交友デイドリーム
まださっきのアカサとの遭遇から気分を切り替えられなくて、夢の中にいるようなぼんやりとした気分のままに、高専についてしまった。
高専は、工業高等専門学校という名の通り、工業的な研究や実習ができる施設を併設しており、普段普通の授業を受ける教養棟、専門分野の実習や研究を行う専門棟の2つに分けられる。
俺の所属するクラスである、4年生都市環境コースの教室は既に誰か来ているらしく、もう電気がついていた。ほかのコースの教室も電気がついていて、意識の高さを感じる。
お前ら、今は夏休みだぞ。
幽霊現象のようなものと遭遇して呆然自失だった精神状態が、一気にうんざりしたものへと変わった。
教室の前に着いたところで、俺は逡巡する。
今回の俺の役目は材料調達なので、ぶっちゃけた話、この背中の木材を扉の前にたてかけておいて帰っても、なんら文句を言われる筋合いはないのだ。
文化祭で浮き足立って夏休みにまで出てきて準備に勤しんでいるのは、都市環境クラスの中でも特にウェイウェイした奴らなわけで、根暗でクズな俺がそのテンションの中に入っていけるわけがない。別にそういう連中が嫌いなわけではないが、多分向こうは俺みたいなヤツ嫌いだろうし。
……よし決めた。
やることはやったんだし、もう帰ってもいいだろ。
リュックサックから木材やネジ、その他頼まれていた工具類を1つにまとめた紙袋を扉の前に立てかけて、回れ右。とっとと帰って、いま双子葉ちゃんで盛り上がっている祭りに参加しなければ。
早歩きで廊下を進む。
が、今日はとことんついていないらしく。
「あ」
「……うっわ」
廊下の突き当たり、曲がり角で、俺がいま一番出くわしたくなかった人間……今年の文化祭において、このクラスの企画のリーダーだけに留まらず各方面で活躍しているリア充のイケメン、
入学当初、出席番号が近くて何度か同じ班などで行動しているうちに仲良くなったのだが、サブ(六三郎のあだ名だ)が普段つるんでいるメンツというのは、やはり類友、チャラくてウェイウェイしたパーティーピーポーが多くて、俺はどうしても縮こまってしまう。
今回の文化祭企画でも、サブといつもつるんでいるメンバーが、サブの提案した企画に賛同してクラスの中心となって取り組んでいるという体勢なので、俺のような暗いキモオタは肩身が狭いことこの上ない。
別に文化祭を楽しめないとか、何が楽しいか分からないとか、そういうやれやれ系主人公のようなことを言うつもりはないが……リア充にはリア充の、キモオタにはキモオタの住む場所がある、って話だ。
「おい邦信! まさかお前帰ろうとしてたんじゃねーだろーな?」
「……違うって、トイレだトイレ」
疑わしそうなサブの目から視線を逸らすと、サブが抱えていたものに目がいった。
ツルとか土とかが付いてて見るからに汚い、ゴミ捨て場からそのまま拾ってきたような古い型の電子レンジである。
「サブ、そのゴミは?」
「ゴミなんて言うもんじゃねーよ! これはウチのクラスの立派な『出し物』なんだからな!!」
「ハァ? ……ゴミから発電してその電気を供給する、とかか?電子レンジをゴミとして発電なんて聞いたことないけど……」
俺の即興のアイデアを聞くと、サブは勿体ぶるように、レンジを抱えていない方の手で、チッチッチ、と指を振るマネをした。
実に鬱陶しい。
「発電っていうのは合ってるけど、お前が言ってるような火力的だったりバイオマス的だったりなモノじゃない」
「……電子レンジ本来の用途で発電するのか? 他の電化製品じゃできないと?」
「他のでもできるかもしれねーけど、俺としては電子レンジでやりたい。狂気のマッドサイエンティストには、電子レンジが付き物なのだよ! フゥーハハハ!!」
「……俺が貸したシュ〇ゲに影響されたんですね、分かります」
俺のツッコミも無視して、フゥーハハハと高笑いしたままサブは電子レンジを抱えて教室へと入っていった。
ここまできたら、俺も黙って帰ったりするわけにはいかない。どうにかコミュ障を抑え込まなければ、と溜め息を吐いて、後に続いた。
教室にはサブ以外にも、3人ほどのクラスメートがいた。
ほど、というのは、何やら看板の素材とか、休憩所制作の方に回っているヤツらが使うらしい角材とかが散乱していて、何処かに誰かが隠れているかもしれないからだ。パッと見、3人いる。
