第8話 新世界は旧世界
その話は、唐突に出てきて、星奈にとっては予想外だった。
「さて、これからの俺たちの方針についてだが、みんなはどうしたい?」
冥人が突然こんなことを言ってきた。
「どうしたいって・・・何が?」
星奈の質問に、冥人が答える。
「俺たちは、ハッキリ言って世界で最強無敵だ。どんな軍隊が敵に回っても、俺たちは一瞬で殲滅できるだろう。この際言ってしまうが、俺はあえて聖剣隊に首輪をかけた。そうしなければ、世界は俺たちを恐れて、あからさまにご機嫌を取るようになるだろう。実際、俺の周りでは、こういう連中が後を絶たない。俺たちは世界の独裁者にすらなれてしまう。これは俺の望みではない。みんながどうかは知らないがね。」
「独裁者ねぇ・・・。」
「なりたいのか?星奈。」
「全然。」
六人組の聖剣隊ですら足手まとい筆頭なのに、そんな自分が世界を牛耳れるわけがない。独裁者というと悪いイメージもあるので、嫌われ者にはなりたくない、という心境もあった。
「冥人なら世界を牛耳れると思うけど?」
「よしてくれエファ。俺はへいこらしてくる世界の要人たちを見てるんだぜ。気分が悪いったらない。」
「じゃ、どうすんだ?」
「簡単だよジョセフ。俺たちが普通の人間に戻ればいい。こうやって。」
冥人は『杖』を両手で水平に持つと、振り下ろしながら『杖』を膝でへし折ってしまった。断面から、ぱらぱらと歯車やよく分からない部品がこぼれ落ちる。
全員があっけにとられた。これでもう冥人の『杖』は使えない。確かにこれで、冥人は普通の人間に戻った。これは同時に、聖剣隊の他のメンバーが暴走しても、冥人には止められないことを意味する。
「冥人・・・」
「これでいいのさ。内緒にしていたが、この『杖』の力で、随分と後ろ暗い依頼もこっそり受けていたからな。ようやく足を洗える。」
そんな冥人の目は、確かに安らかで、解放されたという気持ちがにじみ出ていた。
押し黙る聖剣隊で、その沈黙を破ったのは、星奈だった。
「せいっ」
気合い一発、冥人と同じように、『杖』をへし折った。
「お、おい星奈・・・」
「どうせ私には必要ない力だもん。人殺しができるわけじゃなし、持ってたって無駄無駄。むしろ誰かに盗まれて悪用されるくらいなら、壊しちゃった方がましだよ。」
「なるほど、確かにその通りだ。では俺も。」
そう言って、ハシムも『杖』をへし折る。
「ハシムもいいのかよ。」
「愚問だなジョセフ。本来、炎で人を裁けるのはアッラーのみとされている。つまり、俺は禁忌を犯していたということだ。これ以上の罪はない。許されるとも思えんが、これ以上罪は重ねたくない。」
ハシムらしい理由だと、みんな笑顔になる。が、その笑顔も長くは続かなかった。ハシムの暖房機能がなくなったため、一気に寒くなる。急激な冷え込みに、全員がガタガタと震える。
「・・・すまん。想定外だった。」
「お前さんも意外と抜けてるね。」
「そういうジョセフはどうなのさ。前に言ったように、『杖』の力で大泥棒にでもなる?」
「よくそんな話覚えてるじゃねえか、星奈。ま、ガラじゃなくなっちまったからなー。」
そう言ってジョセフも、『杖』をへし折った。
「ま、後のことはこれから考えるさね。エタニはどうすんだ?」
「私の神はいなかった。海の底にもルルイエなんてなかったし、狂気の山脈はトカゲの城だった。もううんざりね。教団を抜けて、平凡に暮らすわ。」
言いながら、エタニも『杖』をへし折る。
「後はエファだが・・・今なら止められるものは何もないぞ。」
「愚問ね。」
エファも『杖』をへし折る。
「正直、研究対象に欲しいところなんだけどね。まぁ、いずれ人類も自力でたどり着けるでしょ。これ以上恐竜人の世話になるわけにはいかないわ。」
全員が英語でしゃべっている。星奈もなんとか話について行けて、いざというときの英会話教育が無駄にならなかったことを感謝した。
「では、本部に戻って最後の仕上げだな。聖剣隊の解散を宣言しなくちゃいけない。」
「離ればなれになっちゃうんだね。ちょっと寂しいな。」
