第27話 幸運の女神は
「運試しってか。撃った奴が、誰をくたばらせるか、ってことだよな?」
拳銃を扱えない弾正が、不快げに口を開いた。ホークに手渡された銃を放ると、腰の刀を抜いた。
「くっだらねえ。士大夫が、こんなもんに命託せるかよ。おれは
「動くな」
ホークは妥協を許さぬ声で、弾正を制した。
「例外は認めない。どうしてもと言うなら、その武器をおれの見えるところに捨ててもらおうか。銃が撃てない奴は黙って、仲間と命を共にするんだ」
「るせえっ、俺様がてめえの指図を受けるかよッ!?」
「先輩ッ!」
すんでで、萌黄が制した。相手は、駆け引きを持ちかけている。どんな魂胆を持っているのか、よく分からないがとにかくそれで、主導権を得ようとしていることは確かだ。うかつに乗るのは得策ではないが、かと言って無駄な反抗をして刺激しても、状況を悪化させるだけだ。
「理解できません。これでは駆け引きにもならないじゃないですか。わたしの耳には、ただ、あなたたちは死にたい、と言っているようにしか聞こえません」
老将軍は赤く潤んだ目を剥くと、笑って肩をすくめた。
「全くもってその通りだお嬢さん。私たちはこの仕事を、半分死にたいと思って引き受けておる」
その言葉じりを萌黄はすかさず捉えた。
「仕事、と言いましたね。…あなたの依頼主は、クトゥグア、と言う邪神ですか?」
「そんな話に、おれたちが応じてなんの得がある?」
「あなたたちのゲームかも知れません、でも、何も獲り合わないゲームは、ゲームとは言いません」
萌黄が言い切ると、レズリーがいかにも楽しそうに笑った。
「全く同感だ。…
「おい、調子に乗るなよ」
ホークの銃口に身をさらしながらも、レズリーは笑って肩をすくめた。
「そいつは本来、おれたちが言う台詞だ。すでにあんたたちの仲間は、残らず始末した。あんたたちが出来る最後の一手は、おれたち全員に、一か八か弾丸をぶち込ませることだ。あんたの中の死神って奴にな。違うか?」
「おい!生意気な口を」
ホークはいきり立ったが、老将軍は古鐘のような声で笑っただけだった。
「違わん。まったくその通りだよ。手の内は明かしてる。私はどっちでもいいのだ。後は、あんたらが乗るか否かだ」
「乗るには条件が要ります」
萌黄はここぞとばかりに、言い放った。
「クトゥグアの目的と行方です」
将軍は色のない目で萌黄を見遣ると、冷えた口調で言った。
「答えられることと、答えられないことがある。…それは、私たちに聞こうが、答えようがない、って言う内容のことだが」
「死んだクリス・ジャイルズは、本来ならニャルラトホテプの側の人間のはずです。それがクトゥグアと組んで、一体何をしようとしているのか」
「悪いがそちらは、答えの用意がない方の質問だ」
老将軍はきっぱりと言い切った。
「私たちはプロだ。必要のない情報は頭には入れていない。だが依頼主の行方なら、教えてやろう。後のことは自分で探るんだな」
と、言うと老将軍は胸元から一冊、手帳のようなものを取り出すと、そこにさらさらと何か書いて自らの足元に落とした。
「賭けに勝ったら拾え。お前たちが行くべき場所が、そこに書いてある」
「分かりました。じゃあ、勝負に乗りましょう」
「萌黄、てめえ勝手なことを!」
「先輩は黙って下さいよ。銃、持ってないんですから」
萌黄はやや腰を落とすと、ホルスターの銃に手をかけた。
「残りの人はその場に武器を棄てて下さい。これでいいですね?」
「萌黄姉ちゃん!本気かよ!?」
ハスターも思わず、悲鳴を上げた。
「本気です。わたしが死んだら、後は頼みます。ハスターくんは両手を後ろに組んで、壁の方を向いて」
「…勝算が、あるんだろうな?」
レズリーは心配そうに尋ねた。しかし萌黄は、そうだとも、そうではないとも言わなかった。
「わたしを信じて下さい。これが、ギャンブルです。そうじゃないですか?」
「だな。じゃあ、君がいかれたわけじゃない、って方に賭けるよ」
ショットガンの弾丸を抜いて足元に置くと、レズリーは肩の力を抜いて首をすくめた。
「ホークさん、わたしが射殺されたら後は好きにしていいです」
「いいだろう。だったら残りの奴は全員、壁の方を向け」
ホークが銃を振り回す。三人はそれぞれ言い残したことはあるながら、その通りにするしかなかった。
「全弾ぶち込むんだ。生きるか、死ぬかだと思ってやれ」
射撃準備の姿勢をとったまま、萌黄は大きく息をついた。撃鉄に伸ばした指が、さすがに強張っている。
「この距離だ。外すことはあるまい。顔は撃たれたくなかったら、自分も撃たないことだな」
将軍は銃を構える萌黄の目の前に立つと、その右手を自分のコートの右胸にあてた。
「さて、ひと思いにやるんだな」
(まさにありえない構図だな)
後ろに展開している修羅場を後目に、そのときレズリーは思った。
この構図だけみれば、将軍はその命を萌黄の銃に委ねようとしている。だが事実は目見えるそれと、実は違うのだ。死神が這い寄っているのは、萌黄の足元にも同じ。不思議なことに条件は五分ながら、捨て身の将軍の迫力に、こちらが気を呑まれているような気がする。
まさか、萌黄が死ぬんじゃないか?
