幽好ディスカッション

 謎の村の話とか、私一番ツボなんですよね。


 頭だけがひどく膨れ上がったような人間ばかりの村に迷い込んで、集団で追いかけられたとか。昨晩その村に行って帰ってきたばかりなのに、忘れ物を取りに行こうとしたら、そんな村存在しなかったとか。


 で、こないだ見つけたまとめ記事で面白かったものなんですけど。


 その男性は、詳しくは言えないらしいんですけど、日本庭園風の屋敷に泊まって、夜に定期的に起きて、機械の水を交換しないといけない仕事を任せられていたらしいんです。

 クズにふさわしい低賃金のバイトでしょうね。

 そもそも、この情報化社会の現代にこんなよく分からない曖昧な仕事してる時点でロクな人間じゃありませんよ。私のようにバリバリ働いてガッポガッポ稼いでいる女もいるというのにこの男ときたら、本当に救いようのない……。


「そこらへんどうでもいいんで早く先行ってください」


 チッ、うるさいですね。

 アンタみたいなガキに急かされなくても分かってますよ。


 ……とにかくその男性は、起きて、水を運んで、何かの機械にセットして、部屋に戻って、寝る。

 ずっと。

 ずっと、一晩中そのサイクルを続けていたんです。


 その動作を何度も何度も繰り返しているうちに、自分の中でも夢と現実がごちゃごちゃになって、今自分は寝ているのか起きているのか分からなくなってきたんです。

 さらに悪いことに、男性はちょっとした夢遊病を抱えていました。


 なにか、全てがふわふわしている夢心地です。


 そんな風にボーッとしているのがいけなかったのでしょうか、男は水の交換中に、誤って足を滑らせてしまいます。

 足を滑らせた、と思って男はやっと目が覚めますが、不可解なことに気が付きます。

 そもそも、自分が今立っているところは室内であり、『足を滑らせる』ような段差や穴や崖などは周囲にないはずです。


 しかし、現に男の体はどこかへ向かって落下していました。


 下方向への運動には、いつの間にか歪みが発生して、男は自分の体がグルグルと回っているのを自覚しました。

 グルグル、体が回転します。

 自分が眠っているのか起きているのか、何も分かりませんし、そもそも今自分がどこにいるのかも定かではありません。


 どのくらい回ったでしょうか。


 だんだんと意識が薄れていきます。


 しばらくして、ドンッ、と高所から落とされたような感覚とともに、男は目覚めました。

 いえ、男ではありませんでした。


 女でした。


 女としての自分の今までの人生を覚えているのに、それと同時に、『昨日まで自分が男だった記憶』も持っていたのです。

 自分の体が落ちて、回転したことも。


 女になったその人は、男だった時の記憶を頼りに、自分が最後にいたあの屋敷を訪ねてみました。

 家主のお爺さんが出てきました。

 昨日と全く変わらない、家主のお爺さん。


 女は、お爺さんに聞きました。


 『昨日、ここで働いていたハズの、###という男性を知りませんか?』


 お爺さんは苦い顔をして、こう答えました。


「仕事中の事故で、お亡くなりになりました…………ってね」



「転生……っていうよりは、幽体離脱プラス憑依ね。気に入ったわ!!」


 宣撫さんの話を聞き終わって、雰囲気出しのために消していた電気を点けると、蓮が聞かれてもいないのに独自の見解を述べ始めた。

 ドヤ顔で。腹立つドヤ顔で。


「死ぬ直前に魂が体から抜けて、どっかテキトーな女に入ったのよ! そしてその後その女の体が死んだ時に、もともとの女の魂が戻ってきて復活するのよ!! そしてそして、こうしてゾンビを生み出す方法を見つけ出した悪の科学者が……!!」

