11話 残る者
サンデル城門目前で小一時間に亘り競り合いが続けられていた。
フラーズの一地方の兵をかき集めた即席軍7000弱に対し、侵攻を受けた同盟国の護衛を名目に参戦したエアリース王国、ライブレッド公国の軍おおよそ10000以上。 現在の状況は停滞。どちらが押しているわけでもなく、陣形も大きな乱れを見せてはいない。
「戦力は我々が上回っている。初撃さえ凌げばいい」
それだけを聞けば双方五分五分の戦い。そう判断して間違いないだろう。だがライブレッドの軍人である指揮官が振るう采配は余裕をもって下されている。数的優位に立っているうえ、平野での戦いともなれば誰でもそうなるだろう。
「押し切れ!たかが一万の雑兵なんざ俺たちの敵じゃない!」
一方のウィルゼール軍、鶴翼型の字に方面からの攻撃を行う関係上中央のやや後方で指揮を執るロイ。しかし残念ながら勇ましく迷いを感じさせないロイの鼓舞と戦局の優劣は比例しない。ただでさえエアリース、ライブレッドという二か国の混合軍を相手に少数で突破しなければならないという圧倒的不利な状況に置かれているのだ。
加えて、ノルンの指揮下にある傭兵部隊は中・遠距離から魔導による攻撃、援護を主軸にしているため接近戦で力を発揮できるのは正規のウィルゼール軍の4000程度、それを二分割しそれぞれ2000程度の兵が両翼で戦っている。押し負けていないだけでも十分すぎる健闘だが突破口を生み出せないまま時間だけが過ぎていく。
「……ロイ、こちらも限界が近い」
「くそっ、昨日の戦略が尾を引いているのか……」
グレアディウス攻略で鮮烈な印象を見る者に与え台頭した元エリュアール王国の兵士による傭兵集団。だがそこから次の戦いまでの
このまま状況を打開する策が出なければ拮抗していた現在の戦力バランスが崩れ始めるだろう。……いや、崩れないかもしれない。そもそもの勝利条件からして違うのだ。
ロイたちは万の軍勢をいつ来るか分からない大砲からの攻撃を食い止めるために一分一秒でも早く目的を達成しなければならない。
「アマトはまだかよ!」
「……奇策に頼っては駄目」
「分かってるよ!」
今、逆転の手があるとしたら直属のリム、フィリアを連れてまったく別の場所で何か行動している大将のアマト。
ここ最近のこと、戦場、日常問わず独断専行が目立ち、先の戦いにおいてもまるでワンマンショーを見せつけられたかと思えば今回は裏方に徹している。
不安要因でありながら勝利に欠かせない指揮官。そんな男の片腕という肩書はこの世のどんな役職よりも苦労と疲労の連続だ。
そして勝つためにはそんな男に掛けるしかないと感じている自分にロイはいら立ちを募らせる。
「近接で戦えるものは右翼に回せ!もう敵の矢は尽きている!」
だがどうにかその不満を捨て去り、とにかく目の前の戦局に神経を集中させる。
「そこの傭兵部隊動きが遅いぞ!死にたいなら後にしろ!」
「包囲されるぞ!陣形の幅を広げろ!」
「両端の部隊前に上げておけ!」
次々と指示を出し、先頭でグリフィス、ランディアが微調整をすることで何とか持ちこたえている。
だが現状維持では駄目だ。駄目だった。
「……遅かったか」
後方からでも敵の変化は見て取れた。それまでただこちらの攻めに対処するだけだった横並びの陣形がこちらよりも広い幅を取るように後退しつつ左右に分かれ始めた。
それが何を意味するのか、考えるまでもない。あの忌々しい兵器の発射準備が完了した。
その砲塔は一寸違うことなくロイと向かい合っている。そこから牽制の意図は感じられない。間違いなく本陣を狙っての攻撃を始めようとしている。
「両方の部隊に陣形を崩さず下がらせるように伝えろ!それを終えたら合流しつつ全員退避しろ!跡形もなく消し飛ぶぞ!」
指示が行き渡り、近くの兵はそれぞれに近い陣営に向かって駆け出す。
だが肝心のロイ自身はその場から一歩も動こうとしなかった。
なぜなら、彼はまだ勝利の可能性を捨てていないから。
