9話 魔導王国エリュアール
「布陣は整っているか……流石だ」
目的地へ辿り着いたアマトの第一声は先に布陣を整えていたロイへの賛辞だった。バリスタの射程範囲外に弧を描くように軍を展開している。
もちろん本人には聞こえていない。聞こえていたなら記憶を失うまで殴りつけているだろう。
「では早速、始めるぞ。陣を展開!」
指揮系統に乱れはない。末端まで滞りなく指示は通り、ノルンを中心とした文字通り円形の陣が完成する。
「リム、ここの指揮は任せる」
「はーい」
最低限の指示を言い残してアマトは前方の部隊へと合流する。途中明らかに悪意の視線でアマトを見てくる者もいたが本人は気にも留めない。
「お、この完璧な位置取り、どうよ!」
最前列でいかにも『歴戦の勇士』を装っているロイ。実際に様になってはいるが普段を知る連中からすればどこか滑稽な姿だ。
「その程度で威張るな」
「もうそろそろ褒めてくれても良いだろうに……」
「ランディア、合図を出せ。青だ」
アマトはロイの言葉に耳を傾けることなく淡々と指示を出していった。
「バリスタの準備完了しました」
「うむ……」
一方、サンデル側のグレアディウス砦は完全に守りの体制に入っていた。相手が一歩でも範囲に入ればバリスタの餌食と化す。内に入られても地の利はサンデルにある。
そしてもう一つ。この砦は地下に流れる水脈を周囲に一周させ、非常に深い堀としても利用することで水源の確保、防御力の向上を両立させていた。
グレアディウスの指揮を任された壮年の男性はこの戦いの用意に全力で取り組んでいた。
元々数で負けている上に一ヶ月前の敗北から完全に立ち直れていない。
要は急場凌ぎで集められ、その場で指揮系統をまとめた軍隊。当然士気の低下は免れない。
それでもサンデルの兵士は一抹の希望を抱いていた。
グレアディウスは南端の防衛線としてサンデルの建国以来四度の侵攻を退けた実績を誇っている。防衛に関してはサンデル兵の練度は非常に高く、倍程度の兵力差ならば持ち堪えることも可能だと考えている。
「包囲するつもりでしょうか?」
「だがこちらには全方位に届くバリスタがある。そんなことは分かりきったことだが……」
だからこそ指揮官も冷静にフラーズ軍の動きを視ることが出来る。前方に4000、後方に3000の兵を砦の上から俯瞰で見渡しその正確な動きも正確に捉えている。
そして最前列に割り込んだ一人の男、白い肌と装束。彫像のような美しさを持つ男の噂はサンデルの兵士で知らない者はいない。一月前の戦でサンデルの戦線を挫き敗北の烙印を押した立役者、アマト・フリューゲル。間違いなく大将だ。さらにその近くから空に向けて青い光が打ち上げられた。
「来るぞ!全軍に迎撃の指示を伝えろ」
それが見えた以上情勢が動くのは明らかだった。空気が急に重苦しくなり、兵士が唾を飲む音すら聞こえてくる。
そして動き出す。アマト・フリューゲルがたった一人で砦へと向かってきた。
「単騎で攻めるだと!?」
わざわざ計7000もの兵を揃えておきながらそれらは一切動かさずに自身のみで突撃するなど愚策を超え狂気の部類だ。
「たかが一人に何が出来る!大将首だ、迎え撃て!」
だが向かってくる以上は対処するしかない。
どれくらいの時間が経っただろうか、バリスタの射程に入り門の前で待ち構える弓兵にもその姿が見え始めた頃、遂に攻撃の命は下された。
「矢の雨をくれてやれ、一人の力など……」
バリスタと矢が一斉に放たれる。攻城用の破壊力を持ったバリスタを受け止める方法は生身の人間には存在せずその回避が出来たとしても後続の無数の矢が降り注ぐ。ここまでされては普通の人間はまず生きてはいない。
そのはずであるにもかかわらずサンデルの砲撃主、弓兵、指揮官の誰もが嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「…………『ブレイズ』」
