第2話 守るべきもの
「………で? お前等は毎回、なにをするためにこの授業受けてんだ? なぁ、天宮」
「…………えーっと……一応、資格を取るために受けていますね。」
「だろうな。しかしその隣で狸寝入りを決め込んでいる阿呆はその気がないように見えるんだが、俺の目が節穴だったか?」
「…そう見えるのは間違ってないですね。というか正解です。」
なぜこうなったのか原因がわかっているので溜息しかでない。
その原因である隣の友人は起きたのバレてるのに寝てるふりをしているし、俺は普通に授業を聞いているのに俺が来るといつも彼が付いてきて寝るという理由で一緒に怒られるし。
「おい白瀬。いい加減、俺の授業を聞く能力を身につけたらどうだ?」
怒りで血管がはち切れそうな社会科の担当教師、堺教授はあくまで冷静な対応をするが、まーくんは相変わらず寝たふりを決め込んでいる。
「……うーん…ムニャムぎゃ!?」
「いつまで続けるつもりだ阿呆が。」
堺教授の武器と呼んでもおかしくない辞典チョップ。
これは痛い。ガチで痛い。
現に、喰らったまーくんは無言で打たれた頭を押さえて悶えている。
いつもこうなることはわかっているのに何故寝る。
顔をあげて若干涙目で堺教授を睨むまーくんが叫んだ。
「ほんとに痛いから止めてください堺教授っ!! 馬鹿になっちゃいます!!」
「そうか、なら大丈夫だ。お前はとっくに馬鹿だから。」
必死の抗議も一言で流される。
いっつもこの言い合いを挟まれて聞く俺の身にもなってほしい。
「生徒を馬鹿扱いとか最低ですよ!」
「コマ取っておいて寝るほうが最低だと俺は思うんだが?」
「ぐぅ……! で、でも暴力は」
「嫌なら真面目に授業受ければ済む話だろ」
正論まみれの言葉にとうとうまーくんは顔を伏せた。
自分が悪いことは自覚しているのだろう。
「………まーくん、とりあえず謝ろ? 次からはちゃんと授業聞くって約束して。ね?」
俺もまーくんが悪いと思ってるので庇いはしないが、ことを収めるためにフォローする。
堺教授相手になるとなぜかまーくんはいつも以上に意地を張って子どもっぽくなる。それはまーくんが堺教授をどこかで信頼しているからだと俺は思っている。
本当に嫌ならこんなに絡むような真似はしないし、人が苦手なまーくんならなおさら避けて関わらないようにするはずだからだ。
まーくんは俺の言葉を聞いて顔だけこちらに向けた。
「蓮くん……うー………わかったよぅ。…すみませんでした、教授」
「それでいい、次はないからな白瀬。あと天宮はこいつを起こせ。お前等の仲だからどうせ気を遣って起こさないようにしてるんだろうが、迷惑だ」
「わかりました。いつも大目に見てくださってありがとうございます」
「お前は人が良すぎるんだ。もう少し他人に厳しくしろ。」
そんなことないですよ、と言ってまーくんの手を引いて立ち上がる。次の授業があるので移動しなければならない。教授に一礼して教室から出て、俺たちは次の授業がある教室へ急いだ。
本当にこの時間は平和だ。
ほんとうに。
■
三時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。あとは帰るだけだ。
椅子に座っているまーくんは背伸びをしてため息をつく。
「うーん…! やっと終わったよ~!」
「お疲れさま。あとは帰るだけだよ」
俺がそういうと彼はうーん、と唸って手をこちらにつき出した。
疲れているときの彼がとる行動は、大抵、めんどくさいことばかりだ。
「ん! 歩くの嫌! 連れてって!!」
「絶対に嫌だ。自分で歩いて」
「即答!! なんでさ! 疲れてるボクに休息を与えてくれないの!?」
「なら家の使用人に車出してって頼もうか? 真冬くんが疲れてしまったので至急大学まで迎えに来てくださいってさ。」
「なんか申し訳ないから止めて!!」
だったら立てや。いつまで座ってる気でいるんだよ。
未だ唸って立とうとしない彼にめんどくさがりながら手を差し出す。すると、途端に嬉しそうな表情に変わり、差し出した手を取り立ち上がった。
「ありがと蓮くん! じゃあ、帰ろっか!」
「……はぁ。ほんとにまーくんってマイペースだね」
そういえば途端に膨れっ面になる彼を見て表情豊かだなあと呑気に思う。
なんというか、彼は癒し系だ。
面倒なときはあるが、彼の明るいどこかふわふわした雰囲気を見ていると和む。
幼い子どもを見ている気分になっているだけかもしれないという大変失礼なことを思いながら歩き出す。
歩き出した俺に付いてくる彼を横目見ながら思いを馳せる。
昔からの感覚は、ずっと変わらずに俺とまーくんの間を結んでいる。
親友で、心友で。切っても切れないような繋がりが俺と彼の間には存在している。
誰にも切れないその繋がりは、しかし簡単にほどける脆いものだ。
片方がもう片方を求めなければ、繋がっていられなくなるくらい酷く脆いもの。
「……あ、そうだ」
だから、その糸がほどけないように俺は縋りつく。
真実から目を背けて、嘘で自分を塗り固める。
彼の気持ちを無視した最低のものに俺は縋りつく。
嘘は、彼の信頼を失う道具だというのに。
「ごめんまーくん、俺用事を思い出したから先に帰るね。優馬さんもこの時間で終わりのはずだから、優馬さんと帰ってね」
「ええっ!? そんなぁ……一緒じゃないなんて……。」
露骨に落ち込む彼を見て苦笑する。
しかし、ここから先は彼にも、優馬さんにも見せられない。
誰にだって、見せられない。
