思い出、夏日、坦々麺。

 アカサと出かけた場所が、いくつもあったはずだ。

 それを辿れば、アカサの死についての真相が見えてくるかもしれない。俺の中に芽生えてきてしまった、アカサの死に関する疑惑を取り払ってくれる何かを、掴めるかもしれない。

 役所とかに行けば死因を聞けるのだろうか、とも一度考えたが、アカサとは子供の頃に遊んでいたという友達以外の繋がりがないし証明もできないので無理だろうと判断した。結局、地道に調べていくしかないだろう。


 一番いっしょに遊んだ場所と言えば、家の前の道路だろう。そこで近所の友達何人かといっしょにヒーロー戦隊ごっこして、そのときにお互い『クニーン』とか『アカサ』とか呼ぶようになったのだ。

 当時は気にもしなかったが、昼寝してるような時間帯に家の前でクソガキがキャイキャイはしゃぎながらチャンバラごっこしてたんだよな。当時のご近所さんには非常に申し訳ないことをしたと今さらながらに反省する。

 他にも……なんか、2人だけで海に行った記憶とかがある。そのとき親に怒られたりした覚えもある。

 駄菓子屋とか今は撤退したバーガーショップとかにも行った。今思えば小学生のガキのくせにマセてたな、俺。すっかりオタニートに染まった今となっては、必要に迫られない限り外に出ようという意欲すら沸かない。


 駄菓子屋とかバーガーショップとか、それらは海を除いて全て、昔引っ越す前に住んでいた家の近所だ。ひとまずはそこらへんを探すか。

 思い立って、橋の手すりにぐでっともたれていた体勢を起こしたとき、首筋に鋭い痛みが走った。なにか尖ったものを突きつけられている。


「だーれだ?」

「……宣撫さん、あんたそういうことするキャラでしたっけ……?」

「チッ、リアクション薄くてクッソつまんないですね。ていうか質問に質問で返さないでください」

「週刊誌の取材で女優を質問攻めにして泣かせて、翌日それがテレビで報じられたあんたに言われたくないです。質問に質問で返すどころか、あんた人に質問しかしないでしょ」

「テレビで報じられたって言っても、『週間文寒の記者Sが取材であの美人モデルを泣かせた!?』って言われただけですし。リークした奴は企業スパイの冤罪ひっかぶせて消してやりましたし。私としては全くノーダメージなので問題ないですよ?」

「そういう問題じゃないですよ?」


 やれやれ、相変わらず話していて疲れる人だ。つーか、こんな夏日の炎天下の下でそんなに舌をペチャクチャ回して、ノド乾かないのか?

 にしても、こんなところで会うなんてけっこう偶然だな。

 宣撫さんは週刊誌の幹部的地位を持ちながら、方々を駆けずり回ってはスキャンダルやゴシップを探る記者として活躍しており、オフ会メンバーの中で一番予定が合わなかったりドタキャンが多かったりする。当日になって『野球選手の麻薬使用疑惑を探るために東北に来てるので、すいませんが今日はキャンセルです』なんてメールが来るのはザラだ。

 前回のオフ会も、スケジュールの合間を縫うどころかムリヤリ時間をこじ開けて参加してくれたらしいので、埋め合わせがこれから大変ですよと嘆いていた。オフ会が終わるや否や、その足ですぐに空港に行かなければいけないと、バイクで走って行ったくらいだ。

 だから、こんなふうにオフ会以外で、街でバッタリ会うのは初めてだった。


「珍しいですね宣撫さん、今日はお休みなんですか?」

「ええ。なんでも明後日くらいから猛暑日が続くらしいので、そんな日に炎天下の下であんなブス芸人とメディアかぶれ大学教授のケツ追っかけまわすハメにならないよう、休暇申請したんですよ」

「へぇー……。いま追っかけてるスキャンダルは、『女芸人』と『メディア露出のある大学教授』なんですか?」

「し、しまっ……! 熱すぎて気が抜けてたっ……。よくも聞きましたねこのクソ野郎! 出版されるまでは完全機密にしないとなのに……! 忘れてください!」

「ゲヘヘヘ、俺、初めて宣撫さんに一矢報いた気がしますよ」


 今まで負け続けだった相手の悔しがる顔を見ることの、なんと爽快なことか。狡猾でズル賢い人だと思っていたが、こんな軽い愚痴程度で口を滑らせるあたり、案外おっちょこちょいなのかもしれない。