アマトが懐から何かを取り出した次の瞬間矢の雨を迎え撃つように紅い光弾が放たれそのまま宙空で爆散、自身に当たるはずの矢をすべて焼き尽くした。
「あ、あれはまさか……」
グレアディウスの兵に動揺が走る。
魔導術。肉体に宿る超自然的な力を駆使して様々な術を繰り出す。素養によるが訓練することで誰しもが扱える能力。
だがそれを武器のレベルまで引き上げるには相応の才能と努力が必要とされる。だがそもそも戦いの中で魔導術を応用しようという人間は極端に少ない。
(魔導術を使うか、ならば)
しかし切り替えが早い優秀な指揮官を持てたことが今のサンデルの幸運だった。
「弓兵を中に入れろ。消耗を押さえる!」
この戦いにおいてサンデルの目的はひたすら耐えること。ほんの数十分耐えればサンデル本国からさらに増援が送られてくる。そうなれば数の差は逆転し連中に打つ手はなくなる。
見積もりとしては希望的観測、不確定要素が多すぎる。だがそれこそが兵士たちの士気を支えている一筋の糸であり、アマトからすれば厄介極まりないものでもあった。何をすれば優勢に持ち込めるというものが存在しないのだ。
ただ耐える。それだけで相手に勝ちの目が現れ、アマト達の劣勢は決定的なものとなる。
このままの状況が続けば兵糧が尽きるか士気が落ちるかの導火線が縮んでいくだけ。グレアディウスが鉄壁の構えを敷けばアマト単体で突破する方策は無い。
だがむしろ、そうでなくては困る。
がら空きになった砦の壁に向かって再び紅の光弾を打ち込んだ。だがその球は着弾直前で霧散する。
魔導術を無力化する力を持った特殊な魔導陣。魔導を持って魔導を制するという発想の下で完成した。これもまた一種の魔導術だが、あまりにも汎用性が高すぎたためそれ以外のすべての魔導を無力化し、魔導そのものを廃れさせることとなった。
(そうだ、それでいい。しっかりと守りを固めろ)
その存在が明らかになったところでアマトに一切の得はない。アマトからすれば攻め手を失っただけの形であるはず。にも拘らずアマトの顔が曇ることは無かった。
「やはり奴の狙いは……」
四方を周り攻撃を無駄と分かっているはずの攻撃を続ける。それが無意味な行為でない事に気づくのにそう遅くはかからなかった。
「余裕があるところから地下に向かわせろ!」
グレアディウスは周囲に水源を確保すると同時に四方を深い堀で守るという一石二鳥の手法を取り入れた。
だがそれは二つの手法が両立する上で成り立つ事実があるという事。
そしてアマトは砦を周回した事でついにそれを発見した。水を汲み出すための水門。それは防御などあってないようなもので侵入することは容易だった。
「本当に派手にやるよなアイツ」
その姿を遠目から傍観していたロイたちはただただアマトの常人離れした戦い方に舌を巻くばかりであった。
「無駄口を叩くな。アマト様にここまで負担を掛けているのだ。必ず成功させなければ」
「分かってるよ。リンディス、時間合わせ」
「はい、ただいま20カウント。18、17」
そしてついに、ロイ率いるフリューゲル軍が動きだす。
「3、2、1、作戦開始ですよ」
「それじゃあ美しく行こう。進軍開始!」
『おおおおおおォォォ!!』
「美しく……」
隊を二つに分け前方の4000の兵が進軍開始。リムが指揮を任された後方の傭兵部隊は未だに円陣を組んだまま微動だにしない。
「こっちの準備も滞りなく、あと1分」
「…………」
ノルンはその中でも特に集中している。目を閉じ、耳をローブで覆い、外界からの情報をすべてシャットアウトしている。
「アマト君のために、頑張ってね?」
普段と変わらぬ笑みを浮かべながらどこか皮肉めいた言い回しでそうノルンに言い放った。
☆☆☆
他人の日記を許可無く読む。あまり良い趣味とは言えないがウィルゼールの一室でフィリアは一冊の日記に没入していた。隠れ蓑としてダグとリンゼを同じ部屋に入れて、である。フィリアが持ち出した日記は図書館から出た時点で蔵書でないことは確定。だがそれ以上のことは今のフィリアにはわからず、結局自分が管理するという名目で読み耽っている。昼頃、アマトたちが戦っている最中であるのにこの余裕、信頼のなせることなのだろうか。