「でもさ、女としての記憶もちゃんとあるわけでしょ? じゃあ女の体には今、元の女の魂と入りたてホヤホヤの男の魂、その2つの魂が入ってるってわけ?」

「…………それは……うぅ」

「これは興味深いわね!」


 南無三の質問に答えを詰まらせた蓮の呻きを遮るように、栄さんが目を爛々と輝かせて、テーブルに身を乗り出した。

 宣撫さんと蓮の手をギュッと握って、惚れ惚れした様子で語る。


「私、魂の存在を100%信じてるわけじゃないけど、魂というモノがもし存在するのだとしたら、どんな仕組みを持ってるのか解明したいと思ってたのよー!」

「さ、栄さん……?」

「い、痛いですよオバサン! 放してください!」

「漫画にしろ映画にしろ、大体の幽霊モノ創作物って、魂が憑依したら記憶や性格が前の体から引き継がれるでしょ? でも、記憶や性格は本来脳に蓄積されたりするものだし、魂にそんな遺伝子的な物質が含まれているの? とか、ずっと考えて疑問に思ってたのよね!

 死ぬ直前に脳から記憶を消去したら、魂になった時にも記憶が無い状態になるのかしら? そもそも! そもそもよ!? 魂は質量を持っているのかしら、我々人間が機器を用いることで観測するのは可能なのかしら!?」


 ………ヒートアップしてしまったらしい。


 栄さんが、オカルト事象を科学的に考えるというのはつまりこういうことだ。

 幽霊とか魂とか転生とか、そういう定義の曖昧なことを、現実の知識と根拠で全て解明しようとするのだ。

 栄さんはこんなんだし、蓮は怪談話をほとんど怖がらず喜々として聞いてるし、円行さんは仏教のお説教モードっぽくなっちゃうし、うちのオカルト板メンバーは6人中3人が怖がらせ甲斐がない。


「それにしても幽体離脱ですか………。仏教の人間からすると、『色心不二しきしんふに』という教えを説明したいですね。

 肉体と精神は一体、精神を魂と言い換えるならば、魂がその人の体から離れていくというのは、考えることはできません。生と死を繰り返す中でも、人間の魂と肉体は切り離されることがないのです」

「だからそういう考えがナンセンスなんですって円行さん!」

「そうですよ! 物質として観測できるかとかそういうのはともかくとして、魂は魂として、体からは独立したものとして考えるべきです!」


 ……………………………………………………。


「仏教も科学も、はすはす氏の独自の世界観も理解できない拙者らにはお手上げ侍です罠」

「…………なんですか、こんなクソみたいな論争を呼ぶような話をした私が悪いんですか」

「そもそも、そもそもよ! 記憶には細胞とシナプスの……!」

「違いますよ! 幽霊はもっとファンシーでポップなものだと捉えるべきで……」

「では最初から説明しますと、六道輪廻という考え方が転生論には……」


「日本語でおk」

「やめろ、どうせ聞こえてないから」


 その後も、円行さんの仏教に基づく論と、栄さんのオカルト科学理論と、蓮のマイワールド空間超理論の三つ巴の議論は白熱し、俺たち3人を置いて40分以上も熱く言葉を戦わせ続けたのだった。



