2話―選定の儀―

「あれか?」


先ほどの少女に教えられた道を走っていくと、すぐに赤い建物が目に入った。

ルクゥルは安堵感から少し気持ちが軽くなるのを感じる。が


「どうやって入っていけばいいんだ?

この際悪目立ちしちゃうのはしょうがないとして……」


赤い建物の前まで来ると、また新たな不安が生まれてくる。

建物の前で少しの間逡巡していると


「おい!」


急に誰かから呼び掛けられる。

声の方を向いてみると血のような赤い髪の女性が腕を組んでこちらを睨んでいた。


「お前、新入生だよな?

なんでこんなところで遊んでんだ?」


問い詰められながら距離も詰められる。

身長は……170前半、ルクゥルよりも少し高いくらいだろうか。

だが身長は同じくらいなのに、それ以上の威圧感がある。


制服ではない。

おそらくは教師だろう。

ラッキーかもしれない。


「すみません。集合時間に遅れてしまって。入学式の会場ってここですよね?」

「なんだよ、遅刻かよ」


教師と思われる女性は面倒くさそうにため息をつく。

本当にこんな時間にこんな場所で新入生が遊んでいると思っていたのだろうか?


「まあ、いいや。付いてこい」


女教師は顎でしゃくるとすぐに歩き出す。


赤い建物の外観から予想はしていたがやはり、いや予想以上に中は広かった。

劇場のように一段毎にずらして配置された椅子はもはや、数えようという気すらおきない。

そして、その椅子のほとんどが生徒によって埋められていた。


「うっ」


想定はしていたが、ルクゥルはつい声をもらしてしまう。

後ろの方――入口の近く――に座っていた生徒たちに気付かれ衆人環視に晒されてしまう。


「そんじゃ、ここに座ってろ」


そんな状況を全く意に介していない女教師が淡々と最後列の一席に座るよう促す。


「ここですか?」

「不満か?」

「いえ……」


席はかなりの数が埋まっているが最後列に座る者はいない。

その前の席には1人だけだ。

生徒たちはできるだけ前の席に座りたいのだ。


自分だってそうだ。

選定の儀をもっと近くで見たいし、できるなら早い順番で選定の儀を行いたい。


選定の儀は早く受けるほどランクが高くなる。


という噂は、ルクゥルの田舎ですら聞く話だ。


あらかじめ素質のある者を前の席に配置し、早い段階で素質のある者の選定を終わらせてしまう。

そして、そのマナが充満している間に選定の儀を行えば自分も通常より高く評価されやすくなる。


無論、根拠も何もない本当にただの噂である。

だが高いランクで評価される事は軍人になることへ直結している。


レテジアにおいてマナ・レテジアを卒業し、魔獣と戦う事になる職は大きく分ければ3つ。


軍人、傭兵、そして農民である。


軍人と傭兵は魔獣と戦う事を生業にしているのだから当然である。


農民は基本的にはレテジアという国の本土と領土を拡げた際に作る最前線の拠点の間の土地――村――で暮らしている。


税金などに関してもかなり軽減されており、生活が苦しいということはない。

だが拠点などをすり抜けた獣がときおり村に入ってくることがある。


獣でも珍しいが極稀に魔獣が入り込むこともあるのだ。

そんなものと戦う可能性を考慮し、マナ・レテジアでは15歳を迎えた少年、少女を分け隔てなく受け入れている。


そして、軍人と傭兵。

この2つの職業は、どちらも魔獣を狩ることがメインの仕事となる。

だがこの2つには、大きな違いがある。


それは、軍人は国に仕えているが、傭兵は違うということだ。


軍人になれるのは、ある一定以上の力を持つ者だけである。

レテジアは、軍人が他国に流れないよう多額の給金を払っている。


