第7話 あえて、この世界を

 『杖を取れ』。この冥人の言葉を聞いたメンバーの動きは、星奈を除いて速かった。

 星奈はほとんどの光景を見られなかった。途端に目の前が暗転し、激しい耳鳴り以外、耳も聞こえなくなった。

「な・・・なに?何!?」

「落ち着いて星奈。今、アンタからちょっと視覚と聴覚と嗅覚を奪ってるの。視覚を奪ってるのは冥人だけど。」

慌てる星奈に、やけにハッキリとエファの声が聞こえる。知った声が聞こえて、星奈は少し安心して気分を落ち着けた。

「アンタの耳の周りを真空状態にして、鼻の周りの気流を逆流させてる。」

なるほど、激しい耳鳴りは耳の周りの気圧をいきなり下げたからか。鼻についてはあまり分からないが、臭いは感じなくても、呼吸はできる。

「・・・で、なんでそんなことを?」

「今の光景を見たら、アンタPTSDを再発するから。」

つまり、虐殺が行われている、というわけか。

「一応、状況聞く?」

「何も知らないのも怖いなぁ。できるだけマイルドな説明でお願い。」

「オーケー。ハシムが白リンの瓶を投げたわ。ハシムの戦闘態勢ね。白リンが発火して、あとはハシムの魔法で辺りが焼き尽くされてる。恐竜人の悲鳴と焼ける臭いがひどいわ。扉の向こうの敵は、よく分からないけど、冥人が索敵しながらジョセフとエタニが土と氷の塊で潰してるみたい。私はアンタのお守りね。アーデムは手傷を負わせたけど、こちらの行動をいち早く察したみたいで、どこかへ逃げてるわ。」

「うん、なんかぶり返してきた。ありがとう。」

「こちらはそろそろいいかしらね。」

エファがそう言うと、途端に目の前が開けて、何かが焦げ付く臭いがしてきた。

「あら・・・」

辺りを見渡すと、数人いた恐竜人がまったくいない。アーデムの姿もないようだ。しかし、聖剣隊のメンバーは全員そろっている。

「・・・あの・・・聞くの怖いけど、さっきまでいた恐竜人は・・・?」

恐る恐るそばにいるエファに聞いてみる。エファは

「それよ。」

と、床のひどく焦げている部分を指す。

「肉も骨も残らず灰にしてしまったみたいね。アンタが見たらパニック起こして足手まといになるから、機会を見計らって感覚を奪おうって、あらかじめ決めてたのよ。」

「あらかじめ決めていた?」

「私たちはね。」

冥人はどうやら恋人のエファにはいろいろ言っていたようだ。ということは、久しぶりに全員そろったときの、あの会話も二人でのブラフか。

「何で演技してたの?」

「『杖』がどこまでの機能を持っていたか、分からなかったから。盗聴機能とか付いてて、敵に作戦がばれたら元も子もないからね。」

「・・・なるほど。じゃあ、もしかしてみんな知ってるの?」

「まあなー。知らないのお前だけだわ。」

ジョセフがそう言ってにやりと笑う。自分だけ村八分食らってたわけか。泣けてくる。

「すまんな星奈。お前が一番若かったからな。情報が漏れるとしたら、お前からが一番考えられた。」

「分かるけどさ。結局私は足手まといか・・・。はぁ・・・。」

「仕方ないよ、星奈。誰でも未熟な内は足を引っ張るものだから。これから一人前になればいいじゃない。」

「なんかフォローになってない気がするけど・・・ありがと、エタニ。」

なんだか和やかな空気になってきたが、そこに突然、知ったばかりの声が聞こえてきた。

「貴様ら、裏切ったな。よくもやってくれたものだ。だが、なぜだ。お前たちにとっても、平和な世界は望むべきではないのか。猿どもは戦争が好きなのか?」

どうやら、施設内の他の場所からスピーカーで流しているらしい。

「悪いがな、俺の信じる神とはアッラーのみ。他の神、それも人間が作り操る神など、信じるに値せん。」

「ハシム・・・貴様・・・!」

「期待外れね。宇宙の深淵から舞い降りた神ならともかく、トカゲが作る神を崇めるなんて。人類の尊厳に関わるわ。」

「エタニもか・・・!」

「神は心の中にあってこそよ。出しゃばって何もかも解決してくれちゃったら、人類はそこで進歩を止めてしまうわ。その先にあるのが絶滅だって、アンタたちが証明してるじゃない。」

