面子ギャザー

「おはよー……お!? あぁわわぁぁぁっ、うぎゃあっ!?」


 ボヤイターでの幽霊目撃情報に戦慄していると、玄関先で、ドスンと尻餅をつくような音がした。

 この声は……蓮か。

 やっとメンバーが来始めたとなると、今は幽霊現象のことなど気にしている場合じゃない。俺はそっとノートパソコンを閉じると、玄関先へ、間抜けなお嬢様の泣きっ面を拝みに行った。


 果たして声の主は、やはりポニテ令嬢の蓮だった。


 『Φ』の文字が縫い付けられているキャップ、黒と黄色で揃えた、パーカーとショートパンツの組み合わせ。

 いつもの、蓮の思い描く『ヤンキーファッション』が表現された服装だ。


 なんて観察していると、蓮は尻餅をついたままの間抜けな体勢にも関わらず、キッとするどい眼光でこちらを睨みあげてきた。目尻にうっすらと涙がかかっているのがちょっとした罪悪感と愉悦を抱かせる。


「ちょっとバカノブ! なによこれ!!」

「見ての通り、踏んでの通り、滑って転んでの通り、ワックスでございますよ」

「そうじゃなくて! なんでこんなしょーもないイタズラ仕掛けてくれてんのって聞いてるのよこの低脳!! 低ノブ!!」

「そんなしょーもないイタズラに引っかかってるド低脳一名……」

「くっ……こ、この……!! もういい! パパに電話するもん! 馬鹿! バラバラとかにされてドラム缶とかに詰められて大阪湾とかに沈められたりとかしろ!!」

「私が悪う御座いましたどうかそれだけは勘弁してください」


 俺が急に態度を翻して土下座したのには理由がある。


 この間抜けヤンキー気取りポニテ半ロリJKは、日本人なら知らない者はいないであろう超巨大企業・ワシミグループの令嬢……鷲見蓮わしみ れんなのだ。


 ワシミグループを原型まで遡ると、江戸時代の商人に行き着く。

 そこから今の今まで、食品に関連する業務や取引なら大体何でもこなしている。まさに『食のオールラウンダー』と呼ばれるにふさわしい、なんでもござれのスーパー多方面企業。

 居酒屋から高級フレンチまで。さらにデリバリーのお届け食やお菓子、コンビニ惣菜への提供なども含めれば、そのカバー範囲は底知れない。


 そんな大企業の全てを司る社長、もちろん権力はものすごい。その上、この憎たらしい小娘を溺愛している。

 蓮が父親に一本、『クニノブとかいう男に虐められた!』なんて電話を入れようものなら、俺を含めた全国のクニノブさんがひとり残らず全員駆逐戦車でゴミのように轢き潰されてしまうことだろう。


 さすがにそこまでは言い過ぎかもしれないし、今まで俺の知る中ではそんな風に始末された人間はいなかったと思うが、やはりどうしても目の前で「父親にチクる」と脅されると命の危機を感じてしまう。

 俺が権力の前に屈して土下座していると、蓮は立ち上がって携帯をしまい、参ったかとでも言いたげに無い胸を張ってふんぞり返った。


 ちょっと土下座しただけで許してくれるんだからちょろいちょろい。


「他のみんなはまだ来てないの?」

「いつもそんなもんだろ……。俺やお前はともかく、半分がちゃんと仕事持ってる大人の人なんだから」


 それに今日は木曜日だし。

 ひょっとしたら、直前になって仕事で都合が悪くなってしまったなんてこともあるかもしれない。


「そうねー……。ま、気長に待ってましょ」

「そうしろ。なんか飲み物買ってきてやるから、そこ座って待っとけ」

「そう、ありがと。……あ、そういえば下の自販機、スロット機能ついてるのね。今日初めて知ったわ」


 スロット機能?

 そんなのあったっけ?


