最終決戦は講堂内で

 講堂の入り口付近に爆炎が上がり、一人の男が吹き飛ばされる様を、平太郎は呆然と見つめていた。


 激しく床に叩きつけられた男は、壊れた人形の様にぐったりとして動かない。


「サーリ!」

 ハッと我に返り、講堂内を見回す。

「ヘータロー様!」

 講堂の反対側にいたサーリが声を返した。駆け足でこちらへと向かってくる。

 バルという戦士も無事なようで、じっとグリウルの動きを伺っている。


『虫ケラに相応しく、ちょこまかと逃げ回るのは得意のようだな』

 グリウルが嗤った。


「ちょっと、しっかりしなさい! 目を開けるの!」

 一人の女子生徒が、倒れた男に向かって声を上げた。違う高校の生徒なのだろうか、見たことのない制服だった。

「……私を、連れ出すんじゃ無かったの……? もう少しなのにッ!」

『虫ケラが、興を削ぐ』

 その声が気に障ったのか、グリウルは空中で振り返ると、女子生徒を見下ろして呟く。

「虫ケラ……?」

 女子生徒がその言葉にピクリと反応した。

 立ち上がった女子生徒はグリウルを見上げ、睨み付ける。


「……誰が、虫ケラだ、クソ餓鬼ッ!」

 女子生徒が叫んだ。グリウルが顔を顰める。


 信じがたい光景だった。

 あの魔王に対して、暴言を投げ付ける女子高生――ファリグラート王国でのサーリを彷彿とさせるが、度胸と言葉遣いの悪さはサーリの比ではない。


『小娘が、誰に向かって口を効いている』

 グリウルの声は低く、怒りに震えている。

「う……ぐっ」

 その時、女子生徒の背後で倒れていたチュウが、小さな呻き声を上げた。

 女子生徒はパッと振り返ると、チュウの側に身を寄せ、その顔を小さく叩く。

「あんた、生きてるの!? しっかりしなさい!」

『……貴様、消し炭にしてやるわ!』

 無視をされたと感じたのだろう。グリウルは顔を大きく歪め、勢い良く手を広げた。周囲に紫色の光が浮かび上がり始める。

「ヘータロー様ッ……!」

 サーリが平太郎の腕を掴んだ。平太郎は背中の袋から魔法の杖を取り出すが、それを構えるよりも早く、グリウルの掌に光の渦が集中、充填が完了する。

『そこの人間共々、この儂が消し去ってくれるわ!』

 グリウルが両腕をチュウたちに向けた。

 それを聞いて、再び女子生徒が立ち上がる。

「……さっきから、ワシは、ワシはって言ってるけど……」

 振り向いた女子生徒の目に、様々な感情が浮かんでいるのを平太郎は見た。

 怒りであり、悲しみであり、孤独であり、憎しみであり……そして、その全てをぶつけるように、彼女が叫ぶ。


「お前は……誰だァァァァァッ!」


 途端、バチバチと彼女の周囲で破裂音が鳴り響いた。

 初めは小さな光が弾けていたかと思うと、稲妻のような形を伴い、超高速でグリウルに向けて奔って行く。

『……な!?』

 グリウルが避ける暇も無く、稲妻がその身体を貫いた。

 一瞬、魔王の小さな身体がビクンと跳ね上がったかと思うと、魔王が溜め込んでいた紫色の光は弾けて四散し、まるで浮遊の仕方を忘れたかのように、グリウルは浮力を失い、講堂の床面へと落下していく。


 ズンッ、と小さな身体が床面を跳ねた。

 それでもどうにか起き上がったグリウルだったが、稲妻の影響なのか、己の手を見つめ震えている。

『……何が……貴様、何を……』

「……何が起こったんだ?」

 平太郎は目の前の状況を理解出来ない。しかし、無敵にも思えるバリアを張っていたあのグリウルに、ダメージが通ったことは間違いが無いようだ。


「ヘータロー様、今です!」

 サーリに声を掛けられ、平太郎は促されるように手にしていた杖を振り上げた。

 そして、頭の中に燃え盛る火球をイメージし、グリウルに向けて振り下ろす。


 ボォン! 


