仕事が早い



あー、私は、一乗寺建設社長にして、一乗寺財閥総帥である。



このたび、わが愛娘、典子がアップロードした小説の、応援に駆けつけた次第である。

私の娘がアップロードしたからには、きっと素晴らしい小説であろう。

衷心から、推薦する。



典子は、可愛い可愛い、私の娘だ。

親だからこう言うのではなくて、客観的に見て、非常に可愛い。

誰が見てもかわいい、素晴らしい娘なんだ。



……おい。そこのお前。

典子に近づくなよ。まあ、近づこうとしても無駄だが。なにしろ、屋敷の奥深く、厳重に隠しているからな。

番犬もつけてあるし。



思い起こせば、典子10歳の誕生日。

今もそうだが、昔から、賢い子だった。

だから私は、わが子の才能をもっともっと伸ばすために、100万円をプレゼントしたのだ。

好きに使えるようにな! 私は、子どもの自主性というものを、大切に思っている。


この金で、服や宝石を買って、かわいらしさに磨きをかけ、周囲の目を楽しませるのもよし、

学校の先生に付け届けて、成績を上げてもらうもよし。

バレエ教室のスタッフに手渡して、主役の座を射止めてもいいな。

主役をやるのは、かわいらしく生まれた子の、当然の権利だが。


そしたらまあ、あの子は。

株取引の元金にするなんて!

さすがだ。

さすがわが娘!

しかもその株が、馬鹿みたいに値上がりして……。

運も才能のうち。


で、あの子は、出版社を作ったんだ。

17歳の時だ。

ん? 典子は、高校になぞ、行ってはいないよ。

ははは。君、知らんのかね。教育というものは、家庭でするものなのだよ。

それが、上流階級というものだ。

しかし、今の日本は、義務教育とかで、中学までは学校に通わせなければならなかったが。

ったく、そんなところで、くだらない男にでも引っかかったら、どうしてくれる!


……

話がそれた。

作ったのが、出版社、というところが、すごいだろう? おもちゃ屋さんやお菓子屋さんじゃないんだ。

まあ、吹けば飛ぶような小さな会社だが、それでも、もう、5年も続いている。

出版の話はよくわからないが、それって、すごくないか?



え? どんな本を出版しているか?

もちろん、誰が読んでも、有意義で為になるものばかりだよ。そもそも本って、そういうものだろ?

本は、商品じゃない、文化財だ!

特に、典子の出版している本は、人類の発展のために、欠かすことのできない、子々孫々の代まで伝えられる、まさに教科書、いや、学術書、まてまて、学芸書?

えーと。

そうそう、芸術だ!

人の心をつかんで離さない、芸術なのだ!



不幸にして私は、本を読み始めると、必ず3行で眠ってしまうという奇病を患っている。だから、未だ、一冊も読んだことはない。

だが、私の言葉に、偽りはない。

典子の出版している本は、未来に伝わる、日本の至宝なのだ。



典子。

パパは、いつだって、典子の仕事を応援しているぞ。

この間だって、印刷所を買ってやったろ?

なに、あんなのは、はした金だがな。

もっともっと、お前の為に、いろんなことを、パパは、してあげたい。


出版した本に、出版界の横綱、塵山ちりやま賞を取らせたいのなら、主催者を買収する用意はできている(あ。この間、私が紹介した作家が、塵山賞をとったな。典子の会社から出ている本で取らなかったのが、痛恨の極みだが。でも、パパは、いい作家を紹介してやったろ?)。


人気がほしければ、うちの社員にハッキングさせて、アクセス数を大幅水増しさせてやる。わが社には、ステマの専門家だって、いるんだぞ。


なんなら、この国の総理大臣をはじめ、各大臣たちに推薦文を書かせることだってできる。

なにしろ私は、天下の一乗寺財閥、総裁だからな!

わっはっはっはっは!



ところで、この、最新の小説だがな。

なんでも、ヒモノを腐らせるという話らしいじゃないか。

ヒモノだけに、きっと、目からウロコの本であろう。クサヤのように味わい深い話であること、請け合いだ。



皆さん。是非、わが娘のアップロードした小説を、どうか、よろしく!





こんなんでいいか?

この動画を、明日の6時のニュースで流すんだろ?

緊張したなあ。

まあ、テレビの撮影は、慣れている。だが、典子に関する限り、失敗は許されないからな。


うん、大丈夫だ。フロック着用だし、化粧だってしてきたんだから。


テレビ局の連中を呼んでもよかったんだが、わが一乗寺財閥は、人材の宝庫だからな。

当然、映像のプロもいる。

それになにより、ここは、一条寺家別邸、典子のオフィスだ。

男のスタッフでも来たら、大変だからな!