「7が揃うと、もう1本タダで買えるの。正直2本目はあんまりいらないけど、当たったらちょっと嬉しいわよね」

「ふーん……知らなかったな」

「ま、アンタなんかには当たらないだろうけど」


 一言余計なんだよ。


 部屋のエアコンもさっき掃除しておいて、今は27度でガンガンに効かせているが、外から歩いてきたお嬢様はまだまだ熱気がひかないようで、汗びっしょりだ。

 脱水症状にでもなってパパ様に轢き潰されたらられたらたまったもんじゃないからな、早く買いに行ってやろう。


 玄関へと歩く途中で、背後から。


 ブゥゥゥーーーーーーッ…………。


 ……という音が聞こえて。

 あぁ、さすが蓮だな、とほくそ笑んだ。


「コラァァァァァァーーーッ、またやりやがったわねこのクソノブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーー!!」


 甲高い怒声に耳を塞いで、ビルの外へと出た。



 日本国内でナンバー2の規模を誇る掲示板サイト『双子葉ちゃん』。


 野球やサッカーなどのスポーツ、麻雀、競馬、ギャンブル、二次元とか二次元裏とか、とにかく色々な、『スレッド』と呼ばれる小さな掲示板の集合体。

 更新するたびに書き込みがリアルタイムで反映されるので、テレビ中継しているスポーツの現在の状況とかを、実況形式で共有して全国のファンたちと盛り上がる、なんてこともできる。


 二次元裏板では今日も脈絡なくエロ画像が投稿されるし、軍事板及び韓国経済板では今日もネトウヨとパヨクの熱い舌戦が繰り広げられているし、ソシャゲ板では今日も課金ガチャで爆死した哀れな廃人の恨み言がぽつぽつと綴られている。


 そんな無数に枝分かれしているような掲示板群の中でも、俺を含めた今日のオフ会メンバーが普段利用しているのは、『オカルト』板。


 幽霊を見ただとか、宇宙人からの夢のお告げがあっただとか、話は聞かせてもらった人類は滅亡するだとか、な、なんだってーだとか、そんなどこまで本気か分からない『ちょっと不安になる話』をして楽しんでいる。

 異世界、冥界、怖い話、終末説、予言、妖怪、都市伝説、パラレルワールド。

 ジャンルさまざまのそんな話をしては、ちょっと怖いのを楽しんでいる。


 まぁ、俺なんかは昨日幽霊を見て興奮するどころではなかったので、実際にそういうことを体験するのは勘弁だけど話を聞くのは好き、ってぐらいのスタンスだけど。


 あと、やはりネット掲示板は全世界に情報が公開されるものなので、みんなハンドルネームを使って書き込む。

 大多数の人が『以下、名無しに変わりましてZIPします』『枯れた名無しの垂直思考』などの、ハンドルネームを決めなかったら自動的に入力されるハンドルネームなのだが、俺たちオフ会メンバーはみんな自分の固定ハンドルネーム、コテハンを持っている。


 例えば俺は『前回覇者』と名乗り、蓮は『はすはす』と名乗っている。


 普通コテハンは叩かれるものなのだが、何度か掲示板に書き込んで話をしているうちに、「同じ名前だとややこしいからコテハン付けろ」と言われて、テキトーにつけたのがこれだ。

 前回覇者と名乗ってはいるが、俺自身はろくに大会ごとで賞を取ったことがない。


 だからもともと掲示板で知り合った仲間である俺たちは、最初のオフ会ではそれぞれのことをそれぞれのコテハンで呼んだり、年下やタメ相手に意味もなく敬語を使ったりしていたが、今ではほとんど本名で呼び合っている。