それはただの日記にとどまらない。まるで歴史書のように一つの国が滅亡に向かう様、そしてその後を一人の主観を以て描いている。
『私には幼少期の記憶が無い。点々と夜空の星の様に光るものは幾つかあれど、それがいつ、どこで何をしたものなのか、全く見当がつかない。だがこれだけははっきりしている。父は、私の目の前で死んでいたのだ』
『私の国は父が執政も務めていたらしい。故に父を失えば滅ぶべくして滅ぶのだと、そう考えていた。誰を恨めば良いのか、あの頃の私には思いもしなかった。国王であった父は殺されていたのだ。だが今でもその真実には至れていない。今日この日から私は手にした事実をありのままにこの本に記すことにする。いつの日か真実が明らかになることを願って』
持ち主はどうやら一国の王女『だった』誰かが記したもののようだ。
『生前父が個人的に親しくしていたらしいこの家に養子として匿われること10年。共に逃げ延びた世話係から多くのことを学び、教わった。だがその中でどうしても奇妙な違和感を感じずにはいられない。一体何なのだろうか?』
『大陸図という退屈極まりないものをかき集めた事は正解だった。多くの地図を年代順に並べるとある一つの国が滅亡しているという事実が浮かび上がる。作成期間と更新の頻度を計算に入れたところ、私の幼少期と時系列が一致する。これはもう疑いようが無いだろう。僅か30年という短命に終わった国、エリュアールこそが私の生まれ故郷なのだ』
「エリュアール……」
ついにその単語が現れた。フィリアがこの日記に求めているもの、エリュアールとは何かという疑問に答えが出そうな予感がした。
『私にはひた隠しにしていた様だが普段から私は監視されていた。養父、給士。世話係に至るまで常に誰かの視線に晒されてきた。見守ってくれているという見方もできるが……。そう確信したのが今日のことだ。書庫で本を読もうとするとある場所の本は取れないように誘導されている。何ということはない魔導に関する本が並ぶ列のはずだが……』
『今日になり、埒があかず、屋敷の多くが眠りに就く夜に書庫へ忍び込むことを決めた。何とか見回りの兵の目を避け書庫へ入ることができた。だが灯りをつければ悟られる。今日はこの本を部屋に隠すのみに止めよう』
随分と活動的な王女様だという感想をフィリアは抱いた。
文章を読む限りその時の状態でも十分恵まれた生活は遅れているはずであるのに自分のルーツを必死に探し求めている。
『昨日の今日で屋敷が少し緊迫した雰囲気に包まれている。何事か聞いても私には関係ないことだと突っぱねられるその理由を知っているが故にその光景は少し滑稽だった。私には部屋から出ないようにと言って皆が総出で必死にこの本を探していた。一体どれほどのことが書かれているのかとしっかり目に焼き付けようとしたが……成る程という納得とまさかという驚きとが同時に私の中に現れた。この本は父の遺した日記。私が今こうしているように父もまた自身の行動を紙に起こしていたのだ。だが堂々と読むことはできないだろう。この日記と同じ場所に暫く隠すことにする』
仰々しく回りくどい文章、元王女ということもあるのだろうがこれでは日記というよりは自伝だ。いったい誰がこんな日記を書いたのだろうかページをめくる度にフィリアの探求心は高まっていく。その文章から伝わってくる熱に充てられたのだろうか。
『自分で言うのも何だが私は箱入り娘だ。この屋敷に入って以来一度として外へ足を踏み出したことがない。この地がフラーズという国の領地にあることも、義父がそのフラーズの貴族だということも今日まで知らぬままだった。
ノルン・カルディコット。これが今の私の名だ』
そのページ、最後の一文で熱に浮かれていたフィリアが一気に現実へ引き戻される。