請け負う仕事こそ、難度の高いものばかりだがそれでも魅力的なほどにだ。


対して傭兵には、安定した収入はない。

常に魔獣との戦いに身をおかなければならない。

それでもなるものは後を絶たないためにライ バルも多い。


だからこそ、高く評価されたいのだ。

例え噂でも少しでも可能性があるのなら……


なんとかもう少し前に座りたい。

といっても、ほんの数列前に出るだけだ。

ほとんど変わらないだろう。

だが最後列よりはましだ。

そう考え、ルクゥルは自分の後ろに立つ女教師に向き直る。


「お前は運がいい」

「え? 運……ですか?」


突然話しかけられ思わず聞き返してしまう。


「始まるぞ」


続けられた言葉につられ、前へと向き直る。

椅子の並ぶ最前列の前に広がる広大なスペース。

そのさらに奥にある演台に、女性の姿があった。


「新入生の皆さん、マナ・レテジア――レテジア本校への入学を、心より歓迎します」


挨拶が始まると同時に、彼女の後ろに大きなヴィジョンが浮かび上がる。

ヴィジョンには演台の女性の顔が映っている。


目の前で起こった出来事に会場がざわつきはじめる。

ルクゥルだってそうだ。

もし自分があの群衆の中にいれば、この驚きも今なお止まないどよめきの一部になっていただろう。


「毎年だが、大げさな奴等だ」


後ろの女教師が嘆息したようにもらす。


「あれって、何なんですか?」

「あん? 魔法だよ、ただの魔法」


すぐに答えがかえってくる。

この驚きを質問に変えることができたのは、幸いだろう。

前でざわついている人たちよりも早く冷静になることができた。


そして、演台の後ろに浮かぶヴィジョンを改めて眺めてみる。

若い……

後ろの女教師と同じくらいだろうか。

やもすれば自分と3つも違わないくらいの年齢にも見えるのだ。


もしかして、教師じゃなくて先輩か?

などと考え、後ろの女性に確かめてみる。


「あの、先輩……」

「先輩だぁ? 私は教師だ。

呼ぶならそうだな……ユラ先生だ」

「ユラ?」

「先生をつけろよ?」


聴いてもないのに名前まで教えられる。


「あの、ユラ先生」

「なんだよ?」

「あの人も教師なんですか?」


言いつつ演台でニコニコと喧騒が止むのを待っている女性を指差す。

と、女性と目が合い微笑みかけられる。

俺は、咄嗟にユラ先生の方に向き直る。


「……ああ、あいつはな、このレテジア本校の学園長だ」


ルクゥルは絶句しつつまた学園長と言われた女性を見る。

もうこっちは見ていなかったが、どう見ても若すぎる。

この学園、大丈夫なんだろうか?


などと考えている間に会場のざわつきも収まってきていた。

すると学園長は笑顔を崩さずに話を進める。


「では、新入生の皆さんに自己紹介をしておきますね」


学園長は、一度新入生全員を見渡す。


「学園長のエリス=レテジアです」


本当だった。

再び、会場がざわつくが今度は学園長は構わずに話を続ける。

魔法で拡声しているのであろう声は会場全体に響き渡るが不思議と耳には障らない。


「皆さんにはこれより、選定の儀を受けていただきますが、注意事項が2点」


選定の儀における注意事項。

その言葉に会場はすぐさま静まる。

すると学園長は満面の笑みを浮かべ、話を続ける。


「選定の儀を受ける際に、こちらから席にある番号を言いますので、皆さんは番号を呼ばれるまで席を立ち上がらないようにお願いします」


「もう一点は、選定の儀を終えた生徒は奥にある出口から外に出て、そこにいる教師の指示に従ってください」


2つの注意事項を聞き終えた生徒らが一斉に自分の席の番号を確認する。

ルクゥルも一応確認してみる。


(F―216……泣きそうだ)


