三日月の使霊術師

蓮と悠

SIDE:Y

第1話 その少女

 夢を見た——


 遠い過去のことのような、全く身に覚えのないような、歪な夢。儚く脆い、少し触れただけで崩れてしまいそうな夢。


 そこは真っ暗闇で、周りがどんなところなのかも分からない。ただ1つ見えているのは、空に静かに佇む三日月だけ。周りが見えないこの世界で不安な気持ちにならないのは、あの三日月があるからなのかもしれない。闇と光、とても均衡しているとは言えないが、むしろ一面の闇の中で光を放っている三日月からは、言い知れぬ存在感を感じた。


 冷たく静かなようで、本当は暖かく、何よりも雄弁なその三日月は、朝の訪れとともに俺の奥深くに吸い込まれてゆく。


 そうして俺は目覚める。春夏秋冬どんな季節であろうと、世界各国どんな場所に居ようと、俺の、片霧景の朝はここから始まる。


×××××××××××××××××××××××××


「……よし」

 ここはある森の入り口。地元の人々には『鴉森からすもり』と呼ばれている。その理由は、森に生い茂る木々が日光を遮り、昼間であろうと薄闇に覆われているから、だそうだ。もっとも、草木の成長にはたくさんの日光が必要不可欠のはずだが、この森ではなぜか雑草や低木などもよく目に入る。


「我が名の下に命ずる。汝、我を守護する盾となり、悪を貫く矛となれ」


 そんな薄暗闇の中に、凛とした、それでいて少し緊張したような声が響いた。

 すると次の瞬間、僅かに発光した薄い札が数枚、声の主の周りを取り囲むように空中に浮いた。


「ふぅ、取り敢えずは成功……かな」


 宙に浮いている札の光が、声の主を照らす。そこには、艶やかな黒髪を携えた1人の少女の姿があった。その黒髪は動きやすいように後ろで1つに纏められている。そしてその美しい髪を引き立てるような真っ白な着物。白い肌。可愛らしい顔立ち。触れたら折れてしまいそうな華奢な身体。

 そんな少女は、軽く十枚を超える札で周囲を固め、足元を確認しながら一歩一歩前に進んでいく。この森には危険生物の類いは生息していないが、木の根や岩などの障害物が至る所に点在している。そのため細心の注意を払う必要があるのだ。

 少女は慎重に、尚且つしっかりと地面を踏みしめて歩く。その足取りからは、決意と気合いのようなものが感じられた。


「……!」


 森の中を歩いていると、少女の神経は何かを捉えた。少し離れたところにある、禍々しく恐ろしい気配の集合。あれに近づいたらいけないと少女の神経は告げる。少女自身あの気配は嫌いなのだ。

 しかし、少女はそこに行かなければならない。それが少女の目的だから。


 少女は進行方向を変え、その気配の元へ走る。近づくにつれ膨れ上がる嫌悪感。できることなら引き返したいが、しかし少女は前に進む。その行動こそが、少女の決意の表れと言ってもいいだろう。


「はぁ……はぁ……」


 そして少女はやっとの思いでその気配の近くに辿り着いた。普段あまり運動をしない少女に、嫌悪感と闘いながら森を全力疾走するのはかなり堪えたようだ。100m程しか走っていないにも関わらず、既に息が乱れている。


「はぁ……はぁ……ふぅ」


 少女は木の裏に隠れ息を整える。落ち着いたところで、木の裏側から、気づかれないように対象を視認する。


『グルルル……』


 少女の目線の先には、低く唸る体長1m前後の動物の姿があった。一見犬のように見えるが、その実は犬ではない。


 悪霊、即ち、魑魅魍魎の類である。


 そしてこの少女、盾宮優花の目的は——


「これが私の初任務……ちゃんと倒せるかな……」


 この悪霊を、倒すこと。

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