まさか、まさか持ち主が身近な存在だったとは、しかもよりによってあのノルン。もしもこの日記を勝手に読んだことが本人の知るところとなったならば消し炭では済まされないだろう。
自分の末路が思い浮かべられ嫌な汗がどっと流れ出す。
『あれから数日、ほとぼりも冷めてきた頃だ。遂にエリュアールの真実に近づくことができる』
だがフィリアは手を止めることはしなかった。もうすでに死ぬことを覚悟したらしい。
現在のページのその下を少し開けて長い文章が続く。文体が変わっていることから、どうやら他の書物から書き起こした文章のようだ。
『我が国は元は魔導術の実験場として少数の人間が利用していたエリュアール荒野に夜を過ごす宿が作られたことから始まった。初めは十人程度が共有する小さな小屋が一つあっただけだった。だがそれは人から人へと噂として伝わる。当時から魔導術は既存の戦闘技術から明らかに乖離していたため、実用性に難のある能力として軽視される傾向にあった。故に魔導の道を志す者は一人、また一人とその地に移り住むこととなる。魔導の研鑽を積んでいた私もより良き環境での実験を望んだ者だ。やがてエリュアールの地は集落の段階を飛ばし、一気に都市としての体系が成立した。だがそれを今まで領地として荒野を所有していた国が見過ごす筈もなく、戦となる。そして遠距離からの魔導による攻撃は矢を焼き、盾を貫き、一切の敵兵を寄せ付けなかった』
やはり魔導というものは異質な存在のようだ。だがそれを主体として生まれた国、それこそがエリュアール。
『完勝とも言える程の結果に終わった先の戦争は多くの恩恵を我々にもたらした。先ず第一に魔導という技術の有用性が証明された。これはエリュアールへ移り住んだ者達の本懐を遂げたことになる。そしてエリュアールは国へと発展する。その際の最大の問題点は誰が上に立つべきかというものだった。生まれも血筋も違う者の集まりがエリュアールの現実。外敵を退けた後に内部崩壊というのは想定しうる最悪の未来だった。何としても避けなければという私の不安は良くも悪くも徒労に終わることとなる。なんと言えばいいかわからないが私が国王になるべきと言う声が大多数を占めていたようだ』
そこでページの端まで達した。妙な区切りだと感じだがどうやら見開きのもう一枚に続きが記されているようだ。
『戦後の統治が、一つの国の長になるということがこれほど精神に負担が掛かるとは思いもしなかった。幸いなことに執政に明るい者がいたため取り敢えず最低限の問題は解消されそうだ。……この後から、父は数月刻みに、それも数行程度のものしか日記に書かなくなった。それだけ王としての責務に押されていたのかもしれない。』
その日付の分はそこで終わっている。この時点でフィリアが抱いていたエリュアールとはいったい何なのかという疑問には一つの答えが提示されたことになる。
「……あれ?」
次のページを見ようとしたが妙な違和感を感じた。すぐにその正体に気づく。何枚か日記の紙が破り取られている。何かの事故か、それともよほど他人に見られたくないものだったのか、だが最後のページに書きなぐるような字で一文だけ残されていた。
『私は必ず、自分の名を取り戻す』
☆☆☆
「限界まで引き付けろ!」
ついに動き出したフリューゲル軍に対して指示に従いながらもグレアディウスの兵は戸惑っていた。
それまで動かなかった理由は偏にバリスタの存在故だったからである。
その問題が解消されていないというのになぜ突然進軍を始めたのか。
「奴はどうした!」
「いえ、それがあの場所で止まったままで……」
ならばアマトがまた何か動きを見せているのかと思えばそんなこともなく、ただ頭上に降る矢を避けているだけ。
「牽制を続けろ!バリスタ、狙いを外すなよ!」
「はいっ!」
大声を上げ兵士が不安を振り切る。だが、あまりにもゆっくりと行軍を続ける相手に対して不気味な印象を拭いされずにいた。
「合図あがったよー」
「……分かった」
