第6話 計画

 南極までの道のりは長かった。

 日本からの一般の定期便はすでに出航していて、星奈とハシムはわざわざ防衛省に願い出て、特別便を出してもらった。その手続きのなんやかんやで時間を食って、まったくお役所仕事はと、二人して悪態をついたものだ。与えられた船も快適性の低い軍船なので、乗り心地は悪かった。船長曰く船旅は順調だったらしいが、波がひどく荒れていて、船旅の経験などほとんどない二人はそろって船酔いに苦しんだ。あと何日かかるかを船長に問いかけ、もう少し早くできないかと懇願し、

「無茶言わんでください」

と断られて絶望した。食事もほとんどのどを通らず、二人はげっそりして南極に到着した。

「集中ダイエットにいいかも」

とはエファの皮肉だが、こんなダイエットは二度とごめんだ。考えてみると帰るためにはもう一度船に乗って荒波を超えねばならないので、星奈は暗澹とした気分になる。おそらくハシムも同じ思いだろう。実際、

「帰りはエファに頼んで、文字通り飛んで帰りたい」

と、初めてハシムの泣き言を聞いた。

 そんなこんなで、およそ一年ぶりに、聖剣隊は全員集合した。

「よー星奈。久しぶりだなー。」

真っ先にジョセフが声をかけてくれる。

「・・・うん・・・」

正直、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。自分が安全な場所でぬくぬくしていた間、彼らはどれだけの死線をくぐり抜けてきたのだろう。いっそのこと、恨み節でも聞かせてくれれば星奈の気も晴れるものだが、誰一人そんなことは言わない。それどころか、

「じゃあ、今度の仕事が終わったら、星奈の復帰祝いでもするか。」

などと冥人から提案があったほどで、

「「イイネー」」

と、星奈以外の全員が乗り気だった。さっきまでげっそりしていたハシム含めて。人がいいにもほどがある。そんな星奈の心境を察したのか、

「あんたの気持ちもよく分かってるよ。みんな死にものぐるいで働いてたんだ。気にしてるなら、せめて多めに払いな。」

とエファが助け船(?)を出してくれた。

「えぇと・・・。うん。分かった。」

星奈が相づちを打った瞬間だった。

「みんなー、星奈がおごってくれるってさー。」

「はぁ!?」

いや、多めに払うとは言ったけども。だが、ここで聖剣隊の意地の悪さが発揮される。

「いやー、星奈の復帰祝いなのに悪いねー。」

冥人が一番に乗ってきたのだ。そう、忘れていた。コイツら金銭関係ではそこそこの策士なのだ。このままでは「星奈の復帰祝いで星奈がおごる」というわけの分からない状況が成立してしまう。なんとか回避せねば、と思う反面、そうでもしなければみんなに申し訳ないかも、とうかつな手心が入ってしまい、その一瞬が致命的だった。

「ありがとな星奈。恩に着るぜ。」

とジョセフがサムズアップし、

「気前がいいねー。休暇中にお金使わなかったの?もしかしてこのときのためにとっといてくれたの?」

エタニがやけにいい笑顔でポンと肩をたたいてくる。

「悪いな星奈。また迷惑をかける。」

ハシムは言葉とは裏腹に実に嬉しそうだ。見事にはめられてしまった形である。全員まとめてドつきたくなるが、そこは一年も休んでいた手前、呵責が働く。

 こうして、星奈が復帰祝いにおごるという理不尽な話がまとまって、話題は今回の妙な任務の話題になった。

「今回の任務に関しては、俺の独断だ。これからのことは、おそらく俺しか知らない。」

冥人はこう切り出した。

「この南極で、『ある者たち』の『ある計画』が動いている。あまりにも深い場所で行われているので、誰も知らない。だが、これからの世界を占う超重要な計画だ。」

「それって・・・ハシムが言っていた、密かにコンタクトを取っていた誰かのこと?」

「ハシムはさすがに感づいていたようだね。そうだよ星奈、その誰かさんさ。正体については今は伏せておくが、会ったらきっと驚くぞ。」

「で、私たちの任務は?その『計画』を守ること?妨害すること?」

エタニが鋭いところに質問をぶつけた。が、それに答えたのは、意外にもジョセフだった。

「鈍いねーエタニ。あの冥人が、コンタクトを取っていながら、今までほったらかしだったんだぜ。守る方に決まってんじゃん。おおかた、『計画』がどこからか漏れて、それを狙う組織がいるってとこだろ。世界の未来を占う計画だぜ。逆に言えば、手に入れちまえば文字通り世界を牛耳れる。こんなおいしい話はないぜ。」

