第26話 地獄へ道連れ

「おれたちが連中と戦うために西部へ来たのは、一八六一年の頃だった」

 そこは西に遥かロッキー山脈を望み、遠く南北に流れるミズーリ川に挟まれた巨大な広原。どこまでもからりと晴れた空に、地平の彼方まで森一つなく、まばらにそよぐイネ科の野草の草原。北米大陸西側の内陸の大半にまたがるこの場所を大平原グレート・プレーンズと人は呼んだ。

 この大陸にはラコタ、スー、シャイアンをはじめとした複数のネイティヴ・アメリカン、当時の言い方で言えばインディアンの部族が棲み分け、主に狩猟により生計を立てていた。

 ゴールドラッシュに憑かれた白人たちが、本格的にこの地を入植地化しようとしたのは、一八三〇年代であった。きっかけは言うまでもなく、自らも奴隷農場を経営するアンドリュー・ジャクソン大統領が打ち出したインディアン強制移住法である。これにより大平原の先主であるインディアンとの同化政策は、軍事的な圧力を背景に持った侵略へと形を変え、各地で原住民族対アメリカ陸軍による武力闘争が展開されることとなった。

 彼ら原住民の狙いは入植者が侵した水場や狩場であり、陸軍が望んだのはそれを守ることよりも、原住民が持ち去ったり、隠し持った財宝だった。白人対原住民。彼らを血みどろの闘争に駆り立てるのはまさに、保護よりも獲得、奪い合いへの渇望だった。

 ネイティヴアメリカンと言われる部族たちの間で、最も勇敢だったのは、ラコタ族、そしてスー族であった。彼らは白人の牧場から好んで、家畜を盗んだ。さらには銃を持った追手と馬術で戯れ合うのも、部族の名誉欲を刺激した。

「連中は、遊戯ゲームで奪う。おれたちと違って、豊かな暮らしがしたいわけじゃない。危険を冒して、勇者になったと言うのが何よりの報酬だったのさ」


 ホークの話は歩きながら、続いた。萌黄たちはブームタウンの裏路地を通り、赤茶けた土で固められた谷底へ進む道へと降り始めていた。

(暗いな)

 強い午後の日が、射しこんでくる。谷影に回ると、より色濃い影が落ちると、萌黄は思った。逆光に立たれると、狙撃手は位置が掴みにくく、攻撃されても素早い対処が出来ないのである。

「で?どうしたって?」

 レズリーが詰まらなそうに話の先を促した。

「詰まらない話だ。要はあんたたちの偉大なる将軍は、そう言う名誉なんてどうでもよかった。いわば連中たちが、勲章代くんしょうがわりに集めてる財宝に目をつけたわけだろ?」

 レズリーもさりげなく、ショットガンからライフルに持ち替えていることに萌黄は気づいていた。自分が最後だと言うホークが自ら囮になって誘導役を演じているのを、事前に暴こうと言う姿勢だ。

「まあ、平たく言えばあんたの言う通りだな。ある街が、退役したおれたちを私兵として雇った。いい報酬だった。だが、おれたちは連中がため込んでいる財宝おたからの方に、目がいっちまったのさ」

 しかしホークは、全員の先頭に立ち、背後を警戒するそぶりすらも見せない。緊張感なく話しかけるのは、ぶらぶら歩きの弾正だけだ。

「へッ!それでどうした?ドジ踏んで、半殺しにされたか?」

「連中の掟を知らないようだな」

 ホークは大きな鷹の目を閃かせて、首をすくめた。

「捕まれば、皮を剥がれる。連中にとっておれたちは獲物さ」


 将軍はスー族たちの財宝を奪うと、ちょうど今、下っているような谷あいを逃げた。反対の方角は街だ。財宝を持ち逃げしたことがばれれば、全員が縛り首にされる。しかしその判断そのものが間違いだと、すぐに気づくことになる。