「今回の俺たちの出し物テーマは、『次世代に繋ぐクリーンなエネルギー供給』。普通なら既存のクリーンエネルギーの仕組みを真似て装置作って展示して終わりだけど、俺はそんなつまんねーこと許さねーぜ!」
「別にお前の許しは必要ないけどな」
まぁ確かに、サブの言うことも分からなくもない。
既存の、風力発電や太陽光発電のミニチュア的なものを作ったところで、それはただ教科書をなぞるだけに過ぎない。
高専以外の人が見に来て、わぁすごい、とはなるかもしれないが、それだけだ。そんなのは発明にも開発にもなっていない。第一、つまらない。
……このメンバーじゃなければ、俺も元々そういう取り組みは好きだし、もっとノリノリで取り組んだんだがな。
フゥーーーーーッ!! とか叫びながら木材に釘を打つバンダナ野郎。
ヒャァァァァァーーーー!! とか叫びながら電子レンジの内部部品と思われる何かに半田付けしてるホットパンツ盛りガール。
ウッホホォォォォーーーーーイ!! とか叫びながら看板にペンキで色を塗っている肌黒ピアス男。
……異次元級にハイテンションな仲間たちを眇め見つつ、俺はもう一度小さく溜め息を吐いた。
「で? 具体的に電子レンジでどうやって発電するんだって話だが」
「あぁ、それはみんなも集めて話そう」
「えぇ……」
しまった。自分で墓穴を掘ってしまった。
そういう流れになるとこいつは早い。こいつの持つカリスマ性は、「集合!集まれピ◯ミンたち!!」とかわけ分からん呼び声で、一瞬でみんなを集めてしまうくらいなのだ。
つーか誰がピ◯ミンだ。
ピ◯ミン呼ばわりされた仲間たちが、すぐに自分の作業を一旦中止して、教室の真ん中に集まった。
「お、洗馬来てたのか!」
「……さっき来たところだよ」
「アラマ!! アラマ!! アラマ!!」
「ハー!! ヘンヤー! エラオッサエワー!! バラーバラーボォンヤー!!」
「崇め奉らないでくれるかな……」
くそ、やっぱりこのテンションについていけねぇ……。うすらキモい苦笑いを返すので精一杯だ。
「ではこれより、電子レンジを使った発電実験の概要を説明しよう!!」
この短時間でロッカーから取り出してきたらしい白衣を着て、サブは偉そうに宣った。うちのクラス、ほとんど白衣使ったりしないのに、もしかしてカッコつけるためだけに置いてるのか? コイツ……。
とりあえず、内容は気になるが話すヤツのテンションが気に入らないので論文として読ませてほしい。
「妹子! 電子レンジは問題なく使えるか?」
「ちょっと一部のボタンの感度が悪いけど、フツーに温めるだけならオッケーよー」
妹子、と遣隋使風に呼ばれたのは、電子レンジをいじくっていた、ふわっと盛った頭がトレードマークのホットパンツの女子、
ちょっと待っててね、と言って作業場に引っ込むと、一度簡単にバラした電子レンジをものの3分ほどでまた組み立ててくれた。手際がいいってレベルじゃねーぞ。
「サンキュー妹子! では、説明の前にこれを見てもらった方が早いだろう……よっと」
レンジのコードがコンセントに繋げられる。
試しにサブがツマミを回すと、何の異常もなく温めが始まった。
ツマミを0に戻したら、やはり普通に、チーンと鳴って温めが中止された。井森さんの調整はうまくいったようだ。
「上出来だ。……では次に、これを見てもらおうか」
サブはズボンのポケットから財布を取り出して、小銭入れを弄り始めた。
やがてドヤ顔で取り出したるは、何故そんなものが財布に入っているのやら、アルミ箔だ。遠目だが、多分新品のものだろう。
そこでようやくピンと来た。
「……誘導電流?」
「ザッツオールライト!!」
クイズ番組の司会者のような大袈裟な身振りで、サジは正解を告げた。
どうでもいいけど、それを言うならザッツライトな。
「電子レンジはそもそも、通信媒体やレーダーに使われていた電磁波が、研究の段階で『電磁波の持つエネルギーを変換して熱を生み出すことができる』というのが発見されて、いわば副産物的に出来た代物だ!」
アルミ箔が、もう一度高く掲げられた。
そして、別れの挨拶は終わったとでも言うように、サブは無慈悲にもアルミ箔を電子レンジのターンテーブルの上にそのまま置いてしまった。
……え?