 まぁこんな情報を手に入れたところで、俺の情報拡散力なんてたかが知れてるし、誰も信じないだろうけど。勝手に悔しがってくれているようだし、ここはそんな素振りを見せず不敵に笑っておくとしよう。


「ぐ……か、かくなる上は……!」

「え? ちょっと、何を……ええっ!?」


 急に腕を引かれて、ものすごい早足で連れ去られる。

 橋を渡り、ちょっと走った、カラオケボックスなどが立ち並ぶ繁華街の一角、ビルとビルの隙間へ。

 わざわざこんな道を通ろうとも、中を覗こうとも思わないような細い通路。まさに『人目につかないところ』で、壁に押し付けられるような形で止まらされる。

 ……な、なんでこんな息がかかるような至近距離で、21歳の女の人に壁ドンされないといけないんだ……!?

 据わった目で睨まれ、夏の暑さに汗とフェロモンがかぐわしい肌が近くに感じられ、怯えるべきなのかドキドキするべきなのか脳が決めかねていた。ていうかこんなクソ暑いのに半袖カッターシャツとベストを着ているからか、宣撫さんの脇から胸にかけてのちょっと透けるような透明のレボリューションがってもうああああああああああああああああああああああ!!

 なんか色々と童貞的に我慢の限界になりそうになって内心で悶絶していると、宣撫さんはベストのポケットから何故か財布を取り出した。


「ど、どうか、この口止め料で…………!」


 札が……いや、札の束が……何センチくらいの厚みがあるんだこれ!?

 芸能人の熱愛に関する情報って、いざ週刊誌に載ったらテレビでラジオでいくらでも聞けるというのに。発表される前はそんなに価値のあるものなのだろうか……。


「い、いやいや! いりませんよこんな大金!」

「これじゃ足りないんですか!? くっそ、クソ学生のくせに強欲ですね……! じゃああとでこれの5倍持ってきますから……!!」

「そ、そういう問題じゃなくて! クソ学生がそんな大金受け取れません! 誰にも言いませんから、ねっ!?」

「うぐぐぐぐぐ……私としたことがぁぁぁ……!!」

「いや、聞けよ」


 弱みを握ったら握ったで、また別ベクトルにめんどくさい人になってしまった。この状況どうすればいいんだよ、どう収拾つければいいんだよ。

 たぶん、この人の考え方で行くと、『人の弱みを握っておいて何もタカらないなんて有り得ない、ゼッタイ外部に漏らすつもりだ』とか思っているんだろう。なにか安上がりなものでも要求してその場を収めよう……。


「えっと、じゃあホラ、宣撫さん。お腹すいたんで、ラーメンおごってください。それが口止めの交換条件ってことで」

「ふぇ……? ラーメン…………?」

「いやそんな、涙目で言われても困るんですけど…。とにかく俺はお金なんてもらえないですし、ラーメン奢ってくれないならこの交渉は決裂です。今すぐにでもツナイダーで拡散して特定厨に探らせます」

「い、いえいえ断るなんて滅相もない! 行きましょうよ、ラーメン屋! この近くだったらおいしい店は……」


 ものすごい握力で俺の腕を掴んでいる左手はそのままに、宣撫さんはスマホでレビューサイトを見ながら、俺を連れて歩き出した。

 ……ううん、これから半日かけてアカサの死因を調べようと意気込んでたはずだったのに、なんかミョーに緊張感が削がれるイベントに出くわしてしまったものだ。


「あ、そうだ、この近くなら行きつけの店があるから、ちょっと遠いけどそこに行きませんか?」

「あ、はい……。とりあえず歩きましょうよ、あと手は離しましょうよ」


 壮絶なピンク色を纏って脳内にメモリーされてしまった『透け』の2文字を記憶消去装置で消し去ってしまいたい。背の高いビル群に睨まれているような気がして非常に罪悪感をもよおしながら小走りでついていった。



「へい、残酷タンタン麺1つ、お待ち!」

「お、来ました来ました!」

「どうも……えげぇっ、マジかこれ……!?」


 クーラーが効いているはずなのに、昼休みで来てガツガツと食を済ませて去っていくサラリーマンや、ラーメンのニンニク臭、厨房からのナマ温かい煙が相まって、下手すると外より暑いんじゃないかという気さえしてくる。

 運ばれてきた『残酷タンタン麺』は、スープも赤、浮いている香辛料も赤、メンマでさえ赤、麺に何やら練り込まれている粒状の赤、とにかくマジで赤、ギャグかと思うほどに赤だった。