注意事項を終えると学園長は席と演台の間に広がるスペースへと歩き出す。

その手には2本の剣のようなものが握られている。

そして立ち止まると笑顔で言い放つ。


「それではこれより、選定の儀を始めます」


会場に緊張感がはりつめる。


「アリシア=クロム=レテジア様、前へお願いします」


席の番号と言いつつ学園長は名前を告げる。

本来であればこれには誰も驚かない。

だが、今年は違った。

今日一番のどよめきが起こる。


選定の儀はまず、新入生の中で最も家の格の高い者が受ける。

普段なら地元の貴族であろう。

だが今年は違った。


名の後に家名そして、その後に国名が付くのは王族のみである。


名を呼ばれた少女が学園長に歩み寄る。

返事はしたのだろうが、この喧騒に掻き消えたのであろう。


そして、少女は学園長から剣を1本受けとる。

先ほどまではざわついていたが、いざこの時を迎えて皆押し黙って2人を見守っていた。

恐ろしいほどの緊張感の中


「アリシア=クロム=レテジアです。

よろしくお願いいたします」


少女――アリシア――の澄んだ声が響く。


瞬間――彼女は学園長に剣を渾身の力で叩き込む。


何が起こったのか?

理解できない。

だが誰も声を発することができない。


「アリシア=クロム=レテジア様。

数値は3428、評価はSランクです。

おめでとうございます」

「ありがとうございました」


アリシアは学園長に礼を言うと演台の手前あたりで待機する教師のひとりのもとまで歩きだし、共に出口の方へと向かっていく。


「では、これより席の順に選定の儀を始めますね」


学園長の言葉に続くように2本の剣を持った者たちが十数名、先ほどまで学園長がいたのと同じくらいのラインに並ぶ。


そして、


「Aの1番」

「Bの1番」

「Cの1番」…………


と、前から順に生徒を呼び集める。


(この分だと俺の番はまだまだ先だ)


ルクゥルはしばらく、選定の儀を受けている生徒たちを眺めていたが、ふと未だに後ろに立つ女教師――ユラ先生――に意識を向ける。


その気配に気づいたのかユラ先生に先に話しかけられた。


「なんだ? 暇なのか?」

「いや、暇ということはないですけど」


正直に言えば、暇だ。

最初の方にSが数人、そこからCやB稀にAといった評価の生徒もいたが、全体でも50人もいない。

そこからはほとんどがFクラス、たまにEとDである。


「今年はSクラスは5人……豊作だな」


ユラ先生が呟く。


「5人って多いんですか?」

「ああ、大豊作だな。といっても17家と王族と貴族から5人だがな」


ユラ先生が嘆息する。


「何でアークランド校じゃなくてレテジア本校に王族の方が来てるんですか?」


ルクゥルは素直な疑問をぶつけてみる。


レテジアには、レテジア本校とアークランド校を含めマナ・レテジアが6校存在するのだが、アークランド校は唯一入学する生徒に制限がかけられている学園である。


それは王族、貴族、または17家の家系の者だけが入学できるというものだ。

17家とはかつてレテジアが建国の際に活躍した者たちの末裔たち。


王族、貴族、17家の家系からは能力者が生まれやすく、それらをアークランド校に集め英才教育を施す。


だからこそ、王族の者がアークランド校ではなくレテジア本校に来ているというのが理解できない。


やはり難しい問題なのか、ユラ先生は少し考えた後


「17家の1つ、タケガミ家がレテジア守護の任についてんだが、そこの当主が娘をレテジア本校に入学させたいって言ってな。タケガミ家の縁の家や分家なんかもまとめて入って来たんだか……」