 谷底は細り、川幅は無くなりみるみるうちに追い込められた。そこは彼らが、野鹿を追い詰めるのに使われる行き止まり道だった。金塊を積んだ馬車はぬかるみにはまり、すぐに立ち往生した。はるか頭上を見ると、オイルで燃え盛る火矢を構えた狙撃兵たちに取り囲まれた。


「攻撃は凄惨を極めた。…逃げ惑うおれたちは焼かれ、手足をもがれ、顔の皮を剥がされた」

 ホークは、頸についたむごたらしい刃物傷を見せた。それは長く深く、いくつも筋を帯びて背中から手の甲まで伝わっているのだと言う。

「それより、どこまで連れて行く気なんだよう」

 ハスターがこれ見よがしなあくびを漏らして、ぼやいた。

「つーかさ、おれたちに会いたいって言うなら、そっちから、足を運べばいいんじゃない?」

「将軍は、あんたたちのところへは来れない。来ることが出来ないんだ。…あんたたちのために、足を捧げたから」

「足を?」

 捧げた?…さりげなくホークは言ったが、聞き捨てならない不可解な話が出た。

「わたしたちのために足を捧げるとは、どう言うことですか!?」

 萌黄は単刀直入に尋ねたが、ホークは応えない。谷底をくだった果てにある小さな猟師小屋の辺りを指差して、話を続けた。

「この谷はよく似ている。連中は、部族同士の闘争にもその谷を、罠として使ったそうだ。無数の屍を沈めたぬかるみは、腐死者の沼コープス・マッド…死体の血でけがれ、呪われた沼だ、と言われたんだ」


 部族の男たちは、悪霊の復讐を恐れていた。そこで信じられたのは、殺す人間の武器を使ってとどめを刺す、と言う信仰だった。

「連中は拾い集めた武器で、おれたちを殺す、と言った」

 手始めに首謀者の将軍を殺すこととなった。そのとき、銃器を手に集まったインディアンたちは十五名。かくして十五の銃口が一斉に、一人の男を狙った。


「馬鹿野郎!そいつ死んでんじゃねえか!?」

「死んだら、ここにはいないでしょ、先輩」

 さすがに、萌黄は察していた。その呪われた『ぬかるみ』の中で、起こったことは名状しがたいほどに禍々しい奇跡、だったのだ。

「あなたたちの将軍は新知覚能力者ドアーズだったんですね?」

「その通りだ。部族の連中はただ単に『呪い』と呼んだが、この世界では一般にそう、呼ばれているらしいな」

 ホークは小屋のドアを開けた。ここまでで何も、怪しいところは無かった。

「どうぞ」

 ホークは、全員を入れた。最後尾のレズリーが入るのを確かめてから、重たい木製のドアをぴったりと閉めた。

 中はシンプルな作業部屋だ。獲物を吊るす鉤と、作業台が目の前にあり、左手は古いガラス窓だ。強い光がそこから部屋の中にいる人物に、落ちている。

「ようこそ」

 底錆びた声が、萌黄たちを出迎えた。歴戦の古豪の声を、萌黄は戊辰戦争で聞いたことがあった。彼らの声は戦場の怒号と悲鳴、そして射撃音と砲声と、戦場に響く混沌カオスそのものようなどよめきに負けぬように部隊を指揮するために、しゃがれてしまう。ストレスを紛らわす強い酒のせいでけてしまう。

「あなたが使い切られた将軍ジェネラル・ワーステッド…?」

「その通りだ、お嬢ちゃん」

 男は白髪白鬚はくはつしろひげの、熊のような体格の大男だった。いくつもの勲章をぶらさげた軍服を着こみ、作業用の椅子に座り丈夫そうなステッキをついていた。左目は眼帯をしていたが、火傷による引きりの痕が、額やこめかみに拡がり、蜘蛛の巣状の青筋になっていた。右足は腿の先からなく木製の義足だったが、左足は生身で膝から足首にかけて三か所、新しい銃創を負っていた。

