第19話 合流

 随分と早く到着してしまった。

 優花たちは、約束の時間よりも30分ほど早く森の入り口にたどり着いた。実のところ優花は最寄りの駅まで早苗を迎えに行くつもりだったのだ。森の場所も分からないだろうし、案内役がいると思い少し早めに家を出たのだが、想定外なことに早苗は迷わず白峯神社に到着していた。


 道中で聞いた話だと、どうやら以前にも白峯神社には来たことがあったらしい。実は白峯神社は陰陽師集会の会場としてよく使われていて、たまに早苗も親に付き添い来ることがあるそうだ。と言ってもまだ2.3回ぐらいしか来たことはないらしいのだが。


「さて、まだ約束の時間まで30分ぐらいあるわね。片霧もまだ来てないようだし、とりあえずその辺で待ってましょうか」


 早苗はそう言って、近くにあった切り株に腰を下ろした。優花も、早苗の近くで休憩を取ることにした。

 ちなみに、今は2人とも霊体化している。人通りの少ない道ではあるが、万が一誰かにこの正装を見られたら厄介だ。

 優花の方は以前と同じ巫女装束。この服は霊力が伝わりやすい生地でできており、少量の霊力を込めることで、悪霊の攻撃を受けてもダメージを軽減したり、破れなかったりと簡易的な結界を張ることができる便利な戦闘服だ。

 対して早苗の服は、動きやすいように少し改良がなされている。袖は紐で縛られ、袴の部分は丈が膝上ぐらいまで短くなっている。神職としてそのアレンジはどうなんだと突っ込みたいが、本人曰く、


「悪霊を退治してるんだから神様も服装に文句つけたりはしないでしょ」


 とのことらしい。実に早苗らしい暴論だ。


 そんな訳で、優花たちは霊体化したまま景を待つことにした。その間に、暇つぶしも兼ねて優花は気になっていたあることを早苗に尋ねるてみようと思い立った。


「あの、早苗ちゃん」

「なに〜」


 優花の問いかけに、早苗は欠伸をしながら答えた。早苗は待たされるのはあまり好きではないらしい。優花は続けて本題に入る。


「早苗ちゃんの器ってどんな感じなの?」


 見たところ早苗は、服装が少し変わっているだけで武装らしい武装をしていない。流石に悪霊相手に素手で攻撃することはできないので、袴についている小さなポケットの中に入るくらいの小型の得物を持っているはずだと優花は予想していた。しかし、


「ヒミツよ。戦う時に見せてあげるから、楽しみにしておきなさい」

「う、うん……」


 悪戯っぽい笑みとともにはぐらかされてしまった。

 優花はどうしても気になり、早苗の器についてあーでもないこーでもないと思考を張り巡らせていると、


「待たせたな」


 背後から声がかかった。唐突すぎて、思わず優花は肩をビクッと震わせた。


「か、片霧さん。随分早かったですね」


 その平坦な声の持ち主は、当然のことながら片霧景本人だ。


「あぁ、特に支度もなかったからな。それを言うならお前たちこそ早いな。特に橘、確か灯篭寺からだと最寄りまで電車で20分はかかるんじゃないか?」

「そ、そんなことどうでもいい!集まったんだからさっさと行くわよ!」


 合流早々痛いところをつかれた早苗は、赤面しながら早足で森の中へ入っていく。


「ま、待ってよ〜」


 優花も小走りで早苗の後を追う。そして景は溜め息を一つつくと、ゆっくりとした足取りで2人の後ろをついて行く。


「それで、具体的にどこに行くとか決めてるのか?」

「決めてるわけないじゃない。霊脈には行かないように適当にその辺を探索しましょ」


 数メートル後方から聞こえてきた声に早苗は適当に応える。すると、優花は意外そうな視線を早苗に向けた。


「……なによ」

「いや……霊脈に行かないようにって言葉が早苗ちゃんの口から出るとは思わなくて。てっきり勢いでどこでも行くぞ〜……って感じかと……」

「失礼ね、私だって学習するわよ。さっきあんな目にあったばかりだし」

「そう……だね」


 あのこととは、今日学校で起きた事件のことを言っているのだろう。早苗はあの時の失敗を経験として生かそうとしているようだ。


 私も先週から成長したところを片霧さんに見せないと!


 優花がもう一度気合いを入れ直すと、優花の肌に嫌な気配が走った。独特な寒気、優花はこの気配の正体を瞬時に見破っていた。

 それは早苗も同じようで、見ると真剣な顔つきをしている。景は全く気にしていないようだが。


「きたわね」

「でもまだ遠い。ここはこちらから接近するか」

「そうですね」


 3人は最低限の話し合いを終えると気配のする方へ向かう。優花は前回も使った札の式神を周囲に配置、そして景は、


「今回は2人だけで戦ってみろ。俺は危なくなったら助けに入る」


 2人の力を見定めるつもりなのか、今回は手を出さないようだ。


「大丈夫よ。この程度の霊力なら私1人でも余裕だわ。それよりも……それが噂に聞く盾宮の式神?よくできてるわね」

「うん、うちに伝わる術だよ。と言っても私のはまだまだ初級なんだけど……」


 しかし早苗はそんなことよりも、優花の使う式神に興味を示したらしい。


 本来、陰陽術とは所属する寺社によって多少性質が異なる。それぞれに得意とする分野があるのだ。

 例えば、白峯神社所属の陰陽師の特徴として式神を駆使して戦う、と言うものがある。式神を使うこと自体は珍しくないが、白峯の術は、式神の分野ならば他の追随を許さないと言われるほどの精巧さを誇っている。


 このように、属する団体によって戦闘スタイルは異なる。なので優花自身も早苗の戦い方には少なからず興味があるのだ。


「見えたぞ」


 景の言葉を聞いて、2人は同時に樹々の陰に隠れる。その視線の先には、5mを越す巨大な悪霊がいた。

 鋭い爪と牙を持った、熊のような外見。発せられる充実した霊力。

 どう考えても、早苗が1人で余裕に倒せるような相手ではなかった。


「あれ? なんか思ってたのと違う……」


 そんな虚しいつぶやきが、隣の木陰から聞こえた気がした。

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