妖魔天魔と妖狩師

まーちゃ

第1話 妖魔と妖狩師

春の陽気な風が窓をたたく。

まだはっきりとしない意識の中、スマホに手を伸ばし時間を確認する。



「……あ、やばい。」



瞬間、再び途切れそうだった意識が覚醒した。

毛布を剥がし、ベットから荒々しく飛び下りる。非常にまずい事態に陥っている。これは逆鱗に触れていること間違いなしだ。

寝間着代わりの白Tシャツとグレーのスポーツパンツを脱ぎ、私服に着替える。

部屋のドアを開け、長い廊下を全力で走っていると、使用人の驚いた表情が目に入ったがそんなことはスルー。帰って来たら謝ろうと心に決めて広間の扉を開ける。



「母さん!! 今日大学あるって言ったよね!? 起こしてよ!!!」


「ん、え!? 今日あったの!!? ごめんねれんくん!! でも自分で起きてほしいな!!! いつも自分で起きてるから、ないのかと思い込んでたっ!」


「昨晩は“狩り”に行ってたからあんまり寝てないんだよ……。」



優雅に紅茶を飲んでいた母、天宮雫あまみやしずくは俺の言葉に心底驚いた表情を浮かべ、あせってオロオロしている。乱暴に置かれたティーカップが嫌な音をたてたが大丈夫だろうか。



「そ、そうだったのね………。珍しく自分から狩りに行ったの?」



落ち着きを取り戻した母さんは、立ち上がって小首を傾げて俺に尋ねた。

不思議そうでどこか不安げなその表情に内心苦笑しながら笑って答える。



「ううん。唸り声のような声が聞こえたから、外に出たら案の定家の前に妖魔がいたんだ。結界を破ろうとしてたみたいだから仕方なく退治しちゃったの」


「そう、来てたんだ。気づかなかった……。」


「仕方がないよ。母さんは気づきにくいから。妖力がないと気配とかほとんどわからないし。」



それはそうだけど……。と苦い顔をする母さん。

俺はこんなに流ちょうに話している場合ではなかったことを思いだし、急いで玄関まで向かってスニーカーを履き、行ってきますと告げて家を出た。

母さんはいつも妖魔の話になると苦い顔をする。俺はそんな顔をさせたくないのでそうそうに話を切るのだが。

全力疾走をして二分ぐらい経っただろうか。道路の向こう側、いつも集合場所にしている公園が見えた。そしてそこにはいつも一緒に行く友人たちの姿もあった。

信号が青になると同時に駆け出して彼らの元へと急ぐ。



「………っはぁ…、…はぁ……ごめんね! 遅くなりましたっ!!」


「やっと来たー! 遅いよ蓮くん心配したじゃん!!」



そういって俺の背中をさすってくれる白髪の友人は、本当に人がいい。

白瀬真冬しろせまふゆ。俺には勿体ないくらい優しくて、けれど儚い大切な友人。



「はぁ………まーくん、ごめんね。ありがと」


「おい、真冬だけで俺らには挨拶なしか? 蓮」



俺の名を呼んだ気だるげな低い声にはっとして顔をあげると、ふわりとしたパーマがかかった見慣れた黒髪の男性と、その横に立つ茶髪で長身の男性が見えた。



「………ほんっとに遅れてすみません。あおいさん、優馬ゆうまさん」


「いいんだよ、僕もさっき来たばっかりだし。それにしても珍しいね蓮くん、

君が遅れて来るなんて。いつも一番に待っているのに」



俺を冷ややかな眼で睨みつける桜井蒼さくらいあおいさんと、笑顔で話しかけてくれる不知火優馬しらぬいゆうまさん。俺とまーくんの一つ上の先輩で、付き合いの長い大切な人たちだ。



「優馬は遅れてくんの当たり前みたいになってんじゃねえよ。少しは危機感持て」



蒼さんの苛立ちを含んだ言葉にごめんよと苦笑いで返す優馬さん。

この人はいい人なのだが方向音痴がたまにキズだ。待ち合わせ場所をどこにしても遅れてくる遅刻常習犯。何回も来ているはずの俺たちの家でも迷うのでもう諦めかけている。



「そんなことより急ぎましょうよ! 今から行けば間に合いますから!!」



そういって俺を気にかけながら走り出すまーくん。

決して俺を責めない彼は優しいというか甘い。彼の性格上、仕方がないのかもしれないが。先輩二人もなんだかんだいって優しい良い人たちなのだ。

だからこそ、守らなければならない。

傷一つ付けさせないように、守り抜かねばならない。

緩んだ気を引き締めて走り出す。

ひとまずは、大学へ向かうために。


   ■


この世界には、人間や昆虫、動物以外にも存在しているものがいる。

妖魔ようま"________それは、俺達人類が生まれる前からすでにいたものとされる未知の生物。人を好物とする妖魔たちは基本的に夜を好んで活動するため、昼に見かけることはあまりない。だから人間は昼間まで普通に生活し、夕方になると家に帰宅し一日を終える。しかし稀に昼でも現れる妖魔がいるため、喰われたことがニュースになったりもする。

そして妖力のない一般人を守るために存在するのが、俺たち妖狩師ようかりしである。

俺たちは妖魔たちの動力源でもある妖力を身体に宿して生まれた人間であり、妖魔に対抗できる唯一の存在でもある。それぞれの武装に変化し、武器を持ち闘う妖狩師は政府から雇われることもあるが、忌み嫌われているのがほとんどだ。