「付き合ってせいぜい数年。だが、最後に全員の力を合わせることができた。それで十分な成果だろう。」
「で、重要なこと、忘れちゃいねえか?」
「重要なこと?」
この期に及んで、ジョセフにはまだ何かあるのか。
「星奈おごりの解散パーティーだよ。関係者のみんなも呼んで盛大にやりたいねー。」
「はぁ!?ちょっと待ってよ。パーティーは私の復帰祝いでしょ!聖剣隊がなくなったんだから、これも無し!ご破算!」
「いや、復帰祝いがなくなったからこそ、代わりのパーティーを開くべきだろう。前にも言ったがな、カネに汚いといい死に方をしないぞ、星奈。」
「どっちが汚いのよ!そもそも女の子におごらせるとかどういう神経してるのさ!」
「星奈は守銭奴だったのね。覚えておきましょうか。」
「星奈、お金っていうのは、貯めるだけじゃなくて、こういうときにはパーッと使うものだよ。」
「誰も私を擁護してくれないの!?なんなのよコイツら!」
「星奈・・・」
「め、冥人・・・」
やはり同じ日本人。冥人だけが星奈を守って・・・
「ごちそうさん。」
とてもいい笑顔で、星奈の肩をポンと叩き、もう一方の手でサムズアップ。
星奈は産まれて初めて、本気で人を殴った。
その後の世界は慌ただしかった。『杖』を失い、解散宣言をした聖剣隊。国連は大きな戦力を失ったことになり、それにかこつけて新たなテロリスト集団が生まれたりしていた。目の上のこぶがなくなった大国は、これ幸いと権力の掌握に躍起になり、かくして、世界は一昔前の喧騒に戻っていった。
これで良かったのだろうか。星奈はたまにふと思い返す。もし『アーキデウス』が完成し、安定した世界ができあがっていたら。冥人は言った。
「求めるものが身近で手に入れば、人類は関わりを失っていき、衰退する」
と。それは確かに一理あるだろう。文化というものは、環境が違ってこそ、多様性を持つ。環境が一元化されれば、育っていく文化も似たり寄ったりのものにしかならない。どこに行っても変わらないなら、わざわざ遠くに行く必要すら無い。それぞれ行く場所に違いがあるから、人は関心を示すし、求めるものがそこにあるから、戦争というものも生まれる。関心と戦争は表裏一体で、なくしてしまえば、滅亡まで手が届いてしまうのだろう。
聖剣隊メンバーのその後だが、冥人は国連に残り、新しい役職で辣腕を振るっているらしい。もともと頭の回る男なので、そういった駆け引きなどもうまいのだろう。ハシムとジョセフは、冥人の秘書になった。頑固なハシムと、お調子者のジョセフは、冥人の懐刀として、よく働いているらしい。エファは冥人と結婚した。妻として冥人を支え、すでに新しい命が宿っているという。エタニは故郷に帰り、小さな雑貨屋を開いて、毎日あくせく働いているらしい。細々としているが、充実しているという。
そして星奈は、定時制の高校に入学した。聖剣隊では足手まといで、周りには迷惑をかけた。自分には分からないこと、できないことが多すぎる。もう一度勉強し直して、自分にできることを探してみようと思っている。
そんな星奈にも、分かっていることがある。恐竜人たちは、『アーキデウス』の開発に躍起になっていたあまり、進歩というものを忘れてしまっていた。問題が立ちふさがったとき、それを乗り越えることで、人は少しずつ進歩していく。全てをたった一つの機械で解決してしまおうとするのは、横暴でしかないのだ。もし、『アーキデウス』で解決できない問題が起こったら・・・?それこそ恐竜人たちは気が狂ったように自滅していくのだろう。星奈たちはそれを選ばなかった。たった六人の意見で世界の総和とは言えないが、その六人が、その世界を選ばせてしまった。しかし、進歩していく限り、人はあり続け、新たな世界が生まれていく。
現状維持など衰退でしかない。進歩し続ければ、やがて安定した新世界も生まれるのだろう。
魔法の杖の物語 時化滝 鞘 @TEA-WHY
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます