第4話 出会い、そして

 優花は今、森の深部へと進んでいる。より沢山の悪霊を討伐するため、父や兄に成長した姿を見せるため、その内気な性格からは考えられないほどの大冒険をしていた。


 優花が森の深部を目指しているのには理由がある。木々が生い茂り日中であっても薄暗いこの森には、霊脈と呼ばれる場所が存在する。優花は今、その霊脈へと向かっている。

 本来霊力とは、人間や動物、霊が活動するための力のことを言うが、それは植物等を通じた自然循環の中でも発生する。そのため、植物がたくさんある森などの空気中は霊力もそれなりに蓄えられている。

 中には、他の場所とは霊力の含有量が段違いに多いところがある。その場所こそが、今優花が目指している霊脈である。

 霊脈はいわゆるパワースポットのような場所で、人間、動物、植物、霊全ての種に対して活力を与える効果がある。そのため、植物は生い茂り、動物は力強く、そして悪霊もたくさん集まってくる。


 つまり優花は今、そんなモンスターハウスに向かって歩いていることになる。父には絶対に近づいてはならないと言われているが、別に霊脈の中央に行くわけではない。

 霊脈の影響を受けている中でも中心地からある程度離れたところならそこまで脅威ではないだろう。優花は、そんな考えを抱いていた。


 優花は、未だなお、その足を休めない。もう30分以上は歩いているが、なかなか悪霊が見つからない。不気味な鴉の声が響き、近くの茂みからもガサガサと音が聞こえてくる。

 陰陽師といえども根は16歳の少女なので当然恐怖と不安は積み重なっている。しかし今の優花には、正しい判断力というものが欠けていた。


 優花がいよいよ霊脈の入り口地点に到着すると、突然今までなかった感覚が全身に駆け巡る。まだ霊脈の入り口に過ぎないというのに、周囲の霊力は今までの1.5倍ほどに膨れ上がっている。優花の体内霊力も、心なしか活性化しているように感じる。

 優花はすぐさま感覚を研ぎ澄まし、近くに悪霊がいないか調べ始めた。幸か不幸か、優花が探知可能な範囲には悪霊の反応が9もあった。優花が歩いてきた方角である東には反応はないが、南には3北には2そして東には4。

 今までのことを考えると驚異的な数字だ。流石に4体いる東に進む気になれなかった優花は、おとなしく北に進むことにした。


 優花は慎重に進んだ。最善は、悪霊に気づかれずに討伐すること。これは陰陽師なら誰もが教わることだ。いくらやる気で空回りしていようとも、それくらいは心得ている。

 少しずつ近くなっていく悪霊の反応に、胸の鼓動も少しずつ早くなっていく。

 そこから少し歩いたあたりで、優花は咄嗟に近くの木陰に身を隠した。ついに2体目の標的を視認したのである。体長は2m程、今度は前回より大きな身体をしているが、因子は先程とは変わらない。推察するに狼の類だろう。


 動物型の悪霊は動物の魂から、人間型の悪霊は人間の魂から生まれることが多い。そのためこのような山奥には、動物型の悪霊が多く生息している。しかし、最初に遭遇した人間型の悪霊のように、山奥でも人間型がいないわけではないので、あまりあてにならないかもしれないが。


(さっきよりちょっと大きいけど、同じ要領でやればいけるはず……)


 優花は己を鼓舞し、狼の悪霊を木陰から観察する。逞しい四肢、鋭い爪と牙……


「!」


 すると突然、人間の気配を感じ取ったのか悪霊は優花の方へ首を回す。

 完全に両者の目が合ってしまった。


「くっ……破魔の札よ!」


 優花はすぐ札に命令を出すがもう遅い。悪霊は素早い身のこなしで札の応酬を避けていく。そして茂みの中に身を隠してしまった。


(一体どこに……)


 優花は目を凝らし、悪霊の逃げた先を

必死に追うが、既に優香の目の届かないところにいるのか、見つけることができない。


『ワオォーーン』


 そんな優花の耳に突然、動物の遠吠えのようなものが聞こえてきた。今の状況を考えるに、その正体はただ一つ。


(ま、まさか……!)


 優花は遠吠えの聞こえた方向を向き身構える。握りしめた掌には嫌な汗が湧き出てきた。高鳴る鼓動。静けさを取り戻した森の中ではそれが一層大きく聞こえる。


と次の瞬間、優花の予期していた出来事が起きた。


『グルルァァアアァ!!』


 大きな鳴き声と共に飛び出してきたのは、2匹の狼だった。1匹は先程倒し損ねた個体と考えていい。そしてもう1匹は、


(遠吠えによる増援……北側にいたもう1匹を呼び寄せたの!?)


 ジリジリと優花に近寄る2匹。優花は声に焦りと恐怖を込めて叫んだ。


「お願い、攻撃を!」


 その言葉に従い、優花の周りの札は一斉に悪霊に襲いかかる。しかし、相手は札たちを上回る俊敏さで、いとも容易く攻撃をかわしていく。


「そんな……私、どうしたら……」


 優花が戸惑っている間に、破魔の札は全て倒されてしまった。この状況で優花に残された勝機は一つ。母の器を解放することだ。

 しかし、今の優花の精神状態でそんなことができるはずもなく、優花はただ走った。あの狼の悪霊に脚で勝てるはずがないことはわかっている。でも、優花はとにかく全力で走った。

 案の定優花は、後方から追いかけてきた悪霊に追いつかれてしまった。そしてその悪霊は優花の足に噛み付いた。


「つっ、あぁぁ!」


 いくら霊体であろうと攻撃されると痛みを感じる。噛み付かれたふくらはぎには激痛が走り、優花はその場に倒れこんでしまった。

 後ろを見ると、先ほど噛み付いた悪霊を含む2体の悪霊がこちらを見下ろしている。こうなるともう絶望的だ。


 欲張らなければ良かった。あそこで引き返してさえいればこんな怖い目に遭わずに済んだのに。私は……ここで……

 嫌だ、私はまだ死にたくない。

 こんなところで死んでたまるものか。

 私は、生きたい!

「出番だ、リム」

『了解した、主殿』


 直後、悪霊と優花の間に割って入る者がいた。


 薄れゆく意識の中で優花が見たのは、黒装束を身に纏った二人の男。

 左側に立っているのは、ボロボロのフード付きの黒マントを羽織っている2mくらいの男。片手に男の身長程の鎌を持っている。

 右側に立っているのは、黒いコートを着て、右手に刃物のような物を持っている身長180cmくらいの銀髪の青年。

 後ろ姿しか見えなかったのと意識がほとんどなかった事もあって、顔までは見ることができなかったが、銀髪の少年からは何か暖かいものを感じた。

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