「ぐぅ・・・っエファ!」

「俺は神なんてもん自体信じねぇ。今までどんなに祈っても、神は俺を助けちゃくれなかった。お前さんらが作った神も、俺を救ってくれるとは思えねぇ。」

「なんと破廉恥な、ジョセフ!」

「世界が一律の環境になったら、自分の求めるものが身近で手に入ってしまう。求めるものが身近に手に入れば、人は他者への関心をなくす。少しずつ人類は関わりをなくし、『独りぼっちの世界』ができあがるだろう。その先は衰退と絶滅だよ。そんなことを許すわけないだろう。」

「冥人ぉ・・・!貴様だけはぁ!!」

「・・・」

「星奈は・・・?」

「うるさいな!みんなかっこいいこと言ってて、私も何か考えてんのよ!出ないのよ!村八分の悪影響だよ!」

星奈、血涙。

「しまらねーなー。」

「それが私らの持ち味かもねー。」

「あー、言えてるー。」

「もっと緊張感出したいんだが。」

「私に何にも言わない冥人が悪いのー!」

「お前たち状況分かってるのか?」

ハシムの一声で、全員がとりあえず臨戦態勢を整える。こちらに誰かが来るような様子はない。

「フン!貴様らはどうせ終わりだ。その部屋から出られる手段はないのだからな。お前たちが干からびてから『杖』を回収し、『アーキデウス』を完成する。貴様らのように人類全てが我らと敵対するなら、『アーキデウス』の全てをもって人類を殲滅しよう。」

「その前に俺たちで『アーキデウス』を破壊する。」

「できるかな?『アーキデウス』は特別製だ。防御結界で外部からの物理攻撃は全て防ぐ。内部から破壊しようとも、冥人お得意の『影の実体化』も不可能だ。生きてる間に、どうあがいてくれるかな?」

「じゃあ」

ジョセフが床の一部をはぎ取って、『アーキデウス』にぶつけてみる。激しい衝突音と共に、床の一部は粉々に砕けたが、『アーキデウス』の方は傷一つ付いていないようだ。

「ダメみたいだなー。エファは?」

「ダメね。あの中、まるで完全な真空みたい。そよ風も起こせないわ。ハシムやエタニは?」

「あー、ダメね。霜でも下ろそうとすると、温度が上がるのよ。なぜか。」

「こっちは逆だな。内部の温度がよく分からん。熱を起こそうとすると冷える。奴らの魔法ということか。冥人は本当にダメか。」

「ああ、そのようだ。内部を観察しようにも、どういうわけか影一つ見当たらん。これでは破壊のしようも・・・ん?」

心なしか星奈が眼を輝かせている。「私の出番が来た」。そんな顔だ。

「私の出番ね!」

あ、言った。

「何か手でもあるの?星奈。」

「フフン。当たり前田のクラッカー!私がただのらりくらりと過ごしていたと思っていたら、大間違い!修行はバッチリ。私の新魔法、名付けて『光転移こうてんい』!」

「「こうてんいぃ?」」

みんなが口を揃えて呆れた顔をしている。

「冥人が影なら私は光。私は長い修行の果てに、ついに、光の操作に成功したのだぁー!」

ぺかーっと背後を輝かせる。仰々しく見せると共に、修行の成果を見せる意味合いもあった。

「「スゲー!」」

案の定、みんなして目を点にして驚いてくれた。今まで散々足手まとい扱いしてくれた、その仕返しができて、星奈としても意気揚々だ。

「な、何!?星奈、やめろ!」

アーデムの動揺する声が聞こえる。そんなのはお構いなしだ。さっきさりげなく人類を猿呼ばわりしてくれたのを、星奈は聞き逃していない。

「いくよ!こんなものぉー!」

『杖』に力を込める。まずは透視。光あるところ、もはや星奈に見えない場所はない。やはり、『アーキデウス』内部は光に満ちている。これも恐竜人たちの魔法か。光源は見当たらないのに、部品の細部に至るまで、光が陰るところがない。これでは確かに、冥人も侵入できないだろう。しかし、それこそが狙い目。辺りに満ちあふれている光を集約し、光子の運動すら操作して、熱量を発生させる。熱は急激に増大し、ついには大爆発を起こした。

 あ、こりゃまずい。と思ったのは、爆発させた直後。自分たちの間近でこんな爆発が起こったら、普通助からない。人生終わった。星奈はそう思った。とっさに目をぎゅっとつむり、身をすくめる。