 と、グリウルが吐き出した火球とは比べものにもならない、小さな火の玉がグリウルに向かって突き進んでいく。

 シュルシュルと音を立てて直進する火の玉に、グリウルが反応した。またしてもあのバリアによって阻まれるかに思われたが、バリアの壁は発動せず、火球はグリウルの顔面に直撃、小さな爆発を起こし、グリウルの頭を揺らした。


 僅かな黒煙。

 与えたダメージは、恐らく数値にすれば僅かなものだろう。

 しかし、それで十分なようだった。

 グリウルはそのまま仰向けに倒れ、動かない。


「やった! やりました! ヘータロー様!」

 サーリが横で小さく飛び上がる。

「本当に……?」

 平太郎はそれでも半信半疑だった。

 まさか、あんな小さな火の玉で、魔王と呼ばれる者を倒せたとは思えなかった。


 疑念を抱きつつ、そっと魔王に近づいていく。

 魔王は一向に起き上がる気配を見せず、目を閉じている。気絶しているのだろうか、その姿はすやすやと眠る少年のようだった。


「……そうか、子供……なんだもんな」

 あのバリアが無ければ、耐久力は子供と同じ――と言うことか。

「おいおいおい! お前さんたち、やるじゃねえか!」

 バルが魔王を見下ろしながら、平太郎とサーリの肩を叩く。

「ヘータロー様です! ヘータロー様がやりました!」

 サーリは得意げに笑みを浮かべた。


 程なくして、ガチャガチャと音を立てて、二つの影が講堂へ滑り込んできた。 

「おう、遅かったな!」

 バルが手を振る。

「……どうなっているんだ!?」

 赤の勇者フリウは、突っ伏している魔王を見て言った。

「勇者の出番は無かった……ってことかしら」

 魔法使いのララィが口の端を曲げる。

「一体どうやって……」

「それは……俺にも良く分からねぇんだけどな」

 フリウの疑問を解消するべく、バルは女子生徒を指差した。

「あのお嬢ちゃんが何かして、この英雄様が攻撃をぶち当てたのさ」

「……彼女が?」

 勇者一向の視線が女子生徒に集中する。

 当の彼女と言えば、倒れこんでいるチュウを介抱しているようだった。眉をきつく寄せていて、あまり芳しい状態では無いことが伺える。

 その周りに、うちの学校の生徒なのだろう、制服を着た三人の女性の姿もあり、皆が心配そうにチュウの様子を見守っている。


「ちょっと、見せてごらん」

 ララィはチュウの側に歩み寄った。

 それに倣うように、サーリと平太郎も駆け出す。

「……なるほど、これなら大丈夫かも」

 ララィはチュウの側に腰を落とすと、懐から小さな小瓶を取り出し、彼の唇へ宛がう。抵抗しようとした女子生徒をサーリが宥めている隙に、液体をチュウの口内へと注いだ。

「しばらくすれば良くなると思うわ」

 ララィが言い、サーリが翻訳する。

 それを聞いた女子生徒は、眉を寄せつつも、一つ大きく息を吐き出した。


「魔王に止めを」

 後方で、フリウが手にしていた剣を魔王の喉元に宛がった。

「待ってください!」

 そう言ってフリウの元へ駆け寄ったのは、サーリだった。

「止めを、刺さなければいけませんか……?」

「それは、当然でしょう。この機を逃せば、次は無いかもしれません」

「でも……まだ、子供なのに」

「グリウルのやってきたことを考えて下さい。貴女の国も大きな損害を受けています。国を守るため、倒れていった兵の為にも、ここで魔王を討つのが正しい選択でしょう」

「……それは、そうです」

 サーリは俯き、目を閉じた。

 そして、しばらく逡巡した後、顔を上げる。


「ですが、魔王として生まれていなければ、きっと、彼にも別の道があったのではないかと、私は思うのです」

「別の……道?」

 フリウが首を傾げる。

「魔王が、例えば人間のように生きていくってこと? それって幸せなのかしら」

 ララィは少し惚けた様に言った。

「……分かりません。何が幸せであるかは、私には。ただ、選択する権利は、あると思うんです。この小さな魔王はきっと、魔王である以外の道は無かった筈なんです。だから、彼は国を襲った。でも、もしも魔王である以外の、他の道もあるのだと知ったのなら、ひょっとしたらそちらを選ぶ可能性だって、あるんじゃないかと思うんです。それを見せてあげることは、出来ないものでしょうか……?」


 サーリの言葉が、講堂内に小さく響く。

 それは、理想論だ。

 この状況で発せられたその言葉は、人間側に寄った理想論で、あまりにも甘過ぎる。恐らくは発言した彼女でさえ思っていることなのではないだろうか。


 けれど、その理想を口にすることが、このサーリという女性の負った役割なのだと、平太郎は感じていた。


 それが、勇者達にも伝わったのだろう。誰しもが口をつぐみ、一言も発さない。

「でも、上手く行きませんでした、じゃあ困っちゃうのよね」

 ララィが言う。

 その言葉を聞いて、フリウは大きく頷いた。そして再び、魔王に剣を宛がう。

「待ちなさい!」


 重苦しい雰囲気を断ち切るように声を上げたのは、先ほどの女子高生だった。

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