そこで一度区切り、また話しはじめる。


「クロム家はタケガミ家と懇意でな、アリシア様がタケガミ家にいる親友と一緒に通いたいってな、本来なら誰か止めるんだが……」


ユラ先生はそこまで言って


「言いふらすなよ!」


釘を指してきた。


「そこまで教えてくれたのに?」

「言いふらすようなことでも隠すようなことでもないからな」

「よくわからないけどわかりました」


仕方なく納得することにする。


「そろそろだな」

「ようやくです」


かなりの数がいた生徒もほとんどいない。

もはや数えるのも容易である。


「ま、これもなんかの縁だ。

応援はしといてやるよ。頑張れよ」


ユラ先生はルクゥルの肩をポンと叩くと未だ選定の儀を行っているスペースの方へと歩き始める。


「私にも受け持ちの生徒がいるからな。あんま待たせんのも悪いだろ?」


と、まるでルクゥルの心情を読んだかのように振り向きもせずに話す。


選定の儀を行っている場所に目を向けるともう終わったところもあるようだ。

後ろから2列目にいた少女も呼ばれており、座っているのはルクゥル1人だけである。


そして、Fの座席の選定を行っていた教師と目が合う。

かなり怪訝な目付きで見られている気がする。

おそらく離れた位置に座っているせいで何番の席か咄嗟にわからないのだろう。


そこに、横を通り抜けようとしたユラ先生が、教師に何事か話しかけている。

すると


「Fの216番」

「はい!」


ついに呼ばれた。


慌てて階段を駆けていく。

だが、教師の前に着いた時には他の生徒は皆選定の儀を終えており他の教師たちまでこちらに注目しているというかなり恥ずかしい状況である。


「これを」

「はい」


教師から刃のない剣を渡される。


いよいよだ。

ルクゥルは、他の生徒たちの様子を思いだしそれを真似る。


「ルクゥル=エアヴェイルです。

お願いします」

「どうぞ」


教師が構える。


ルクゥルは剣を構えると、体内のマナをかき集める。

そしてそのマナで身体を包み込む感覚。

じーちゃんに教わった技術だ。


「ほう……」


教師も思わず感嘆の声を漏らす。

ルクゥルは少し笑みがこぼれそうになるのを抑えつつ、十分なマナを集め終えると迷わず教師に向かっていく。

そして、上段に構えた剣を力の限り振り抜いた。


ガギィッン


という金属音とともに受け止められる。

手が痺れる。

これほど力を込めた一撃を受け止められるという初めての感覚に少し興奮する。


(手応えはあり)


教師の反応もそうだが、何より打ち込んだ感じで分かる。

会心の一撃だ。


「ルクゥル=エアヴェイル。

数値は28、ランクは……ん?」


淡々と機械的に結果を告げようとしていた教師の口が止まる。


「28?」

「28?」


聞こえた数字をそのまま口にしてしまったルクゥルと、自分で言った数字を確認しようとした教師の声が重なる。


いやそれよりも


(28って何だ? Fクラスで下の奴の数値でも2桁後半だったんだぞ?

それが、28って……)


「どうかしましたか?」


聞き覚えのある声に顔を上げると、学園長が目の前まで来ていた。


「学園長。実は彼は、その、使えるようなのですが数値が、その……」


かなり歯切れの悪い言葉だ。

こんな事は初めてなのだろう。


「見せてください」


学園長は教師から剣を借りるとまじまじと眺め始める。

すると、ルクゥルに向き直りニコリと微笑みかけた。


「あの……」

「もう一度選定の儀を行いたいのですが、構いませんか?」


ルクゥルの言葉よりも早くそう告げられる。


「えっと……お願いします」


ルクゥルは頭を下げる。

こんな不本意な結果のまま終わりたくない。

この申し出はむしろ願ったり叶ったりだった。


「では、名乗りからお願いします」

「はい」


今度こそ失敗するわけにはいかない。


「ルクゥル=エアヴェイルです。

よろしくお願いします」


ルクゥルは、先ほどよりも多くのマナを集めようと集中する。


そして、これならというレベルまでマナを集めた。

これでダメなら諦めが付く。


先ほどと同じように学園長に突進する。

そして先ほどよりも鋭い斬撃が学園長に向かう。


キィィィン


という澄んだ金属音が会場内に響き渡る。

先ほどの会心の一撃を上回る一撃。

それが恐ろしいほどあっさりと受け止められる。

そして自らが握る剣のみを見続けていた学園長がこちらを向きふっと笑う。


「ルクゥル=エアヴェイル

あなたのクラスが決まりました」


ルクゥルは黙ってその先の言葉を待つ。


「おめでとうございます。

Sクラスです」

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