普通なら誰しもがこの愚か者がと叱咤するだろう指揮官の姿をその場の誰もが驚きの目で見つめ、しかしその姿に何かを決意したのかロイと同じようにその場に留まる兵も現れ始めた。皆ロイを見て覚悟したのだ。
「……ロイ?」
「いいから行けよお姫様」
ランディアの陣に合流しようとしたノルンもまた振り返りロイの様子に気付く。
「……私も残る」
「は?」
「……アマトに掛けているなら」
自身の心の内を見透かされていたことに虚を突かれた表情を見せるも、その次には陽気に笑みを見せることが出来るほど心積もりは出来上がっていた。
結論はノルンの言葉が全て。あの一撃を逃れようとして陣形を崩したならば相手は躊躇も容赦もなくこちらの半数を一気に消し炭にするだろう。
賭けざるを得ないのだ、アマト・フリューゲルに。
「じゃあ、もうちょっと待ちますか」
やがて前方の視界が開き、遠目でも敵の大砲がはっきりと見えるようになった。
成る程、アマトからの情報を部下を経由して聞いた限り魔導を利用した兵器であるという予想はほぼ正解だろう。大砲の先端から虹色の光を纏った球体が現れ始めている。
あれが従来の戦略を無に帰す悪魔の光。人の世を照らしていいものではない。
死の実感が現れ始めたせいなのか柄にもなく脳内が詩人のそれになっている。
良くない兆候だと髪を立てる動作で落ち着かせ、天を見上げながら深呼吸をした。
「よしっ!」
今度こそ覚悟は決まった。連中には聞こえないだろうがいつでも来いと叫んでやろう。そう決意したロイ。だったのだが……
「……?ちょっと城門の上を見てくれ」
視界を正面に戻すその一瞬前、それまではエアリースとライブレッドとの戦いに集中し続けて一切それ以外を顧みることが出来なかったが、敵軍の直後、サンデルの関門の上で何かが光るのが見えたのだ。
見間違いなのかそれとも……そう考え身近な双眼鏡を持っていた兵に命令する。
「は?はぁ…………ああっ!?」
「どうした、何があった!?」
それを受けた兵は怪訝な表情を浮かべながらも言われた通りの場所を調べる。
それから程なくして異常に気が付いた。
「あ、アマト様がいます!」
「……はああああああ!?」
言葉を聞いても理解が追い付かず、気が付いた時には双眼鏡をひったくって覗き込んでいた。
そして追い付いた。報告は一字一句過たず正確に事実を伝えていた。
側にリムとフィリアを携え直立不動で関門の上に構えている主の姿。しかもその顔は所謂アルカイック・スマイル。それを認めると大きく息を吸い、叫びとともに吐き出した。
「何をしとんのじゃあいつはあああああああ!!?」
☆☆☆
ロイ率いるフリューゲル軍がエアリースとライブレッドの二国混成軍と戦闘状態に入るほんの少し前、アマト、リム、フィリアの三人は地下の水脈を遡り、目的の場所へと辿り着いていた。
道中、水場ということもあり、コケや虫などが大量にいる場所もあった。女性には非常に辛い道のりだったがリムは平然と振る舞い、フィリアは野外生活に慣れていたことが幸いしてここで悲鳴を上げることはなかった。
「此処だ」
歩を止めた場所はグレアディウスの地下と同じように開けた場所に棚や壺など、明らかに人為的に作られた形跡の残る空間。単なる空洞などではなく地下の貯蔵庫といった様子だ。
「はぇ~、すっごいねここ」
「本当に、一体どれくらいの時間をかけたのやら」
本来行き止まりの場所から現れたアマトは必然的に入口へ向かうことになる。
だが数歩も進めば外から漏れていた明かりは完全に消え何があるのかさえも分からなくなる。
「く、暗いですね……」
「……わっ!」
「みゃあああああああああ!?」
視界が遮られ、聴覚に頼る状況では小さな音でも充分に人を怯えさせる。
そんな中、フィリアの隙を見逃さなかったリムは背後から行動に支障が出ない範囲の小規模な悪戯を繰り返す。
「リム」
「うっ……ぷふ…………はぁい」
足元を照らすため、リムが懐に持っていた明かり用の道具を組み、立てた蝋燭の上に小さな魔導陣を描く。赤の紋章、その色にたがわず小さな火の粉が一瞬現出する。火打石を打ったようなもので地面につく前に火は消え、代わりに蝋燭にはっきりと火が灯る。
