第44話 ミオは死角を思い出す

「トランスポンダのデータ解析、終わったぞ」


 簡単な食事をとりながら口を開いたのはダイだった。


「早かったわね」

「ああ。見るか?」


 あたしが手を止めて頷くと、ダイは机の上にモニターを展開した。

 ちょうど真ん中が、上空待機してた時の船の位置だ。


「じゃあ、あんたの船が上がってくるところから降りるまで再生するぞ」

「お願い」


 いうが早いか、点滅する光点がすごい速さで動き出す。左の方からあがってきた白い点があたしの船だ。そのあとも左側――宙港があるあたりからは頻繁に船の出入りがあるのがわかる。

 だが、あたしの船に近づく光点はない。

 最後の方で、シュガーポットが離脱していき、母船が待機場所から離れていく。


「……どういうこと?」


 眉根を寄せてダイを見ると、ダイは険しい顔をしていた。


「このデータを見る限り、待機場所に移動したあんたの船に接近した船は一隻もない」

「そんなはずは……」


 船に将軍一派が入って来て、ジャンを拘束して意識を奪い、宇宙に逃げたというジャンの話が嘘ということになる。

 ジャンは嘘はつかない。そして、このデータも嘘ではない。


「どういうこと?」


 ジャンがオメガと会話していた時間もそのあとも、光点に変化はない。


「トランスポンダを出してない不審船ならあったかもしれないが、それはこのデータにはない」


 不審船。でもそういうのは逆に監視がきついから、これほど宙港に近い位置に現れたらすぐにでもパトロールが飛んでくるだろう。

 その形跡もなかった。

 やはり船には誰も近寄らなかった、と考えるべきなんだろうか。

 じゃあ、ジャンが会話したのは、ネットワーク越しなのだろう。

 だとしたら疑問点が残る。

 ジャンが覚醒した時にそばにいたという将軍やその配下はどうやって脱出したのか。


「ジャン」

「はい」

「船の制御を取り戻した時、船には誰もいなかったって言ったわね」

「はい、ミオ」

「船の中をくまなく見て回って確認した?」

「いえ、コックピットに戻ることを優先しましたので、センサーで確認したのみです」

「じゃあ、センサーが死んでるエリアに誰かがいても、わからなかった。……そうよね?」


 ジャンは目を見開いたのち、頷いた。


「その通りです。……迂闊でした」

「ジャンのせいじゃないよ。あたしの殺害予告をされてたんでしょ? なら仕方がないよ」


 ジャンは人間じゃないから慌てたりはしない。おそらく、私の保護が最優先だから、それ以外の情報をシャットアウトしたんだろう。

 ちらりとほかの四人に視線を向ける。

 スーとナッチは興味深げに展開されたモニターを眺めているが、男二人は興味なさそうな顔で食事を進めている。

 ジャンを拘束し、エアロックに連れて行ったやつらは、隔離したはずの未修理エリアに隠れていた。

 これが何を意味するのか。

 母船はゼン老師に託し、修理ドックまで運んでもらったという。なら、そこに潜んでいた男たちはどこで船を降りたのだろう。


「ダイ、追加でお願いがあるんだけど」

「なんだ」

「追加で追跡してほしいトランスポンダの情報があるの」

「……宙港を離脱した、あんたの船の追跡か?」


 眉根を寄せてじろりとこちらをにらんでくる。即座にその答えが返ってくるということは、あたしが何を考えたのか、わかってるに違いない。


「そう。お願い」

「わかった。……他にあれば言ってくれ」

「今のところはいいわ。結果が出たらすぐ教えて」


 ゼン老師は何も言わなかった。ドックに船を運ぶまでに男たちが自力で離脱したのなら気が付かなかったで済む。

 だけど、途中で寄ってきた船があるなら。その船で彼らが脱出した可能性を考えるべきだろう。その船がどこの所属かわかれば大きなヒントになる。

 もし接触してきた船がないのなら、ドックに着いてから彼らは脱出したと考えられる。

 ゼン老師のドック付近のトランスポンダも解析してもらった方がいいかもしれない。そうでないことを祈りつつ、ダイからあがってくる結果を待ってからにする。


 どちらにせよ、ゼン老師はあたしたちに何かを隠しているのは間違いない。

 録音されたオメガとの会話でも、気になる言動はいくつもあった。

 ジャンのオリジナルを知っていたこと。

 オメガが探していたのがジャンのオリジナルであること。

 二つ目については、ジャンがエアロックで老師と再会するまでにオメガと何らかの会話があった可能性はある。

 でも、敵が船を遠隔操作できるように手引きしたのはほぼ間違いないだろう。ジャンの報告で、船のログからはその痕跡が見つけられなかったが、その程度なら老師には朝飯前だ。

 船にいたはずの誰かを見逃したのが意図したことだとしたら、老師はあたしたちの敵だ。


「そうだ、ハル」


 視線をハルに向けると、彼も眉根を寄せたままあたしの方を向いた。


「ダイも。あたしを狙う人間の心当たりがあるって言ってたよね」

「あ、ああ」


 ダイがちらりとハルに視線を送るのが見えた。でもハルはあたしから視線をそらさない。


「ダイの手が空いた時でいいから、話す時間くれる?」

「ああ。そうだな……ダイ、それでいいか?」


 ハルが振り向くと、ダイは頷いた。


「トランスポンダの結果が出てからでいいか?」

「ええ、よろしく」


 そう答えて、コーヒーを飲み干す。

 周りにいる人が、信用していた人が、どんどん信用できなくなる。

 嘘と真実をより分けて、最後に信用できるのはジャン一人になるのかもしれない。でもそれは人ではない。

 無性にあのアフロ男の顔が見たくなった。

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