 しかし、身の回りに何も起こらない。恐る恐る目を開けると、目の前には大破した『アーキデウス』の壁。ここまでとは、と我ながら恐ろしく思った。しかし、自分は平気。見ると、聖剣隊全員無事。

「あ、そっか。」

爆発が起これば、そこからはハシムの領域でもある。爆発の規模をなるべく殺さず、聖剣隊を守ったのだ。

「やったな、星奈!」

ジョセフがサムズアップしてみせる。

「爆発起こした後のこと考えてなかったろう。ひやひやしたぞ。」

ハシムは少々あきれ顔。

「え、マジ?あっぶねー。」

「ジョセフも防火壁作るぐらいしておこうよー。心の準備がなってないよー。」

「そう言うエタニは逃げる準備をこしらえてたみたいね。出入り口に陣取って。」

「エファはいいなー。冥人が被さってくれてるじゃん。ニクいねー。」

「エタニもこういう人早く見つけなさいな。日本人ってのも悪くないわよ。」

「そう言ってくれるなら、危ない奴らとの「関係」も断って欲しいんだがな。相変わらず情報収集とか言いながら、火遊びしてるだろ。」

「情報収集は情報収集よ。大丈夫。避妊と性病対策はぬかりないわ。」

「エファ、そういうのってそういう問題じゃないんじゃ・・・」

和気あいあいとしたこの空気、言わずとも連携が取れる阿吽の呼吸。これぞ聖剣隊だなと安心する。そこに被さる、余計な声。

「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁらぁぁぁ!」

アーデムの怒号。当然と言えば当然だろう。世界のためを信じ、何億年もの間、代々組み上げ続けた結晶を、たった一瞬で壊されてしまったのだ。その怒り、いかばかりか。

「貴様ら、何をしたか分かってるのか!世界平和の希望を、永遠の繁栄の約束を!自分たちのちっぽけな考えだけで、壊してしまったんだぞ!この罪、万死にも値するぞ!」

「ならどうする、アーデム。今になって分かったぞ。なぜ星奈の成長を待たなかったのか。これだけが対処のしようがなかったからなんだな。逆に『アーキデウス』の仲を暗くしてしまえば、俺が壊してしまえるからな。今の俺たちは無敵だ。『杖』の力で森羅万象を操り、あらゆる不可能を可能にしてみせるぞ。」

冥人がアーデムに負けじと啖呵を切る。聖剣隊全員がそれを後押しする。自分たちが力を合わせれば、不可能はない。

「とりあえず、この部屋を出るか。ジョセフ、頼んだ。」

「あいよー。」

相変わらず間の抜けた返事で、『杖』を一振り。壁の一部がはがれ、扉めがけて勢いよくぶつかる。激突音と共に、扉はひしゃげて出口ができた。そこを冥人がまるで無警戒に出て行く。

「ちょ、ちょっと冥人?」

「大丈夫だよ星奈。さっきエファが説明したろう。すでに敵はあらかた潰してあるんだ。」

「あ、そっか。」

先ほど自分だけ真っ暗な中で、エファが説明してくれたことを思い出す。

「あれ?じゃあなんでアーデムは生きてるの?」

「生かしておいたのさ。星奈は分からなくてもいいが、何か反撃がなくちゃ面白くないんでね。ジョセフ。」

「あいよー。」

言ったとほぼ同時に、また激しい耳鳴り。エファが無音状態を作ってくれた。ということは、今まさにこの瞬間、アーデムは死んだ。まるで昔の無機質なテレビゲームのように感じて、星奈は背筋を振るわせる。

「星奈はそれでいい。殺しには臆病でいいのさ。麻痺して俺たちみたいになっちゃいけない。」

星奈の心情を察したかのように、冥人が優しく声をかけてくれる。まるで、「俺たちはもう汚れている」とでも言いたげだった。逆に言うと、「星奈はまだきれいなんだ」と言われているようで、複雑な気分になる。

 とにかく、恐竜人たちの企みは終わり、彼らも滅びた。世界は何事もなかったかのように動いていくだろう。星奈は未だにそれが正しいことなのか分からなかった。

 その後、来たときのようにハシム・エファ暖房システムで近場の南極基地に向かい、そこで冥人から思いもよらない宣告を受ける。やはり、星奈だけが知らなかった。

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