視界を確保し、しばらく歩くこと数分。アマトは迷いなく道を進み、フィリアはその隣でネズミや蝙蝠に怯え、リムはさらにその後ろからフィリアの背筋をなぞるなどして薄暗い地下を満喫していた。
「ひゃあああああ!?」
「あっははははははは!」
「…………見つけた」
そうこうしてようやく階段らしきものが見つかる。
「よし」
「ふわっ!」
突拍子もなくアマトがフィリアを持ちあげる。俗に言う『お姫様抱っこ』というものだが、場所が場所なだけにあまりロマンは感じさせない。勿論当の本人には周囲が花畑に変わる程の衝撃が走っているが。
「急ごう、外も時間が迫っているはずだ」
「あのさアマト君?」
「ん?」
「もしかして二人だったらあたしをそうしてたの?」
そうしてたというのは今まさにフィリアが幸福そうに顔を真っ赤に染めている原因のことなのだが、本人には個人的に深い意味はなかったらしく平然と答える。
「まぁ、そうかな」
「あっちゃあ……」
やってしまったといわんばかりにリムは顔を手で覆う。
それを知ってか知らずか、アマトはそれに反応することなく壁に耳を当て、音を調べている。
「よし、今なら行ける」
「じゃ、行こうよ」
「ああそれとフィリア、君はこれを持っていてくれ」
「……あ、は、はい!」
アマトは懐から魔力を通した紙を浮かせフィリアに渡す。渡された紙の中身はこの建物の設計図、見取り図だった。
その中には地下の造りも描かれてあった。それでアマトは迷いなく階段を見つけられたというわけだ。
「そろそろだ」
「分かった」
アマトとリムの声色が険しいものへと変わる。ここからついに本番ということだ。
一方未だに事の全容を把握できていないフィリアはとりあえず二人に合わせる形で両手で図面を握りしめていた。
「ここって……え!?」
暗い地下室を越えた先には眩く光る人工の明かり。廊下のようだが非常に広く、隅に並べられた調度品。今まで起きたことと照らし合わせて少し考えれば誰でも気付く、ここはサンデルの王城だと。
それが分かって次にフィリアの頭に浮かぶ疑問は、『なぜアマトさんがこんなものを持っているのか』これに尽きる。
だが、そんなことは今問題にするべきことではなかった。
「なんだ!?」
常に見張りの兵の死角を立ち回っていたアマトたちにとってフィリアの声は相手に存在を教えてしまったようなものであった。
フィリアはまたしても至らなかったと反省するがそれはアマトもまた同じ、こうなることは十分予想できたのだ。前もってフィリアに伝えるべきだったところを普段の秘匿癖が出てしまっていた。
こうなった以上残った手は全力疾走。
新たな目的地へリム以外には目をくれることもなく走り出す。
「敵だ!」
途中に立ちはだかる衛兵も飛び越え、瞬く間に三人はサンデル王城の玉座の間へと迷いなく駆け抜ける。
「早く捕らえろ!陛下が狙われているぞ!」
その言葉からしばらくして城内に金を打った金属音が響き渡る。
非常事態を告げる合図だったのか一気に城内が慌ただしくなり、武装した兵士が道を塞ごうと立ちはだかる。
「重ねて二度。それにしても対応が早い」
「困ってる?」
「それなりに」
アマトは、鐘の音の回数は敵がどの階層に現れたのかを示しているのだと言う。さらに狙いがサンデルの王エゼルバートだと想定されたなら玉座に近付くにつれて兵の数は増えていくだろう。
「どうするの?」
「ああ、それは」
「あ待って、推理するから……」
微笑ましい男女の会話に聞こえなくもないが、槍や鉾の隙間を潜り抜け、兵の頭上を飛び越え、やり取りはやり取りでも命のやり取りの最中だ。
「分かったー!あそこに入るんでしょ!」
「……正解だよ」
「……?…………?」
リムが指差した先は右にある大きな扉。だが未だに二人の意図が理解出来ないフィリア。彼女が図面を見る限りリムの言うままに入ったならばそこは仕切りも何もない大広間だった。
舞踏会でも行われる場所なのか完全な長方形で隠れることができるとは思えない。
「いっせい」
「のおでっと!」
