)


 魂のないキャラは動こうとしない。キャラが動かねば、物語は進まない。無理やり動かしたとしてもきっとチグハグなものしか仕上がらない。

 そんな物語を完成させても、グリムは納得しない気がした。


 ならば、魂を吹き込むには?


(キャラクターに、動いてもらうには?)


 意思を与えるしかないのではないか。自分がどういう人間なのか。何が好きで、何が嫌いで、だからこそ、これからどうしたいのか。

 ユウキは顔を上げるとカロリーネに問いかける。


「ねえ、カロリーネ。あなた、好きな食べ物って何?」

「………え? ええと……何かしら?」


 首を傾げるカロリーネの顔に表情のようなものが浮かんだ。ユウキは力を得て、更に問いかける。


「じゃあ嫌いな食べ物は?」

「……セロリかしら」


 ユウキはこれだと思う。ゲンナリとした顔には、確かに個性があった。

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