悪夢リンギング

「うあああぁぁぁあああぁぁああああああああぁあぁああぁ…………!!」


 子供が泣くような。

 そんな感じの声だった。


 だったじゃない。


 今聞こえてるんだから、現在形で言うべきだ。


 言い直そう。

 子供が泣くような、そんな感じの声だ。


「申し訳ございません」

「このようなことになってしまい深く反省しております」

「申し訳ありません」

「申し訳ありません」

「お詫び申し上げます」

「本当に申し訳ございません」

「申し訳ありませんでした」

「申し訳ありません」


 何人もの大人が、謝っている声。


 ……謝っているのか?

 お前は、…………いやお前じゃない。俺だ。


 俺は、本当にこの『ごめんなさい』の声が、謝罪の気持ちから出ているものだと思っているのか? 本気で思っているのか?


 言い直せ。


 言い直せよ。


 言い直します。

 何人もの大人が、謝ったという事実を残すためだけに出している声です。


「ああああぁぁあぁあぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああぁぁ…………あああぁぁぁぁあああぁぁあああぁ……!!」


 これは誰の何の声だと思う?


 子供が泣いていたさっきの声と同じだ。


 本当にぜんぶ同じか?


「あああああああぁぁぁぁ!! あぁぁぁ……あああああぁぁぁぁぁ!!」


 ……いや、そうだな。

 同じだ。


 同じだよ。


 あの時とぜんぶ同じだ。俺は、お前は、何も、ぜんぶ、覚えてない。覚えている。認識できていない。認識できている。生み出していない。生み出している。死んだ。死んだ。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。


「殺したのは俺だ殺したのはお前だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺が殺したんだ俺が俺俺俺お前も俺が殺す俺が殺すから俺が殺されたんだ俺は俺が俺俺俺で殺す俺が殺した殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺だ殺したのは俺だ殺したのは誰だ殺した殺した殺した絶対に殺したのは俺だ俺が殺した殺した絶対に殺す殺してやる殺してやらないとお前を殺す殺したお前を殺す殺す殺す殺す」


 これは誰の声?


 殺す俺が殺した殺す殺してやる

 殺されたのも俺殺すお前殺す殺す殺される殺す


 これは誰の声?


 殺したのは俺だ殺してやる殺され殺す殺すんだ

 ああああああああぁぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁああ

 ああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああぁ

 お前を殺す殺したお前が殺され殺されたお前が俺を殺した殺す


「ああああぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁああああああああぁ…!!うぁあぁああああああああああぁぁぁぁぁああああああああ………!!あああああぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁ申し訳ございませんでした誠に申し訳ありません深く反省しておりますああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁああああぁぁああああぁ……………!ああああああああああああああああぁぁぁあああああぁぁぁああぁ殺す殺す殺すああああぁぁあぁぁぁ俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した」


 これはお前の声?

 これはお前の声?

 これはお前の声?

 これはお前の声?

 これはお前の声?

 これはお前の声?

 これはお前の声?


 これはお前の声?


 言い直します。


 殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?殺したのはお前?


 目の前が赤く染まった。



「あ……か……………………さ……」


 ……悪夢を見た。

 そしてなぜか、目が覚めて開口一番、俺は呻くようにアカサの名前を口にした。


 昨日あんなことがあったせいだろうか。昨日の今日で既に、何か悪いことや不思議なことがあったら、アカサの幽霊のせいにする癖でもついてしまったのかもしれない。

 不謹慎だし、アカサに失礼だ。改めなければ。


 ……っていうか、マジでめちゃくちゃ怖い夢だったな。なんか妙にハッキリ内容を覚えてしまってるけど、思い出しただけでモノに当たりたくなるような、狂気を誘う夢だった。

 なんであんな夢を見たのか。さっきはアカサの幽霊のせいにしてみたけど、それだけでこんな夢を見るとは思えない。


 ……………。


 ……まぁいい。今日のオフ会のネタにでもして、笑って忘れよう。

 オフ会のメンバーには、脳科学のスペシャリストの大先生もいるわけだし。なんでこんな夢を見たのか診断してくれるかもしれない。


 時計を見ると、まだ朝の5時だった。悪夢にうなされたせいか、早く起きすぎてしまったようだ。

 二度寝しようかと思ったが、さっきの恐ろしい夢が頭をよぎって、どうにもまた同じような夢を見てしまいそうだったのでやめておいた。

 さすがに早すぎる気もするが、会の幹事という立場上、早くて悪いことはないだろう。今日はいつも以上に早く行って準備しといてやろう。


 昨日のうちに用意しておいた、ノートパソコンや菓子、色々なグッズなどなどが入ったリュックサックを背負って、俺は部屋の外に出た。

 親はまだ寝ているようだ。フローリングの床を、すり足でできるだけ音を立てずに歩く。


 玄関のドアを開けると、マンション4階の通路から空が見えた。

 夏は日照時間が長い。既に少し朝焼けを含んだ青空が、爽やかな朝を祝福するように広がっていた。



 日本橋、というと、大阪の日本橋か東京の日本橋か、一般的にはどちらを思い浮かべるのだろうか。


 俺が今いるのは、大阪の日本橋だ。


 PCなどのパーツ部品からメイド喫茶! 萌えキャラをズバーンと何の迷いもなく採用したドデカ看板のアニメショップ! 歩くオタク! 歩く外国人! オタク! 外国人! オタク! 外国人! オタク! 外国人!