「絶対に一人で帰らないこと。あと、いつもの道で帰ってね。寄り道とかしない」
「なんか子ども扱いされてない!? 小学生の約束事みたいな言い方!!」
「してないしてない。とにかくそれは守ってね。オーケー?」
笑顔で。
嫌だとは言わないだろうけど、いったらただじゃ済まさない。
そんな意思を込めた笑みを彼に向ければ、素直にはいと言う。
よし、これで大丈夫だ。
「じゃあ、またね。まーくん」
彼はまた寂しそうにバイバイと言って手を振った。
■
まーくんと別れた後、電車に乗って駅を出て、目的地を探して歩く。
普段の帰り道ではない交差点を渡り、徐々に民家が少なくなっていき、やがて明るく光る建物が見えた。
「………あった」
まーくんの言っていたコンビニ。おそらくここであっている。
そこからまーくんの家に繋がる道を辿っていく。
「危険じゃなければいいんだけど……」
人の通りが少ない道に差し掛かり、警戒心を強める。
黒いアスファルトを踏みしめ、都会の中でも田舎なこの町の自然溢れる道を進む。
そして、前方に見えたのは道と道をまたぐ小さなトンネル。
あれだ。
まだいるかどうかも定かではないが、慎重に歩を進める。
ゆっくりと、壁の陰に隠れてトンネルの向こう側を見る。
「——————っ!」
すこし距離はあるが、黒い形の定まっていない物体。
明らかに人の形でもなければ、動物の姿でもない。
妖魔で間違いないだろう。
息を呑み、気持ちを整える。
「……なぜ、まだここに残っているんだろう」
まーくんは最近と口にしていた。それはつまりここ数日間で出会ったということだろう。昨日ならば最近という必要もない。
ならば、なぜ。
どうしてこの妖魔は、ここに残り続けているのだろう。
なにかが、ここにあるのだろうか。妖魔が強く執念を抱くような、そんな何かが。
それとも、単に動くことが面倒なのか。
人通りが少ない場所とはいえ、なんの騒ぎもないのが不思議だ。流石に何人かは見ているはず。なら、どうしてニュースにもならない?
白昼堂々といる妖魔は普通だったら大騒ぎだ。喰われるのを恐れて人が家に引きこもり、町が無人と化すほどには。
違和感が、嫌な胸騒ぎが、体中の神経を張り巡らす。
そして、気づく。
最後のピースがカチリと音をたてて思考のパズルに嵌る。
「…………目撃した者が、居ない? 初めからいないのではなく、居なくなった?」
目撃した人は、もうすでにこの世にいない。
告発するはずの人物の存在が確認できなくなっている。ならば、あれはもう誰にも見つかることはない。
世に認識される前に、自分で片づけているのだから。
全身が凍りつく。
そんなはずは無いと思いたいが、この現状を見たらそれは難しい。まーくんが生きているのは、後ろ姿を確認しただけだったからだろう。もし、正面から会っていたら間違いなく喰われている。
「………なら、もう、やるしかないのか」
これ以上被害が出る前に、倒さなければならなくなった。
もしかしたらという願いは今回も叶うことはなかった。仕方なく、近づいていく。おそらく自我を持っていない、感情だけで動く妖魔。
ああ、また、ダメなのか。
「………“武装”」
そう呟けば、俺の体を纏う服装は一変し、白に赤のいわゆる巫女服と呼ばれるものに変わっていく。右手には赤を基調とした薙刀を持ち、一歩ずつ前に進む。気づかれないように気配を消しながら。
黒く形の定まっていない妖魔は、わずかに蠢くだけで大きな動きはない。
呼吸を整え、その時を待つ。
やがて、妖魔の蠢きが止まった。
俺は走りだし高く、相手の頭上に到達するよう、高く飛んだ。
妖魔は先ほどまでの煩わしい動きとはうって変わり、俊敏にこちらの方へ顔を向けた。
それと同時に薙刀を上から突き刺した。しかし、
「え......!?」
妖魔は、そのジェルのような体をぐにゃりと歪め、薙刀に絡みついてきた。
「............っ! な、んで.........!?」
確かに突き刺した。しかしまるで効かないどころか攻撃を仕掛けてきた。
咄嗟の動きで薙刀を思いっきり振り上げ、飛び下がって低く体制をとり警戒する。
その時、ようやく気づいた。
妖魔は確かに一度斬られている。しかしその後斬られた体をくっつけているのだ。
つまり、再生している。
「ってことは、物理攻撃は効かない?」
また突き刺そうが切り刻もうがその形を歪ませて再生する。
しかし、そうとなると対処の仕様がなくなる。武器で戦うのが主な戦闘スタイルの俺にとっては厄介でしかない。
妖術を主に戦う妖狩師でないことに少しの怒りを覚えるが、そんなことを悔やんだところでどうしようもないのは明らかである。
「.........妖力だけを相手に与える方法.....。」
おそらく、あれは武器という物体を通すと効かない類いの妖魔だ。
妖魔は、妖力がなければ倒せない。人間の武器は効かず、妖狩師の攻撃が効くのは妖力を宿した武器で戦っているからである。
妖力だけをぶつけることができれば、簡単に倒せる。しかしそれが難しい。
妖魔は考える暇など与えてくれないようで、体の一部をまるで触手のように分離させ再び襲いかかってくる。
「............アァ......ァ.........アァ......」
妖魔の地を這うような呻き声が微かに聞こえた。
妖魔天魔と妖狩師 まーちゃ @merudia
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