17 カエル顔の青年
(……ねえ、なんなのこれ。何なのこの展開……!)
ユウキは思わず空に向かって文句を言いたくなった。
大きな立派な建物は、どうやらどこかのお屋敷らしい。置いてあるソファなどの調度品は高級そうだ。
そしてずらりと並ぶ使用人。ユウキも気がついたときにはその中に紛れ込んでいたのだけれど、纏っているのはメイド服に似ていて、足首までの黒のワンピースに白いエプロンをしている。
(同じところに行けるとは限らないって、確かに言った。だけど空気読んでくれてもよくない!?)
そして、ユウキたち使用人の前には、真赤なバラを持った一人の青年が立っていて「どうかそんな連れないことを言わずに、プロポーズを受けていただけませんか」と涙目になっている。
そして青年の正面には「あなたみたいなカエル顔の男と結婚なんかできませんわ!」と叫んでいる少女がいた。
緩やかに波打つ金髪。青い瞳の少女はクリスが着ていたようなお姫様然のドレスを着ていて、そしてなぜかカエル顔と称されてしまったが、ごく普通の風貌の男性も、仕立ての良さそうな上等の服を着ている。
(これって、たぶん、アレ、だよね?)
グリムは物語の世界はつながっていると言っていて、クリスはこの世界には魔法はないと言っていた。となると、今この状況からユウキが想像できる物語は一つしかなかった。
(……王子様って、この世界に一人ってわけじゃないんだね……)
これまでの二つのお話で王子様が共通だったから、王子様さえ見つければいいのではと心のどこかで期待していたのだ。
ユウキの世界でも、世界にはたくさんの国があり、その中には王政を取っている国がある。
こちらの世界ではユウキが知る限り、三つの国があり、全てが王政だった。
となると、こちらの世界では王子様はもっとたくさん存在していてもおかしくなかった。
世界に王子様がたくさんいて、そしてパンタシアからここが遠いのならば、ユウキが取るべき手段は一つだと思う。さっさと完結させて、もう一度翔び直すのだ。
(前途多難……だけど)
思わずため息をつくユウキだが、すぐに気持ちを切り替える。
何度でも翔ぶ。そう決めたのだ。だから、彼のところにたどり着くまでは、決して諦めない。
まずは情報収集をしなければ。
(ええと、この人達、どこの国のどういう身分の人?)
パンタシアに近いのならば、直接足を運んでやると思う。
場は膠着していた。耳を澄ますユウキの前で、同じ使用人の服を着た女性が一歩足を踏み出した。
「あ、あの、ユーリア様」
「なによ、エルナ」
「ええと、フリッツ殿下はユーリア様のことをそれはそれは大切して下さったではありませんか」
エルナと呼ばれたのは年配の女性だった。いいぞいいぞとユウキは陰ながら応援に回る。だが、ユーリアという少女は一筋縄では行かなかった。
「じゃあ、あなたが結婚しなさいよ! 私はこんな図々しくて醜い男、絶対にお断りですから!」
喧嘩腰の少女に食ってかかられて、エルナは「も、申し訳ありません!」と退散した。あまりの引きの速さに愕然としつつユウキは男の顔をじっと見る。
(うーんと……カエル顔?)
美しいかと言われると首をかしげるが、カエルと言われると違う気がする。
どう違うかと言われると上手く説明できない。ただ、人の良さそうな顔だ――と思っていると目が合う。
ニッと笑われて、ユウキは笑い返す。やはり良い人のようだと思う。ただ、良い人だからといって恋愛対象になるかと言われると、ちょっと考えてしまう。
(男は顔じゃない。顔じゃないけれど――)
年頃の娘というのは――ユウキも例外ではないけれど――自分の未来がどこまでも開けているかに思えている。可能性を信じていられる年頃で、だから夢見がちで、理想も高いのだ。
(あー……クリスってやっぱり綺麗だったよね……)
思い出して、自分が意外にも面食いであることに気がつく。彼の男前な内面が素敵だというのは言うまでもないのだけれど、あの麗しい外見に心惹かれなかったと言ってしまうとそれは嘘だからだ。
そして大抵の若い女の子は結局のところ面食いであり、イケメンとそうでない男の子が並んでいたら第一印象ではイケメンを選ぶのだ。
だからこそ。
この「かえるの王さま」の話をまとめるのは、想像よりも難しいとユウキは頭を抱える。
*
眠れなくて夜空を見上げると、流れ星がいくつも降ってきていた。
願い事が叶うというのはどこかの伝承だったか。それとも弱った心が魅せる幻影か。
自嘲気味に笑うとクリスは目を閉じた。
眼裏ではユウキが星から星へと飛び回っている。星をじっと見つめてみると、その中にはいくつもの村があり、街があった。ユウキは世界を駆け巡り、必死で何かを探している。世界から世界へ。それは物語から物語へと同義なのかもしれない。昔話に出てくる魔女のように、箒に乗って次々に翔けていく。
クリスは彼女を追いかけるけれど、流れ星のような彼女はなかなか捕まえられない。彼女はクリスなど見えていないかのように傍を横切って、どこか別の場所へと逃げていく。
(おまえが落ちてくる場所を探すから。だから)
そうしたら、腕の中に飛び込んできてくれたら良いのに。クリスは思った。
(ずっと、腕を広げて待っているから。だから)
「――殿下!」
両腕を捕まれ、はっと目を見開くと、目の前にはユウキではなくルーカスの顔があった。ぎょっとして飛び起きると、空が白白と明るくなっていた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
「どうした――」
言いかけると、ルーカスは「しぃっ」と唇の前に指を立てる。息を詰めた彼は、目を外に泳がせる。かすかな剣戟の音。クリスは状況を察した。
(追っ手!)
「ロシェルは!?」
ルーカスが「もう外で待ってます」と指で裏口を指す。
「ここは親衛隊員が食い止めます。ご準備を。私たちは先に行きますよ!」
「だけど、ルーカス。アイツらは!?」
森の入口の親衛隊員はたったの六名だ。多勢に無勢。無茶だと思った。
「撃退してすぐ追いつきますから。こんな時のために鍛えているんです。仕事のじゃまはしないでくださいよ?」
冗談めかした口調だったけれど、その声色に酷い焦燥感が混じっているのが分かった。
クリスは今までにこんな危機に陥ったことがない。それはつまり、自分の護衛である親衛隊員もだということ。
突如命のやり取りをすることになった彼らを思うと、クリスは怖かった。
「……嫌だと言ったら?」
ルーカスはにやりと笑う。
「お立場をお忘れですか? 足手まといになるおつもりであれば、強制連行させていただくだけですが」
妖艶とも言える笑みはすごみがあった。
「私達の覚悟をないがしろにしないでくださいね」
こう言われて残ることはわがままでしかなかった。
「――行こう!」
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