そのまま?
「では! 世紀の大実験をご覧に入れよう!!」
「入れさせるか馬鹿!」
今にも電子レンジを作動させようとしていたサブの指を、慌てて叩き伏せる。
ゴキッと嫌な音がして、サブの人差し指が反り返った。
「グァァァァァァァァァ!! お、おまっ、何をするだァーー!!」
「こっちのセリフだ! お前が今からやろうとしてるのはものすごく危険な実験だってわかってんのか!?」
「おいおいサブ、ここはただの普通教室なんだぜ?」
「実験室でもヤベー実験を、教師の許可も取らずにやったってなったら処罰確実じゃねーか! お、俺もうダブりたくねェーよッ!!」
「E科あたりの先生に相談してみないことには実行には移せないわね」
「ぬ、ぐ、ぐ……」
この場にいる高専生は、全員サブのやろうとしている実験内容を察しているようだが、一般の人には全く分からないと思うので解説しておくと。
まず第一に、電子レンジはマイクロウェーブ(電磁波)を放射することによって、レンジの中に入れた物体の水分子を振動させ、その摩擦熱で加熱している。
では水分をほとんど含まない、アルミ箔の場合はどうなるのか?
結論から言えば、放電現象が発生する。
マイクロウェーブによって誘導電流が発生して、アルミ箔内にその電気がどんどん溜まっていき、その容量の限界を超えると、アルミ箔はそれを『放電』する。
放電、というと実感が湧きにくいかもしれない。小規模な雷が発生する、と言った方が分かりやすいだろうか。
とにかく、電子レンジという壁一枚を隔てているだけの超至近距離で雷が落とされるのだ。当然、アルミ箔は燃えるし、なんだかんだあって感電死しちゃったりとかも絶対にないとは言い切れないし。
無許可で、そういう用意のない室内でやるには危険すぎるのだ。
実際に、誤って食品をアルミホイルごと電子レンジに入れてしまい、あわや火災発生という事故も何件も発生している。
「ちぇー……。なんかもう気分乗らねーわ、俺今日終了でー」
俺たち4人に窘められたサブは、ものすごくつまらなさそうにしてアルミホイルを床にポイ捨てして、肩を落としたまま教室を出てどこかへ行ってしまった。
……他の奴らには使いっぱしりさせといて、無責任なヤツ。
それでも不思議と嫌われないっていうのがアイツの才能なんだろうか。
まぁ何にせよ、これで俺がこんなところにいる理由はなくなった。
「……帰るか」
明日はオカ板のオフ会もあるし、色々用意しとかないとな……。
高専から駅への道は、行きよりも荷物が少なくて、晴れ晴れとした透き通る青空が気持ちよく感じられた。
それこそ。
行きに幽霊を見たのが嘘みたいだった。
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