援軍



 援軍は、思いもかけぬ方角からやってきた。

 日本のBLが、海外でひっぱりだこだという。


 火付け役は、カナダのハーレキング社だった。

 日本BLの翻訳物が、英語圏で、大人気を博したのだ。


 例の、胸毛BLである。

 特に、受けの胸毛が、繊細なのに猛々しい魅力がある、よくぞ書いてくれたと、大評判になっている。



 「さすが、芹香ももな先生ね! 目の付け所が違うわ!」

典子が満足げに笑った。


 「経済産業省に、クールBL室設置、ですって」

ネットニュースをザッピングしていた古海がつぶやいた。

「内閣官房では、クールBL戦略担当大臣も設けるらしいです。少子化対策担当大臣に代わって」

 「藤堂さん、怒ってないのね」


 あれから、政府からは何も言ってこない。

 典子の父親、一乗寺社長のところへ、何らかの話が言った様子もない。

 モーリス出版社に家宅捜査が入ることもなかった。


 チョコレートの包み紙を剥がしながら、典子が言った。

「よかったわね、古海。結果として、藤堂さんもBLに目覚めたようだから……」

「お誉め頂かなくて結構です、お嬢様」

きっぱりと古海は言った。


 これら海外の動きにより、日本政府のBLへの圧力はなくなった。

 むしろ今では、BLは、有望なコンテンツ産業として脚光を浴びている。


 BL専門出版社は息を吹き返し、書店はまた、BLを店頭に並べだした。

 以前よりもっと、おおっぴらに。

 エンタメの棚、売れ筋本のフロアに。


 モーリス出版社は存続し、それどころか、収益を上げていた。

 BL冬の時代にも、しつこく直売で売り続けたのが、全国の読者及び書評子に評価されたのだ。


 その一方で典子は、ピカリエへのBL図書館設営を撤回した。

 代わりに、シブタニのサクラバラ地区にある邸宅を購入した。

 回廊式庭園を有し、大正ロマン漂う邸宅である。

 ケチのついたピカリエは見捨て、ここにBL図書館を設営しようというのだ。


 サクラバラ地区は、5年後の再開発が予定されている。

 それに先駆けて、閑静な隠れ家的腐女子の館を造るのだと、意気込んでいる。


 図書館の司書には、山田ハナコに来てもらうことになっている。

 意外なことだが、この元公安のスパイは、きちんと司書資格を取っていた。



 「さあ、忙しくなるわよ!」

チョコレートで口の周りをべたべたにし、典子が張り切っている。

「作家さんたちは、フル稼働だわ。もちろん印刷所も。取次ぎからの注文が、ひっきりなしだから」



 「え、典子さん、これ……」

メーラーの受信リストを見ていた直緒が、驚きの声をあげた。

「森絵梨先生に、たかたかき先生……原稿添付しますって! 本当に?」


 どちらもBL界のカリスマ的トップスター作家だ。

 本来なら、到底、モーリスなどに書いてくれる作家ではない。


 にっこりと典子は笑った。

「ええ。私が原稿を依頼したの。他にも、有名どころの先生方に、どっさりと」

「すごい、典子さん! いつの間に」

「一番大変な時に、BLを手放さなかった作家さんたちよ。だからわたしも、その志に報いようと、」


「大手出版社から干された時期を狙って、モーリスに取り込んだわけですね。普通にお願いしても、受けてもらえないから」

ぼそりと古海がつぶやいた。

「おかげで私は、日本全国ドサ回りの旅でしたよ。……突然いなくなってしまうお嬢様、あなたを探して」


 惚れ惚れと、直緒は典子を見た。

「やっぱり、典子さん! あなたは素晴らしい人だ。僕は一生、あなたについていきます!」

「直緒さん、またそういうことを。……仕方ない。それなら私も」


「萌える本を、たくさん出しましょうね!」

典子が両手をこすりあわせた。

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