8話 出陣、グレアディウスへ

「では編成、戦術に関してはこれで最終決定とする」


 アマトがエルレディオ砦に入ってすぐに開かれた軍議。ロイやグリフィスなどの面子が参加してはいる者の主導権は終始アマトが握り続けていた。


「ちょっと子爵ぅ~?俺の意見全然反映されてないんですけど~?」


 その中で唯一異議を唱えたのはロイ。彼が考え抜いた103種類の策は一つ残さず不採用となった。

 それだけならまだしも一部分の反映すらされていないとなればロイの掛けた時間は無駄だったということになる。反対意見が出るのも当然のことだと誰も諫めない。


「ちゃんと図に描いてまでやったんだぞ!努力目標というのは評価してくれてもいいだろうよ」

「しないよ」


 アマトの評価は成果が絶対。それ以外では決して覆らない。


「じゃあ何か、俺は頭を使って絵を描くよりより食いかけの肉料理にかじりついてた方が良かったわけ?」

「そんなことは無い。今は紙屑でも後々活きてくる」

「後々ねぇ」


 ボールのように丸めて部屋の隅に投げられたそれはいつ役立つんだろうかと皮肉交じりにつぶやく。


「ではいよいよ明日だ、みなそれぞれ英気を養っておいてくれ」


 それを最後に軍議はあっさりと終わり、皆それぞれで明日に備えるため散り散りに部屋を去っていく。残ったのはアマトとロイの二人だけだった。


「まぁ、あれが採用されるわけはないよな」

「こちらの被害を極力抑えるという前提条件がクリアーされていないからな」

「領地の兵士かき集めてそのうえ騎士団合わせて4000、残りの3000は……」


 そこで言葉を濁す。どうやらロイはその残りの3000の傭兵が信用出来ないようだ。


「あの連中は使えるさ、特に砦の攻略には私たち以上にな」

「ちゃんと働いてくれれば良いけどさぁ。まあいいや、俺も寝る」



 ☆☆☆



「C欄終わり、ふわ、あぁぁ」


 フィリアの朝は早くなった。普段から誰よりも早く起きアマトの身辺に危険が無いかを調べることが一日の始まりだったがそのアマトは居ない。

 にも関わらず彼女は普段のそれ以上に早くからある仕事をしている。

 図書館の管理。アマトからの命令の後についでと言わんばかりにノルンから押し付けられた『お願い』。地下にある部屋の大きさなど高が知れている。まさにおまけ程度の楽な仕事と思い込んだのがフィリアの失敗だった。

 広い。広い。尋常では無いほど広い。

 地上の階層とほぼ変わりなく、丸々全てを図書館としている。

 さらに驚かされたのはこれが地下二階、三階、四階と続くことだ。流石に降りるごとに規模は縮まるがよくもここまで読書に特化させたものだ。

 この図書館ではでは階層ごとにランク付けがなされている。地下一階から順にC、B、A、Sと続き、深くなるごとに閲覧を許可されている人間は減っていく。その仕組みはどうやら魔導が関係しているらしいが今のフィリアにはさっぱり理解できなかった。

 Cは平民を含めたあらゆる人間、Bは兵士や屋敷で勤める者、Aはその中でもグリフィスなどの上位の存在、Sに至ってはアマト、ロイ、リム、ノルン、リリィの五人のみと最重要機密扱いをされている。

