第3話 感じるものは
霊力とは、人間が生きるために、また悪霊が存在するために必要不可欠な力だ。悪霊は、この霊力を体に取り込むことによって形を保ち、力を増幅させる。取り込む方法は様々だが、基本的に霊は存在しているだけで自身の周りにある霊力を吸収することができる。人間の場合、呼吸によって酸素と共に空気中から体内に取り込み、日々の生活の糧としている。そして陰陽師は、これを使って悪霊を祓う。
悪霊は霊力を取り込むため、一見この戦闘法は意味がないように思えるが、霊力は器に通すことによって、一時的に破魔の力を帯びる。これを使って攻撃をすることによって、悪霊の霊力を削り取り消滅へと導く。と、こんな具合に効果的な除霊方法となるのだ。
もっとも、どれだけ修行しても生身では霊の気配は感じ取れても視認はできないので、まず最初に教えられることは器の使い方ではなく霊体化の方法だ。
精神を集中させ、体内の霊力を一箇所に集める。これが存外に難しく、余談だが優花はこれを習得するのに3ヶ月かかった。
それはさておき、人間の場合も霊力がなくなると死に至る。厳密に言えば、死にたくなる。
霊力枯渇で死ぬ1番の例は自殺である。生きる気力が無くなったと言って自殺する者は大抵、ストレスや心の悩みを悪霊につけ込まれ、取り憑かれ、ジワジワと霊力を吸い取られていった結果、そう考えるようになる。
他にも悪霊は、病弱な人に取り憑いて死期を早めたりもできる。霊力の枯渇は、人の精神、肉体共に衰弱させる要因となる。
しかし陰陽師の場合、1番の死因はこれらとは別のものとなる。
当然と言えば当然なのだが。
それは、悪霊に殺されることである。
×××××××××××××××××××××××××
「それにしても……」
ここは森の中。
優花は1人呟き、再度悪霊の方を見る。鋭い牙をむき出しにしているものの犬の様な風貌、自分よりも小さな体躯、これらを総合するに相手は下級悪霊と考えていいだろう。
悪霊には下級、中級、上級の三つのランクがある。ランクは取り込んだ霊力の量によって分かれていて、上位になればなるほど知力体力共に上昇する。その過程で変異を起こし別の生物の因子を取り込んで能力を強化することも珍しくない。上級ともなると言語を話すこともできるらしい。その上には鬼種と呼ばれる存在もいるらしいが、詳しいことはまだ教えられていない。
(やっぱり実物は怖い……訓練で何回か倒したことはあるけど……)
優花は木の陰から出ようとせず、闘うことを躊躇っていた。自分が本当に倒せるのか、もし負けたら、そんなことを考えると脚が震え、どうしても一歩が踏み出せない。
そんな中、優花は何の前触れもなく、ポケットから木箱を取り出した。一馬から貰ったきり1度も開けていない木箱。中には母の使っていた器が入っている。
優花は母親が闘っている姿も、その器すら見たことがない。気になって聞いてみた時も、優花が一人前になったら見せてあげる、と言われはぐらかされてしまっていた。
(やってみるって言ったんだから、進まなきゃダメだよね、お母さん)
優花は木箱を胸に抱き、心の中で呟く。覚悟を決めた優花だが、まだ器を使う決心はついていないようで、再びポケットにしまった。
(下級悪霊1匹ならお札だけでもいけるはず……大丈夫、私ならできる)
自分に言い聞かせ気持ちを落ち着ける。目を閉じ深く深呼吸を一つして、悪霊と闘う決意を固めた。
パッと目を開く優花。次の瞬間、札に再び光が宿った。
「契約に従い、悪しき者を撃ち貫け!」
優花は木陰から姿を現し、札に命令を下す。すると、長方形だった札が丸まり、細く鋭い針のような形状へと変化した。
優花の使っている破魔の札は、盾宮家に代々伝わる式神の一種だ。主の命令に従い、攻撃、防御、索敵など、様々な役割を果たす。と言っても、式神による戦闘を得意とする盾宮家の中では初心者用の式神で、相手にできるのは中級悪霊までだろう。
そんな初心者の心強い味方である破魔の札は、針状を保ったまま一気に悪霊に襲いかかる。それに気づいた悪霊は、咄嗟に左方向へ跳び退く。
しかし、
「そこっ!」
優花はその隙を見逃さなかった。手元にあった札を針状に変化、それをクナイのような要領で投げつけ、悪霊の前足に刺し自由を奪った。
『グルアァァァァ!』
絶叫を森に響かせながら地面に倒れる悪霊。札が霊力を吸い取っているため、身体の輪郭もぼやけ始めてきている。
元々下級や中級の悪霊は影のように真っ黒な身体をしているので、あまり変わらないといえば変わらないのだが。
「……ごめんね、これが私の仕事なの。あなたを放っておくと悲しむ人が出るかもしれないから」
優花は瀕死の悪霊に優しくも憐れみを込めた声で話しかけながら、地面に刺さった札を呼び戻す。
悪霊も抵抗はするものの、既に立ち上がれる状態ではないらしい。
「安らかに、眠って下さい」
その言葉と同時に悪霊の身体は消えた。霊力が尽きたのだ。黒いモヤが空中に霧散する。
「任務完了……だよね」
優花は、悪霊のいなくなった地面を見つめ、ポツリと呟いた。
そして、続けて一言。
「もっと倒せたら、お父さんとお兄ちゃんたちにも褒めてもらえるかな……」
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