 一人だけ、『身の上がアレなのでちょっとアレな問題がある』らしく、頑なに本名を明かそうとしないヤツもいるが。


 ガコン、と音が鳴って、取り出し口に炭酸グレープが降ってくる。

 そして、蓮の言っていた通り、金額表示の上にあるスロットが、ピピピピピと電子音を立てて回転した。

 ホントにあったのか……。朝は気付かなかったな。


 7、7、7、…………。


 7777。

 おっ、揃った。ラッキー。


「あ、クニノブ氏、グーテンモルゲーン」

「お……南無三か。おはよー」


 南無三。

 こいつがその、本名を明かさない唯一のオフ会メンバーだ。


 頭にはバンダナを付け、目にはデカイ黒の丸縁メガネをかけ、青のギンガムチェックのカッターシャツをジーパンにインした、痩せぎすの男。

 いわゆるアキバ系ってやつか。

 これでリュックサックを背負ってそこからポスターを丸めたやつが飛び出ていたら完璧なのにな。


 ちなみに南無三は俺とタメだ。


「自販機のスロット当たったんだけど、なんか欲しい飲み物あるか?」

「おおー、ありがたいですぞ! じゃあ拙者はせっかくだからこの金色の方を選ぶぜ! シャイニングフィンガァァー!!」


 南無三は別に光ってもいない指で、炭酸飲料『マジデゴールド』のボタンを押した。

 缶がゴットンと落ちてきて、南無三はそれを取り出してグイっとあおった。

 真夏の太陽に、南無三の汗が照らされてギラッと光る。


「ブヒィィィーーー!! んん! やっぱりマジデゴールド以外ありえないんですな! 火力が全てなんですな!!」

「炭酸飲料に役割論理を当てはめるな」


 南無三はこのオフ会メンバーの中で一番ネット用語を多用する。エロゲとかファミコン世代の格ゲー用語とかからも引用してくるので、正直元ネタが分からないものも多い。

 ちなみに今の役割論理というのは、某モンスター育成ゲームにおいて『論者』と呼ばれるトレーナーたちが使う理論だ。


 蓮のために買ったペットボトルの紅茶を持って2階への階段を上がる。南無三も、マジデゴールドを飲みながらついてきた。


「もうすでに誰かログインしてるんですかな?」

「蓮はもう来てる。あとの大人組はまだ来てないな」

「うはおk把握。さっきまではすはす氏と2人きりだったとか羨ましすぎかよ爆発しろ!」

「そうだな、蓮の恥ずかしい姿(ワックスで滑って尻餅ついたりブーブークッションのトラップに引っかかったり)をたくさん見れたよ」

「うp希望ー」

「写真なんか撮ってるワケねーだろ」

「無能杉内」


 8割本気にしてない軽口を叩き合いながら階段を上り、ドアを開ける。

 玄関にひいたワックスで滑らないように、ぴょんっと飛び越えて渡ると、南無三も俺のその動きで何か察したのか、俺に習うように無事にワックス地帯を飛び越えて入ってきた。


「クニノブ氏、あそこなんか仕掛けてたの?」

「ワックスひいて滑るようにしてあったんだよ。蓮はまんまと引っかかってコケてた」

「ドジっ娘とか最高かよ」

「誰がドジっ娘よキモオタ!!」


 南無三を罵りながら、蓮が玄関まで俺を迎えに来る。

 その罵倒に、ありがとうございます!ありがとうございます!と言いながらハァハァする南無三姿はまさに豚野郎だ。


「いやぁ、ワックスだけでなくブーブークッションにも引っかかるとは、さすが蓮は期待を裏切らないなぁ」

「うっさい死ね!」


 ひどく顔を真っ赤にしながら、俺の持つ紅茶をひったくってゴクゴクと飲む。

 お嬢様と紅茶という組み合わせなのに、なんだろう、このミスマッチ感は。


 蓮はペットボトルの紅茶を一口で半分まで飲みきると、もう一度だけ俺の方を恨めしげに睨みつけると、今度はちゃんとブーブークッションの乗ってない椅子に座った。

 俺も南無三も椅子に座り(南無三はブーブークッションに引っかからなかった。蓮がめちゃくちゃ分かりやすく舌打ちしていた)、それぞれネットサーフィンの続き、スマホゲームと、自分のことをし始めた。


 さっき見ていた幽霊のツイートを漁ったり、無事にDVDのトラップに引っかかってくれた蓮に爆笑してみぞおちを殴られたり、南無三から泣きゲーと称してエロゲーを貸してもらったりしながら待っていると、下階から足音が聞こえてきた。

 どうやら3人一緒に来たようで、楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「大人組の3人が来たみたいね」