一方後方で息をひそめていた傭兵部隊がついに動きを見せる。ノルンとく3000人の傭兵全てが同時に同じ動作を行い、頭上に巨大な幾何学的文様が施された青色の魔導陣を展開させる。それは最も離れたグレアディウスからも肉眼ではっきりと視認できるほどのものだった。
「攻げ……」
そんなものを見て冷静さを保てるはずがない。直ちに攻撃の命令が下されるもすでにサンデルは遅きに失していた。魔導陣から引きずられるように砦をも見込まんとするほどの大きさを持つ青白い輝きの球体が現出する。
「……この一撃が、エリュアール再興への第一歩となる。ヴィレイヌスの護りがあらんことを」
球体を操るのはノルン。そのままグレアディウスの壁面へ向けて撃ち込まれていく。
「莫迦な!魔導の干渉を封じた以上そんなものは無意味……」
口では威勢よく迎え撃つ意思を見せていたもののその指揮官は内心で嫌な予感しか感じられていなかった。アマトの単騎突撃で魔導が聞かないということは露見しているはずなのだから。
撃たれた弾は止まることなく砦目掛けて一直線。
だが壁に直撃するその間際、堀の直上で停止した。
何が起きたのか理解できなかった兵士はその一瞬だけは幸せだっただろう。
明晰ゆえに理解してしまった指揮官は顔を歪ませているのだから。
「満たせ、氾げよ、己の蒙昧を嘆くが良い」
アマトが呪詛のような言葉を発するとともにその球体は爆音を立てて破裂した。
そのエネルギーは凄まじく、最も近くにいた正面のバリスタの射手はその爆発の威力を前に抵抗すら許されず吹き飛ばされる。いくつかのバリスタも砦から叩き落とされるようにして無力化された。
「地下に向かった兵を引き戻せ!早く!」
まるで湖を風呂敷から解放したかのようにとてつもない量の水が空中から流れ出す。
その意味が多くの兵士に理解されたときにはもう手遅れだった。
流れ落ちて行く先は砦を囲う水流。その流れを組み込んだ水門にとめどなく水があふれてゆく。その詳細な光景は『外』にいるフリューゲル軍の誰にもわからなかった。
「まさか、こんな方法が……」
だが、アマトは砦の上にいる指揮官らしき男が膝をついた姿を視界に収めたことでこの戦いの勝利を確信することとなった。
あまりにも常軌を逸した方法で水源から大量の水を流しこまれ、砦の中には凄惨な光景が広がっていた。地下に向かった兵士は濁流に飲まれ何度も激しく体を打ち付ける。まさしく阿鼻叫喚の言葉がふさわしい。
「……橋を掛けろ、残りのバリスタも下がらせる」
最早堀の存在など何の意味もなかった。まるで貯水池のように限界まで水で満たされている。多少の波はあるものの数十メートル泳げば跳ね橋は掛けられ門は突破される。
勿論そうならない可能性はあるだろう。だが、そんなあまりにも分が悪い賭けに4000弱もの兵の命を乗せるなど誰が出来ようか。
「降伏されるおつもりですか!」
それを分からず、最初に反発したのは若い兵士だった。勇敢と盲目は紙一重だ。
「大勢は決した。門を開けろ。」
「将軍!」
「私は勝つための戦いしか行わない」
「……分かりました!」
暗に死ぬなと言っていることが理解できる冷静さは残っていたらしくおとなしく引き下がった。
しばらくしてグレアディウス砦の門が開き、跳ね橋を上げるための兵が数人現れる。白旗も上がった。
「粘り気がないこと、まぁ正解だがね」
それを確認したアマトは空へ向けて白い光を打ち出す。それが合図としてすべての兵に伝わった。『勝利』と。
それからほどなくして滞空していた青い魔導の球体は消え去る。それだけでなく今まで砦を満たさんとしていた激流までまるで元々存在しなかったかのように霧散していった。
「おー勝った勝った。こっちの被害は?」
いち早くそれを認めたロイが迅速に味方の損害を確認する。
しばらくしてすべての報告をまとめてランディアが詳細を伝達した。
「両翼合わせて死者は3名、怪我をした者は54名、弓兵への対処が早かったことが功を奏しました」
「3人か……よし、じゃあもっとゆっくり行こうか」
