第43話 ミオは母船にアクセスする

 下に戻ると、ハルとナッチはいなかった。


「おかえりなさぁい」


 スゥがひらひらと手を振ってくる。いつもの携帯端末を広げているが、そこからいくつかのケーブルが接続されているのに気が付いた。

 そういえば、ジャミングしてると言っていたっけ。通常の無線デバイスすら使えないってことは、すべての周波数で妨害電波でも流してるのかしら。……なんか体に悪そうだ。


「ハルとナッチは?」

「ああ、なんか寝床作りに行きましたよぉ。二階に行ったはずですけど、会いませんでしたぁ?」


 あたしたちが二階でしゃべってる間、だれも二階には上がってこなかった。まあ、階段はもう一つあるし、足音の響かない靴なら気が付かないかもしれない。でも、扉もない入口の前を通る人影はなかった。

 ちらりとジャンを見るが、ジャンは首を横に振った。

 どこかに隠し部屋があるのだろうか。ともあれ隠し部屋に寝床を作るってことは、ここもそれほど安全地帯ではないということらしい。

 ジャンを席に戻らせると、近くに置いてあった旧式の有線式ヘッドセットを首にひっかけた。

 近くの椅子を引っ張ってジャンの傍に座ると、ジャンは首にひっかけたヘッドセットのコードを引っ張った。

 ダイはちらりとあたしたちを見た後、すぐまた機械の方へ集中している。


「ねえ、使える端末デバイスってない?」


 少し大きめの声で言うと、スゥは首をちょっと傾げて首を横に振った。


「仕事用だからぁ、人には貸せないかな」

「……ま、そうよね」


 じゃあ、とダイの方を見ると、視線がかちあった。ずらしたヘッドホンを外したダイは、眉根を寄せてじろりと睨んでくる。


「なんに使う」

「何にって、ジャンに口頭でコマンド伝えるの面倒なんだもの。何ならモニターデバイスと入力デバイスだけでもいいわよ。ジャンにつなげて使うから」


 そう言った途端、スゥが吹き出した。


「ジャンにつなげてって……背中にモニター背負ってる姿を想像しちゃったじゃない」

「人間コンピューターかよ」


 ダイも喉の奥でくっくと笑っている。

 まあ、あたしも初めて使ったときは思ったからわからなくもない。今じゃすっかり慣れたけど。

 ジャンは自前で仮想環境を構築できる。今回みたいに端末が壊れた時とかに使うのよね。もちろん、モニターを背負ったりしないけど。


「古いやつでよかったらそっちの棚にあるから好きに使って構わない」

「ありがと。そうだ、スゥとダイにお願いがあるんだけど」


 あたしはジャンと話してた内容を口にした。


「ふぅん、トランスポンダのログとネットワークログかぁ。……どっちが得意?」


 口を開いたのはスゥだった。ダイは眉根を寄せたあと、「トランスポンダは俺がやる」と答えて作業に戻る。

 スゥもぺろりと唇をなめた後、嬉しそうに端末に向き直る。

 どちらも当然一筋縄ではアクセスできない情報のはずだ。それなりに時間がかかるだろう。

 あたしは必要なデバイスを棚から探してきてジャンに渡し、席に戻るとヘッドセットを被った。


「ジャン、いつものお願い」

「承知しました」


 それだけで、ジャンには伝わる。

 船のコンソールに似せた仮想環境を構築してもらってるんだよね、いつも。視覚ダイブ用の眼鏡グラスも持ってるけど、無線が使えないんじゃ仕方ない。

 モニターデバイスで目の前に画面を展開して、さっそく作業に入った。


 ◇◇◇◇


 ジャンの記録していた会話を繰り返し何度も聞きながら、頭の中を整理する。

 今回の仕事が回ってきた時のこと。

 依頼者直々の指名だったって聞かされたんだよね。でも、依頼者には面識がなかった。初めてなのに、どうしてあたしを指名したんだろう。

 配達の際にそれを確認しようと思ってたんだけど、なんだか慌てた様子で逃げられたんだよね。

 名前、なんだっけ。

 端末を操作して、依頼書と配達票のデータを呼び出す。

 ああ、そうそう。

 アール・シェルト・ヘリス。これだ。

 依頼書のサインが手書きで読めなかったんだよね。ユニオンに問い合わせて、ようやく綴りと読み方が分かったんだっけ。

 受け取りデータを呼び出そうとして、空っぽのままなのに気が付く。

 そうだ、受け取りのサインってユニオンの端末に直接書いてもらったんだ。紙の請求書は直接渡したけど。受け取り時の記録映像もユニオンの端末に保存されてる。

 ユニオンの端末はネットワークにつながっていれば常時同期される。となると、ユニオンのシステムにログインできれば閲覧可能だ。

 船のシステムを立ち上げる。船から接続すれば、ユニオン端末がなくても接続できる。認証も問題なし。

 ログインしたところでメッセージが飛んできた。伝言がいくつも溜まってるらしい。通話は常時オフにしてあるから、つながらなくてもみんな勝手に伝言残していくんだよね。

 一覧を引っ張り出してみたけど、どれも音声通話の伝言で、ユニオンの担当になってるオルトの名前が並んでる。

 ユニオンは常にあたしたち運び屋の位置を把握してる。あたしの端末が沈黙してからどれぐらい経っただろう。すでに丸二日は経ってるから、端末の回収部隊が動いてるに違いない。

 ログイン履歴は残るだろうから、生きてることは気が付いてもらえるかもしれないが、今は内容を聞いて返事してる余裕はない。

 受け取りの際のデータをダウンロードして、一度接続を切る。

 記録映像を開いたところで足音が聞こえた。ヘッドホンしてても外の音は聞こえる程度にずらしてあるからね。


「あ、おかえりぃ~ナッチ」

「おう、ただいま」


 寝床を確保に言った二人が戻ってきたらしい。開いていたモニターを閉じようとしたところで視界に手が入ってきた。


「なに」


 顔を上げると、ハルが険しい顔でモニターに映る依頼人の顔を見ている。これは部外者に見せていい情報ではない。さっと手を振ってモニターを閉じる。

 ジャンもスーもダイもあたしに背を向けて座ってて、その後ろに一人で座ってたから、ほかの人には見られてないはず。


「今の、誰」

「……守秘義務があるから答えられない」


 ヘッドホンをずらして体ごと振り向き、ハルを見上げると、眉間にしわを寄せて消えたモニターがあったあたりをにらみつけている。


「それより、寝床ってどこ? 二階って聞いたけど、上がってこなかったよね?」

「……ああ、それは別館のほうだから。君たちのいた二階には行ってない」


 あたしの言葉に答えながらも、視線はまだ虚空をさまよったままだ。

 ホウヅカの人間だろうから、もしかしたらハルのよく知ってる有名人なのかもしれない。でも、だからって仕事上で知りえた情報は漏らせない。

 今後のことを考えたら、衝立か目隠し準備しなきゃ。ちらりと天井を見上げ、どこにどうやれば目隠しが作れるかを考える。


「目隠し作るまで、あたしの後ろに立たないでくれる? 緊急事態ってのはわかってるけど、このピンチを切り抜けた後もあたしは便利屋として仕事をしたいから」

「勝手に覗かれたって言っても?」

「覗かれるほうが悪いの一言よ。覗かれない対策をするのがあたしたちの義務ってね」


 あたしの言葉を聞いて、ハルはため息をついた。


「……わかった、何とかする」


 ナッチとハル、ダイの協力のおかげで、ジャンとあたしをぐるりと囲むカーテンの仕切りができあがったのはそれからほどなくだった。

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