『願いを叶えられるようにする妖精』

@arudebaran3103

『天使は悪魔』

「はぁ…」

青年は一人、ソファの背もたれに体重を委ねながら大きなため息を吐く。憂鬱な気分が心臓を絞めつけているとでも形容できるような、身体に圧し掛かる気怠さを感じていた。

首を傾けて天井を見ると、羽の生えた人型の生物がぐるぐると回る様に飛んでいる。その飛んでいる謎の生物こそが憂鬱な気分を募らせている原因なのである。

「どうされた青年殿。皮膚を焼かれたような酷い顔をしていますが」

「黙れクソ悪魔…、俺の頭上を飛び回るな。うるせぇんだよ」

「おや、私の羽音は人間には聞こえない筈ですよ…って悪魔って何ですか悪魔って。私は妖精ですよ、幸せを運ぶ妖精」

青年が悪魔と呼ぶ人型の珍生物は、人をバカにするような口元が吊り上がった笑みを浮かべて、自分のことを妖精だと言い張る。

「冗談じゃない。お前のような奴が妖精がいてたまるか」

二人の関係が始まったのは、数か月前の話だった。




「あぁ…つまんねぇ、仕事も何もやる気が出ねぇ」

職を持たない青年は、毎日毎日、パチンコを打ちに外へでて、稼いでは失い、稼いでは失いを繰り返して、結果手持ちを減らして家へと帰る、そんな生活を繰り返していた。30になっても定職に就かず、唯一の収入源であるコンビニのバイトも首になり、ついに亡くなった親が残した遺産を削りながら生きていくようになってしまった。

煙草の煙を吸ったり吐いたりしながら、天井ばかり一点に見てボソボソと呟いていた。煙草が切れた後も、しばらく視点を移さずにいると、天窓もない天井から紅い光が太陽のように輝いた。

「…はぁ!?なんじゃこりゃ…」

青年は光が収まるまで目を塞いでいようと、腕で目元を覆っていたが、数十秒経っても収まることはなかった。頭に血が上った青年は「あ゛ぁ!」と声を荒げながら、手元にあった灰皿を光に向かって投げた。目がふさがっていたため正確な方向に投げられたかはわからないが、それに反応したように光が収まった。

すると、数秒前まで光があったところには、美少女とも美少年とも取れる、中性的で美しい、羽を生やした「何か」が居た。

その姿を見て、青年は小さく声を漏らす。

「……妖精だぁ」

青年が妖精と例えた生物は、一気に距離を詰めて、息がかかる距離まで顔を近づけてくる。

「お、おい、お前」

「どうも!幸せを運ぶ妖精です!腐りきった貴方に「しあわせ」をお届けに参りました」

「…は?なんて?」

「ですから、腐りきった貴方にしあわせを」

「……?すまん話が見えない。お前何者だ」

「ですから妖精です」

まるで意味が解らない、といった様子で目を丸くしている青年を満面の笑みで見つめる『幸せを運ぶ妖精』。

長いこと枯れた生活をしてきたせいか、ついに幻覚を見始めたか、と思っていた。

「えっと…で、幸せって何、俺を大金持ちにしてくれんの」

ヘラヘラと挑発的な声色で言う。

「大金持ちになりたいのですか?いいですよ!その願いをかなえられるようにしましょう!」

「えっ、大金持ちになれんの?わーいやったー」

信用していない風に、棒読みで歓喜の言葉を放つ。内心は少しも喜んではいないし、目の前の妖精のことだって狂った自分の見ている幻覚だとしか思っていなかった。

「信用されてませんね…じゃあ、お試しコースです!」

「お試しコース?なんじゃそりゃ」

「はいドーン!」

「グエッ!?」

青年の首を絞めるように手を首に当てる妖精。手に力を込めて、思い切り締め上げていく。

これはきっと夢だ、ここで死んで目覚めるんだ、と思っていた青年だったが、次の瞬間、身体に起こった異変に衝撃を受けた。

「ゲホッ…!なんだ…なんだこれ…」

「貴方に『幸せになれるようにする』魔法をかけました!」

「なれるように…?さっきも言ってたが…それどういう…」

「はい!私のような妖精には願いを直接叶えるような力はありません。でも、人が願いに近づけるように導く力はあります!」

困惑を隠し切れなかった。強烈な苦しみから解き放たれたと思えば、わけのわからないことを言われて、更には夢も冷めないとくれば、当然の反応だ。

それだけではない。青年は、自分の持っていた煙草を自分の意思に反してゴミ箱に投げ捨てたのだ

「なっ…なんだこれ…身体が勝手に」

「これが、幸せを運ぶ妖精の力です!人が願いをかなえるために、まず人から変わっていただく…それが私のやり方であり、私の能力…凄いでしょう!えっへん!」

嬉々とした声で言い放つ妖精を、ポカンとした表情で見ながら話をまとめる。

つまり青年は大金持ちになるために、まず「金を無駄に消費する原因」を断ち切られたのだ。

「じゃあなんだ…俺はこれから酒も飲めなけりゃパチも打ちに行けねぇってのか!?」

「ぱち…?がなんだかはわかりませんが、そう言うことです。腐ってても理解は速いんですね、助かります」

この事から考えられるに、ゆくゆくは就職して、スーツを着て偉い人の接待をして、という真人間として生きる生活になっていくというわけだ。

「それと、貴方の願いが成就するまで、監視としてずっと傍にいるので…ご飯などよろしくお願いしますね!」

「…もし、もしも俺が煙草を吸ったり、酒を飲んだりしたらどうなる」

「えっ、まぁ、普通は強制力が働いてできませんが…万が一そうなった場合は…首から上が消し飛びますかね」

適当なことを言うように、鼻で笑いながら言う妖精に対して、青年は自分の感情を抑えることができなかった。

「ふ…ざけんな…ふざけんな!この悪魔ァァァァ!」



そして今に至る。

煙草も吸えず、酒も飲めず、食事はいつもより質素なもので、腹が減っても食欲は何故か沸かない。

「さ、そろそろ就職先を探してください!大金持ちまではまだまだ遠いですよ!」

「もう…お試し期間とかいいから…帰ってくれ…」

「クーリングオフの期間は過ぎておりまーす」

時は非情に流れる。青年がこの妖精から解放される日は、果たして来るのだろうか。

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