 取り敢えずとフィリアに与えられたのはランクBまでのアクセス権。普通の物語、詩歌、教書から戦術書などの範疇だ。


「あ!これ間違ってる!」


 しかしその管理を一手に引き受けるとなればこれ以上忙しいものはそうそう今の子爵邸では他に見つからない。

 屋敷の一階、地下一階を大衆に解放する時間は昼時に解放される。それまでに膨大な量の本の数と場所が正しいかをチェックし、訂正する。

これで終わりかと聞かれればそれは否、まだ清掃という仕上げが残されている。

初日は慣れることで手一杯だったがこれが続くならば並外れた集中力が求められるだろう。

 毎日これを継続し続けているノルンに対しフィリアはただただ敬服する。


「ん、あああぁぁ〜終わったぁ」


 開館直前でようやく全てを終わらせ、準備が整った。後は司書を担当する者に引き継ぎを伝えるのみ。

 だかやはり疲労がたまっていたのか身近な椅子、つまり受付の椅子に腰掛けた。


「あぁ〜」


 年頃の娘としてあるまじき声が漏れるがそこでフィリアはある本を目にする。

確認は全て終えているはずでさらにAランク以上のものは貸し出しはおろかその階層からの持ち出しすら禁じられている。

 だが現実に目の前に本が存在している。

 その意味を考える前にフィリアはその本そのものに魅せられた。

かなり使い込まれていたのか何かの皮で作られた表紙は無数の傷跡が、中身をちらと見れば紙が褪せている。図書館で扱っていた物とはとても思えず、しかし昨日今日で揃えられる物とも考えられない。


「……日記?」


 まさかと思いつつも何故ここにあるのかという新たな疑問が生まれる。


「失礼します」

(不味い!)


 中を見ようとした瞬間、司書が扉を開き入ってくる。


「間も無く開館です。ここからは私が」

「はい、お願いします」


 平静を装い階段を上がっていく。途中何度か人とすれ違うも何とか部屋まで誰にも悟られずに済んだ。腹を押さえていたため幾人かに心配されていることには気づかなかったようだが。


「さてと」


 あらためてじっくりその本を眺める。やはり普通の本とは何かが違う。

装丁が見事、質感が良い、といったものとは違う異質さ。

まるで持ち主の情念が手からこちらに伝わってくるかのような感覚を抱いた。


『遂にこの日が来た。サンデルの攻略戦に彼らを加えることで大きく計画が動き出す。この戦いに勝利することでエリュアール復活の日は更に近づくだろう』

「……エリュアール?」



 ☆☆☆



 グレアディウス砦へ朝早くエルレディオのフリューゲル軍4000が向かった。

大将ロイを筆頭にグリフィス、ランディア、リンディス、先頭にフラーズの騎士団と盤石の体制を構えている。

 残りの傭兵隊はアマトが直接指揮を執る。反対の声もあったがやはりアマトは強引に押し通した。

 そしていよいよ出陣する数分前、アマトは士気高揚のためにその場のすべての兵に声を届ける。


「さて諸君!いよいよ君達の力が求められる時が来た。標的はサンデル攻略において最序盤にして最大の障壁たるグレアディウス砦。数こそ我々が上回るものの攻城戦としては些か頼りない。その上相手は全てを見下すように全方位に設置されたバリスタ、懐に潜り組もうとも待ち受けるのは鉄壁の城門、それを突破すれば門の内側で待ち構えるサンデルの精鋭、正攻法では相討ちに成りかねない強固なものだ。そこでこの戦いにおいて最良の結果を出せる存在は何たるかということを考えた。編成、規模、実力、相性、士気、物量、連携、地形、天候、地層、風向、環境、手相、風水、占星、幸運金運星座運、その他諸々を加味し模索し続けた結果、君たちこそが適任だと判断した」

「後半の三割はいらないかな」

「君たちにとってこれが復活の旗揚げとなることに不満を感じる者もいることだろう。だがこの戦いは後世に伝えられるであろう大きな戦いである!兵士達よ、今こそ目覚めの時だ!栄光の日々を取り戻すその日まで、君達の命は私が預かる!」


 それを最後にアマトは壇上を降りる。あとには鳴り響く喝采の音が残された。


「ちょっと仰々しかったかな?」

「良いんじゃないかな?うるさいし」


 うるさいという直喩はリムの独特なセンスによるものだが確かに傭兵たちの士気は上がっている。戦の直前の余興としては上々の成果だ。


「……アマト、礼を言う」

「一々気を使うことはない、契約だからな」

「……契約」


 ノルンとの間で意味深な会話を繰り広げる。


「ではこの目で見せてもらおうか、エリュアールの力を」

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