今回の戦いはほとんどアマトのワンマンショーだった。それでも敵がバリスタを使う隙はあったのだ。3人の死を少なく済んで何よりと最初に考えてしまう自分自身を後から空しく感じ、振り切るように続けて次の命令を下した。
「……皆ありがとう。この勝利は貴方達のおかげ」
後方の傭兵部隊。アマトの動きも常軌を逸していたがこの戦闘において最も貢献したのは彼らだろう。傭兵の身でありながら一糸乱れぬ連携で巨大な力を生み出した実力はこれから内外に広く伝わっていくことだろう。実は今回の戦いに彼らの参戦を強く希望したのは他でもないノルンだった。アマトはそれを承諾したが、大きな賭けだった。これで敗戦していたならば彼女が内に抱える目的、自身の故郷の復活が果たされることは永遠にありえなかっただろう。
「あ、頭を下げないで下さい!俺たちはこの時をずっと待ってたんですから」
「我々一同ノルン様に命を捧げる覚悟。どこまでもついて行きます!」
「……本当に、ありがとう」
もう一度ノルンは深々と頭を下げ礼を述べる。
「慕われてるね〜王女様?」
「……皮肉?」
「いや~全然そんなつもりはないけど」
「……とにかく目的は達成した。我々も急いで制圧したグレアディウスに入る」
「こりゃあエリュアールの復活も遠くねぇかもな」
「ああ全くだ。しかしノルン様が生きていると聞いたときは心臓が飛び出るかと思ったものだ」
「しっ!フラーズの連中に知れたら事だぞ」
傭兵の一人が仲間の失言を諫めるもその場の唯一の部外者、リムには筒抜けだった。だが彼女は積極的に行動を起こすことはしない。
「ちゃんと守ってあげなよ?命預けるなんて言ってるんだから」
「……言われなくても」
☆☆☆
制圧したグレアディウス内での宴。本来なら浴びるように酒を飲む連中も大人しく、雰囲気が祝勝のそれに至れている者はごく少数、残りはその場の絶妙なまでの重苦しい空気に息を潜めていた。
「では、勝利を祝して」
「待て待て待て待て待て!なんでこいつらが一緒にいるんだよ!」
つい先程までのほほんとした雰囲気で兵士たちの先頭に立つロイの面影はどこにもなかった。
「思ったよりここの食糧に余裕があったのでな。私たちだけでは処理しきれないんだ」
「そこじゃねぇよ、何で同じ部屋で机囲んでんだってことだよ!牢屋あるだろ!大将首だけでも閉じ込めとけよ!」
先の戦いで生き残り、本来なら虜囚の扱いを受けるはずであろうサンデルの兵士は武装こそ解除されているが、その全てがフリューゲル軍と机に向き合い食事を取っていた。字面だけ見ても訳が分からないが実際にそう表現するほかないのである。
当然サンデルの連中は皆口を閉ざしてその場の空気に耐えている。
「……乾杯」
「乾杯じゃあねえよ!?」
「かんぱーい」
「乗るんじゃないよ!?」
ロイの反応が異端であるかのようにアマト達は軽くあしらうが思考が追い付いているだけ大したものである。
「まぁ、連中にはすぐにサンデルに帰ってもらうからね。サンデルの王の対応次第だが」
「…………はあああああああん!?」
アマトは時折、飄々とした態度を取ったりすることもあるがその中で敵を謀ることはあっても冗談を言ったことは一度もない。
せっかく誰が見ても圧勝という形でグレアディウスを手に入れているというのにその成果の半分を放棄するといっているのだからこの反応は間違ってはいない。
「語る言葉はないかな?」
「はい、はい!ありまーす!」
「ロイ以外で」
もはやロイの扱いはこういうものだとウィルゼールでは決まっているようなものだった。
「……めっちゃ頭痛くなってきた」
普段怠け癖の強いロイだが主要メンバー全員がこのような奇特な行動に移れば変わって常識人として行動できるのは彼だけである。
それを本人も理解しているからこそこういった局面で気苦労が絶えない。
「俺、休むわ」
「そうか、ゆっくりするといい。疲れただろう」
「9割方お前が原因だよ!」
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