 とにもかくにも、日本のみならず外国人までも巻き込んで、オタク文化を凝縮させた、秋葉原に続く『オタクの街2号』。

 この大阪日本橋は、そう呼んでも特に差し支えないと思える街だ。

 アニメTシャツを着て街を歩いても溶け込めるような、デュフとかフォカヌポゥとか言っても笑ってくれるような(後者はどうかと思うが)、そんなオタクにとって歩きやすい街であることは確かだ。


 とはいえ今はまだ午前6時。

 まだシャッターが降りている店がほとんどで、昼間は嫌というほど見かけるアニメ風の制服を着た女子高生の客引きやチラシ配りなんて全くいないし、客側……オタクの人口もほとんどゼロに近い。何人かのオタクが店の前で座り込んでるのを除けばだが。


 右を向けば懐かしき『政党会の一存』、左を向けばここ数年俺の見た中ではかなりの神作だった『マイナスチック・メモリーズ』。……の、広告。ポスター。

 日本橋の裏通りを、三次元の街並みを二次元を想いながら、面倒臭いオタクが1人で歩いていた。



 それから歩くこと10分足らず、朝は涼しいとは言え長いこと歩けばTシャツが汗で背中に張り付く。喉をカラカラにさせながらも、俺はようやくその『準・廃屋』に着いた。

 廃ビルとなる前は、上の階がカラオケ喫茶、下の階が学習塾として使われていたらしい(色々とミスマッチすぎると思うのだが)その雑居ビルには、何故か今でも電気が通っており、俺たち双子葉ちゃんねるオカルト板住民のオフ会会場となっている。

 ビルに入っていた2つの店が一気に潰れたときに、次の店が入るかどうかという取引があらぬ方向に頓挫しまくって、なんやかんやあって前のビル主が微妙なタイミングで逮捕された……という話を聞いたのだが、それと電気の供給についての関係性は今のところ不明。


 ビルの下にある自販機で缶コーラを買って、それを片手に廃ビルの階段を上がる。

 上の階も下の階も大差なく電気は使えるし、部屋の間取りもそうは違わないのだが、みんななんとなく『地階よりは2階が良い』ということで、いつも2階に集まっている。


 不親切な段差設計の階段を踏み越えて2階に上がると、なんとはなしに、小学生の頃よく行っていたカードゲームショップを思い起こすような、重い押し開きのドア。


「……うわ、ホコリすご……」


 ドアを開けた途端咳き込んでしまった。

 人が生活している中でもどんどん溜まるホコリを、誰も立ち入らないままに2ヶ月近く放置していたのだから、そりゃあこれだけ汚くなるってもんだ。


 ……これをアイツらが来るまでに掃除しないといけないのか……。


 義務を放り出して、今すぐダッシュで限定フィギュア販売の朝待機勢に加わってやりたくなるようなヤケクソ感。

 ……それを、グッと堪えて。

 俺は家から持ってきた掃除用具一式を取り出して、とりあえずはみんなが囲むことになる円卓から綺麗にすることにした。



「なんということでしょう……」


 この部屋に入ってきた3時間前の様子と現在とのビフォーアフターを感じて、そのあまりの美麗さに恍惚の表情を浮かべる。

 それでは匠の技をご覧下さい。


 ドアを開けて一歩踏み入るだけで咳き込んでいた入り口付近の床は、ホコリを取り除くだけではなく、雑巾でピカピカに磨かれています。

 いい感じにワックスをかけて、知らずに入ってきたオフ会仲間がツルンと滑るようにしてある仕掛けには、匠のおちゃめな遊び心が光りますね。


 入口を抜けて進むと、これまたピカピカにされた床の上にドシリと構えるのは、丸い机。

 表面は殺菌効果のある掃除用洗剤とクッキングペーパーで、全面丁寧に拭かれています。そしてもちろん、机の脚にも手を抜かず、菌を一切寄せ付けないぞ、という鉄壁の布陣ですね。

 そしてパイプ椅子のうち1つにブーブークッションを仕掛けてあるというのも、これまた匠の遊び心。女子のオフ会メンバーにも匠は容赦しません。


 一番の極めつけは、このDVDデッキとテレビ。

 なんということでしょう! テレビを点けた瞬間に、DVDデッキに入っているホラー映画の最も怖いシーンが流れるようにセットされてあるのです!

 匠のおちゃめな遊び心以下略。


 さて、これでヤツらを迎え撃つ準備は整った。


 現在午前9時半すぎか……。掃除とか色々の準備で時間潰せると思ってたけど、集合時間は一応10時すぎってことにしてあるし、まだ暇だな……。

 ブーブークッションが乗ってない椅子を確保しつつ、座って、落ち着いてPCでもいじっていようか。リュックサックから自前のノートパソコンを取り出してコンセントに繋げ、起動する。


 缶コーラのプルタブを今更開けてしばしネットサーフィンに勤しんでいると、呟き投稿SNS『ツナイダー』で、気になるつぶやきをいくつか見つけた。


「……え?」


 …………違う。


 ……………………気になるなんてものじゃない。

 ……タイムリーすぎる。


 その後色々なワードで検索にかけてみると、同じようなつぶやきをしている人間が多数いた。

 その全てのつぶやきの内容は概ね、こうだ。


『先月末の29日、富士樹海から遺体が見つかった。

 損傷がひどく、司法解剖に手を焼いていたが、昨日ようやく身元が判明した。

 家族もおらず、滅多に人前に姿を見せない小説家・阿賀チミコ、53歳独身。

 だが、先月29日から昨日までの間に……』


「…………同じだ」


『私、阿賀さんと会ったハズなのに……』

『その時にはもう亡くなっているハズなのに、姿を見たんだ』

『不謹慎だと思うけど、私は本当に、死体発見のあとにチミコさんに会いました』


 同じ幽霊現象が。


 別のどこかで。別の誰かで。


 そして、恐らく同じ何かが原因で、起きている――……?

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