「どうやら、足ぐれえじゃ一人も殺せないらしいな」

「いかれた野郎だ。…てめえを撃ったってのか?」

 弾正が見て取った通り、あの足を撃ったのは自弾だ。作業テーブルの上に、弾丸を撃ち尽くした拳銃が転がっていた。

「見て分かるだろう。その通りだ」

 脂汗を掻きながら息をつくと老人は、足もとに置いてあったノーラベルのガラス瓶から、密造ウイスキーをあおった。

「悪いが最後の賭けベットに付き合ってもらうぞ、お客人」

 ドアの方に立ったホークが、拳銃を引き抜いた。

「無駄だぞ。怪我人とお前一人で、太刀打ち出来る人数じゃないだろう?」

「将軍は、賭けだとおっしゃっただろう。お前らくらいはおれの腕で道連れに出来る。おれが何を狙ってるか、よく見な」

 萌黄は銃口の先を見た。そう言えば作業小屋に大量に積まれている、木の箱。あの中身は、爆薬だ。

「油も撒いてある。一人も助からない。一つ間違えりゃ、全員あの世だ」

 火薬を持っているレズリーと萌黄は、思わず固まった。

「どんな趣向だ?…その『賭け』ってやつは?」

「全員で将軍を撃て」

 ホークは、腰から予備の銃を投げて言った。

「精確に当てろ。失敗すれば、全員吹っ飛ぶぞ」

「だから、何のためにやるんだよ?」

「このおれが、死ぬためさ」

 くくくっ、と将軍は、不吉な笑いを漏らした。

「いいか、小僧どもよく聞け。…おれの身体には、悪霊が棲んじまってる。そいつはおれの肉体カラダをチップに、人を殺させる」

「将軍を撃てば、誰かが撃たれる」

「それが、将軍の能力、と言うことか?」

 レズリーの問いに、ホークは頷いた。

「十五人の勇敢な男たちは、どうなったと思う?」

 致命傷をぶちこんだ部族の男たちは、それぞれ肉を炸裂させて死んだ。目を撃ったものは眼窩に弾丸が刺さり、心臓を撃ったものは、胸に風穴が開いて。

「その日からおれは、銃撃戦ドンパチの死神になった。おれを撃ったやつは、おれを殺せず、逆に殺されるんだからな。だがその死神ってのも、万能じゃねえ。いつまでも自由に、人を殺せるわけじゃねえのさッ!」

 老人はウイスキーをあおった。強いアルコールでその白く乾いた肌は真っ赤に血の気を帯びたが、瞳は白んだ様子もない。死への恐怖にぎらついていた。

「ある女が言った。おれの死神は、おれの身体じゅうを走っているんだと。雪の中の兎みたいにな。いつも全身を守ってくれてるわけじゃねえ。死神のご加護を外せば、おれが血を流す。撃ちどころが悪ければ、おれは死ぬわけだッ!」

 聞くだけで萌黄は、怖気をふるった。

(自分自身を、すすんで何度も死の恐怖にさらすなんて)

 まさに『ロシアンルーレット』のようなドアーズだ。つまり将軍は自分の命と肉体をチップにして、引き金を絞る。弾丸を受けるのは、自分か、敵か。二つに一つ。相手を殺すか、自分が殺されるかまで終わらない。血みどろの闘争が生んだ呪われたドアーズだった。

「将軍はそれから、戦場で稼ぐためにこの能力を使い、おれたち消耗品を率いてきた。たとえ自分の頭をぶち抜いても上手くいけば、どんな場所にいたって暗殺は成功だ」

「頭は一番、手っ取り早い。だがな、しくじることも多い。おれは何度も頭の皮をぶち抜いてな、今じゃこの手が震えるようになったのさ」

「で、この商売もそろそろ、店じまいってことか。何度も銃口に身を晒して、平気でいられる奴なんてこの世にはいない」

 レズリーは肩をすくめた。話がまったく狂気じみている。

「つまりおれたちは、死にたがりの道連れか?」

「ああ、その通りだよ」

 ホークはレズリーの言葉を遮ると、テーブルを蹴った。

「だから、ここにいる全員で将軍を撃て。好きなところを。全員で死神の運試しをしてもらおうか」

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