「あー、そっか。そうだね。」

エタニも納得したようだ。しかし、

「ジョセフの言っていることは正しいな。だが、あくまで推論だ。冥人自身から答えを聞きたいな。」

ハシムが追求する。冥人を隊長として命を預けるのだ。目標が防衛か破壊か、待ち受けている人たちが敵か味方か、ハッキリさせておかないと、部隊全体の生死に関わる。しかし冥人は、

「・・・俺も詳細は聞かされていない。守るか壊すかは、そのときに決める。」

とだけ答えた。冥人にしては言葉に濁りがある。星奈はそう感じた。比較的付き合いの少ない星奈でも感じたのだから、他のメンバーも何か感じているだろう。冥人はこう言ったのだ。

「敵か味方かは、現場で決める。」

これがどれほど危険な判断か、戦場に出ると分かる。最悪の場合、「味方」として合流して周囲を囲まれた状況で、「実は敵でした」となると、自分の身を守れるかも怪しい。ましてや、仲間の安否を気遣う余裕もないだろう。

「アンタらしくない決断ね。仲間を殺す気?」

エファが皮肉交じりに聞く。しかし重要な決断だ。目的地に向かう前に白黒はっきしさせたいのが、隊員全員の本音だった。だが冥人は、

「俺にも情報が少ないんだ。すまない。」

と、決断しない。本当に、冥人にしては珍しいことだった。そこで何かを察したのか、

「そう。ならいいわ。私の判断で動くから。」

と、エファは詮索を止めてしまった。それを合図にしたかのように、

「そういうわけで、みんなの判断で動いてくれ。」

冥人自身がエファの判断を認めた。この二人はもともとのっぴきならない関係らしいので、そういう無言のコミュニケーションみたいなものがあるのだろう。釈然としないながらも、そういうことならと全員納得して、目的地に向かうことになった。


 そこには何もなかった。どこまでも広がる氷原。吹きすさぶ吹雪。遮るものもなく、聖剣隊は吹雪にさらされながら進んでゆく。ただ、エファが空気の層を作って吹雪を防ぎ、ハシムの炎で暖を取りながら進んだので、それほどの苦行でもなかった。辺りには何もなく、かえって不気味だった。先ほどまでちらほらと見えていたペンギンたちの群れもなく、生き物の気配そのものが消えていた。

「着いた。この辺りだ。」

冥人が指し示した場所には、やはり何もなかった。見渡す限り、氷の原。何か大がかりな施設があるのだろうと予想していた星奈たちは、怪訝そうに辺りを見渡すが、やはり何もない。

「待っててくれ。もうすぐ出てくる。」

「出てくるって、何が・・・」

ジョセフが問いかけた矢先、突如として大きな地響きが起こった。驚いて全員が地に伏せる。何事かと真っ先に頭を上げたエファが、

「あ・・・れ・・・何・・・?」

と呟き、その声につられて全員が顔を上げる。そして、全員が目を見開いた。

 地面が、大きくせり上がり始めた。最初はほんの小さな段差程度だったのが、次第に段差が大きくなり、壁になり、崖になり、山になった。つい先ほどまで平原だったのが、見渡す限りの山、というか、山脈になっていた。頂上が見えないほど高い。そこで地響きが止み、聖剣隊は立ち上がって目の前の山脈を見上げる。当然だが、ただの山ではなかった。斜面の所々に洞穴があり、柱や、窓のような四角い穴が見える。明らかに人工物であることが、その規則性の正しさから分かる。

「意外にでかいな・・・」

「冥人も見たことがないのか・・・?」

「ああ。沈んでいる状態で中に忍び込んだことはあったが・・・全体は把握できなかった。」

 その異様さに全員が怖じ気づく中、一人だけ、目の色を変えた者がいた。

「・・・狂気の山脈・・・」

そう呟いたのは、エタニだった。五人の目がエタニに集中する。

「何それ・・・?」

星奈が恐る恐る質問する。エタニは上気しながら、

「昔、ハワード・フィリップス・ラブクラフトという作家が執筆した小説よ・・・。信じられない・・・!やっぱり実在したのね!本当にラブクラフトはニャルラトホテプの子孫だった!その特殊な血縁から、宇宙の全てを垣間見てた、狂気の伝道師!イア!イア!クトゥルフ・フタグン!」