 さすがに喋り過ぎで喉が乾いた3人が飲み物を買ってくるのを待って、オフ会は再開の運びとなった。


「次、何か話題ある人いるかしら?」


 栄さんは、落ち着いてさえいれば上品で綺麗な眼鏡美女だ。アナウンサーのように透き通った声で挙手を募る。


 ……ふむ、そうだな。

 せっかくこれだけ相談するのにピッタリな人たちが揃ってるんだから、俺の昨日の幽霊体験とボヤイターでの幽霊騒動について、話してみてもいいかもしれない。


「じゃあ……俺からみんなに、ちょっと相談があるんですけど」

「相談?」

「怪談話じゃなくてですか?申し訳ないですけど、私いま、そういう黒い仕事をする用意はできてないんですよ」

「頼みませんよそんな仕事……ホントに悪魔ですね……」

「で、クニノブ氏。どんな話なんですかな?」

「実は……」


 俺は簡単に、昨日起きたことと、ツナイダーでの関連性のあるつぶやき数件のことについて話した。


 アカサの名前などについては伏せようか迷ったが、隠さずに話すことにした。

 名前を出して話すことに抵抗が無かったわけではないが、このメンバーなら……えっと、対面に座っている悪魔以外には特に悪用されたりしないと思うし。


「……それで、直近の幽霊騒動とこの件に関係があるかとか、色々考えてたんだけど……どう思う?」

「なるほど……興味深いですね」


 真っ先にリアクションしたのは宣撫さんだった。

 同じ内容のつぶやきがいくつも見つかっている、と言ったあたりからは、手帳にメモまで取り始めていた始末だ。


「働いてるところが芸能ゴシップ専門じゃなければ、調査して特集記事でも作りたいくらいの面白いネタですよ」

「……その時は実名出さないでくださいよ」

「大丈夫です。テキトーに洗馬くんに繋がる情報を散りばめて、調べればギリギリ辿り着けるようにしときますから」

「おい」

「いやぁ……でも真面目に面白い話ですよね、ありがちだけど。昔の呼び方で話しかけてきてくれるなんて……」

「幼女の幽霊……イケる!」

「南無三くんがなにでイケるのかよく分からないけど、なかなか興味深いわね」

「幼い時に亡くなって、今頃、というのも……」

「でも、ボヤイターでつぶやいてるみんなは『阿賀チミコ』っていう人の幽霊を見てるのに、邦信だけは、その幼馴染の……志免愛紗っていう人の幽霊を見たんでしょ?」


 そう言われてみればそうだ。


 近い日数の間で幽霊現象があったから、勝手に同じ現象だと思い込んでいたが、俺だけ見たものが違うのだ。


「しかも、そのつぶやきの内容から察するに、邦信が見た志免さんの幽霊みたいに、途中で急に消えたりはしてないんじゃない?」

「……そうですね。同じように目の前で姿が消えたりしたら、真っ先にその内容をつぶやきの文面に入れるでしょう」


 ……俺の体験した現象は、これら一連のつぶやきと共通点があるようでいて、実は全然別のものなのかもしれない。

 自分が昨日体験した状況を、もう少し詳しく思い出してみる。


「……俺が、『でもアカサは死んだはずだ』って思った瞬間だ……。その瞬間に消えて……」

「待って」


 え?


 割とどうでもいいところで栄さんから待ったを入れられて、俺はきょとんとする。

 ……幽霊が消えたタイミングがそんなに重要だろうか? しかも、『俺がこんなことを考えてた時に』などという曖昧な記憶しかないのに。


 突然のストップに全員が沈黙して注目する中、栄さんは、顎に手を当ててしばらく考えて。


 突然、そんなことを言った。


「プラシーボ効果、って知ってる?」

「…………は、はぁ? なんでここでそれが出てくるんですか?」

「まぁ知ってますけど……あれっしょ?脳が誤認識して死んだり風邪が治ったりするやつ」


 南無三の若干投げやりな答えに苦笑しつつも、栄さんは「まぁそれぐらいの認識でいいわ」と言った。

 プラシーボ効果くらい、もちろん俺も知っている。

 『ブアメードの血』とか、偽薬とか。どんなものかと聞かれたら、完璧に説明できる自信はないけど。


 ほかのみんなもそれぐらいの認識のようだ。

 栄さんは頷くと、メガネを押し上げて、すこし難しい話を始めた。


「これはいま、本当に学会で唱えられているレベルの話なの。決して、アラマくんや南無三くんが好きなライトノベル小説の設定とかではなくて。

 プラシーボ効果って簡単に言えば、『ある人がそうだと思っていることは、本当にそうなってしまう』っていうことなの。まぁ本当は、その『ある人』の中で事象が完結するだけだとか、色々言われてるんだけどね。