ところで、肝心の典子は、どこにいるのだ?

即売会? 狩り?

ああ、仕事か。

大変だな、出版業というのも。



典子に、大変な思いをさせるのは、本望ではない。

本当は、出版の仕事なんて、やらせたくはないのだ。

でも、私は、典子に嫌われたくない。

だから、理解ある父親のふりをしている。


父親って、本当に、辛いな。


だが、仕方がない。

愛らしく、有能な娘をもってしまった親の、これは、宿命だ。私はこの、心配で心配でしようがない気持ちを、じっと耐えるしかないのだ。



え? 何が心配なのか、って?

著者の中には、男だっているだろう?

取引先とか、下請け会社とか、絶対、男がいるはずだ!

典子の身の回りに、男がうろちょろしてるなんて!

考えただけで、不眠症になりそうだ。



あれ?

古海もいないじゃないか。

あいつに、聞きたいことがあったのに。

うん、典子が新しく雇った社員のことだ。

……男だっていうじゃないか。

それも、かなりの美形だって、別邸のメイドが。本宅のメイドたちまで騒ぎおって。



ったく。

美形だと?

顔なんて、ついてりゃいいんだ。

私を見ろ。

鬼瓦のようだと評判だが、それでも、私は、日本一の財閥の総裁だし、若い、美人のヨメだっているじゃないか。

男は、顔じゃない。大事なことなのでもう一度言う。

顔じゃないんだ!



男の社員だというだけで、気に入らないのに、そいつが美形とは。

……気に入らん。パパは、気に入らんぞ、典子!

お前のすることは大概許すが、社員といったらあれだ、毎日顔を合わせるわけだろ?

何度も言うようだが、お前はかわいい。

万が一、相手がヨコシマな思いを抱くようになったら、

……抱くに決まっている! なにしろお前は本当に愛らしく、その上、清純な乙女だからな!

……パパはいったい、どうしたらいい?



古海は何をやってるんだ!

あいつの一番大事な仕事は、典子に男を近寄らせないことだろ!

なのになぜ、典子の部下が男なんだ?

前は、女だったじゃないか。私も一度だけ会ったことがあるが、有能そうな女子社員だったぞ。



あっ!

噂をすれば、窓の向こうに古海!

ん? 一緒にいるあれは……、

あれが、典子の雇った新入社員か。

ほほん。思った通り、気に食わない顔だ。

男は顔じゃない。顔じゃないんだぞ!



……? 古海。何を嬉しそうに。

あいつが笑ってるのを、初めて見たぞ。

なんだ、その、締まりのない顔は。

ああ、あ、にやけちゃって。

そうしてると、年齢相応に見えるな。

普段は偉そうに、この私に、説教などするくせに。


あっ!

あ、あ、あーー!

ああ~~~~~っ!

み、見ちゃった。

お前も見たろ? なに、平然と……ああ、前にも見た、って、おいっ!


古海が女に興味がないのは知ってたけど、

だから、典子の近くに置いているのだけれど、

よくまあ、相手を見つけてくるもんだな。


……? あれは、典子の部下……、

……! そうか!


さすがだ、古海!

仕事が早いな!

典子の男除けとして、立派に機能してるじゃないか。

そうやって、典子に近づく男を、片端から、使いモノにならなくしてるわけだな!


うん、わしの目に狂いはなかった。

お前ほど、典子の護衛として、適任な者は、いないぞ!

よーし、さっそく昇給を検討、


……あ。

相手の男がこっちを見てる。


あっ!

ダメじゃないか、古海。振り払われてるぞ。


あ、あ、あ。

そこまですることないだろうに。

同じ男として気の毒になるぞ。

あ、相手も男か。ひどく赤い顔をしてるな。私に見られて、よっぽど恥ずかしかったんだな。


しっかりしろ、古海!

ああ、あ。

逃げられた。

ダメなやつ。

わが、一乗寺グループに、無能な人間は必要ない。


……でも。

……古見をクビにすると、いろいろ困るし。

……本業も、もちろんだが、

……典子の将来を考えると。

……創もだが、

……なにより、若いイケメンを、典子の周りに、ウロチョロさせるわけには、いかん!


おい。

古海に伝えとけ。

あのきれいな男をしっかり捕まえとけ。さもなくば、減給120%だと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る