第17話 連絡

「……と言うわけだ」

「なるほどなぁ。つまり鬼種がその優花ちゃんって女の子を気に入り、その子に近々接触してくるかもしれないってことか」

「そういうことだな」


 景の事情説明を、菖蒲は真剣な眼差しで聞いていた。かと思うと、急に口元を弛めニヤニヤしながら、景をからかう。


「それでもってその女の子と連絡先を交換した……と。いや〜、景ちゃんもやるようになったなぁ〜」

「念のため言っておくが、連絡先は俺が一方的に教えただけだし、用がなければ電話がかかってくることもない。だから——」


 別に何かあるわけでもない、と反論しようとした時、突如として甲高い音がリビング中に鳴り響いた。それは今や懐かしい、黒電話の音に違いなかった。さらにその音は、景のポケットから発せられていたのだ。

 つまり、景の携帯に電話がかかってきたのである。


 まさか、こんなすぐに仕掛けてきたのか——


 景の連絡先を知っているのはごく少数の人間だけだ。それに菖蒲以外から電話がかかってくることはまずない。今までそれについて話していたことも相まって景は咄嗟に鬼種が優花に接触してきたのではないかと思った。

 景はすぐさまポケットから携帯を取り出すと耳元にその筐体を当てた。


『あ、か、片霧さんですか?』


 その声の主は、紛れもなく盾宮優花その人だった。その声は先ほどと比べて少し震えているように感じた。


「ああ、どうした、何かあったのか?」


 景は極めて冷静に、状況を理解しようと優花に問いを投げかける。しかし、景の心配とは裏腹に、優花から返ってきた答えは全く深刻なものではなかった。


『えっと……その、申し訳ないのですが、今から私の監督役、お願いできませんか?』

「……」


 優花のその言葉に、景は言葉を失った。別に驚いたわけではない。想像と違ってなんの問題もなさそうだったため気が抜けたのだ。


『早苗ちゃんも誘ったので、3人で先日の森にでも……って、片霧さん? もしかして用事がお有りですか?』

「……いやすまない、なんでもない。監督役の件、了解した。今すぐ向かおう」

『本当ですか⁉︎ ありがとうございます! じゃあ、2時半にこの前の森に集合で……し、失礼します』


……

 電話が切れた後、部屋には静寂が訪れた。しかし、その静寂もすぐに破られることとなる。

 先程よりも一層表情を弛ませた菖蒲にを前にして、景はため息を一つつく。


「今の、優花ちゃんからやろ? なんて言われたん?」

「少し出てくる」


 景はそう言うと、ここぞとばかりに迫ってくる菖蒲を華麗にスルーして、颯爽と玄関に向かったのだった。


×××××××××××××××××××××××××


 一馬との話を終えた後、優花は自分の部屋に戻りこれからどうしようかと悩んでいた。


 優花としては一刻も早く一人前の陰陽師になりたいわけで、そのためには沢山経験を積まなければならない。今日もこの後、先日の森で悪霊討伐でもしたいのだが、いかんせん今さっき別れたばかりの人に、もう一度来てもらうというのも気がひける。

 そんなこんなで、うーんうーんと唸っていた優花だったが、最終的にある一つの結論に至った。


 よし、まず早苗ちゃんに聞いてみよう!


 どっちにしろ早苗のことも呼ぼうと思っていたので、先に話しやすい人に相談しようという魂胆だ。

 優花は制服のポケットから携帯を取り出し先ほど登録したばかりの、初めての友達の電話番号を開いた。

 しかし、中学校3年生の時に買ってもらって以来、家族と神社の人としか連絡をとっていなかった優花にとって、友達に電話をかけるということは想像以上に難易度が高かった。橘早苗の欄を開いてからも葛藤があったが、ついに意を決して、早苗に電話をかけるとともに携帯を耳元に近づけた。

 すると、二、三回のコール音のあとに、聞き覚えのある声がスピーカーの奥から響いてきた。


『ゆ、優花? ど、どうしたのよいきなり』


 早苗は、優花と同じく少し動揺した様子で話している。優花は、おどおどしながらもなんとか要件を伝えようとする。


「そ、その、今からうちの近くの森で悪霊討伐の修業をしたいんだけど、早苗ちゃんと片霧さんに来てもらいたくて……どうかな? 今から時間ない?」


 すると考えるそぶりもなく、すぐに返答が返ってきた。


『なるほど、そうゆうことね。分かったわよ。付き合ってあげる』


 そんな早苗らしい上から目線な答えを聞き優花は少しほっとした。


『それで、片霧にはもう連絡したの?』

「いや、まだ……」

『そう、まあ、あいつは多分断らないだろうから、ちゃっちゃと済ませときなさい。時間は……2時半でいい?』

「う、うん。じゃあまた後で」

『りょーかい』


 流石というべきなのかなんなのか、早苗は手際よく集合時間まで決めてしまった。この行動力は優花も見習いたいところだ。


「さて、問題は……」


 優花は誰もいない空間で思わずポツリと呟いた。携帯の画面には『片霧さん』の表示。

 早苗の言っていた通り、何か用事がない限り景は付き合ってくれるだろう。そう思い、優花は跳ねる心臓を抑え、電話をかけた。

 すると数回のコール音の後、回線が繋がった音がして優花はすかさず口を開いた。


「あ、か、片霧さんですか?」

『ああ、どうした、何かあったのか?』


 景はいつも通り平坦な口調で、しかし少しの焦りを見せながらそう言った。優花は続いて要件を述べる。


「えっと……その、申し訳ないのですが、今から私の監督役、お願いできませんか?」

『……』

「早苗ちゃんも誘ったので、3人で先日の森にでも……って、片霧さん? もしかして用事がお有りですか?」


 気づいたら優花が一人で勝手に話を進めていた。景からの応答はない。優花はもしやと思い、恐る恐る尋ねてみた。


 『……いやすまない、なんでもない。監督役の件、了解した。今すぐ向かおう』


 しかし、景は別に文句があったわけではないらしい。快く承諾してくれた。

 優花は嬉しくなって、ついついテンションが上がってしまう。


「本当ですか⁉︎ あ、ありがとうございます! じゃあ、2時半にこの前の森に集合ということで……し、失礼します」


 途中で冷静になり少し恥ずかしくなったがそれよりも早苗と景が来てくれることに対する嬉しさの方が何倍も勝っていた。


「……やった」


 優花はウキウキ気分で、これからの準備を始めた。

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