 そして、その逆も言える。『ある人が絶対にありえないと思っていることは、そのある人の周りでは絶対に起こらない』とも、ね。

 厨二病とか言われちゃうかもしれないけれど、言わばシュレディンガーの猫みたいなものよ。観測したり認識したりする人間がいるから、その事象がそこに存在しうる、っていうこと」


 そこで栄さんは一度唾を飲み込み、すこしためてから言った。


「つまり、何が言いたいかっていうと。

 多数の人間が、『志免さんは生きている』と信じていれば、たとえ志免さんが既に一度死んでいたとしても、世界は『生きている志免さん』を私たちに見せる」


 その説明は、恐ろしく分かりやすくて。


 分かりたくなくて。


 …………あんな夢を見た理由が、分かってしまったような気がして。


「言い換えれば……。世の中で、『志免さんが死んでいる』ことを覚えている人間が一人もいなくなったら、『志免さんが死んだ事実』という事象はこの世界から消え去って、志免さんが現れる」

「ちょっと栄さん、それじゃあ…!!」

「…………」


 蓮も、この話の延長上にある答えがわかったのだろう。


 『アカサが死んだ』ことを誰も認識しなくなったことでアカサが生き返ったなら。


 アカサが消えたのは…………。


 悪夢がまた頭をよぎる。

 今度は、鮮明なビジョンを伴って。


 言い直そう。「うあああぁぁぁあああぁぁああああああああぁあぁああぁ………!!」俺は、本当にこの『ごめんなさい』の声が、謝罪の気持ちから出ているものだと思っているのか?本気で思っているのか?「ああああぁぁあぁあぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああぁぁ………あああぁぁぁぁあああぁぁあああぁ……!!」俺は、本当にこの『ごめんなさい』の声が、謝罪の気持ちから出ているものだと思っているのか?「ああああぁぁあぁあぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああぁぁ………あああぁぁぁぁあああぁぁあああぁ……!!」本気で思っているのか?本気で思っているのか?これはお前の声?本気で思っているのか?これはお前の声?言い直せ。言い直せ。言い直せ。言い直せよ。言い直せよ。「ああああぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁああああああああぁ…!!うぁあぁああああああああああぁぁぁぁぁああああああああ………!!あああああぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁ申し訳ございませんでした誠に申し訳ありません深く反省しておりますああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁああああぁぁああああぁ……………!ああああああああああああああああぁぁぁあああああぁぁぁああぁ殺す殺す殺すああああぁぁあぁぁぁ俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した」あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこれはお前の声?これはお前の声?これはお前の声?これはお前の声?殺したのは俺だ殺してやる殺され殺す殺すんだこれはお前の声?これはお前の声?これはお前の声?「殺したのは俺だ殺したのはお前だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺が殺したんだ俺が俺俺俺お前も俺が殺す俺が殺すから俺が殺されたんだ俺は俺が俺俺俺で殺す俺が殺した殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺だ殺したのは俺だ殺したのは俺だ俺だ殺したのは俺だ殺したのは誰だ殺した殺した殺した絶対に殺したのは俺だ俺が殺した殺した絶対に殺す殺してやる殺してやらないとお前を殺す殺したお前を殺す殺す殺す殺す」これはお前の声?ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ俺が俺が殺した俺が殺したんだ俺が殺したんだ俺が殺したんだ


 これはお前の声。


 これは、俺の声。


 ……言い換えないでくれ。言い直さないでくれ。

 『アカサが死んだ』ことを誰も認識しなくなったことでアカサが生き返ったなら。


 『アカサが死んだ』ことを、俺が認識したせいで、アカサが消えた。


 ……アカサは、俺のせいで、2回目の死を迎えたんだ。


 脳内を埋め尽くす、支離滅裂な血文字に、俺は周りのものが何も見えなくなって、頭を抱えてその場に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る