かけ声と共にアマトとリムは身体を前方に向けたまま右方向へステップし、扉を体当たりで破る。
本当にフィリアの予想に限りなく近いものだった。色調も鮮やかで舞踏会かどうかはともかく全体を見渡せる空間、遮蔽物は一切見つからない、まさに八方塞がりの状態。
「アマトさぁん……」
「情けない声を出すな」
「だって……」
「その手にあるものをよく見ろ」
アマトに図面をよく見ろと言われてもだからこそ困っているのだ。
後ろから来ている兵は二つある扉につっかえを掛けたことで時間を稼げるがそれまで、ものの数十秒で突き破ってくるだろう。
そして扉は破られ、大量の兵士が押し寄せてくる。
「残念だね。手遅れだ」
振り返りそれを視界に入れたアマトはしかし、わずかな焦りも見せず不敵に笑っている。
「リム、お願い」
「はぁ〜い」
アマトの指示でリムは遂に腰に差した刀を抜き天井へ向ける。
それでどうするのかとフィリアが聞こうとした直前、リムの刀が白い光を纏い始める。それだけで無く、何と刀身が天井を貫くほどの長さに伸びたのだ。
そのまま天井を円形に切断してていく。否、正確に言えば刀身が触れた先から焦げ付いている。焼き切ったのだ。
「あたしの技、かっこいいでしょ〜」
リム曰く、魔導術の応用武器、試作発展型とのことらしい。
発光を止めた刀身をよく見るとそこから柄にかけて幾何学的な紋様、魔導陣が付与されている。所有者の手を介して魔力を通し、自然の属性を武器に
今回の場合は炎、だから切断面が焼け焦げているのだ。
その威力を目の当たりにしたサンデルの近衛兵も恐れをなしたのか迂闊に近づこうとする者は誰もいない。
「ねー?」
いつもの様子で愛想よく同意を求めてくるが刀を片手にもたれていては頷くしかない。これでもかと首を上下する。
しかしそこでフィリアは刀身が伸びたことについては一切言及されなかったことに気付く。いくら魔導でも物体を変化させるのには上限があるはずだが、それに関してリムは何も説明しようとはしなかった。
「まぁいいか」
「ん?何が」
「いえ!何でもないです」
今日のここまでで何度藪蛇になったことか。フィリアは深い詮索をしないという選択をした。リムも特に不振がることは無く刀を鞘に納める。
「では、玉座の間へごあんな〜い」
くりぬいた穴の大きさは人が通り抜けるに充分。魔導を使えない常人には出来ない背丈の何倍もの跳躍力で上階へと昇っていく。
「…………あーーーーー」
アマトに言われた言葉が事ここに至ってようやく理解できた。
その図面には階層ごとの大まかな間取りを記されてあった。そして二階のこの部屋の直上には……
「な、何だ貴様ら!?」
国王エゼルバート・リ・サンデルとその筆頭家臣が並ぶ玉座の間が示されていた。
侵入者の存在をあらかじめ察知できていたとはいえこの時サンデルは兵の出陣を決めたばかりで王城には大勢の兵が戦支度をしていた。
そんな状況では少数の賊が紛れ込んだというだけで王が逃げ出すようなことをするわけにはいかなかった。判断は何も間違ってはいない。
そして結果、アマトは下の階層から楽々と敵の総大将の首を取れるところまでやって来たのであった。
「あ、アマト・フリューゲル!」
一人がアマトの存在を口に出せば動揺が広がるのはすぐだった。
唯一、その場に居合わせたサンデルの将軍ドリスが竦むことなくアマトからエゼルバートを守るようにして立ちふさがる。
だがアマトはフィリアを降ろし、一切の殺気を見せずに剣を抜き、足場に立てる。フィリアはその場に自分がいる意味がないと察し背後に隠れる。
「さあ、この地の運命を決しようか」
手を左右にやや大仰な仕草で広げ芝居がかった問いをその場の全員に向かって投げかける。これからは体ではなく言葉の戦い。
アマトはこれからサンデルに向けて首を落とすか足を落とすかの二択を迫ることになる。
キマイラと生きた乱世 ※改稿作業中 キダ工健 @9nlparl11
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