第42話 アンドロイドは疑問を口にする

 ジャンの言葉に、あたしは眉根を寄せた。

 ここにはハルもダイも、スーもナッチもいる。

 だが、今ジャンが言った言葉は、つまり彼らには聞かせられない、『あたしにだけ聞かせたい』話があるということだ。

 ハルとダイが怪訝そうな顔でこちらをちらりと見ている。スーも、手元の端末のセットアップしながら、こっちを意識してるのがまるわかりだ。気にしてないのはナッチぐらいなもの。

 ちらりとハルに視線を合わせると、彼は肩をすくめて視線を外した。


「二階どこでも使って。……内装してないから」

「わかった」


 ジャンを連れて二階に上がる。ハルの言った通り、内装はなくて打ちっぱなしの床と壁が見える。線材がそのまま引き出してあったりと、まだ工事中なイメージがある。

 内装でごまかせない分、盗聴などの仕掛けがまだされてない、と考えていいのかしら。必要ならすでに仕掛け終わってるだろうし、気にしたところで仕方がない。

 椅子も何もない部屋を見て、ジャンはほかの部屋から椅子を持ってきた。どうやら一つだけ、内装が終わった部屋があったらしい。


「で、あたしに話っていうのは?」

「その前に、どうして他の皆には聞かせられない話だと?」

「他の人が聞いても大丈夫な情報なら、そもそもあの場所で口に出してるでしょ?」


 そう指摘すると、どうやら納得したようだ。アンドロイドのくせに、妙に人間臭い。


「で?」

「まず、ゼン老師のことです」

「老師?」


 ついさっきまでジャンのボディ越しに話をしていた相手だ。いつも船の修理などを頼んでいたし、ジャンを拾った後の船の改造も、ジャンについても、なんだかんだとゼン老師には助けられてきた。

 それを、疑えと?

 あたしは思いっきりジャンをにらみつけると、椅子にゆったりと腰を下ろした。


「ミオをシャトルで見送った以降の話は説明したとおりです。ですが、今回の一件のただの被害者とは思えません」

「抽象的ね。どういう意味?」

「老師と会話している最中に私は襲われ、頭を殴られました。この時の侵入経路は、修理予定の閉鎖エリアからで間違いないでしょう」

「そう」


 電気系統が死んで、警報も鳴らなかったわけね。隔壁は下ろしたはずだけど、手動で開けられたのか。


「その後、エアロックに閉じ込められた時にも、相手――オメガのことを老師はよく知っている相手のように話していました。極め付けが、解放されてすぐに船の機能でスキャンしたのに、誰一人船にいなかったこと。……船のシステムが狂っていないのであれば、私と老師が解放された前後に船から離れて行った船はありませんでした。その後も毎回確認しています」


 船のシステムが狂っている……?


「ちょっと待って」


 続いて口を開こうとしたジャンの言葉を遮る。


「つまり、あたしたちの船は遠隔操作できる状態にあった?」

「はい。でなければ、船のシステムが狂っていることになります」


 それは由々しき問題だ。

 近くに船がいたかどうかは、当時のトランスポンダの記録をもらえばいい。ダイかスーに頼もう。

 もしそれで近くに船がいないとなれば――船ではなく、トランスポンダの記録を疑うしかない。

 それも問題がなければ――船に仕掛けがされている。

 老師の目をかいくぐってそんな手を加え、しかも老師が気が付いてないなんて、あり得ない。


「老師が、細工をしたというの?」

「いえ。老師が協力しているのではないかと」


 ジャンの話によれば、船に残っていた記録も改ざんされていて、将軍やオメガが乗船したという痕跡すらなかったとのこと。それ自体は、船内のクリーニング機能を使えばできなくはない。が、クリーニングされた記録ログはなかった。


「エアロックで会話した相手は、恐らく老師が渡したメンテナンスマニュアルを用いてアクセスしていたものと思われます。そう考えるとあっさりと船のセキュリティを突破したのも納得がいきます」


 ジャンの言葉はにわかには信じがたかった。

 ゼン老師は船の手配から改造、メンテナンスに至るまで、あたしが『便利屋シェケル』となってから今まで、ずっと頼ってきた。

 ややこしい問題も相談に乗ってもらったりした。ジャンを手に入れた時も、どうにかならないかとまず最初に頼った人だ。

 それぐらい、信用しているのに。船の情報を漏えいした? ありえないわ。


「……じゃあ、一旦その仮定で考えましょう。老師がその将軍だかオメガだかに協力したとして。……何のメリットがあるの?」

「はい、その疑問がまだ未解決です。可能性が高いのは金ですが」


 あたしは首を横に振る。

 老師は金で動かない。腕は一流だけど、気に入らない奴の船は作らないし修理もしない。それでも食えるだけの蓄えはあるって話だ。

 だから、船をやられて燃料費の肩代わりにホウヅカで修理を受けたっていうのは、かなり眉唾物だと思っている。


「その線はないわ。となると、パトロールに拾われてって件は嘘ね」

「はい。パトロールに拾われたという記録はありませんでしたから、もし本当だとすれば偽のパトロールだと推測できます」

「だとしても、金のために依頼を受けるのはないわ。だから拾われたこと自体が嘘。……たぶん、ホウヅカのどこかのステーションに老師の船があるはずよ」

「承知しました。ではまず老師の船を探します」

「なかったら船の出入りと入星者リストを照合して。それから、船は上空待機中もネットワークにはつながっていたのよね?」

「はい、私が覚醒した時点でもかろうじてつながっていました」

「なら、ネットワークのログを追いかけたほうがいいかしら。そっちはスーにやってもらって」

「承知しました。他にはありますか?」

「船のメンテナンスログを拾って。……老師のことだから、そこまで完璧に隠ぺいしてるかもしれないけど」

「わかりました。これは私がやります」

「お願い。それから、エアロックでの会話、録音してる?」

「はい。お聞きになりますか?」

「うん、生の状態で聞きたいから、下でジャンが作業してる横で直接聞かせてもらうわ。いい?」


 ジャンは少しだけ目を見開いてうなずいた。


「構いません。……スピーカーではなくヘッドホンのほうがよいですか?」

「ええ、そうして」


 疑いたくないからこそ、まずはゼン老師の足元固めをする。

 疑いが晴れなければ……老師に直接聞くだけだ。


「並行して、船のデータベースからバックアップ取っておいて。……ああ、こんな時に端末がないなんてっ……」


 取得したデータを確認して連絡を取ろうにも手段がないというのは結構ストレスね。メッセージ一つ思うように出せないんだもの。


「ハルに端末を借りるのはどうですか」

「そうね……ありそうなら聞いてみる。ジャン、ほかにもあたしに言いたいこと、ある?」

「はい。ですが、オメガとの会話内容をミオに聞いてもらってからにします」

「わかった」


 今の話をどこまでハルたちにしていいか悩みどころだ。ともあれ、情報が足りない。

 必要な情報を漁るのは任せておいて、あたしは今回の件を最初から洗い直すことにした。――ホウヅカに来ることになった、そもそもの依頼から。

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