さよならの向こう側

「これで、良かったと言えるのか……」


 講堂の入り口から外を眺めながら、剣を掲げたフリウが唸っている。

「良いんじゃない? 別の世界の話なら」

 魔法使いのララィは、あっけらかんと言った。

 その言葉で、フリウは益々顔を顰める。

「まあ、またこっちで暴れ出すようなら、そん時に考えるか」

 バルはそう言って大きな声で笑い出した。

「良いのか、それで……」

 フリウは歯噛みする。その後もしばし逡巡していたが、やがて剣を収めると、サーリの元へと歩み寄った。


「サーリ様。我々はこの地では異界の存在。早急に退去するのが、是と考えます」

「あ、そ、そうですね」

 サーリは、チラ、と平太郎の顔を窺う。平太郎もまた、サーリの顔を見つめた。

「ヘータロー様。やはり貴方は、伝説の英雄に違いありませんでした」

 サーリはそう言って、一枚の石版を取り出した。


 棒切れのような細長い物を持った一人の男が、魔王と相対している姿が描かれた石版。


「こじつけだと、思うけどなぁ」

 平太郎は痛みを堪えながら、笑った。

「私どもは、これにて失礼せねばなりません。冀求の門が再び開くことも、もう無いかも知れません。ですからヘータロー様……どうか、お元気で」

 サーリはそう言って、満面の笑みを浮かべると、フリウ達と共に壇上へと歩き出した。


「あのさ!」

 平太郎は彼女を呼び止める。

 一歩踏み出すと、体中が悲鳴を上げる。

 サーリが振り返った。その顔は今にも泣き出しそうで、平太郎は胸が詰まる。

「俺、多分、もうここにはいちゃいけない人間だと思うんだ。俺がやったことは、どう考えても、許されることじゃないし」

 平太郎はくどくどと言葉を連ねた。

 自分のしでかしたことで、地下施設にいた何人もの人間が命を落としただろう。

 それは、ただサーリを守りたいという一心での行動だった。

 地下施設の関係者は、どういう形であれ人の人生を弄んでいたことに違いは無い。

 けれど、自分の行動と彼らの命とは釣り合いが取れるものなのか……平太郎は考えたくは無かった。考えないようにしていた。けれど、いずれ向き合わねばならない時が来るだろう。

 ひょっとしたら、今日の夜にでも訪れるかもしれない。それを、自分一人で抱え込めるだろうか。自分は間違っていたんだ、あるいは正しかったんだと悩みながら、朝を迎えられるだろうか。


 平太郎には全く自信が無かった。

 サーリを守ったという事実以外、頼れるものが見つからなかった。


「サーリの世界はさ、そう言うの大丈夫っぽいって言うか……いや、大丈夫じゃないんだろうけど、その……俺一人じゃ、ちょっと無理って言うか……」

 サーリはそれを聞きながら、薄っすらと微笑み、首を傾げる。

「俺は、これからもサーリと一緒に居たいんだ。だから……俺を連れて行ってくれッ!」

「……はいっ!」

 サーリは大きく頷くと、にっこりと微笑んだ。


「ちょっと眩しすぎるわね」

 雄大な山々と、輝く太陽を見つめながら、山乃葉マリはうんと一つ伸びをした。

 彼女の横には小さな少年が、その身を横たえている。

 聞けば、向こうの世界では魔王と呼ばれる存在らしい。どう考えてもおかしなこの光景だが、山乃葉マリがそう決めたと言うのだから、俺がどうすることも出来ない事柄なのは確かだ。


 山乃葉マリは、この小さな魔王と共に旅をすることに決めたそうだ。

 この地球という世界で、果たして彼女たちを受け入れてくれるような場所があるかどうかは分からない。そもそもこの魔王が目を覚ました時、山乃葉マリの存在を消してしまう可能性だってある。

「大丈夫。何となく自分のことが、分かってきたから」

 山乃葉マリはそう言った。だから魔王が私に襲ってきても大丈夫なのだ、と。

 それが事実なのかどうか、そうだとして上手くいくのか、やはり俺には分からない。あれこれと言ってはみたが、全て否定されてしまった。

 山乃葉マリが大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。

 きっと、このスケールの大きさに、コウスケは心を惹かれたのだろう。


「ねえ、他にもこういう施設があるの?」

 山乃葉が尋ねて来た。

「確か、他にも幾つかあったような気がするけど。ここほど立派かどうかは分からんな」

「ふぅん。そう。なら、片っ端からぶっ潰してやるわ」

 山乃葉は物騒なことを言い、指を鳴らす。

 何が切欠なのか分からないが、地下で初めて出会った時と比べて、まるで別人と言うくらい、彼女は随分と変わってしまった。性格分析で言うなら、A-9-Ⅹと言ったところだろうか。

「ねぇ、あんた、今後どうするの? どうせここには居られないでしょ?」

 山乃葉はそう言って、俺の顔を見る。

 振り返ると、こちらを窺うかのように、機関の面々が顔を覗かせていた。皆一様に埃まみれの顔をして、俺たちの動向を伺っている。

「まあ……でも、世話になったのは事実だ。後片付けの手伝いくらいは、しないとな」

「ふぅん、そう」

 施設から逃げ延びた群衆の中に、Qや三上の姿は確認出来た。だが、篠川所長はどこにも居なかった。ひょっとすると、まだあの瓦礫のような施設の中に閉じ込められているのかも知れない。


 俺は、これから何をすべきなのか。

 機関はこれからどうなっていくのか。

 何も分からない。

 ただ、どうなっていくにせよ、それを見届けなければいけない気がした。俺が騙してきた多くの人たちに、頭を下げなければいけない気がした。


「まあ良いわ。用があったら呼びに来るから」

「なるべく、穏便に頼む」

「考えておくわ」

 そう言って山乃葉は、少年を担ぎ上げる。

 彼女の行く手には太陽があり、その光が彼女を照らし、影を創る。まるで、彼女の背中から、翼が生えているかのようだった。


 自由への翼だ。ありきたりな言葉だが、今の山乃葉にはピッタリだと思う。


「それじゃ、行くわ」

 そう言って、彼女は堂々とした足取りで、校舎の敷地から外へと踏み出す。

 そして、山乃葉はくるりと振り返り、尋ねて来た。


「そう言えばさ、あんたの名前、何て言うの?」

「ああ、言ってなかったっけ? 俺はな――」


 そこで、風が吹いた。空気が振動し、校舎の窓を小さく叩く。


 彼女は再び歩き出す。足取りは軽く、あっという間に遠くへと離れていく。

 俺はそれを、いつまでも眺めていた。


 彼女が小さくなるまで、いつまでも。

      


 その後、各所で、空を飛ぶ少年少女を見た、という人々が続出した。

 「都市伝説だろ」と疑う者もいれば、「いや、世界の破滅なんだ」「むしろ始まりなのだ」と話を大きくする者もいた。それでも、世界は回り続け、人々は営みを続ける。そのうち、まあそんな噂もあったよね、と懐かしむようになるのだろう。


 ただ、これだけははっきりと言える。


 太陽は昇り沈みを繰り返し、花は咲き、また枯れていく。

 それはいつも通りのように思えるが――、


 世界はあの日、確かに変わったのだ。

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ムラクモ・メソッド 再之助再太郎 @Sainosuke_Saitarou

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