なぜなら妖魔と同じ妖力を宿した妖狩師たちは、普通の人間より存在を察知されやすく、狙われやすい。妖力を持った人間でも武装できない者がいるため、妖力持ちだと知られれば、自然と避けられる。



「そういえば、この間変なブヨブヨした生き物を見かけたんだけど、あれも妖魔ってやつなのかな?」



俺たちの通う東京総合中央大学、通称“総大”行きの電車の中で、まーくんが不思議そうに呟く。



「………まーくん、それどこで見かけたの? 何時ごろ?」


「え? あ、えっと……お昼の三時くらいだったかなぁ…? コンビニから家に帰る道の途中にある小さなトンネルを、黒いブヨブヨした物体が通っているのを見たんだ」



眉間に皺を寄せて顎に手を置きながら言うまーくん。

本人は対して重く受けとめていないのだろうが、俺の心臓は脈を打つのを早める。

顔には出さないように気をつけているが内心はかき乱されている。

不安が脳内を支配していく。



箱街はこがい箱街はこがい。お降りのお客様はお足元にご注意ください」



無機質なアナウンスが流れる。



「おい、降りるぞ」



未だに座った席から立とうとしない俺に蒼さんが言う。

俺ははっとして急いで席を立ち、電車を降りた。

駅の改札口を出て、歩きながら落ち着きを取り戻した思考を動かす。



「……昼の三時……少し早い程度だけど、まだ動き出す時間帯ではない……。」



そうなると、それなりに妖力が高いやつかもしれない。

まーくんの存在が相手に認識されなかったのが幸いだ。大抵の妖魔は人間を認識すると喰おうとしてくる。もし、まーくんが襲われでもしたら。



「………冗談じゃない」



ありえない。

そんな想定は、ありえない。

けれど、そんなやつがまーくんの周りに出現しているとなると俺の目の届かない範囲で起きてしまう事態かもしれない。もう少し警戒をする必要がありそうだ。

俺はまーくんにわからないフリをして忠告する。



「うーん……俺も見たことないからよくわかんないけど、そんなやつを見たのなら下手に外でない方が良いかもね。ほら、建物に入ると認識されにくいって聞くし」


「やっぱりそうかなぁ。蓮くんの言う通り、外出は控えよっかな」



笑顔で苦悶の表情を崩し、再び前を向いて歩き出す純粋な友人を見て胸の辺りがズキリ、と痛んだ。この会話を後ろで聞いていた先輩二人に悟られないように俺も前を向く。

嘘をつくのに抵抗を感じなくなった自分に嫌気が指す。

友人を騙すことには抵抗を感じている。けれど、嘘をつくという行為は自然と慣れていってしまっていた。


ただ、知られたくなかった。

自分が妖狩師であることを、この人たちに知られたくなかった。

自分と今でも付き合いを続けてくれている友人に嫌われたくなかった。

ただそれだけで、自分勝手な想いだけで、俺は友人たちを騙していた。


そんな事実に、背を向ける自分が、どうしようもなく大嫌いだ。


   ■


大学に着いた俺とまーくん、蒼さんと優馬さんはそれぞれの授業がある教室へ行くため早々に別れた。とはいっても俺とまーくんは同じ授業を同じコマで取っているのでいつも一緒だ。まーくんが離れるのを嫌がり、俺のコマに合わせているのだ。

教室へと続く廊下で、まーくんが唸り声をあげる。



「うー……一コマ目って社会科の授業でしょー? ボク、堺教授苦手なのにー。なんで蓮くん社会科のコマ取っちゃうかなー…嫌だなー怒られるの嫌だなー。」


「だったらまーくんが寝ないようにすればいいし、そもそも別の授業取ればいいだけだよね?」


「蓮くんと離れ離れは嫌なの!! ボクぼっちになるじゃん!!」


「なら友達作ろうと思いなよ………。」



白瀬真冬は極度の人見知りだ。

友達というのは知らない人同士が話し合って、仲を深めて成立するものなので初対面なのは当たり前なのだが、彼は見たことない人が話しかけると全力で逃げる。もしくは固まって言葉が出ず、初歩的な会話のキャッチボールがただの一方的な質問攻めと化す。

そのため、彼は俺や蒼さん、優馬さん以外この大学に話し相手がほぼいない。

彼も一年の頃は友達を作りたくないわけではなかったので他人とコミュニケーションを取ろうとしたことがあった。ありはした。全て失敗に終わったが。

それ以降、頑なに俺と離れることを拒んだ。

もともと子どもの頃からずっと一緒に行動していたのであまり変わらないのだが、人間不信な彼にもいずれ俺たち以外の友ができることを俺は日々祈っている。



「ボクは蓮くんが居てくれればそれでいいの。あと蒼さんと優馬さんも」



頬を膨らませてそう言うまーくん。

怒ったように言われても授業が嫌だと言われ続けていい気でいられるほど俺は大人じゃないので困る。一緒に居たくて同じ授業選ぶなら文句は言わないでほしい。

俺のささやかな願いだ。



「………そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどね。」



そう呟いて、教室のドアを開けた。

いつもの席に座り、授業の準備をする。

窓側の席の四列目の一番端。俺が好んで座る場所。

まーくんは当たり前のように俺の隣に座って渋々授業の準備をしている。

彼も人が隣にいるの怖いから端に座りたいと言ったのだが、ここは譲らなかった。

特別な理由があるわけでもなく、ただ単純に好きだから。

窓から見える平和な景色が、このときだけでしか見えない平穏な景色が好きだった。

小さく笑って、俺は隣で唸る彼に話しかけた。

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