 そもそも商品名の時点でイヤな予感はしていたのだが、なんでも宣撫さんのオススメだと言うし自分もそれを注文するとまで言うので、それならと注文した結果がコレである。


「久しぶりですねぇここの坦々麺……ん? どうしたんですか?」

「い、いや……オイシソウ、ですネ……?」


 どうやら、辛党の方だったらしい……。そういえばオフ会の時、俺がアカサを殺したと思って過呼吸になってた時も、カラミーチョむさぼり食ってたっけ……。

 俺の歪な笑顔からなにか察してくれたのだろう、宣撫さんは、ああ、と苦笑した。


「大丈夫ですよ、洗馬くんが思ってるほど辛くないです。レベル0ですからね」

「れ、レベル0とは……?」

「辛さのレベルですよ。ちなみに私が頼んだのは最終鬼畜坦々麺ことレベル5です」


 うわっ、赤いを通り越して黒い!? なんだよこれ怖ぇ!

 俺と同じレベル0の坦々麺を食べている男性が、横の宣撫さんの最終鬼畜坦々麺を二度見して、この世のものとは思えない現象を見てSAN値を減らした探索者のような顔で、「うへぇ……」と溜息をこぼした。

 宣撫さんのに比べたらレベル0はまだマシかと思い、箸を潜らせてスープをよく麺に絡め、口に運ぶ。

 舌にビリッとくるものはあったが、完食が不安視されるような衝撃的な辛さではなくて安心した。舌の内部に溶け込んでくるような濃厚な辛さは、ここ最近睡眠不足と悪夢で夏バテ気味だった体から食欲を呼び覚ましてくれる。

 体が、口が、舌が、箸が。次から次へとこの辛味を欲する。


「ふふ、気に入ってもらえたみたいで何よりです」

「はい、すげー美味いです! ……って、宣撫さんもう半分以上食ってる!?」

「辛味は食欲を増強させるんですよ? つまりは生命の動力源なんですよ、辛味は」

「……辛味が強すぎると死に至るとも言われますけどね」


 いつも話してる時の言葉も辛口だし、宣撫さんは食事中と会話中は常に辛いものを口にしてるってことになるな。そりゃ辛党にもなるってもんだ。本人の前で言ったらまた辛口が飛んでくるから絶対に言わないけど。

 2人とも、しばらく無言でラーメンをすする。いっしょに食事をしている時に生じる沈黙は不思議なまでに気まずさを感じないものだ。


「そういえば……何日か前、双子葉ちゃんで栄さんに頼みごとしてましたよね?」

「あぁ、はい」


 俺のラーメンがやっと半分無くなった時、もとい宣撫さんの最終鬼畜坦々麺がスープまで飲み尽くされて満足げにお冷をあおった時。思い出したように宣撫さんはそう聞いてきた。

 ものを食べながら受け答えするのは、失礼とは言わなくても、熱さと辛さに口をハフハフさせながらは話しづらい。心持ち、食べ進めるペースを早めることにした。その間も宣撫さんの話は続く。


「洗馬くんが『詳しいことは個人チャットで』と発言して会話は終わってましたが、それまでに何やら興味深いコト言ってましたよね?なんでも『記憶喪失を回復させたい』とか……」

「ば! …………そ、そふ、それは……」

「……すいません、食べてからでいいです。キモイんでこっち向かないでくださいキモイんでこっち向かないでくださいキモイんでこっち向かないでください」


 ……なんで3回も続けて言われなくちゃいけないんだ。流れ星にお願いするほどに俺の顔はキモイのか?

 割と凹みながらも、とりあえず話を進めるために坦々麺を完食する。どの具よりも一番辛いスープをライスも替え玉もなしで食べるのは厳しかったので、泣く泣くスープはお残しすることにした。


「さて。……さっきの質問ですけど、たしかに俺は栄さんに頼みごとをしました。けどそれがなにか?」

「『記憶喪失』、そして『それを回復するために脳科学者を頼った』……。非常に興味をそそられるハナシです。週刊誌記者としても、オカルト好きとしても、そして大衆にとってもそうでしょうね……?」

「な、何が言いたいんですか……?」

「カンタンなことです」


 宣撫さんは大好物の辛味を食べて、すっかり調子を取り戻してしまったらしい。問い詰めてくるその気迫に、俺は正直この時点でビビリ始めていた。

 宣撫さんの口が、ニタリと釣り上がって歪む。


「『質問』はすでに、『取材』に変わってるんですよ……?」


 ブチャラティかよ。そうツッコむ余裕もなかった。

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