10話 宿業の光

 捕らえておくはずの兵を放置同然の扱いで食事に参加させる。そんな子爵の奇行に悩まされた兵士たちも遠征の疲れはいかんともしがたく、結局そのほぼ全員が眠りこけていた。だが4000もの兵を丸々人質とする以上、夜中にこっそり逃げ出されるなどということがあってはいけない。そのためアマトは一部の兵を夜通しで監視に回すことにしていた。

 もちろんアマトやその腹心と言える面々はいずれも実力で成り上がった者達、一夜を不眠で過ごすことなど訳はない。ただ一人を除いては。


「おーす!おはようさぐべはっ!」


 朝から通路に響く声と同時にアマトに割り当てられた部屋の扉を開いたロイ。既にそこにはロイを除く全員が集まっていた。

 そしてロイの姿を認めるやそのいかにもぐっすり眠れましたという様子を見て一斉に殴りにかかった。その顔に腹が立ったから、という不当ここに極まるといった理由だが普段からロイの扱いはこんなものだからと言う理由で放置された。


「仮にも戦中だ。あまり浮かれるな」


 大方の折檻が終わった後、アマトはロイが数分遅れで会議に参加したという部分のみを糾弾した。


「君たちもだ。もう少し穏やかかつ正当性をもって行こうか」

「はい」


 アマトが他の面々を責めるのは不当な理由からの折檻が根拠にあったがロイが図らずもどこか日常的な光景を演出してしまったことで弛緩した空気をを引き締め直すことも計算に入れてのことだ。

 それは結果的には効果があったらしく皆アマトの次の言葉に耳を傾けようとしている。


「それで?ここからどうすんの?」

「そうだな……」


 劇的な勝利を収めた将でありながらいよいよ本番のサンデル侵攻に至って及び腰な姿勢を見せる。

 というのもサンデルへ送り込んでいた間諜から今朝になって新たな情報が齎されたのである。

 その内容はサンデルの王城にさらに北に位置する国、エアリース王国とライブレッド公国の兵士が存在するというものだった。

 この事実はアマトの中で燻っていた疑念を確信させると同時にサンデルへの侵攻を踏み止まらせるに十分な情報だった。

 元の計画では限られた兵数の電撃戦で早急に決着をつける算段だったはずがその前提が成立しなくなってしまった。

 今は突破口となりうる情報が手に入っていない。待つか引くかの二択に迫られていた。


「大変です!」


 そうこう悩んでいると突然兵の一人が息を切らして部屋に駆け込んできた。ランディア、リンディスの双子が遮ろうとするがアマトはそれを制する。


「落ち着け。火急の要件か?」


 アマトの問いに兵士は首肯する。


「ロウスター騎士団の連中が捕虜の大多数を引き連れて行きました!」

「……そうか、分かった。下がっていい」


 現場から上がる報告は十中八九悪いものだ。

そして今回は『どちらかといえば悪い』ぐらいのものだった。


「何を考えているかは大方予想がつくがね」


 騎士団という言葉の響きと裏腹に金銭と名誉目当てで集まった連中。そして全体的に足踏みせざるを得ない状況となった今、数合わせ同然の扱いをしていたロウスター騎士団がここに来て独自で動き出しし、不安定要素となった。

 詰まる所、連中は『アマト・フリューゲルは失態を犯したがその中でロウスター騎士団は最善の行動を果たした』この状況に持って行こうとしているのだ。


「お前がもうちょい愛想良く迎えてやれば良かったのに」

「時間があれば反省するとしよう」


 ならば今はどうするのかということだが事ここに至り何が出来るというわけでもない。ただ砦の上から騎士と捕虜の行進を見届けるだけ。


「間も無くサンデルの関門だが」


 そのアマトの言葉とほぼ同時に兵からの報告が上がる。


「これ見よがしに開いてるな……いや待て!何かある」


 双眼鏡を携帯していたロイが反応し咄嗟にアマトはそれを奪い取る。その先にはサンデルの関門に大砲のような何かが見えた。だが見た目は瓜二つでも従来のそれとは決定的に何かが違う、予感めいた何かをアマトは感じ取っていた。


