第5話 衝突

 目を覚ますと、優花はまだ森の中にいた。正確には、霊脈から離れた場所にある小川の近くに移動させられていた。

 まだ状況が飲み込めない優花は身体を勢いよく起こそうとするが、足の痛みがそれを許さない。


「くぅ……」

「あまり無理をするな、まだお前の足は完治していない」


 痛みに耐えながらなんとか起き上がった優花に、離れた場所から声がかかる。

 声の主の方を向くと、大きな岩の上に座っていた白髪の少年が目に入った。まだ記憶が混濁しているが、優花を救った張本人で間違い無いだろう。

 見たところ日本人のようだが、髪は染めたとは思えない白さで、少し異様な雰囲気を纏っている。


「私を助けてくださった方ですよね……あのお名前は……?」


 まだ少し恐怖心が抜けていない優花は、びくびくしながら白髪の青年に尋ねる。


「俺の名前は片霧景、使霊術師をやっている者だ」


 その返答を聞いて、優花は驚きを露わにする。


「死霊術師って……まさか、ネクロマンサー⁉︎」


 死霊術といえば、死んだ者の身体をアンデットとして操り、使役するという西洋の魔術の一種だ。日本の陰陽術と同様に、西洋にはこのような魔術の類のものが実在している。その中でも死霊術は禁忌とされており、死霊術師の首には多額の賞金がかけられている。


 優花が身構えると、片霧景と名乗った人物は全く表情を崩すことなく口を開く。


「俺のは『使う霊の術』で使霊術だ。『死んだ霊の術』の死霊術とは起源も性質も違う」

「そうなんですか……見当違いなことを言ってしまってすみません」

「別に謝ることはない。よくあることだ」


 正直違いがよくわからないのだが、優花にはこの人が自分に危害を加えようとしていないことが分かっただけで十分だった。なんであろうとこの人が命の恩人なことに変わりはないのだから。


「遅くなってしまい申し訳ありません。私は盾宮優花と申します。この度は助けていただいて誠にありがとうございます」


 優花は痛む足を引きずりながらも景の方に向き直り最大限の感謝を込めて頭を下げた。すると景は少し驚いた声で、


「お前、まさかあの陰陽師の元締め、盾宮一族か?」

「はい……お恥ずかしながら……」


 優花はとても申し訳ない気持ちになった。名門盾宮一族ともあろう者が、たかが下級悪霊に殺されそうになるなんて、盾宮の名に泥を塗るような者だ。


「そうか、それなら聞きたいことがあるんだが」


 すると意外にも、景は嘲りや侮蔑などの念を一切感じさせない、さきほどと変わらない口調でそう尋ねてきた。


「ここ最近の悪霊の大量発生、陰陽師側は原因を掴んでいるのか?」


 この人も悪霊の大量発生について調べているらしい。そうなると確かに、霊脈付近にいたことにも納得がいく。


「いいえ、少なくとも私は聞いてません。なんせ今日実戦に出たばかりの新人ですから……」


 優花が自嘲気味にそう言うと、景はさらに意外な言葉を口にした。


「そうだったのか、そう考えるとお前はかなり優秀らしい」


優秀……? 私が?


「バカなこと言わないでください! こんな私が、下級悪霊に殺されそうになる私が優秀なわけないじゃないですか!」


 優花は、今までで出したことのないような大声を出した。顔は赤く染まり、羞恥と怒りの念が見て取れる。

 優花自身、今回の件で自分自身にかなり腹を立てているのだ。そんな状態の人間に今のような言葉をかければ、逆上してもなんらおかしくはないだろう。

 それが日頃物静かな者なら尚更だ。そういう人は大抵、何かを自分の中で押さえつけているから。


「いや、お前は優秀だ」


 それでもなお、景は続ける。


「私のどこが優秀だって言うんですか」

「魂だ」


 景が発する言葉は意外なものの連続で、優花を動揺させるには十分だった。

 何を言っているか分からない優花に、景は諭すようでもなく、熱弁するようでもなく、ただ淡々と告げた。


「お前は悪霊から必死に逃げようとした。死に抗おうとした。その魂は立派だと俺は思う」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る