「エタニの狂信に火が点いたな。で、どうなんだ、冥人?まさか本当に異星人がこの山を作ったというのか?」

「さすがにそれはないよ。だが、今の人類が作ったものでもない。超古代文明人の遺跡さ。そして彼らは、。」

「・・・どういうこと・・・?」

「会ってから明かそう。ほら、迎えが出てきた。」

冥人が見やる方を見ると、数名の人影が見えてきた。遠目から見る限り、彼らは人間だった。二本の足で立ち、両手を振り、ゆっくり歩いてくる。寒いところに住むものらしく、全身を羽毛のようなもので覆っている。星奈が見たところでは、極寒地で暮らすエスキモーに近いものを感じた。ただ、やけに全身が毛羽立っている。羽毛の上に布地を貼り付けていないような。だが、それでは普通羽毛は飛び散ってしまうはずなのに、彼らにそんな様子はない。あえて言うなら、・・・。人影は徐々に近づいてくる・・・。

 冥人以外の全員が仰天した。近くで見ると、今度はイエティやビッグフットなどのUMAのイメージに近い。ただし、身長はせいぜい百七十センチといったところ。遠くから見たときのイメージ通り、体中に直接羽毛が生えている。顔の部分だけ羽毛が生えていないのだが、緑がかった闇色の肌で、妙に光沢がある。眼は金色に光り、瞳孔が縦に狭い。まるで、羽毛の生えた爬虫類のようだった。

「よく来てくれた、冥人。」

先頭に立っていた羽毛人類が、口を開く。『杖』の効果で自動翻訳されるのはいいが、その分、本当は何語を話しているのかという別の恐怖がある。

「こうして対面するのは初めてですね。こんにちは、恐竜人ラプトリアンの皆さん。」

「「恐竜人!?」」

五人が声を揃えた。昔のB級オカルトじゃあるまいし、まさかそんなものが現れるとは。しかしとりあえず、目の前の現実を直視しなければ。

「そう驚くこともあるまい。我々恐竜の仲間が羽毛を獲得していたことは、君たちも知っているだろう。ほ乳類よりも早く二足歩行も獲得している。我々の祖先が生活していた頃は、空気中の酸素濃度も高く、火もおこしやすかった。文明を持つ条件は、だいたい満たしているだろう。恐竜が文明を持っても、何らおかしいところはない。」

「む・・・確かに・・・言い得て妙だが・・・」

「まぁ、詳しいことは我々の施設内で話そうか。ここでは寒かろう。我々も正直つらいのだよ。」

思い起こせばここは氷点下の氷原。いつの間にか、エファとハシムの暖房も消えている。驚きから冷めて、一気に体が冷えてきた。導かれるまま、いそいそと山脈の麓にある洞穴に入る。

 洞穴内に入ると、吹雪を防げて、それだけで暖かくなったように感じる。中は明かりが灯っていて、意外と明るい。壁や床も見たことのない装飾で彩られている。どうやら恐竜人の歴史を壁画として描いているようで、先導の恐竜人が説明しながら中を案内してくれる。

 恐竜人は、ほ乳類よりずっと早く、文明を持った。豊富な木材資源を活用し、それらから様々な化合物を作ったという。その過程で錬金術に似た文化が芽生えた。今の人類と違うのは、そこから、『自分自身の中に眠る力』に注目が集まったこと。

「宇宙の観測質量と算出質量に差があることは知っているかな。その質量の差を埋める物質が、君たちの言う『ダークマター』と呼ばれる観測不能な物質だ。君たちはその存在をわざわざ広い宇宙に求めているが、その本質は我々や君たち、要するに生き物たちの中にある。『魔力』と君たちは呼んでいるね。我々は『観念的エネルギー』と呼んでいる。この『観念的エネルギー』を特殊な技法で『物理的エネルギー』に変換し、さらに、時にはそれから質量そのものにまで変換して使用する。これが『魔法』だよ。その特殊な技法を体現するのが、そう、今君たちが持っている『杖』なんだ。」

 恐竜人の歴史と、小難しい物理の話と『杖』のメカニズムをざっくばらんに紹介してくれた恐竜人が、自分はアーデムという名だと自己紹介してくれた。やけに人が少ないが、アーデムはこの中でもリーダー格だという。聖剣隊にはちっとも見分けが付かないが、どうやら彼らは彼らなりに分かるらしい。廊下を何度か曲がって、一つの部屋に案内された。

「残念ながら『杖』の設計図や、製造技術は我々の中からも失われている。だが、残されたものもある。これだけは、我々の宿願のために、絶対に失われてはいけないと、子々孫々まで受け継がれ、作り続けられてきたものだ。それが、これだよ。」