「……成る程」



 ☆☆☆



「指揮官が優れていても末端まで全てそうではない。うまく出し抜けたな」


 冷静に話すセオドアだが、内心では今にも踊り出したい気分だった。

剣闘祭での介入から始まり、ウィルゼールでの玩弄。挙句先の戦闘ではただただワンマンショーを見せつけられただけ。セオドアに限らず自尊心の高い騎士団員の中でもフリューゲル子爵への不満は燻っていた。


「しかし、フリューゲル子爵から報復を受けることはないのでしょうか?」

「したくともできないだろう。するにしても適当な理由が見当たらない。今後の行動の制限が限界だ」


 セオドアがここまで自信を持って断言できる理由はアマトとの間で行われた取引が明文化されていなかったことに起因している。

絶対服従ではなく、相互扶助にもできない。王に仕える騎士団という肩書がその盾となっていた。だからこそこうして堂々とサンデルへと歩を進めているのだ。


「関門が開いている?」


 砦の連中が気付くよりも少し早くセオドアは関門付近の異常を察知した。


「構えろ!何か来る!」


 門から覗くそれの噂をセオドアは知っている。

大砲の様な形をしてはいるがそれとはまったく起源の異なる超常的な兵器。名を何と言ったかまでは覚えていない。

だがそれはここにあるはずがないのだ。その存在が発見されたのは今も健在のフェルゼン王国だったのだから。


「なんだ……」


 かつて国王ガリウスから伝えられた話をセオドアが走馬灯の様に思い返していた次の瞬間。ロウスター騎士団たちの視界を虹色の光が覆っていた。



 ☆☆☆



 その光景は離れたグレアディウスからもはっきりと視認出来た。

関門に設置された大砲からは砲弾ではなく虹が奔流するかのような輝きが放たれる。堰を切った川の氾濫のように放出される光は瞬く間にロウスター騎士団並びに捕虜を纏めて消し飛ばし、勢いを失うことなくグレアディウスの壁面まで到達する。


「な、なんだあれは」

「捕虜も騎士団の奴らも……いない」


 兵士の間に動揺が広がるのも当然だ。グレアディウスまで届く威力はもちろんのこと、味方すら犠牲にする凶行。常人の神経ではその光景を目の当たりにすればその場に立ち竦むしかない。


「ロイ!兵を広場に集めろ!準備をさせておけ!」


 いち早く行動に移すことが出来る指揮官がいたことが彼らにとっての幸いだった。だがその男から放たれた言葉は兵の士気を上げることが出来ただろうか?


「お前あれを落とす気か!?幾ら何でも無理があるぞ!」

「当たり前だ!やるしかない!ここで僕達が逃げ出せば次に狙われるのはウィルゼールだぞ!?」


 その考えを読んだロイが異議を申し出る。真っ二つに意見が分かれようとしているがそんな時間はないのだとアマトが意見を封殺する。今までにもこういったやり取りはあったが重大な決断でさえ有無を言わせずに指示を出すことはなかった。

 それがロイにどう伝わったのだろうか、少しの迷いを見せた後にそれを振り切りアマトの言葉に従った。


「いいか、三分で兵を揃えろ。その間に私が攻略の方法を探し出す。リム、ノルンはロイに続き、グリフィス、ランディア、リンディスは私と来い!」


 サンデル関門付近に突如として現れた兵器の威力を前に風雲急を告げるグレアディウス砦。その中ではあわただしく兵士たちが動き回り、わずかに残ったサンデル軍の捕虜は縄にかかりながら呆然とその光景を眺めていた。

 その中でひときわ険しい表情で会話をする男女があった。


「残り2分40秒です」


 タイムキープをリンディスが務め、実質アマトがグリフィスとランディアに方針を提示するだけの状態。それだけ状況は切迫しているのだ。


「あれは一見大砲のようだがその実、魔導術を利用した兵器だ」

「だからあの威力でもここには影響が無かった……」


 無駄を省くため明確に認識を間違えている部分のみ訂正。沈黙を肯定とみなし、急ぎ次の段階へと議論を進めていく。


「あれだけの威力だ。二回目の攻撃に入るまでに間違いなく膨大な時間を要する。それまでにこちらがサンデルを制圧するか、フラーズが撃たれるかの勝負になる」

「では指揮は?」

「残り2分です」

「全隊を統合し二隊に再編成する。一方は電撃戦に向いたグリフィス、もう一方はランディアだ。よし、行くぞ」


 このような状況の中でもアマトは立て板を流れる水のようによどみなく指示を下し、臣下は言葉を交わすことなくそれに従う。

 独断専行を行った騎士団が文字通り消滅し、サンデルの領内には他国の兵士が駐留している。数の上では間違いなく不利。それでもこうして一度決定されたことに側近が躊躇なく賛同の意を示すのは偏にアマトのカリスマゆえだろう。

