第2話 葛藤

 ——陰陽師、それは悪霊を退治する者のことを言う。霊が信じられていた昔は公に活動をしていたが、科学の発達により霊の存在が否定されている今、陰陽師たちの公での仕事はまずない。


 だが、それはあくまで公での話。実は悪霊は現在でも昔と変わらず普通に存在している。科学現象で片付けられる災害や病も、元を正せば悪霊の仕業というケースは少なくない。だから今でも住職業の傍らで、陰陽師としての活動を秘密裏に行っている者たちがいる。


これは悪霊討伐を生業とする、とある新米陰陽師とその仲間たちの闘いの記録——


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 2時間ほど前に遡る。

 ここは日本の京都。歴史と文化の町であるこの地には、古来から続くお寺や神社が山のようにある。

 その中でも、一際存在感を放っているのがこの白峯神社だ。荘厳な雰囲気の外観に手入れの行き届いた境内。京都でも有名なその神社の設立は平安時代まで遡る。以来1000年以上地元から慕われてきた由緒ある血筋である。


 そして、この神社には秘密がある。


 ここを平安時代から管理してきた住職の一族盾宮家は、これまた平安時代から続く陰陽師の一族なのだ。それだけではなく、この一族は昔から悪霊討伐の実績が高く、日本各地の陰陽師の中でも一目置かれている存在だ。


 そんな二つの顔を持つ、ここ白峯神社の母屋で今、一人の少女と男が対峙している。


 少女の腰まである長く艶やかな黒髪は、正座をしているため畳につきそうだ。細く華奢な指や身体は、ぷるぷると震えていて、くっきりとした愛らしい瞳には、動揺の色がありありと見て取れる。


 男の方は見た目40代後半、精悍な顔つきで、細かなシワが刻まれた顔を緩め穏やかな表情を浮かべている。


 少女の名前は盾宮優花。盾宮一族の直系にして三兄弟の末っ子。歳は今年で16になる。


 男の名前は盾宮一馬たてみやかずま。優花の父親にして、盾宮家、及び白峯神社をまとめる一族の主だ。

 そんな二人がどんな話をしているかというと……


 「優花、お前には今日から、陰陽師として実戦を行ってもらいたい」


「私が……実戦?」


 詰まる所、こういう話である。優花はこの話を聞いて動揺していた、という訳だ。


「お前も知っての通り、ここ一ヶ月で悪霊が活発に動き出している。付近の陰陽師達を集めて原因を探っているが、人手が足らず、下級の悪霊たちまで手が回らない。そこでお前には、この下級悪霊を祓ってほしい」

「お、お言葉ですが、お父様。私はまだ未熟者です。こんな私がいてもかえって足手纏いになるんじゃ……」


 消え入りそうな声で優花はそう訴える。そんな不安と緊張に満ちた声を聞き、一馬は諭すように優花に言い聞かせる。


「大丈夫だ。お前も小さな頃からちゃんと陰陽術の訓練を受けてきてる。中級の悪霊くらいだったら充分相手にできるだけの実力があるはずだ。昔からお前は飲み込みが早かったしな。それと……」


 そこまで口にすると、苦笑いを浮かべ、


「2人の時はその言葉遣いやめてくれないか。どうにもむず痒くてかなわないんだ」


 うつむきながらそう言った。先程までガチガチに緊張していた優花はというと、少しの間ぽかんとした表情を浮かべ、その後クスッと小さく笑った。どうやら優花の緊張も幾分か和らいだようだ。


「分かった、私、やってみる」


 お互いに堅苦しさのない口調で言葉を交わし、そしてお互いに笑みを浮かべた。


「よし、その意気だ。じゃあ、お前にこれを渡しておこう」


 そう言って、一馬はおもむろに立ち上がると桐箪笥の中から風呂敷に包まれた木箱を取り出し、それを優花に差し出した。


「これは以前、お前の母、風花ふうかが使っていた器だ」


 器というのは悪霊を祓う道具で、形状によってそれぞれの使い方があるが、全ての器に共通して言えることは、人間の生命の源であり、悪霊の活動エネルギーである霊力を器に通すことによって、使うことができるようになるということ。

 主に修行を終えた陰陽師は、師匠から自分に合った器を渡され、晴れて一人前になったことを認められる。この武器を手に悪霊との闘いに身を投じることとなるのだ。


「お母さんの器……ありがとう、お父さん。私、頑張る!」

「ああ、期待している。とはいえ、無理はいかんぞ。危険を感じたら逃げるのも作戦だ」

「うん、じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 優花はそう言って一馬の部屋を後にした。一馬の前では明るく振舞っていた優花だったが、その胸には複雑な感情が込み上げてきた。


 優花の母親、風花は、優花が中学に上がる前に亡くなっている。死因は病気らしく、入院してすぐに面会謝絶になるほどの重い病だった。母とはたくさんの思い出がある。一緒に遊んだことや、訓練に付き合ってもらったこと。全てかけがえのない思い出だ。


 だから、父から母の器を貰った時は、嬉しさと懐かしさを感じた。そして、悲しい気持ちになった。父が優花を認めてこの器をくれたことは嬉しかった。でも、これを使うと思うと、母との思い出が溢れ出てきてしまいそうで怖い。


 そんなことを考えながら歩いていたら、自分の部屋に着いていた。優花は、いわゆる巫女装束のような服に身を包み、破魔の札などの装備を懐に入れた。そして母親の器も、木箱に入れたまま巫女装束のポケット部分にしまい込んだ。まだこれを使う決心はできていないが、父の期待に応えたい。その思いを胸に少女は自分の部屋を後にした。

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