そう言って、アーデムは部屋の壁の一面を指さす。その壁はいかにも機械的で、しかし、どこかしら祭壇のような印象も受ける。

「あとは、その『杖』を埋め込めば、この『アーキデウス』は完成する。」

「『アーキデウス』・・・?」

「我々の技術の結晶。我々の宿願。完全に平和で安定した世界を作る!この『アーキデウス』で!」

アーデムは勝手に盛り上がり、周りの数名の恐竜人も雄叫びを上げる。聖剣隊は置いてけぼりを食らった形になった。

「冥人、代わりに説明して。」

エファが冥人に促した。冥人は先ほど、「詳しくは知らない」と言っていたのだが、

「俺たちの『杖』の力を、『アーキデウス』で増幅し、地球の環境の全てを管理するのさ。水のない地域に雨を降らし、寒い地域に日照を与える。地下資源も各地に分け与える。星の環境を完全管理する、『神』に等しい存在を作る。あらゆる資源が等しく分け与えられれば、世界から戦争はなくなり、平和な世界が実現する。それが彼らの『アーキデウス計画』だ。」

すらすらと答えてくれた。ということは、先ほどの「知らない」はブラフだったのか。なんのために?星奈は勘ぐったが、答えが出ない。未熟な自分では、冥人の領域には入れないのだろう。

「我々の祖先は、金属資源をあまり採れなかったために、それをめぐって大きな戦争を起こしてきた。そのために次第に文明が衰退し、激しい環境の変化にもよって、今に至っている。我々の文明は、もはや虫の息。しかしこの『アーキデウス』で我々はよみがえる。もちろん、君たちと戦争をするつもりはない。『アーキデウス』さえ完成すれば、我々は永遠に、君たちと共に繁栄できるのだ!」

「じゃあ、この『杖』って?」

「元々『アーキデウス』のコアパーツとして、世界各地の研究所で開発されていたものだ。長く続く戦争に後悔した我々の祖先は、残された力で『アーキデウス』を設計した。そしてその設置場所を、比較的安全な、僻地である南極に定めた。その上で、世界各地でパーツを組み上げ、こつこつと『アーキデウス』を作り上げてきた。しかし、施設の経年劣化や地殻変動などで次々に研究所は崩壊し、次第に連絡が取れなくなってしまった。『杖』が残されていたのは奇跡だよ。それを君たちが偶然発見し、冥人に導いてもらってここに集う。まさに我々の最初の共同作業だ。記念に宴でも開こうじゃないか。」

「じゃー星奈のおごりで!」

「ざっけんなジョセフ!」

「まあまあ星奈。ちなみに俺は、影の中を探索して遊んでいたところを、偶然彼らの施設跡を発見して、それからコンタクトが始まったのさ。さてと・・・もう隠し事はないよ。先ほど言ったように、これからの判断はそれぞれに任せる。」

「本当に隠し事はないのか、冥人?お前はここにも入ったことがあるんだろう?一方でわざわざ恐竜人の施設跡から通信したり・・・。回りくどくはないか?」

「あまり勘ぐらないでくれ、アーデム。距離と体調の問題さ。体調が良くて、任地がある程度南極に近ければ、直接ここにも入れるんだが、本部にいたり、体調が良くなかったりすると、遠くまで影を飛ばせないから、近くの恐竜人の施設跡を経由してたんだ。」

「恐竜人の施設跡って、そんなにたくさんあるの?」

「結構あるよ。ただし、大半が完全につぶれて使えないけど。一部生きてるのがあったりするから、それを使ってコンタクトを取ってたんだけど、これまでの間に十カ所以上使用不能になったね。」

「基本的に出入り口はつぶれているそうでな。冥人かジョセフの魔法でないと入れないらしい。」

「で、ジョセフは気づかなかった、と。」

「しょうがねーだろー。俺は土掘りの趣味なんてねーんだからよー。」

それからしばらくケラケラ笑い合っていたが、唐突に「そのとき」は訪れた。

「では、談笑しているところで悪いが、本題に入ろうか。」

アーデムのこの一言に、一瞬で場の空気が変わる。

「君たちの持っている『杖』を、返してもらう。『アーキデウス計画』のために。」

アーデムから、殺意にも似た威圧感がにじみ出る。いやだと言えば、殺してでも奪い取る。実際、星奈たちはもう必要ないのだ。『杖』がこの場に集まった以上、聖剣隊に存在価値はない。冥人は。星奈はちらと見やる。冥人は何か含むところがある笑顔で、しばしのだんまりの後、口を開いた。

「そうだね。決心も付いたろう。みんな、『杖を取ってくれ』。」

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