 そんなとき本日二度目の、またしても予想外の出来事が起きた。


「なんだ?……なあっ!?」

「えへへ」

「よりにも寄って君が!何故このタイミングで!その格好でここにいるんだ!」


 グリフィスが自信を超えて後方へ目線を向けて振り返った先には、アマトの脳内予想通りならばその場には存在しえないはずの少女。人の目を惹きつける桃色のロングヘアーとそれにつながっているかのような狼の耳。

 アマト・フリューゲル唯一、最初にして最後の護衛たる亜人の少女フィリアが目の前に立っていた。


「来ちゃいました!」

「来ちゃいましたじゃあない!」

「ええ……冷たい…………」

「残り1分30秒」


 リンディスが一切の感情を挟むことなく冷静にリミットを告げる。

アマトからすれば一秒でも早く兵を動かしたいこの時に妙な要因を持ち込んできてほしくはないというのが正直なところだった。


「で、でも急いで伝えないと!裏切り者を捕まえたんです!ほら!」


 そう言うフィリアの手元から確かに縄が伸び、一人のメイドの胴体につながっていた。

そのメイドは少し前のこと、フィリアがアマトの執務室の前で出会ったあのメイドだった。


「……君たちは先に行っておけ。私もすぐに向かう」

「御意」

「残り、1分です。ご注意を」


 アマトの命令通り三人の従者は去ってゆく。その後の数秒が永遠に感じられるほどの気まずい空気がその場を支配していた。

それは理解できてもその理由が理解できないフィリアができることはアマトに問いかけることだけだった。


「あのぅ……?」

「この大馬鹿者が!!」

「ひぃっ!?」


 それまでフィリアが見たことのないアマトの怒号。それを直接ぶつけられた彼女は思わず尻餅をつく。


「それは泳がせていたんだ!最良のタイミングで逆利用するために!」

「え……」

「だがそれはもうどうでもいい!ダグとリンゼはどうした!?君の役割が何か理解できなかったとでもいうのか…………!」


 アマトの怒りは余程のものだったのだろう。感情が優先して言葉が出るより先に座り込むフィリアの胸ぐらを掴んでいた。

 アマトの怒りを理解したフィリアは自身の行動がもたらした事実をようやく理解して後悔の念を感じていた。

 命じられた内容はウィルゼールの中で不審な人物がいないかを発見すること。そしてフィリアは護衛としてその命令に忠実に従った。

二日をかけてウィルゼールの邸宅で勤める全員を調べ上げ、足元で猿轡をかまされて座り込んでいるメイドがその対象だと突き止めた。

 だが、その後良かれと思ってグレアディウスまで連れてきた。それがいけなかったのだ。それは事実上、自身の功名心から出た失態。ウィルゼールでの役目を放棄したに等しい行動だったのだから。


「ふぅ、まぁいい。最大限の効果発揮とはいかないがそれが使えるのは事実だ。こうなった以上は役に立ってもらうぞ」

「は、はい……」


 怒りとストレスが限界まで振り切れたのか、それともなんとか理性で抑えこむことが出来たのか、アマトは鬼の形相を解き普段の冷静な顔立ちへと戻る。

 許されたのだろうか?


「失禁しなかったことは褒めてやる。行くぞ」


 既にアマトに怒りはない。今度はこの失態を挽回すると意気込みフィリアは何とか立ち上がりアマトの後ろについて走り出す。扉の傍で待っていたグリフィスと共にそのまま砦を北側に抜けた先には既に多くのフリューゲル軍兵士が集まり、先頭でロイが出立前に演説を行っていた。


「これより我々は……言わずともわかるだろう!我らは不退転の決意でサンデルの関門にて構える兵器を破壊、サンデルを完全に制圧する!」

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