「自分以外にも誰か引っかかってくれるといいな?」

「そ、そんなこと思ってないわよ!!」


 やがて足音が止まってドアが開き、3人の仲間が狭そうにしながら入ってきた。


「おや、これは……。ははは、ワックスですか」

「クソ低俗なブービートラップですね」

「もう理伊香ちゃん、またそんな言葉使って…」


 結局引っかからなかったようだ。

 また蓮が小さく舌打ちをした。


「お掃除ご苦労様です邦信くん、遅くなってすいませんね」

「いえ、みなさん朝もお仕事があったんでしょうし……」

「今度のオフ会が休みの日にあったら、私も手伝いましょう」


 優しい声で俺を労ってくれたのは、双子葉ちゃんで『つるぴか』という自虐じみたコテハンを使っている、お坊さんの親風寺円行しんふうじ えんぎょうさん。本人によれば、枚方市周辺の家を回って法事の仕事を受けているらしい。

 53歳という年齢からくる大人の落ち着きがあり、仕事が忙しくさえなければ、俺なんかよりずっとオフ会の幹事に向いていると思う。

 ただ、肝心のオカルトに対しては、霊現象や冥界などの話を仏教的に解釈してしまうので、ある種のボケ殺しみたいになってしまっている。


 失礼だが、オカルトには向いてない人間である。


「アレ仕掛けたの、洗馬くんですか。毎度毎度しょーもないことしますねぇ」

「しょーもないトラップに毎回引っかかってくれるヤツがいるうちはまだまだ続けますよ」

「あー、そこのアホの子ですか……さすが幽霊と結婚したいとか言ってたお嬢様は感性が違いますね」

「幽霊じゃなくて悪霊よ!」

「同じようなモンでしょ……」


 寝不足なのか、目の下にクマを作っていつも不機嫌そうな、デスマス口調の半目顔の美女、宣撫理伊香せんぶ りいか。ベレー帽がトレードマークで、コテハンは『Succubus』(サキュバス)。


 週間文寒という大手ゴシップ週刊誌の『ちょっと偉い記者』を自称しており、何人かの芸能人の不倫やスキャンダルをすっぱ抜いている。すっぱ抜いているどころか、記事に出さない代わりに誠意を見せろ、と強請ったりしてるとかいう噂も。

 その多忙さからか、基本いつもイライラしているようで、リアルでもネットでもほかの人が何か不用意な発言をすると、コテハンの通り悪魔のような毒舌を遺憾無く発揮してくる。

 正直に言って、この人とこんな長いこと仲良く出来ているのが謎だ。


「アラマくん、おっはー」

「……栄さん、それ死語ですよ」

「えっ…………や、やだもう! 冗談よ冗談! そういうネタ!!」

「あえて言おう……BBA無理すんなと……」

「に、28歳でBBA扱いされてたら現代社会やっていけないわよ!」


 やたらと年齢を気にしているこの妙齢の眼鏡女性は、自称『心理学者になりたかった脳科学者』の栄美頼さかえ みらいさん。


 言いたいことはズバっと言う性格で、霊現象の体験談を聞いても、自身の専門分野である心理学と脳科学の観点から、それが『本当に起こったことなのか?』『錯覚である可能性はないか?』と疑ってかかる。

 本人曰く、「オカルトは未知の科学の世界」らしく、幽霊現象や都市伝説を科学的に再現するのが夢らしい。

 この人も、オカルトを語るには現実主義者すぎると思う。


 全員揃ったところで椅子を勧めると、大人3人も問題なく着席した。

 栄さんが笑いながらブーブークッションをどかすのを見て、蓮がまた舌打ちしたのは言うまでもない。


「お菓子買ってきたんで、食べながらやりましょうか」

「ありがとう、あ、飲み物買ってきたの冷やしといてくれる?」

「カラミーチョありますか?」

「……もう完全に、この廃ビルが友達の家みたいになってる件」


 およそこれから怪談話をするのにふさわしくない、わいわいがやがやとした雰囲気の中、俺たちのオフ会が始まった。

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