レズリーだけではない。誰もが口に出さないがそうなると、その可能性の方が高いように思えてならない。
誰が考えても有り得ないことが、有り得るとしか言えない事実として起こる。
それが
「最期に一つ、言っておきたいことは?」
萌黄がふいに、あっけにとられる一言を放ったのはそのときだった。
「最期に言い残しておきたいこと、だと?」
将軍自身、思わず目を丸くした。これこそ、意表をついた質問だったからだ。
「私がか?それとも君が?」
「あなたです。わたしは賭けに乗ったんです。わたしは自分が出る目がもたらす結果しか、信じていません。だからあなたに聞きます。誰かに伝えたいことは?」
次の瞬間、将軍は大笑いした。その厳めしい風貌が、瓦礫のように崩れてしまうほどの大笑いだった。
「この期に及んでいい度胸だ、お嬢さん!…ふっ、くくくくッなるほど、なるほど!確かに、幸運の女神は、もしかしたら今まさにあんたの肩の上にいるのかもな。いいだろう、じゃあ教えてやろう。私に、もはや言い残す言葉など
将軍は胸に手を当てた姿勢のまま、割れるような大声で言った。
「すでに何もかも、片づけてある。だからこそ、生き残ってきたッ!護るべきものもなく、愛すべき野郎どもも死に絶えた。この私を、殺せるものなら殺してみろッ!」
言い終わるが、早いかだ。
そこにいる誰もが反応不能な速さで銃をドローした萌黄は、将軍の身体に見る間に全弾をぶち込んだ。黒煙が盛大に上がり、小屋の中を満たした。萌黄が放った六発の火箭はすべて将軍の大柄な身体の中へ、吸い込まれていった。
視界不良の中、銃を構えたホークの声が響き渡る。
「立てッ!生きている方が、立ち上がるんだッ!」
煙幕の中、響いたのは、張り裂けるような将軍の怒号だった。
「私は死んでおらんッ!ホークッ、全員を撃てッ!」
「そうはさせないですッ!」
ついで響いたのは、萌黄の声だった。すでに死神は運命を決した。将軍が無事ならば、ドアーズの能力によって萌黄は全身を自分の弾丸で貫かれ、即死したはずだ。
「おいッ萌黄くたばったんじゃねえのかよ!?」
「うるさいですッ」
弾正のヤジに反応した萌黄の声に向かって、ホークは発砲しようとした。しかし一瞬の躊躇が、勝敗を決した。
「こっちですッ」
レズリーの落としたショットガンを拾った萌黄が、床に転がった姿勢のまま発砲した。散弾銃の炸裂に手を砕かれ、ホークは身体ごと吹っ飛ばされて銃を放った。
「おいおい、一体どうなってやンだ!?」
死んだのは、今、萌黄に撃たれたホークだけだ。将軍はまだ、黒煙の中に立ったままだ。
(なんだと…?)
振り向いたレズリーたちは思わず、目を見張った。なんと将軍の身体に弾丸が、喰いこんでいないのだ。萌黄が発砲した銃弾はすべて、空中で螺旋を描きながら、将軍のコートの上で黒煙を撒き散らしていた。弾丸が空中静止している。
「むっ、無茶させんなよう、萌黄姉ちゃあん…」
弾丸を止めたのは、ハスターの仕業だ。風を操るハスターが、弾丸の推進力をぎりぎりで停めていたのだ。弾丸は六発。ハスターの右手の指と片指がまるで糸で縫いつけたかのように、風の力で背後から弾丸を引っ張っている。
「い、いくらッ…おれだって、片手に指はさ…五本しかないんだからさあ!」
「両手で十本あるじゃないですか♪」
何と言う無鉄砲な作戦だ。だが、賭けに勝ってしまった。しかも提示された条件を、
「いつこんな仕掛けを?」
「壁の方を向かせた時です。ハスターくんが、弾丸を止められるのはさっきので知ってましたから」
「あのねえ!いくらおれだって限界あるんだけど!?ぶっちゃけあと一発撃たれたらやばかったよ!」
とは言えきちんと、六発の弾丸は静止した。
「言ったはずです。わたしは、自分の考えた策と仲間のことしか信じていません」
萌黄は将軍の身体を退かせると作業場の椅子を持ってきて、くるくる回る弾丸を蠅のように叩き落とした。
「幸運の女神なんて、信じてません」
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